「珈琲・甍」の建物は150年前に宮城県岩沼市で建てられ、長い間、薬局として使われていました。持ち主が歴史ある建物を残したいと売りに出されたのを聞き、古い建物を探していた甍の店主・神林勝裕さんは、現地を訪れました。そして、その蔵に一目惚れをしたのだそうです。建物のイメージはもちろん、すでに決まっていた珈琲店の開業予定地のサイズにもピッタリでした。元の所有者の「元の材料を使用し、できるだけ原型をとどめる」という希望も聞き、譲り受けることにしました。その後、蔵は3カ月もの移築工期を経て、2007年に珈琲・甍(いらか)として生まれ変わったのです。釘を使わずに建てられていた蔵は傷みが少なく、建物の梁や柱はもちろん瓦に至るまで、元の建材が生かされています。
「この建物を残すことができたのはご縁としか言いようがありません」と神林さん。建物の出会いもご縁ですが、移築の4年後に襲った東日本大震災の影響で、建物があった岩沼市に数多く残っていた古い建物はほとんど失われてしまったのだそうです。でも幸いなことに甍は移築によって建物が補強され、建物だけでなく店内の食器類に至るまで無傷でした。
甍の古いものは建物だけではありません。店内の椅子、照明、食器に至るまでアンティークのものが多く使われています。店頭の看板に中学生以下の入店ができないとお断りがありますが、歴史あるものに囲まれた店内では、その価値をゆっくりと静かに堪能するだけの落ち着きが求められます。神林さんの古いものを次世代へ残すという強い信念があるからこそ、大切なアンティークたちとこの重みある空間が保たれているのだと思います。
「古いものが好きなんです」と神林さん。店内の装飾品の多くは、お店を始める前から少しずつ集めていたものだそう。骨董品集めの趣味がそのまま店づくりに生かされています。口数の少ない神林さんですが、骨董品の話となると会話が弾みます。店内のアンティークの歴史やそれぞれが持つストーリーに思いを巡らせていると、時間が経つのも忘れてしまいそうです。
大手チェーンのコーヒー店で働いていた経歴を持つ神林さんが甍を始めたのは、「静かな手作りのお店をやりたかったから」でした。機械を使う大手のコーヒー店は、ボタン一つでコーヒーを入れます。そこに必要なのは技術ではなくスピードです。大手のスタイルは自分には合わないと感じた神林さんは、ネルドリップでコーヒーを淹れる個人店へ転職。そこで手作りの珈琲のよさを実感します。それらの経験が今の甍の珈琲を生み出したのだといえます。
甍でいただくのはオールドビーンズの珈琲。オールドビーンズとは1年以上熟成させた青豆を焙煎したもので、まとまった量の珈琲をネルドリップで雑味が立たないよう静かに淹れ、注文ごとに温めます。雑味を立てない淹れ方の技術とオールドビーンズを使うことにより、淹れてから時間が経った珈琲でも味は変わらないのだとか。まったり、こってりとした濃厚な味わいの珈琲は、機械で淹れる大手のコーヒー店では味わえない格別なものです。ミルクを希望する方には、クリームを添えて提供される珈琲。ミルクでは珈琲の味に負けてしまうのだそう。そんな神林さんの細やかな心遣いも嬉しいものです。
蔵の中で、アンティークに囲まれて珈琲を飲むひと時。普段、子育てに追われるばかりで、一人になる時間や考えごともする時間も少ない私にとって、緩やかに時が流れる甍で過ごす時間はとても有意義なものになりました。時に日常から、または子どもから離れて、静かに珈琲を飲むひと時はいかがでしょうか。
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珈琲・甍(いらか)
住所:神奈川県川崎市高津区諏訪1-14-15(駐車場1台有り)
電話:044-812-1165
HP: http://iraka07.sakura.ne.jp/index.html
営業時間:10:30-19:00
定休日:毎週月曜日
席数:カウンター7席、テーブル13席、テラス2席
※中学生以下・大人数での入店不可
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