兵庫県豊岡市の「飛んでる」演劇的ワークショップ?
【2017年ライター養成講座修了レポート:Ash Ayaka Onishi】2017年3月4日、東京都内のスタジオで、舞台演出家の平田オリザさんと兵庫県豊岡市が共に取り組んでいる「コミュニケーション教育」を体験できる親子ワークショップがあると聞き、日ごろ「川崎で演劇」に取り組んでいる私は興味津々、駆け付けました。果たして、その内容とは!?

兵庫県北部の豊岡市は、移住促進のためにユニークなプロジェクトに取り組んでいます。その一つが先輩移住者が運営するポータルサイト「飛んでるローカル豊岡」。何気なく読んでいたら興味深い記事を見つけました。“ローカル&グローバルな豊岡の教育を体験!「親子運動遊び・コミュニケーション教育」子どもワークショップ”とあり、そこには演劇人として尊敬している平田オリザさんの名前も。5歳児の母親であり、地域での演劇活動に取り組んでいる私は、すぐに飛びついてしまいました。

当日は、2~3歳児向け、4~6歳児向けの「親子運動遊び」のワークショップが午前中、10歳~12歳向けの「演劇的手法を用いたコミュニケーション教育」のワークショップが午後というスケジュールで開催されました。著名な劇作家で演出家の平田オリザさんの提唱する「コミュニケーション教育」がおこなわれる、14時からのワークショップ開始前には、会場はたくさんの親子連れで埋まっていました。

 

平田オリザさんは東京の劇団・青年団を主宰する劇作家・演出家。日本人の身体性に沿った日常的な話し言葉で会話する「静かな演劇」の流れを作った。内閣官房参与として、街づくりだけでなく国づくりの現場での、演劇のコンテクストを生かした実践的アドバイスをした経験も有する

 

始めに、豊岡市の職員・宮垣均さんからワークショップの趣旨の説明がありました。兵庫県豊岡市と言えば、兵庫県の北部、志賀直哉の小説で有名な「城崎温泉」のある街です。関西の自治体がわざわざ東京で、子どもと親を対象にした教育のワークショップ?なんでだろう……と思いながらも、何だか面白そうだから参加した、という方も多かった模様。

現在は、地方でも都市部と同様に核家族化や地域交流の減少で、大人と子ども、子ども同士のコミュニケーションが希薄になりつつあるということで、豊岡市は2015年から平田オリザさんを参与に招いて小学校、中学校でのコミュニケーション教育に取り組んでいます。この日は豊岡市のPRを兼ねて、初めて東京でそのワークショップの体験会を行うということでした。

 

会場に貼られた豊岡市のポスター。コピーにある「近畿最古の芝居小屋」というのは、1901(明治34)年に開館した「永楽館」のこと。2008年に大改修をして、2014年には兵庫県の重要有形文化財指定を受けた。近年、片岡愛之助さんが毎年歌舞伎を上演するなど、話題を集めている

 

この日のワークショップのファシリテーター(中立の立場から、進行を担当する役割)を務めるのは、NPO法人PAVLICのわたなべなおこさん。青年団の俳優・村田牧子さんも一緒です。

 

「教える―教わるの関係ではなく参加者が自分で気づく、自分で学ぶように働きかけるのがファシリテーターの務め」(PAVLICパンフレットより)

 

ワークショップの冒頭、「じゃんけん」を使ったゲームからスタートします。とにかく負けなければいいという簡単なルールですが、会場は大盛り上がり。やがて勝者が決まると、自然と拍手が起きます。こういうワークを「アイスブレイク」と言いますが、まさに固まっていた氷が溶けるように子どもたちもだいぶ体の緊張が取れ、会場の雰囲気も温まってきました。

 

勝ちを重ねるために何度もじゃんけんをする子ども、なるべく対戦しないで負けずに生き残ろうとする子ども、どちらも戦略

 

次は、指定された数のグループを作って座る、というゲーム。「5人組!」「眼鏡をかけた子を入れて、8人組!」などと言われると、その度に端数が生じます。グループを作れなくなっている子どもたちに向けて、「じゃあ、どうする?」とわたなべさんは語り掛けます。「どうすれば、グループになれる?」子どもたちは頭を使って、色々な案を出します。「親にも参加してもらえば?」「手で眼鏡つくっちゃだめかな」「鏡に映った人も入れれば?」……そう来るか!と思わず膝を打つようなアイデアも。

その後、さらに体を使ったワークをすることで、会場はさらに打ち解けていきました。平田オリザさんによると、演劇をしていると発達する能力の一つに「合意形成」の力があるということです。多様性を受け入れて、自分と異なる意見を持つ人の言葉にも耳を傾けていける力、さらにそれをまとめ、ひとつの成果を創り出すことができる力を指します。

 

硬かった表情も、だんだんと柔らかく

 

お互いの距離感が縮まってきたら、今度は6人くらいずつの小さなチームに分かれて「ジェスチャーゲーム」です。わたなべさんからそれぞれのチームに「お題」が与えられ、言葉を使わずに表現して、発表します。観ている人は、それが何の動きなのかを当てなければいけません。相談する時間はたった20分。それぞれのチームで話し合いが始まります。さあ、いよいよ「演劇」らしくなってきました。

 

与えられたお題について、自分はどう表現したらいいと思うかを話してみる。相手の発言を聞き、それならばこうしてみたら、とまた新たなアイデアが提示される

 

チームメイトが床を使って動きの説明をしているのを熱心にのぞき込む

 

いよいよ発表!自分たちの考えたジェスチャーはちゃんと伝わるだろうか?短い時間でも、一緒に前に出て発表する仲間との間には連帯感が芽生える

 

さて、わたしは今「何になっている」のでしょう?当ててみてね

 

観客席からの大きな声での回答にみんなで「正解」のジェスチャー。伝わった!やったね!

 

短い時間で起承転結を決めて、それぞれの「役割」を決めて練習をして、「本番」の舞台に堂々と立つ子どもたち。中には「クリスマス」のように切り取る場面の選択が難しいものもありましたが、ちょっとした物語仕立てになっていたり、印象的な動きを強調していたり、どのチームもクリエイティブに場面を構成し、体中でお題を伝えていて、後ろから観ているお父さん、お母さんからも驚嘆の声があがっていました。

すべてのチームの発表が終わったら、またそれぞれのチームに戻って感想を語り合います。

 

終わってからの話し合いは、作戦会議の時よりもずっとリラックスした雰囲気

 

「あれはうまくいったよね」「そっちに行くとは思わなかったからびっくりしたよ」と率直な意見が飛び出して、笑顔の輪が広がる

 

最後には全員が拍手で今日の成果を褒めあい、場を締めくくりました。

 

会場をつつむ拍手は温かかった

 

終わってからも、疑問に思ったことはファシリテーターを捕まえて質問

 

ワークショップが終わってからも、わたなべさんに熱心に質問をしていた松本エマさんは、神奈川県藤沢市から参加しました。「普段の学校では人数も多く、グループ行動では自分の意見をあまり発言できなかったり聞いてもらえないことがあるけれど、ここでは自分の意見を聞いてもらえて楽しかった」と言います。初めて会った人とシーンを作ることに対しては「そんなに難しくなかった。テーマを決めて話し合うのは面白かったし、役割が決まってから、どんな風にやれば伝わるのかを考えるのはワクワクした」と話してくれました。

子どもたちのワークショップが終わると次は平田オリザさんから「コミュニケーション教育」についてのプレゼンテーションがありました。ここからは、大人の時間。子どもたちは休憩して、お父さん、お母さんがぐっと身を乗り出します。

 

「子育て中のお母さんが、昼間に、子どもを保育所に預けて芝居や映画を観に行っても後ろ指を指されない社会を作る」(『下り坂をそろそろと下りる』(平田オリザ著・講談社・2016年)より

 

豊岡市の進めている小中学校の連携、そしてコミュニケーション教育は、小学生から中学生への環境変化の過程で起きる心理的なショック、いわゆる「中1ギャップ」を軽減するために役立っているとのこと。言葉で聞いただけでは「そういうものかな」と半信半疑かもしれませんが、あのワークショップを実際に目の当たりにすると、子どもたちが多様なものを受け入れ、あらゆる「ギャップ」を乗り越えていくことへの近道が示されている気がします。

また、2020年に予定されている「大学入試改革」についても詳しい話がありました。インターネットで検索すれば情報がすぐに手に入る現代の世の中で、詰め込み教育は意味をなさなくなってきました。世の中で求められるスキルは、問題を自ら発見して、解決に向けてのプロジェクトを遂行できる「コミュニケーション能力」であると平田さんは力説します。そのために教育現場は大きな変革期を迎えており、平田さんは四国学院大学をはじめ、さまざまな教育機関で入試改革に携わっています。受験生同士が役割を分担し、協力し合ってひとつの課題を解決するような入試問題の具体例を挙げながら、それがいかに付け焼刃では太刀打ちできない「身体的文化資本」に基づく評価になるかを説明し、すなわち、こういった教育に触れる経験の量によって「地域格差」が進む可能性があることを指摘します。

城崎には、2014年に宿泊型の研修施設だった城崎大会議室をリノベーションした「城崎国際アートセンター」が出来ました。もともとが温泉街で「おもてなしの心」が根付いている街なので、アーティストに滞在してもらえる「レジデンス型」に特化したところ、世界中から一流のアーティストが集まるようになりました。1年に20日しか稼働していなかった「ハコモノ」が、今では330日動いているにぎわいを生む施設になったのです。滞在アーティストは無料で泊まれるお礼に、教育普及活動に協力します。これをきっかけに、東京を経由しなくても、地元の人たちが世界の芸術に触れる機会を持てるようになりました。城崎の子どもたちは、希望すればいつでも、世界各国のアーティストのワークショップを受けることができます。

「本日、僕自身がファシリテーターじゃなくてがっかりした人もいるかもしれませんが、僕のワークショップを受けたければ、豊岡市に移住してくださいね」と冗談交じりに言う平田さんの姿に、豊岡市の文化政策・移住促進政策がいかに先鋭的で有効なものかということを感じました。

 

エマさんと「SNSで常に面白いイベントがないかアンテナを張っている」という母親の真弓さん。「インターネットでは情報は多く、それほど魅力的なものに巡り会えない中、ビビッと来て参加した」ということ

 

イベント終了後、エマさんのお母さん・真弓さんは「中学生のときに演劇部だったので、演劇には親しんでいたけれど、子どもを産んでからはあまり観劇にも行けなかった。子供が大きくなってきた今、こういうイベントに参加する楽しみもあるのだと嬉しくなった」と笑顔を見せました。

また「日本の教育の変化に対する知識はある程度持っていたので、そこに求められる能力を引き出すために演劇や芝居を取り入れるという考えに共感した。シャイな国民性をもつ日本人にとっては有効な方法だと思うので義務教育で取り入れてほしい」と感想を語ってくれました。「ファシリテーターのポジティブな指導は誰も嫌な気持ちにならないという意味で、自分の活動においてもとても参考になりました。本当に参加してよかった」とも。

 

豊岡市環境経済部「大交流課」のみなさん。定住促進のために「大きく交流」している

 

最後に、豊岡市の皆さんにもお話が聞けました。「このような取り組みは遠回りしているように見えますが、やるかやらないかで5000人に影響があると言われています、だからやるんです」と信念をもってお話ししてくれたのは、定住促進係主任の大森毅さん。どの職員さんも、自分の街に誇りを持って楽しそうにお仕事をしている姿が印象的でした。

 

お土産にもらった豊岡市産のお米。「飛んでるローカル豊岡」というのは、豊岡市に移住したライターたちが中心に発信している市民メディアなのだそう。ローカルメディア同士がこうやってつながることも、グローバルな視点で見ると非常に意義があるのでは……

 

親、子ども、教育者、アーティスト、行政担当者、さまざまな立ち位置にいる人が、それぞれの思いを抱えながらひとつの場を創り出していく、そのパワーと面白さを改めて思った日。遠い豊岡市が「演劇」というキーワードひとつでとても身近に感じられました。

自分の地域の「宝物」を大切にしながら、問題を発見し、解決のために手を取り合っていく、そういう姿勢を見習っていきたいと思うと同時に、自分の地域でもこういうムーブメントが起こせたらいいなあ、という気持ちに。川崎や横浜は都市部なので、豊岡市とは状況はだいぶ違いますが、「ローカル」が世界とつながること、子どもたちが世界に誇れる文化を持つことは、とても大切なのではないでしょうか。

Information

飛んでるローカル豊岡

http://tonderu-local.com/ 

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