小田急線生田駅南口を出て、五反田神社方面に歩いていくと、五反田川をまたぐように、大小さまざまなこいのぼりが風に揺れています。色鮮やかなこいのぼりの姿に、道ゆく親子連れ、学生、杖をついて歩く年配の方も、足を止めて写真に収める姿がありました。
川崎市多摩区の五反田自治会では、平成20年から駅周辺を流れる五反田川でこいのぼりの掲揚を始めました。同自治会で10年以上にわたって会長を務める吉田輝久さんは、
「山や川の残された自然を生かした活動がしたいなと思って、自治会の役員会でアイデアを持ち寄ったんですよ。五反田川に鯉を泳がせるか? いや生き物は難しい……それならこいのぼりだ! という感じでね、どんどん話が膨らんでいったんです」と振り返ります。
とはいえ、自治会の活動の一つとあって、予算はそうそうない中で考えたのは、家庭で不要になったこいのぼりを集めるというアイデアでした。地域に配布する自治会だよりに、「こいのぼりを募集します」と載せたところ、2軒の家庭から申し出があり、最初の年は12匹を飾ることに。「お子さんが成長して飾らなくなったけど、捨てる気持ちにもなれない方たちが、喜んで提供してくれたんです」(吉田さん)。
翌年からは、こいのぼりを集めていることが口コミで広がり、提供してくれる家庭が1軒増え、2軒増え、五反田川に飾られるこいのぼりは、どんどんその群れを増やしていきました。
「地域情報誌に取り上げられた年には、登戸や百合ケ丘からも連絡が来てね」と、多摩区内の他の地域からも申し出があり、吉田さんはこいのぼりを引き取りに車を走らせたと言います。
「こいのぼりの数が集まってくると、その保管に必要だろうからって、立派な茶箱を提供してくれる地域の方もいたんです」と、様々な形で協力してくれる人も増えていきました。
集めるだけではなく、飾ったこいのぼりを地域の人に楽しんでもらうにはどうしたらよいか、その工夫も凝らされています。
「こいのぼりを揚げるようになって2年目に、地域の子供会に声をかけて、真っ白なこいのぼりに自由に絵や願い事を書いてもらったんです。そしたらその子どもたちの親御さんがたくさん観に来るようになってね」。その当時に描いた子どもたちは、今でもこの時期になると顔を出すのだそうです。
「こいのぼりのお腹の部分が白いってこと知っていました?」と吉田さん。
五反田川に揺れるこいのぼりをよく見ると、ちらっと見えるお腹の白い部分に商店街のお店の名前や、お子さんの生誕を記念した名入れがされているこいのぼりがいるのがわかります。
「東日本大震災があった年にお腹の部分に復興の願いの文字を入れたことがきっかけで、それからは地域の活性化になればと思って、希望する方には新しいこいのぼりを一匹購入してもらい、好きな文字を入れてもらうこともしています」
古いこいのぼりだけでなく、新しいこいのぼりも加わることで、色鮮やかに広がりをみせる五反田自治会のこいのぼりは、10回目となる今年は約150匹が優雅に泳いでいます。
現在は不要なこいのぼりの募集は行なっていませんが、毎年の風物詩となり、今年も4月28日の掲揚イベントでは、地域の子どもたちも70人ほどが参加したのだそうです。
五反田自治会のこいのぼりの取り組みは、新聞などのメディアにもなんども取り上げられ、川を軸にした地域活性化の好事例として、川崎市内の教職員向けの教材に登場したり、大学での講義を頼まれることもあったのだそうです。
「自治会のみんながアイデアを出してくれるから、私はそれを生かすだけ」と謙遜しますが、吉田さんの長年の活動は、2016年度の川崎市自治功労者として表彰されました。
森ノオトでは昨年から、地域でいらなくなった古布を集めて、あらたなアイテムに作りかえる、森ノファクトリーというプロジェクトをおこなっています。そのプロジェクトに私も参加し、一度は不要とされた布たちが生まれ変わる様子に、とても魅了されました。
五反田川のこいのぼりにも同じ魅力を感じます。一度はその役目を終え家庭で眠っていたこいのぼりたちが、ふたたび光を浴びて生き生きと青空を泳ぎ、その姿が地域につながりをもたらす。我が子の成長を願って飾られていた家庭のこいのぼりたちが、「地域」をつなぐ新たな役目を得て、その価値を高めているようにも感じるのです。
「来年はこいのぼりの掲揚と一緒に出店やフリーマーケットもやりたいと思っているんですよ」と笑顔で話す吉田さん。自分たちの地域にも持ち帰れそうな地域活性のヒントをたくさんお土産にもらったような気がしました。
五反田川のこいのぼりは5月7日まで飾られています。生き生きと青空に泳ぐこいのぼりを観に足を運んでみてはいかがでしょうか。
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