夏に繁茂する苧麻(ちょま、イラクサの一種)や葛(くず)から繊維をとり、植物の実や根っこから色をいただき、「草の布」をつくる作家として長年活動してきた矢谷左知子さん。現在は横須賀市秋谷で「草舟on Earth」を主宰し、草紐づくりやかご編み、草からモグサをつくりお灸体験、草染め、草を食べる会、草リトリートなどの講座をおこなっています。矢谷さんの会に参加すると、手を動かし草にふれることで、私たち人間のあり方を、「草」の世界から見つめ直すきっかけになります。
草は季節によってみせる表情が異なるように、草講座も季節ごとにさまざまなメニューがあります。春先のこの日は、矢谷さんがかつて冬の草仕事として集めていた山茅で、箒をつくるワークショップに参加しました。
今は一般的にススキとして知られますが、かつてはカヤと呼ばれ、茅葺屋根の材料になったり、炭の俵や、家畜の餌に用いられていたようです。昔は、ススキ野原は「茅場」とも呼ばれ、生活に欠かせない里山の機能として維持されていました。
さっそく、草箒づくりに取り掛かります。
目の前にある山茅を一本ずつ手にとり、なでるように穂先の特徴を見て、自分がつくりたい箒のイメージを持ちながら集めます。山茅の穂先についたふわふわの綿毛を落としていきます。穂先がクルンとカールして丸いものもご愛嬌。
穂の元をまとめて、箒の柄をつくります。山茅は背が高くて軸がまっすぐなので、束ねやすかったです。
日本には、木箒、竹箒、棕櫚(しゅろ)の箒、箒草で作る江戸箒など、さまざまな種類の箒があります。いずれも身近な植物を束ねて、用途や使う場所に合わせて使います。あらためて、日本の暮らしの道具はや文化は、植物とともにあることがわかります。
次に、箒草に通す糸を選びます。糸は矢谷さんが用意してくれていたもの、参加者が持参したもの、いろいろです。矢谷さんは作家生活のなかで、葛や苧麻の糸をつくってきました。夏に繁茂する苧麻は緑を内包しつつ枯れて侘びた色合いに。葛はなめらかな光沢をまとった白、それを染めたものもありました。
草の糸をさらに細く裂きながら、竹串に糸を通していきます。
軸をまとめてから、穂先の軸側に串を通して、箒の穂先を広げていきます。矢谷さんが以前につくった見本の箒を見ながら、穂を幾つかまとめて、竹串を通していきます。
参考までに、職人さんのつくった箒を見せてもらったら、本当に細やかに糸を通してあり、その糸が生み出す模様がとても美しい! まさに「用の美」だと思いました。
箒づくりは、1時間ほどで終わりました。
その間、山茅をさわり表情をみて、植物から生まれた糸を通し、いろんなことを感じました。
早く、安く、大量にものをつくれるようになったけれど、元々は身近な植物を加工して、工夫して、暮らしに必要なものをつくってきた私たち人間。
だけどそれは、ものすごい重労働で、手間のかかる仕事でもありました。
人間はその手仕事により、植物の命を暮らしに必要な道具としての役目を与え、また次の命や営みに移すことをしてきました。忙しすぎる現代で、こうした道具を使うこともだんだんと減ってきたけれど、今日の草講座のように、手仕事を通して暮らしの道具をつくる体験をしていけば、そんな原点に、いつだって戻ることができるのではないかーー。
黙々と手を動かしながら、そんなことを考えていました。
私がつくった小さな箒は、家の床を掃くにはちょっと小さいけれど、テーブルや、窓の桟や、ちょっとした台の上で使うには、コンパクトでちょうどよく、インテリアにもいい感じ。
しなやかで戻りがよくて、軽くて使いやすいです。
矢谷さんは現在、草の布作家としての活動はしておらず、こうした「草講座」を通じて、草の世界と人間社会をつなげるさまざまな取り組みをしています。
「今の私は、野生の草とふれあう機会をつくり、奥深い草世界へと誘う役目とでも言ったらいいのかな。手仕事をするなかで、人間と野生のものたちとのボーダーが外れていく、そんな時間を提供できれば」と、矢谷さん。
草は、食べたり、薬草として心身を癒したり、集めて結んだり編んだりすることで道具になったり、煮たり蒸したり発酵させ晒すことで繊維をとるなど、私たちの暮らしにたくさんの恩恵を与えてくれます。
便利すぎる現代社会のなかで、何かタガが外れて暴走している私たち人間に対して、自然界はいろんな形で、警告を鳴らしているようにも思えます。
立ち止まって考えたり、また自然とふれあう時間の少ない、忙しい現代人たち。ふとした時に、暮らしの身近な道具から、ものの成り立ち、生きる原点を考えるきっかけを得られるかもしれません。
相模湾を一望できる高台にある「草舟onEarth」で、草にふれながら、自然界のさまざまなメッセージを受け止めたこの時間。私も大いなる地球で生きる命の一つとして、草や虫、様々な命に敬意を持ち、循環の一部であることを思い起こしました。
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