JR南武線の久地駅から武蔵小杉方面に10分ほど歩いていくと、そこに「ブリマーブルーイング(Brimmer Brewing)」はありました。周囲にはさまざな工場がひしめき合う、ちょっとした工業地帯です。工場に近づくにつれ、なんとなくビールの香りが……。工場の表には仕込みで役目を終えたばかりのモルト(麦芽)が置いてありました。
工場の前で一休みしていたスコットさんが、気さくに迎えてくれました。仕込みを終えて、酵母を加えられ発酵過程に入ったビールの香りがする工場の中を見学します。ブリマーブルーイングのビールは、約20℃くらいの「常温」で発酵させ、それが進むと酵母が浮上してきて、上の方に層を作る「上面発酵」の「エール」と呼ばれるビールです。ここで酵母の品質管理をしっかりして、1週間ほどすると、発酵が進み少しずつビールのきめ細かい泡や香りが形成されていくそうです。ビールの製造過程ではとても重要なポイント。
高津でビール造りに情熱を注ぐスコットさんの作業を見ていて、どうしてアメリカ人のスコットさんがここでビールを造ることになったのか、そのいきさつを知りたくなり、奥様の佳子さんにおうかがいしました。
「主人とはカリフォルニアへの留学中に出会いました。同じ大学だったんだけど、学内では会ったことがない。大学の近くのバーでよく会って、一緒に飲むうちに仲良くなったんです」と話す佳子さん。「私はとにかくアメリカの映画が好きで、何本も観るうちにアメリカで生活したくなって……。今と違ってインターネットなんかなかったから、留学情報が集まっている都内の施設に毎日通いつめました」と当時を振り返ります。
就学先に決めたのはカリフォルニアのCHICO(チコ)という街でした。アメリカのクラフトビール界では知らない人はいない「シエラネバダ醸造」の本社がある街です。大学を卒業してから佳子さんは日本に帰って来たのですが、アメリカを再訪した際に、シエラネバダ醸造で働いていたスコットさんと再会、お付き合いが始まり、2001年に結婚しました。
チコに4年住んだ後、今度は2人で日本で住むことに決めます。スコットさんが御殿場高原ビールに働き口を見つけたため、静岡に5年ほど移り住みますが、スコットさんの「自分のビールを造りたい」という夢と、佳子さんの「なにかやるならば、自分の地元で地に足をつけてやりたい」という思いが合致して、佳子さんの生まれ故郷である川崎市高津区にクラフトビールの自社工場を構えることにしました。
「正直言って、とっても怖かったですよ。遠い日本に来てくれた彼の、ビールへの夢は叶えたいけれど、自分はビジネスなんかしたことがないし、できるのかな? って。でもやるからには、絶対成功させたい、と私も彼の夢に巻き込まれつつ……最終的には乗っかりました。2010年くらいには、日本に地ビールブームが訪れていて、この波に遅れてはいけない、というのは夫婦の共通認識でした」
折しも、創業は2011年の4月。東日本大震災の直後で、景気も落ち込んでいました。どうしてこんな時期に会社を設立するのか、と言われることもありましたが、こんな時だからこそ、自分たちに出来ることをしていかなければ、と奮起して、自分たちのオリジナルビールを造るための工場を少しずつ整備しました。運よく中古で良い機器を手に入れることができ、地元にも近い理想的な場所に出会うことができました。
「オペレーションは、最初は手探りでした。在庫管理のやり方もよくわかってなかったし、資金が底をついて親に援助してもらったこともある。1年くらい夢中でやってようやく、これは大丈夫だな、続けていけるなと思えるようになったんです」
「大変だった頃のことは、ほぼ記憶にない」と佳子さんは笑います。少しずつ地域のことなどを考える余裕が出てきて、高津区の区民祭などに出店するようになってからは、街に溶け込んでいきました。最初は「うちの街に地ビールがあったの?」という感じだったものが、毎年出店するうちに「これが美味しいんだよ」と昨年来た人が知り合いを連れてきてくれたり、口コミで広がっていく実感があったそうです。
「人によってはビールの名前も種類もちゃんと覚えてくれていて。うちのビールを知ってもらえたのも嬉しかったけれど、なによりクラフトビールというものをこの地域に広めることが出来た、と思えて、すごく嬉しくなった」
いつの間にか、スコットさんの夢は佳子さんの夢にもなっていたのですね。
それでは、お楽しみ。ブリマーブルーイングのビールを試飲してみます。ブリマーのビールは二種類のエール「ゴールデンエール」「ペールエール」、黒ビールの「ポーター」、そして季節限定で醸造される「スペシャルビール」の4種類。
まずは、夏にぴったりとスコットさんが一押しする「ゴールデンエール」から。
開栓すると、とたんに華やかな香りが漂います。第一印象は、非常にフルーティ。続く喉ごしもなめらかで、最後に残る淡い苦みが、二口目を誘います。これはビールが苦手な人でもトライしてみる価値はあるのでは? すっきりとして、日本人好みのくせのない味わいに仕上がっています。
次は、ペールエール。グラスに注ぐと赤みがかった琥珀色で、日本で普段飲むビールにはなかなかない色合い。柑橘系のアロマは、シエラネバダを始めとしたアメリカのビールを思わせます。どうやらこれがブリマーの「看板ビール」かな? という推測を得て、一気にゴクッ。パンチのある苦み、口の中にじわじわと広がる良質な麦芽の風味。これはクラフトビールファンを唸らせるのも納得です。
そして、ポーター。ビールは何よりも「喉ごし」重視の私は、黒ビールはそれほど好きではないのですが、一口飲んでビックリ。飲んだことのあるどのビールとも違う複雑で深い味わい。まるでコーヒーを飲んでいるかのように、リラックス感を与えてくれます。決して甘くはないけれど、どこか大人向けのチョコレートを思わせる、ほろ苦くて舌触りのいいビールです。
「かわさき名産品として取り上げてもらったり、地元の人たちがお土産に使ってくれたりするのはとても嬉しい。スコットはさらに技術を磨いて、世界のトップレベルと言われるビールを造りたいと励んでいるので、私も自信をもって、『川崎発のクラフトビール』を世界に届けられるようにがんばりたい」と、控えめながら芯のある笑顔を見せてくれた佳子さん。地元に足をつけて、世界を見据えるご夫妻が作る川崎の地ビールから今後も目が離せません。
BRIMMER BREWING(ブリマーブルーイング)
住所:川崎市高津区久地4-27-14
営業時間: 10:00~18:00
不定休
電話:044-281-0541
HP :http://www.brimmerbrewing.com/ja/
※上記は工場なので、ビールの購入は出来ますが、その場で飲んで楽しむことはできません。ブリマーのビールを心行くまで味わいたい方はぜひ、ブリマーブルーイング直営の下記のお店へどうぞ!
ブリマービアステーション久地
住所:川崎市高津区久地4-12-5 和美ビル 2F
営業時間: 17:00~25:00(月~金)、15:00~25:00(土)17:00~23:00(日祝日)
不定休
電話:044-712-3385
HP :http://vavaresort.com/beer/
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