森ノオト読者の皆さんは、保育園に何を求めますか? 広い園庭? 明るくきれいな園舎? 安心・安全食材の素朴な給食? 自然の中で泥んこになってのびのび遊べる環境……?
もうすぐ3歳になる私の娘が通う保育園は、そのいずれも持たない小さな家庭保育室です。
横浜市の家庭保育福祉員制度が始まったのは1960年のこと。働く女性が増えて保育所の増設が間に合わない時期に、家庭を開放して保育事業をおこなう人を横浜市の「家庭保育福祉員」として認定し、公的な保育の一環を担ってきました。2010年には児童福祉法における事業として位置づけられて、現在は「子ども・子育て新制度」の中で「家庭的保育事業」として、横浜市内で35園あります。
私が中静家庭保育室のことを知ったのは、長女(現在小学校3年生)が通った認可保育所に年少時に転入してきた子のお母さんによる口コミです。彼女は4つ年下の妹が生まれた後も、お兄ちゃんと同じ認可保育所ではなく、あえてお兄ちゃんが2歳児まで通っていた中静家庭保育室に妹を通わせ、2つの園を掛け持ちしていたのです。2園通うのは大変ではないかと心配していると、「本当に手厚くて、温かい保育で、兄妹同じ園に通う便利さよりも、中静保育室に通わせている幸せの方が勝る」と熱弁し、目にはうっすら涙が浮かぶほど、愛おしそうにその保育を語るのでした。
いわゆる「保活」時代に家庭的保育室が存在することは知っていたものの、長女の時には選択肢になかった私。これほどまでに親を温かい気持ちにさせる保育園って、どんなものだろう? と、興味が湧いてきました。そして、次女を出産して間もない2014年の秋に、私は彼女の紹介で初めて中静家庭保育室の門を叩きます。
東急田園都市線青葉台駅からバスで10分、バス停から徒歩3分の閑静な住宅街にある1軒の住宅に「中静家庭保育室」という可愛らしい看板が掛かっています。1996年に開設して今年で22年目、中静直子先生のご自宅の一室と、増築したお部屋の2部屋が保育室です。室内には所狭しと絵本やおもちゃ、そして遊具が並んでいて、まるで田舎のおばあちゃんの家に遊びにきたような感覚に陥りました。
夕方に行ったので、子どもたちは先生たちにもたれかかって甘えたり、黙々とパズルのようなもので遊んでいたりと、思い思いに過ごしていました。中静先生はその時、「どうぞどうぞ、奥まで入って、全て見て行ってください。質問があればなんでもお答えしますよ!」と室内を案内してくださって、認可保育室の見学に行った時の事務的かつ時間を区切られるような感じと違い、拍子抜けしたものでした。
給食がないため、毎日お弁当をつくらなければならないと聞いて、私にできるのかなと不安になっていましたが、中静保育室を紹介してくれた友人が「ここに通える喜びを考えれば、お弁当なんて全く負担にならないよ。それに、小さい子のお弁当は、夕飯の残りを詰めても文句は言わないし、やってみればそれほど大変じゃないよ」と後押ししてくれました。何より、保育室の温かみのある雰囲気が気に入り、横浜市に申請を出して無事に第一希望で通り、2015年の4月から晴れて次女は、中静保育室に通えることになりました。
中静保育室に通うようになって、まず感じたのはその「手厚さ」と「きめ細やかさ」です。保育室の定員は5名で、毎日中静先生が子どもたちを迎え入れ、補助員(中静先生をサポートするスタッフ)の先生が他に2名つくので、5人の子どもに対して3人の先生が子どもと接してくれます。
「家庭保育室の良さは、定員が少ない分、一人ひとりの子と深く関われること。子どものありのままの姿を受け入れ、その子の良い面を引き出していきたいと思っています」と、中静先生。
子どもは一人ひとり、リズムもペースも異なります。みんなで熱中して遊んでいても、突然にトイレに行きたくなったり、甘えたくなったりします。そんな時、先生たちはその子のペースに合わせて寄り添ってくれます。自分が尊重されているーー小さな子はそれに気づかなくても、その子の根っこのところで確実に自己肯定感が育まれているように思えます。
中静先生のほかに5人いる補助員の先生もまた、幸せそうなのが印象的です。
本来、子どものことが好きで保育の仕事をしている先生方は、目の前の子どもに集中して遊んだり制作をしたり、トイレや食事のお世話をしたりと、保育に邁進していて、いつ、誰とお会いしても、満ち足りた表情です。
「おおぜいの中での保育にはもちろん良い面がありますが、集団生活の中で保育士の目が届かなくなりがちで、トラブルを防ぐための監視役のような感じで、規律を守らせることを重視せざるを得ないのがストレスに感じることもありました。ここは小さい分、一人ひとりに集中でき、その子のやりたいことを尊重してあげられるのが、保育士として本当に幸せです」と、補助員の先生方も口を揃えます。
保育室と保護者を結ぶ連絡帳には、毎日、細かい字でびっしりと、時に(というかほぼ毎日のように)欄をはみ出すくらいに子どもの様子が描かれています。今日はこんな遊びをしていました、お子さんの様子は集中していて、他の子どもとこんな会話をしていて……と、その時の様子が目に浮かぶほどで、それだけ細かく先生方が子どもを見てくださっていることがわかります。
中静保育室には広々とした園庭はありませんが、そのぶん子どもたちはよく散歩に出かけます。公園で遊ぶのはもちろん、地域の子育てサークルにも定期的に通って、保育室の外で別の親子と一緒に手遊びや体を使った遊びをします。自治会の役員経験がある中静先生は地域で顔が広く、土曜保育のある時には近所の小学校の運動会に出かけたり、時には電車とバスに乗ってイベントに遊びに行ったりと、お出かけや遠足はむしろ多いのではないかと思います。
また、年に3回、都筑区にある園田家庭保育室と合同でのイベントも開催しています。運動会やお遊戯会、卒園児も混ざっての同窓会など、先生の創意工夫に満ちた出し物に、子どもも保護者も自然と交流ができます。
また、防災遠足や、親子遠足なども定期的におこなっています。
何より驚かされるのは、季節の行事と工作の細やかさです。日本で大切にされている行事によって子どもたちは季節を知り、工作でそれを表現します。手形、足形、ちぎる、丸める、押す、貼る、描く……0歳、1歳、2歳、3歳、それぞれできることを用意して、必ず子どもの「手」が残った、温かみのある作品が、毎月生まれていきます。父の日や母の日には写真入りの手作りカードが贈られ、七夕には抱えきれないほどの笹飾り、お月見にハロウィンにクリスマス、節分にお雛祭りと、毎月何かしらの行事があって、それに向かって子どもたちは少しずつ準備を進めていきます。
そんな風に、きめ細かく、温かく、たくさんの愛情を受けて我が子が育っていることを毎日毎日感じていると、親の心の中にも温かなものが育まれていくから不思議です。中静保育室への毎日の送迎が、私の癒し時間になっています。
朝は、中静先生が明るく元気な声で、「ママ、行ってらっしゃ〜い! 今日もお仕事がんばってください!」と見送ってくれて、朝早くて忙しい時や雨の日にはわざわざ園の外で傘をさして待っていてくださることも。心から応援してもらっていることを感じて背中を押され、「今日も1日がんばろう!」と、気合が満ちてきます。
そして、夕方迎えに行くと、「お帰りなさい」と温かく迎え入れられ、時には保育室に上がりこんで子どもと一緒に遊んだり、先生とおしゃべりしたり、ほかのお母さんや遊びに訪れた卒園児の親子と話し込んだりと、保護者にとっても大切な「居場所」になっています。
こうした時間は、マニュアルではなく先生の心からの発意に基づくもので、子どもだけでなく、保護者もまた先生方に愛され、応援されることで、忙しさでギスギスした気持ちがほどけてきます。
「保活」といえば真っ先に認可保育所が浮かび、かつての私がそうだったように、家庭的保育室を最初から選択肢の一つに数える人は、決して多くはないのではないでしょうか。
そんな家庭保育室も、2015年よりスタートした「子ども・子育支援制度」の中で、変化を余儀なくされています。65歳定年制度、給食設備の拡充要請などで、今までのような形での運営が難しくなり、家庭保育福祉員の数も年々減ってきているとのこと。年々増していく災害のリスクや、個人情報保護などの新しい制度により、保育室の規模の大小問わず事務負担が重くなってきています。中静先生も保育が終わってからの時間と休日も返上して事務作業に追われているものの、「私たちの保育室を守るためにも、がんばっています」と、ポジティブにパソコン作業に向かっています。
横浜市は0〜2歳児を対象とした小規模保育施設の拡充を進めており、3歳児以降も認定子ども園(幼稚園と保育園が共存した形の新しい保育施設)や認可保育所を増やすことで、保育の受け入れ枠は広がっていますが、志のある家庭保育福祉員の発意に基づき運営される家庭保育室がただ淘汰されるのはあまりにも惜しく、今こそ改めて、その価値を広く知らしめたいと感じています。
『まち保育のススメ』(萌文社、2017年)の編著者で、横浜市立大学国際都市学系まちづくりコース准教授の三輪律江先生は、「いろいろな保育の選択肢があることを知ることで、認可保育所が絶対であるという神話が崩れていくはずです。駅前にある便利な保育所だけではなく、まちのあちこちに多様な形の保育施設が点在する状況が生まれるのが望ましい」と話します。
「まち保育」は、ただ保育施設が園外で活動することだけを指すのではなく、まちにある様々な資——それは公園や公共施設に限らず、商店街の人や住民など、様々なまちのプレイヤーと子どもが接していくことで、誰もがともに育つまちづくりにつながっていきます。まちのモノ・ヒトを活用することで(「まちで育てる」)、子どもが「まちで育ち」、住民が子どもに関心を持ってまち全体で子どもを育てる(「まちが育てる」)ように、最終的にともに暮らすまちにつながっていく(「まちが育つ」)というステージを描いています。
私が見る中静保育室は、保育室という枠組の中だけで子どもを育てているのではなく、まちに積極的に出てまちの資源を活用し、まちの人たちの温かな目の中で一緒に子どもを育てる、古くからある形の、でも新しい「まち保育」の担い手であると思います。そうした個々の動きを、まちづくりにつなげていくには、地域のおおぜいが様々な保育のあり方を知り、認め、積極的に関わっていくことではないでしょうか。
我が家はあと半年で中静保育室を卒園します。この2年半、このまちで子育てをしていてよかった、働いていてよかったと、心底感じられるようになったのは、親にとっての大切な居場所でもある、この中静保育室のおかげです。
「子どもはみんな、一人ひとり個性的な存在です。その子の個性をつぶさずに、自己肯定感を育む保育をおこなっていきたい」と、力を込める中静先生と、その気持ちを心底共有している補助員の先生たち。その思いは、言葉だけでなく、日々の保育そのものに現れており、我が子が我が子らしく在れることの文字通りの「有り難さ」は、親がやはり自分の仕事に誇りと自信を持って働くことへの勇気を与えてくれます。
子どもだけでなく、親の自己肯定感を育んでくれる小さな小さな家庭保育室。多様な保育のあり方と選択肢を、ぜひこのまちの多くの人に知っていただきたいです。
<参考書籍>
中静家庭保育室
住所:横浜市青葉区たちばな台1丁目
TEL:045-962-4293
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