糸で善くする暮らしを伝えたい。
暮らしの装飾家・ミスミノリコさん
靴下の穴、シミのついたエプロン、子どもの食べこぼし、破れてしまったパンツの膝……。お気に入りの衣類を「繕う」ことで、もっと素敵にするワザを伝え、モノを大切にする文化を育みたい。今年の6月、主婦と生活社から『繕う暮らし』を出版したディスプレイデザイナーのミスミノリコさんを訪ねました。

ナチュラルなおしゃれが好きな女性に絶大な人気を誇る雑貨店や、コンセプトショップのディスプレイを手がけ、テーブルコーディネートやおもてなし、ラッピングのアイデア提供など、ディスプレイデザイナー・「暮らしの装飾家」として活躍するミスミノリコさん。たまプラーザ(横浜市青葉区)の集合住宅から発信する、ささやかで、可愛くて、とびきりセンスの良いライフスタイルが注目を集め、雑誌に登場することもしばしばです。

そんなミスミさんが、今年6月に初の単著となる『繕う暮らし』(主婦と生活社)を出版しました。以前から、ミスミさんのInstagramで、穴の空いた靴下がすごくキュートなステッチで生まれ変わる様子を眺めては、うっとりしていた私。「愛着や思い出の詰まったものを、手を加えながら、長く使い継ぐ」という暮らしぶりは、まさにエコそのものでもあります。ミスミさんに、「繕うライフスタイル」について、教えてもらいました。

ミスミノリコさん。武蔵野美術大学工芸工業デザイン学科テキスタイルコースを卒業。店舗のディスプレイや雑誌・書籍のスタイリングなどを手がけながら、ふだんの生活に取り入れられる手仕事やデコレーションのアイデアを発信している

<糸を使ってますます善くする、可愛くする>

—— ミスミさんが本書で伝えている技法は、「ダーニング」というそうですが、具体的にどんな手法のことですか?

ミスミノリコさん(以下、敬称略): ダーニングとはイギリスで古くから伝わる衣類の修復技法で、いわゆる「お繕い」のことです。虫食いなど衣類に空いた穴を、ダーニングマッシュルームという道具を使って、傘の部分を下から穴に当てて、カラフルな糸で穴をかがります。同系色で目立たなく仕上げるというよりも、あえてカラフルな糸を使ってお繕い自体が可愛らしく、ユニークな作品になるように仕上げることができるのも魅力ですね。

—— 私は不器用なので、針仕事となるとなかなか腰が上がらないのですが、そんな人は、まずは何から始めればいいでしょうか?

ミスミ: 本書をきっかけに、さまざまなところでワークショップを開催していただいています。ワークショップでは、まずダーニングマッシュルームを体験してもらって、後半にはニードルパンチ(修繕したいところに羊毛をのせて針で刺し、元の布地と一体化させる手法)を教えます。
ダーニングマッシュルームは道具自体が可愛らしいので、それを使ってみたいという動機づけになりますし、小さな織物のような感覚で 2色の糸を使って縫い目を埋めていくという作業がとても楽しい。
実は、ダーニングマッシュルームがなくても、代用できるものはいくつもあるんです。こけしとか、ガチャポンのケースとか、電球だって、ダーニングの道具になります。でも、お裁縫箱にダーニングマッシュルームが入っていたら可愛いから、そんな風に女性の間で広がっていっているのかもしれませんね。

一方で、実はとても簡単なニードルパンチを覚えれば、ニット製品の補修にはすごく役立つはずです。羊毛からフェルトを作るには、熱湯と冷水、せっけんを使って摩擦をして……と、結構大変な工程を経るのですが、ニードルパンチでは水を使わずに針だけで繊維をからめてフェルトをつくるという手法なので、すごく手軽です。

ダーニングマッシュルームを使って、靴下のかかと部分を繕っているミスミさん。経糸と緯糸が織物のように交差し、靴下に新しい表情を生み出している

—— ミスミさんがダーニングをしていて、楽しいと感じるのはどんな時ですか?

本書でお直しの技法を紹介するために、友人たちからお直ししたい衣類を集めて、いくつか作品をつくったんですね。出版記念の展示会では、本書で紹介した作品を展示したのですが、それを見た方たちから、「あ〜、靴下捨てなきゃよかった〜」という声が聞かれました。
靴下って、実はその人の個性を発揮するのにぴったりのおしゃれアイテムですよね。かわいい色や柄のもの、登山用などはつくりもしっかりしていますし。新しい時には気に入っていても、消耗品なので、使い込めば足裏に穴が空いてしまうことも。お繕いの方法がわからずに、穴が空いたらそれで捨ててしまうには惜しいものもあります。そんな時に、ダーニングの手法を知っていれば、自分らしくおしゃれに直すことができるので、ますます靴下に愛着がわいてくるはずです。

何より、穴が空いていてはけなかったものが、またはけるようになる、その喜びが大きいですよね。ダーニングしたあとは、肌ざわりもなかなかいいですしね。

私が初めて靴下のお繕いを始めた時は、かぎ針でモチーフを編んで、それを縫い付ける手法だったんです。でも、ダーニングを覚えたら、まるで刺繍や織物のように、経糸と緯糸のステッチが織りなす独特の表情がおもしろいなあ、と思って。
黙々と作業をする時の集中力や、できあがった時の達成感、思いもよらない出来上がりの可愛らしさなど、

友人の靴下をダーニングで修復。「直して手渡したら、とても喜んでくれて。お繕いによって、人を喜ばせることができるんだなあと思ったら、うれしくなりました」

 

<繕う暮らしって、エコ>

—— ミスミさんが「繕う暮らし」を始めたのは、どんなきっかけですか?

結婚のお祝いでいただいた陶器の急須の蓋を割ってしまって、どうしようと思いながら長らく途方に暮れていたのですが、ある時、ギャラリーで「金継ぎ」という手法で直してくださる作家さんと出会うきっかけがあって、相談して直してもらいました。その時、作家さんにちょっとだけ遊びで金を入れてもらって、お直ししたところに表情が出て、割れる前よりもとても素敵になって戻ってきたんです。その急須はそれまで以上に、我が家の宝物になりました。その体験が私の原点です。

衣類も同じだと思うんです。今まで大好きで着ていて、でもシミや虫食い、裂けなどで着なくなったものを、お繕いすることによって新しい表情が生まれて、今まで以上にその服が好きになった……そんな風な幸せが生まれていったら、素敵だなあ、と思って。

今回、書籍制作のために、本当にたくさんの方の衣類や靴下をお繕いさせてもらったんですね。美容師さん、ペインターさん、料理家さん、それからお母さんにキッズに……その職業や生き方から生まれた穴やシミは、その人の過ごしてきた時間の一部なのだろうと思います。それを全部隠すよりも、あえて寄り添うようにしてお繕いができたらいいんじゃないかな、と思います。

バスケットの蓋についてしまったシミを、あえて隠さずにその上からステッチを入れた。染めのようにも見える

—— 今回は「衣類」のお繕いを紹介していますが、衣類以外にも、繕ったり、お直しをしたりするアイデアはありますか?

書籍の中では、蚤の市で見つけたキッチンクロスやルームソックス、バッグのお繕いを紹介しています。使わなくなった布を組み合わせて刺子風の雑巾や、鍋つかみにしたりと、お繕いからさまざまなリメイクアイデアが生まれてきます。

今はやっていないのですが、昔はアクセサリーをリメイクしたり、何かのパーツを使ってイヤリングにしたりと、身の回りにあるものを別のものに生まれ変わらせることをよくやっていましたね。
それから、マスキングテープを使って包み紙などを封筒にしたりと、アイデア次第では、リメイクの技は多様に広がってきますね。

—— ディスプレイデザイナーという仕事柄、たくさんのモノを見て、ふれているミスミさん。今はたくさんのモノがあふれていて、ほしいと思ったら何でもすぐに手に入る時代のなかで、ミスミさんがモノを買ったり、選ぶ時の基準は?

「飽きずに長く使えそうなもの」ですね。ちょっと高くても、いい生地ならそう簡単にはへたらないことがわかってきました。そういうものなら、直しても使いたいと思えるんです。昔は、いろんなテイストのものを買って試してみて、ようやく自分なりのスタイルが定着してきたように思います。

本書のために制作するなかで、20年くらい着ているもののお繕いをしてみました。生地が全然へたっていないんですよ。ロングライフなものって、素材そのものがいいですよね。それから10年以上着ているセーターでも毛玉ができにくいとか、さわっているとわかることがあって。素材そのもののよさと、職人の技術力というか、良質なものづくりの精神を感じることができます。だから、一箇所のシミやほつれを可愛らしくお繕いして生まれ変わらせることができたら、ますます愛着を持って、長く着られるようになるんだろうな、と。

そう考えると、衣類に限らず、暮らしの道具にしても、長く使えるかどうか、そしてモノをつくる技術を大切にしたいと思えるものを選ぶようになりました。

それから、陶芸家やガラス作家さんなど、ものづくりをしている友人が多いので、彼らのつくるものが好きだからとか、応援したいとか、そういう動機でものを選びます。大好きな人たちのつくったもので暮らしをまかなうことができるようになったら、すごく素晴らしいと思いませんか。

ミスミさんの裁縫箱。たくさんの「好き」が詰まって、一つの箱の中で共存している

 

<センスを磨くワザ>

—— ミスミさんのセンスのよさや、ライフスタイルは、数多くの雑誌などで取り上げられていますが、どのようにしてセンスを磨いていったのですか?

暮らしのセンスについては、これまでいろいろな試みをしてきました。自分らしいテイストって、わかっている人はわかっていて、決してぶれないスタイルを持っている人もいます。でも、私は結構、あれも好き、これも好きと、雑誌を読んでは影響を受けたりしてきて……。

まさに『オリーブ』世代だったので、雑誌を見ては気に入ったものを買い求めたり、部屋の模様替えとか、一生懸命にやっていました(笑)。私が高校生のころは茶葉からミルクティーを淹れるなんて珍しかったはずなんですが、それもやってみたりね。雑誌で見た通りにテーブルにお花を飾ったり、テーブルセッティングをしたり、それを絵に描いたり、当時流行っていた使い捨てカメラで写真を撮ったり……。ともかく、いろいろやりました。
それがスタイリングやディスプレイなんだってことに気づいたのは、だいぶ経ってからです。

私は、ディスプレイ、スタイリング、針仕事、手仕事、リメイク、暮らしの提案など、本当にいろんなことに手を出してきたんですが、本書のための展示会を開催した時に、これまでバラバラにやってきたことが、ようやくこの空間で一つにつながったということに気づきました。空間のラフスケッチを描いて、これまで好きでやってきた仕事や得てきた手法で空間を彩って……。その空間に訪れてくれた私の高校時代からの友人が「私らしい」って言ってくれて、本当にうれしかったんです。
自分自身のことって、自分では意外とわからないですよね。だけど、周りの人がよく見ていてくれて、そういう友人や家族との関わりの中に自分がいるんだということを、改めて感じることができました。

7月に東京・青山で開催した出版記念の展示会。「ああ、この空間が“私”なんだなあ、と新たな発見があった」と振り返る(写真提供:ミスミノリコさん)

—— 最近は断捨離やミニマリストが空前のブームですが、やっぱりモノを買ったり着飾ったりするのは楽しい! ミスミさんの家は、仕事柄、決してモノが少ないわけではないと思うんですが、多種多様なモノがあってもセンス良く共存するためのアイデアってどんなものでしょう?

私はモノ自体が好きで、モノを減らしてすっきり暮らすというのは、決して上手ではないと思うんです。でも、これまでいろいろ買い物をしてきたり、縁があって我が家に連れてきたモノたちの中で、自分の好みがしぼられてきたので、自然と共存できている感じでしょうか。

何かを買いたい! と思った時に、これまで私が人生の中で出会って、選んできたものの中で、好きで好きで長く持っているものから大きくずれていないか、手持ちのものと合うかどうか、一瞬立ち止まって考えるようには気をつけていますね。

それから、ハンドクラフトや自然素材のカゴが好きなので、収納する時には活躍してもらっています。散らかったものの一時置き場や、カモフラージュの方法をうまくする、というか。

布は昔から大好きで、お気に入りを見かけると集めてしまうのですが、布こそしまっていても仕方がないものの代名詞。しまい込むよりは眺めていたいと思い、今はクリップに留めてカーテンにして、いつでも目に入るようになりました。使わなくなった布を切ってつくったウエスも、箱にしまいこんでいた時は存在を忘れてしまいがちでしたが、お気に入りのビンに入れて目に入るところに置いたら、どんどん使うようになりました。

この9月にはパリでダーニングのワークショップを開催。パリジェンヌたちからたくさんの刺激をもらってきた(写真提供:ミスミノリコさん)

—— 暮らしを心地よい状態にするために、ミスミさんが日頃から心がけていることってなんですか?

例えば、ミルクティーを茶葉から淹れるとか、ちょっと背伸びかな、カッコよすぎるかな、と思うようなことをやってみると、生活の風景がガラリと変わって見える瞬間ってあると思うんです。花を飾るのでもいいし、テーブルをきれいに拭きあげるとか、自分が手を動かすことによって、その場の雰囲気や空気感が変わって、何より自分が楽しいと感じられる状態をつくることが大切だなと思っています。

どうしても忙しければ部屋は散らかりますし、家の中に散らかす人がいっぱいいれば手に負えないこともあるかもしれないけれど、そんな時こそ、気持ちを落ち着けて片付けをしたり、手を動かすだけで、心持ちが変わることもあります。ちょっとした小さなことでもいいんです。

私はこれまで、ディスプレイデザイナーやスタイリストという肩書きで仕事をしてきたんですが、なんだかしっくりこなくて。最近ようやく「暮らしの装飾家」と決めることができたんです。今流行りのミニマリストやシンプルライフのような流れとは違うかもしれない。暮らしに小さな装飾をすることで、心の彩りが変わってくると思います。装飾はプラスオンすることかな、と思うんですが、好きなものを飾る、暮らしが楽しくなるものを手に入れる、そんな喜びを伝える仕事なんだな、と思ったら、自分の方向がしっかりと定まってきました。

お繕いも、穴やシミなどをきっかけに、「好き」や「可愛い」をプラスオンすることなのかな、と思います。上手にできなくても、まずはやってみるというのが、すごく大きな一歩だと思います。それが自分のものでも、家族や恋人のためでも、自分が手を動かすことで誰かが喜ぶ、喜びを生み出せのが「お繕い」の素晴らしさ。そもそも好きで、気に入って求めたものが、ますます好きになれるような、そんな提案をこれからもやっていきたいと思います。

ミスミノリコさんの著書『繕う暮らし』のお買い求めはこちらから

Information

ミスミノリコさんホームページ

http://room504.jp

ワークショップの情報などをご覧いただけます

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この記事を書いた人
北原まどか理事長/ローカルメディアデザイン事業部マネージャー/ライター
幼少期より取材や人をつなげるのが好きという根っからの編集者。ローカルニュース記者、環境ライターを経て2009年11月に森ノオトを創刊、3.11を機に持続可能なエネルギー社会をつくることに目覚め、エコで社会を変えるために2013年、NPO法人森ノオトを設立、理事長に。山形出身、2女の母。
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