『たたんぱ たたんぱ』は、今月、福音館書店の“こどものとも0.1.2.”シリーズの9月号として発売されました。『こどものとも』は、1956年に刊行され、『ぐりとぐら』『はじめてのおつかい』『きんぎょがにげた』など、誰もが一度は読んだ経験があるであろうロングセラー絵本を生み出している月刊誌です。
この『かんかんかん』を、子どもと一緒に読んだ、という方も多いのでは?かんかんかんの画を担当していた造形作家が青葉区在住の、川本 幸さんです。
この絵本の画、よくよく見ると、スプーンや段ボール、手袋、鉛筆、いろいろな素材を使ってつくられています。紙に絵を描くのではなく、様々な素材、手法を駆使して画をつくり、それを撮影することで1冊の絵本になっているのです。
実は、川本さんと私は、子どもが同い年の、いわゆるママ友。お互いの子どもが2歳の頃に出会い、今は同じ幼稚園に通わせているので、毎日のように顔を合わせています。造形が得意ということや、絵本を出版したことがある、ということは聞いていましたが、今さら踏み込んだ話をする機会がありませんでした。
今回2作目を作っているということを聞いていたので、「できた!」と嬉しそうなメールを見た時に、この機会にじっくりお話を聞いてみたいと思ったのです。
デザイナーから造形作家へ
川本さんが造形に興味を持ったのは、小学1年生の時。フェルトでつくった小物を父親にプレゼントしたことがきっかけです。
毎年自由研究で立体作品を作り、高校は地元の学校の美術部。その後、上京し、東京都渋谷区にある桑沢デザイン研究所でデザインを学びました。
卒業後グラフィックデザイナーとして独立してからは、CDジャケットやWEBデザインなどの仕事を中心に請け負っていました。納期に追われ忙しい日々ではありながらも、仕事もお金もあり傍目からは成功していると言われる状況の中、何かモヤモヤと自分の中で満たされないものを感じていたと言います。
ちょうどその頃、友人が手がけるファッションブランドの10周年記念展覧会で会場の装飾展示を頼まれた川本さん。
この展示を制作するなかで、「手でふれられないパソコンでの作業ではなく、本来一つひとつ手作業で作り出すことが好きだったことを思い出した」といいます。
しかし、展示では、その場では一瞬形になるものの、残らない。
そこで、もう少し作品として残るものは何か?と考えた時に、”絵本なら自分の作品が残せるかもしれない”と思い立ち、絵本の道に入っていったのだそうです。
まず何か一つつくってみよう、と、自分の思い描く作品を制作し、出版社に売り込みました。
この自作絵本をきっかけに、福音館書店から「こんなお話があるんだけど、画をつくってみませんか?」と声がかかり、手渡されたのが、のむらさやかさんの文章。かんかんかんでした。
“こどものとも0.1.2”シリーズは、月刊誌ですが、その中から年に数冊『0.1.2えほん』という単行本になります。『かんかんかん』は単行本になり、これまでに10万部以上売れるという大ヒットとなりました。
今回もまた、のむらさやかさんの文章に、写真も制作も同じメンバーで2作目をつくることに。それが、今回出版された『たたんぱ たたんぱ』です。
『たたんぱ たたんぱ』が生まれるまで
『たたんぱ たたんぱ』はスリッパのお話、ということは決まっていたので、どんなスリッパにするのか、どんな動きをするのか、という部分から考えていきます。
「スリッパは家の中の履物だから、家族に見えるものの方が面白いな、とお父さんスリッパやお母さんスリッパ、子どものスリッパが思い浮かんだ」という川本さん。難しかったところは、音を表現するところだったとか。
今回のストーリーが室内だったので、素材もできるだけ家の中にありそうなものを探しました。
「立体をつくる中で、一番好きなのが素材選び」という川本さん。
子どもが生まれる前は、週に1回以上はフリマや骨董市に通い、素材探しをしていたそう。
時々私も川本さんと一緒に買い物に行きますが、同じ場所で同じものを見ているとは思えないほど、気づくと「それ、どこにあった?」「一体何に使うの?」という戦利品を抱えていて驚かされます。明らかに趣味ではなさそうな時計を抱えていた時には、なぜ?と思いましたが、聞けば「分解すればこのパーツは使える」という具合です。
「フリマって、ものの見方に自由があって、そこから好きな物を探すことが楽しい」と。
独身の頃は、一部屋まるまる素材部屋があり、上京したお母さんに、ゴミと間違えられて捨てられたほどだそう。
この作業部屋も、よく見ると、面白そうなものや、なんのために使うものかよくわからないものがそこかしこに。
今回、実際に制作にかかったのは3カ月ですが、最初に依頼がきてからラフを出す下準備の段階を入れると、この絵本1冊が生まれるまでに1年半かかりました。
絵のラフ描きの場合はイメージが伝わりやすいのですが、立体は、イメージが本人の中にしかなく、それを編集者にどう伝えるかが一番苦労するところ、なのだとか。
しかし、川本さんは「絵と違って、立体には、想像の枠を飛び越える、そういう可能性がある。だから面白い」といいます。
こだわっているのは、カメラの技術を駆使して動きを出したり、外から風を当てて動きを出すのではなく、あくまで写真絵本という点です。立体で作ったものを、真上から撮影し絵のように仕上げること。動いている部分は立体で表現しています。
母として、造形作家として
今回、絵本ができたことを5歳の息子さんがとても喜んでくれたのは意外でもあり、嬉しかったことの一つでもありました。
川本さん宅に我が子はよく一緒に遊びに行っていますが、時々新しい体験をして意気揚々と帰ってきて家でまたやりたがる、ということがあります。縫い物だったり、ビーズアクセサリーに別のパーツをくっつけて新しいものをつくってきたり。
造形教室のように、子どもたちに色々遊ばせてくれて申し訳ないなあと思っていましたが、本人は、
「子どものためというよりは、自分のため。自分が単純に見てみたいから」と笑います。
それまで、好きなアーティストや心から惹かれるものはないと思っていた川本さん。25年前、世田谷美術館でアール・ブリュット作品に出会い、衝撃を受けました。絶対にかなわない、と。
でも、子どもの作品はその「かなわないもの」につながる、と言います。
若い頃、ストライプ柄のシャツとストライプ柄のインナーを重ねてきた時に、アパレル会社を経営するお兄さんに「ストライプにストライプはないだろ!」と言われたことが今も心に残っている、と言います。
「なんでストライプにストライプはいけないの?と。同じようなことを流行りだとやっているのに。そういう当たり前という常識の枠が子どもにはないから、そういうことを当たり前のようにやる、それが面白いと思って」
「この時期にしか描けない子どもの絵は、作品として残るだけではなく、自分にとって美術館に行って感動するような、刺激を受ける。近くでそういうインスピレーションを受ける子どもたちの絵や工作を見られるのは嬉しい」と話します。
今、絵本の世界に足を踏み入れて、色々な可能性のある面白い世界に入ったなと思う反面、この時期に受ける絵本の影響はとても大きく責任も感じる、と言う川本さん。
「こどもは、噛んだり、触ったりして物の感触を確かめたり、叩いて音を感じたり。全身で遊んでいる。そういう遊びの中で感じた感覚は、頭で考えるよりも確かなように思う。『たたんぱ たたんぱ』が、そんな遊びの入り口になればいいなと思う」と笑顔で語ってくれました。
きっとこれから、この『たたんぱ たたんぱ』が生まれて初めて目にした絵本、という子も出てくるでしょう。
その時には「この本をつくったのはおばちゃんのお友達なんだよ」と鼻の穴を膨らませて自慢したい、とほくそ笑んでいるところです。
『たたんぱ たたんぱ』
のむら さやか 文 / 川本 幸 制作 / 塩田 正幸 写真
福音館書店 こどものとも0.1.2. 2018年9月号
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