相鉄いずみ野線「ゆめが丘」駅を降りると、開発前の住宅地とはきっとこんな風だったんだろうな、という景色が広がります。線路沿いには畑が広がり、スカーンと空が近くて、畑や屋敷森が点在している、のどかな風景です。
私が「はまふぅどコンシェルジュ講座」の農業研修で美濃口俊雄さんを訪れたのは2018年7月13日。この日の最高気温は33.1度と蒸し暑く、朝9時前に直売所「自然館」に到着した時にはすでに、皆さん汗だくで、一仕事終えた状態でした。
「真夏は朝のうちにある程度仕事を済ませてしまうんだよ」と、美濃口さん。コンテナにドサッと入った野菜を、お嫁さんやパートさんが次から次へと並べていきます。この日は、トマト、インゲン、枝豆、ブルーベリー、ピーマン、きゅうりにかぼちゃ、ナス、とうもろこしにじゃがいも、玉ねぎと、10種類以上の野菜がみずみずしい色彩を放っていました。
「じゃあ、ナスの収穫をやってもらおうかな」と、美濃口さんに連れられてナスの畑に向かいました。着いた谷間の畑は、ここが横浜であることを忘れてしまうほどの深い森の中でした。道路際の暑さが嘘のように、ふわっとやわらかい風を頰に感じます。美濃口さんの畑はあちこちに点在していて、見晴らしのよい丘陵地から、谷間、森の中、整備された平地など、大きさも立地もそれぞれです。この森の中の畑ではナスを栽培していて、その理由を美濃口さんは「ナスは風に当たると表面にヒビが入ってしまう。なので、ナスは風があまり吹かない場所で栽培している」と教えてくださいました。「適地適作」という言葉を、美濃口さんの畑で私は実感しました。
直売所に戻ってじゃがいもやトマトなどを仕分けたあとは、再び別の畑に向かいました。この日の研修生は私のほかにもう2人。お一人はこれから横浜市内で新規就農をしようとしている藤又琢さんで、もう一人は横浜市内に地産地消のカフェをつくろうとしている宮古里美さん。これからやる作業は、きゅうりの苗の定植です。まだ午前中というのに、ハウスの中にいると汗が滴り落ちてきて、息苦しいほど。すでに農業研修を重ねている藤又さんは、美濃口さんの指示に従い、手際よく苗を植えていきます。腰をかがめて苗を植えていると、足がじんわりと疲れがたまってきて、息があがってきます。
1時間に満たないハウスの中での農作業は、思った以上に過酷で、これを毎日おこなっている農家さんの苦労を実感します。ハウスを出た時の新鮮な空気のおいしさといったら! 美濃口さんはここでも、「風を感じる」ことの大切さを教えてくれました。
11時半に午前中の作業を終え、「それぞれ休憩してください。午後の作業は14時からね」と美濃口さんに言われました。え、2時間以上も休憩するの? とビックリしていた私に、藤又さんは、「夏の盛りの時期は、農家は夜が明ける頃から働いているんですよ。日中は暑さがひどくて農作業するのはつらい時間帯なので、そこを避けているんだと思います」と教えてくれました。
14時ちょっと前に美濃口さん宅に再集合し、午後の作業は玉ねぎ畑の片付けです。畑の畝に張り付いたマルチ(農業用資材)をはがし、茎や根を抜いていく作業です。3人で協力したら30分強で終わったのですが、あまりもの過酷な暑さに宮古さんは少し顔色が悪そうです。軽い熱中症と思われる表情に、美濃口さんは「ここで無理したらダメ。しっかり休んで」と声をかけてくださいました。そう、本当に真夏の農地は暑い! 農地の存在は、ヒートアイランド現象(エアコンの排熱やクルマの廃棄ガスといった都市化によって気温が上昇する現象)の緩和効果があるのですが、地表面に近いほど温度が高く、また土が保有する水分の蒸散効果により湿度も高いので、直射日光にあたりつつも腰をかがめながらの農作業はとてもツライのです。美濃口さんはこまめに汗をかいたTシャツを替え、水を取りながら対策しているようでしたが、慣れない私たちには本当に厳しい作業で、農業を続けてくださっている方々に対して頭が下がるばかりでした。
少し元気を取り戻したところで、最後の作業は人参の種まきです。その前に、畑の畝づくりから始めました。藤又さんに「やってみる?」と言いながら大きなトンボを渡し、土をならして畝の間隔を指定し、農機具でマルチを張って、種をまく穴を開けていきます。
それから、美濃口さんに渡された人参の種を3粒ずつ、マルチに開けた穴にまいていきます。種はとても小さいので、小さなお猪口に入れて、手でつまんで、土を指でちょっとだけ掘って、そこに種をそっとおいて、土をかぶせました。
美濃口さんの畑の土は、本当にふかふかしていてやわらかく、いい匂いがします。ていねいに土をつくっていることがわかります。そうして1時間ほど種まきの作業をして、この日の農業研修はおしまいです。
最後に、美濃口さんの自宅の軒先で、お茶をいただきながらお話をうかがいました。
美濃口さんが自然館を始めたのは平成2年。「平成元年に直売所をやろうと、思いついたんです。うちの畑は山に囲まれていて、自然に恵まれている。自然を味方につけて農業をやっていきたい、という気持ちを込めて、自然館という名前にしました」と、美濃口さん。時に、畑でライブをやったり、収穫祭におおぜいの人が押し寄せたりと、年季の入ったアルバムには自然館をめぐる豊かなコミュニティの存在を確かに感じることができました。
「私が大切にしているのは、風土に根ざした農業です。いい土をつくれば、微生物が増えて、おいしい野菜をつくってくれます。草は緑肥だと思うし、目に見えない微生物を大切にしたいから、使わなくて済む農薬は使わない。無農薬でできる作物には、農薬は使いません」と、穏やかな口調ながらも強い信念を語ってくださった美濃口さん。
美濃口さんの話を聞いて、これから農業を始める藤又さんは「これまで研修でいろいろな農家さんにお会いしてきましたが、作物のつくり方、そこにかけるこだわりはお一人お一人違っていて、おもしろいです」と、農業の奥深さにワクワクしている様子で、宮古さんは「おいしいものをつくるのって、本当に大変なことだと実感しました。毎日のご功労を感じながら、頭が下がる思いです」と、実感をこめて語ってくれました。
どれだけ技術が進んでも、自然や風土、風を読む力は、農家としての人生を積み重ねてきた達人にはかないません。
私はこれからも、横浜の風土をつくり守る人たちの思いに耳を傾け、伝えることに力を注いでいきたいと感じた、美濃口さんとの夏の1日でした。
自然館
住所:横浜市泉区下飯田町1761
電話番号:045-802-3297
営業時間:9:00〜13:00
定休日:水曜日
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