私はかつて、料理教室を受講するたびにクミンやシナモン、サフランなど、材料のスパイスを全て買い揃えていました。でも、ほとんど使いきれないまま賞味期限切れになり捨てることに……。自己嫌悪に陥りながら、「これ高かったのに……」とか「もっと量が少なければいのにな」と思っていました。森ノオト読者の皆さんも、似たような経験はありませんか?
川崎市中原区にあるバルクフーズ元住吉本店は、本格的な量り売り専門店としてオープンし、今年9月に開店4周年を迎えました。
オリーブオイルや、ナッツバター、漂白剤不使用のドライフルーツ、乾燥野菜、ナチュラルな洗剤など、店内には約270種類の商品が所狭しと並び、それらは全て「必要な分」だけ買えるお店です。
オーガニックで美味しくて体によい食品を少量から買えるお店として、県外からもお客さまがやってくるほどの人気店になったバルクフーズは、現在川崎市中原区周辺に系列店を3店舗運営しています。
私は開店当初にローリエを5枚購入し、自然で優しい香りの良さに、すっかりお店のファンになりました。今回は、バルクフーズの社長の伊藤弘人さんと、スタッフの村上みどりさんとにお話を伺いました。
日本ではまだ馴染みの薄い「量り売り」。伊藤さんが量り売りの業態を始めようと思ったきっかけは何だったのでしょうか。
福島県生まれの伊藤さん、海産問屋だったご実家は、昭和30年代からスーパーマーケットを営むことになりました。伊藤さん自身は、一度道路関連の企業に就職しますが、お父様の大けがで実家に戻り、実家のスーパーマーケットで働くことになります。そのときに行った海外研修で、アメリカやヨーロッパのスーパーでは、量り売りがスタンダードだと知りました。
また、大学時代に肝臓を患ってから、入退院を繰り返していた伊藤さん。その経験から、食が健康に直結することを学んでいました。弟さんが大病を患ったとき、術後の回復のために良質なたんぱく質を摂取する必要がありました。そこで、1960年代の東北地方では仙台の三越のみが販売していたクリームチーズや、手軽に栄養補給できるキャラメルを仕入れることにしました。高価なのでスーパーで売れるかは挑戦でしたが、結果は大成功でした。
「食は大事です。心身ともに健康でいるためには、おいしくて身体に良いものを、毎日食べてほしい。でも、身体に良いものは高価だから、継続が難しい。良いものをお買い得に提供する方法を考えたとき、量り売りが理にかなっていました」と伊藤さん。
平成22年にお父様が亡くなり、自分のお子さんも成人したことをきっかけに、「自分の本当にやりたいことをやろう。量り売りのお店をつくろう」と伊藤さんは決心します。当時日本では、お菓子だけ、など一つのカテゴリーでの量り売りのお店はありましたが、多品目を扱う本格的な量り売り専門店は他に例がない、ということで、役所での開業届けなどの手続きは大変困難でした。
ようやく手続きが済んだら、物件探しです。伊藤さんは商店街のある地域で、地元に密着したお店を開きたい、という思いがありましたが、こちらも難航しました。縁あって、活気があることで名高いブレーメン商店街のある、元住吉に店を構えることができました。しかしその後も輸入トラブルに見舞われるなど、開店までに4年もかかりました。苦労も多かったのでは? と尋ねると、
「僕ね、辛いと思ったことがないんですよ。自分も生死をさまよったことが2、3回あるんでね。良くも悪くも、色々な経験ができることは、面白いなって、思えるんです」とそんなエピソードもあっけらかんと答えてくれました。伊藤さんの突き抜けた明るさは、過去の経験で培われた精神力から生まれたものなんだろうな、と感じました。
バルクフーズでの量り売りは、店側は仕入れた商品をプラスチックの保管容器に入れるだけで販売ができ、お客さまは容器を持参して、好きなものを必要な分だけ入れて購入できます。商品の大量仕入れと、パッケージに関わる包材や人件費などのあらゆるコストカットで、質の良い商品を市販の価格よりも安い価格で販売することができるので、店にもお客さまにも双方メリットがあります。
伊藤さんによると、これまで日本で量り売りが浸透してこなかった理由は、四季があり年間の気温が一定ではなく、湿度が高いため、食品の傷みやカビなどが生じやすく、品質管理が難しいからだそうです。
バルクフーズでは、あえて店舗面積を小さくし、店内の気温と湿度を徹底管理して、商品の品質を保持しています。スタッフの村上みどりさんは真夏でも寒さ対策にフリースを常備しているそうです。
【感動するほどおいしいものを】
店内に一歩入ると、目移りしてしまうほど、魅力的な商品がぎっしり並んでいます。商品選びのポイントはどこにあるのでしょうか?
「感動するほど美味しいこと、ですかね。普通においしいものはたくさんあるけれど、感動できるものって、そうはないんですよ」と話すのはスタッフの村上さん。バルクフーズでは社長の伊藤さんとスタッフが一緒に商品選びをしているそう。でも「美味しい」の感覚は人によって違いますよね。もちろん意見が割れることもあります。ですが、「感動するほどおいしいものは、満場一致のことが多いんですよ」と声を揃える伊藤さんと村上さん。
最近の商品選びの会議で満場一致となったのは、森ノオトでも紹介した地球にやさしいナチュラル洗剤の「LIVERE(リブレ)」さん。
「リブレの洗剤にも衝撃を受けました。店に置いてもらえないか、すぐに交渉に行きました」と伊藤さん。
「オーガニック系の洗剤の多くは、汚れ落ちがいまいちだったり、洗い上がりがごわごわしたりするんです。でもリブレの洗剤は、汚れ落ちがいいし、柔軟剤いらずなのにふんわり。何より洗濯しているときの香りが抜群にいいので、お洗濯が楽しくなります。一般の洗剤より高価だけど、リピーター続出です」と村上さんもイチオシです。
「日本の農作物の品質は、オーガニック基準を満たしているけれど、認証を取っていないところが多いんです。『認証をとるための研修にお金をかけるより、いいものをつくることにお金をかけたい』、とある農家さんは言っていました。日本人として、どのようによいものをつくっていくか、品質をどう維持していくか。志を持って頑張っている地方の農家さんや小さい会社は、量産はできないけどおいしいものや品質の高いものをつくっています。取引に至るには難しいケースが多いけれど、応援の意味もこめて、仕入れています。日本全国のおいしいものを伝えていきたいんです」と話す伊藤さん。
バルクフーズの店内に一歩入ると、魅力のある商品が盛り沢山なので、わくわくがとまりません。スタッフ全員が商品を実際に食べたり使用したりしているので、消費者目線で、具体的で説得力のある商品説明や使用方法を聞けます。また、商品をつくっている生産者のこだわりや想いも、きちんと伝えてくれます。お客さまとの対話を大切にしているので、私は毎回気持ちの良いお買い物ができています。
例えばお店の看板商品の搾りたてのナッツバター。季節によってナッツの種類も変わります。
「夏場でも常温で2週間はおいしく食べられます。一番人気のピーナッツバターは、油分に甘みがあり胡麻のような風味があるので、練りごま代わりに使えます。ゆでたいんげんや青菜と和えると美味しいです。ポン酢と合わせるとゴマダレ代わりになるんですよ」と村上さん。商品の特長や、保存方法、調理法など丁寧に教えてくれます。質問にも誠実に答えてくれます。
【量り売りを地域の文化に】
バルクフーズ元住吉本店は、東急東横線の元住吉駅から徒歩約8分。ブレーメン商店街から1本横道の住宅街の中にあるので、迷われるお客さまも多いそう。そのため、系列の2店は、電車で来店されるお客さまがお買い物しやすいように、駅から徒歩約1分の場所に設けました。元住吉には飲食可能なバルクギア、新丸子にはバルクフーズ新丸子店です。
今年4月、新丸子店オープン初日のことです。ほとんどのお客さまが持ち込み容器でお買い物をしていました。伊藤さんは驚きとともに、容器を持参する買い物スタイルが、地域に根付いてきたことを実感したそうです。
これからの環境保護は、地球規模で、ストローだけではなく、ビニール袋やラップなど、分解できないブラスチック製品は使用しない社会になっていくでしょう。現にインドでは、街頭販売ですら、ビニール袋を使用していると罰金刑を課するなど、国が主導して厳しい取り締まりを行っています。日本の喫茶店やカフェでも、竹や麦わら、パスタなど、自然素材のストローを使うお店が少しずつ増えてきていると、ニュースで報道されていました。
神奈川県は、国の「SDGs未来都市」と「自治体SDGsモデル事業」に選定されました。神奈川県知事は「かながわプラごみゼロ宣言」を出し、プラスチック製ストローやレジ袋の利用廃止や回収、海岸利用者に対して、プラスチックごみの持ち帰りなどの取り組みを進めていく方針です。
※SDGsとは、国連の持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals)の略称で、世界が解決すべき課題に対して17のゴールと169のターゲットを設けている。世界150カ国以上が加盟している
「昔の日本は、豆腐やお味噌、お酒や醤油も、容器を持って買いに行くのが日常でした。プラスチック容器はすぐ捨ててしまいゴミになります。せっかくパッケージの無い商品を販売しているので、環境問題に貢献するという意味でも、お店もお客さまとともに変わっていけたら、と思います」と伊藤さん。
取材を通じて、バルクフーズを発端として、量り売りがもっと広がって、地域の文化になるといいな、と思いました。お惣菜や、肉、コーヒー豆など、重量を量って販売している形態のお店で、購入品を持参の容器にいれられるようになればプラスチックごみが減ります。パッケージ不要な分が価格に還元されれば、お客さまも喜んで容器を持参するでしょう。必要な分だけの購入が可能になれば、食品ロスも減ります。
好きなものを必要な分だけ量り売りというスタイルを、地元の商店街をあげて推進すれば、環境保護に大きく貢献できます。SDGsに積極的に取り組んでいる商店街として、国内外から注目を集めるかもしれません。量り売りが地域の文化になることは、地域の活性化につながる大きな可能性を秘めているんじゃないか、と感じました。私はお恥ずかしい話、持ち込み容器で買い物をしたことがありませんでした。次回バルクフーズで買い物をするときは容器を持参して、新たな感動と衝撃を受ける商品との出会いを楽しみたいと思います。
バルクフーズ 元住吉店
〒211-0033
神奈川県川崎市中原区木月祇園町7-13
メゾンSK102
東急東横線 元住吉駅西口から徒歩約8分
℡ 044-750-7899 Fax 044-750-7989
営業時間 11:00am – 19:00pm
定休日 第三木曜日 不定休
バルクギア 元住吉店
〒211-0025
神奈川県川崎市中原区木月1-35-36
東急東横線 元住吉駅西口から徒歩約1分
営業時間 11:00am – 21:00pm
定休日 月曜日 第三木曜日
バルクフーズ 新丸子店
〒211-0005
神奈川県川崎市中原区新丸子町769
東急東横線 新丸子駅西口から徒歩1分
℡ 044-322-9033
営業時間 11:00am – 19:00pm
定休日 第三木曜日 不定休
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