(ローカルライター講座修了レポート:取材・文・写真=白川麻里江)
「子どもが主人公」――先達から薫陶を受け、体で実感
山口園子さんが「地域で子育て」を意識するようになったのは、地域の絵本・児童書専門店が始めた文庫活動がきっかけです。幼稚園教諭をしていた当時20代の山口さんは、読み聞かせ用の絵本を求めて、地域の絵本・児童書専門店「良い子どもの本の専門店 ともだち」に通っていました。その縁で書店店主である徳村彰・杜紀子(ときこ)さん夫妻が始めた「ひまわり文庫」に関わるようになります。
徳村さん夫妻の持つ「子どもは世の中の主人公」というポリシー通り、ひまわり文庫では移動図書のほかに、子どもと慶應義塾大学日吉キャンパスの森で思う存分駆け回って遊び、キャンプや運動会、子ども市などさまざまなことを行っていました。山口さんはその中で、子どもの生きる力、遊ぶ力のすさまじさを痛感したそうです。
「子どもの成長って、生まれてからずっと縦でつながってるんだ。こりゃちまちま幼稚園の先生やってる場合じゃないな」と思った山口さんは5年勤めた幼稚園を辞め、文庫から派生した保育園の保育士になります。「文庫の活動を通して、『子どもには言いたいことがちゃんとある、子どもの言っていることに耳を傾ける必要がある』ってことを体で学びました」。
「そろそろあなた、やらない?」――託された“子どものための場所”
30歳で結婚し、出産。保育士を辞めていた山口さんはお子さんが小学生になる頃、よその子どもを自宅で預かって保育をしていました。そのかたわら、ご自身のお子さんは地域の有志がマンションの一室で開いていた家庭文庫「こどものへや文庫」にとっぷりとお世話になったそうです。良書がそろった環境の中で大変な読書好きにしてもらっただけでなく、お子さんが好きな針仕事や工作などをボランティアのお母さんたちにたっぷり教えてもらいました。子どもの興味を尊重し、存分に相手をしてもらえることに有難さを感じていたある日、文庫を運営している“おばさま方”からお呼び出しがありました。
「そろそろあなた、やらない?」
行ってみると用件は「文庫運営引き継ぎのお願い」。気づけば我が子は中学生、自身は40歳になっていました。これまで散々文庫にお世話になってきた身、場の重要性を重々承知していたので「これを絶やしちゃいけない! やるか!」と運営を引き継いだそうです。
以来30年。文庫機能に加えて、レンタルスぺースとしても地域の親子のために続けてきましたが、2019年3月末で会場の部屋を持ち主にお返しすることになったのです。45歳のときに鯛ヶ崎公園プレイパーク(以下「プレイパーク」)を立ち上げており今も続いているので、それを機に文庫を閉めてしまっても、子どものための場所がなくなるわけではありません。しかし「屋内の子どもたちの場所も必要だ、これを絶やしちゃいけない!」という思いに後押しされ、山口さんは新たな屋内拠点として実家の一部を住み開きで使うことにしました。「(仮称)山口さんのうち」の誕生です!
住み開き利用者第一号は徳村さん夫妻の書店
「(仮称)山口さんのうち」は、バス通りに面して最寄りのバス停から徒歩10秒と、最高のアクセスを誇りながら、都会には珍しい平屋建ての家です。しかも柿、椿、桜、木犀、つつじ、ゆずなどが植えられた50坪の庭つき。“田舎のおばあちゃんち”のような、どこか懐かしさを感じさせる空気が漂います。
そんな「(仮称)山口さんのうち」住み開きのオープンを飾ったのは、地域の絵本専門店「こどもの本のみせ ともだち」恒例のクリスマス特別イベントです。この書店は、山口さんが薫陶を受けた徳村さん夫妻の「良い子どもの本の専門店 ともだち」を地域のボランティアが長年引き継いできた店。山口さんが新たなスタートを切るのに、これ以上ふさわしい相手はありません。
2018年11月25日のイベント当日は、書店ボランティアによるハンドベル演奏やパペット演芸、読み聞かせなどが繰り広げられ、乳幼児を連れた親子で部屋がいっぱいになりました。出し物がない時間帯は、カフェスペースに早変わりし、耳つぼマッサージ屋さんまで登場! その横の小部屋では、天然酵母の手作りパンや、手芸品、手作りチーズなどの小さなマルシェも開かれました。好天にも恵まれ、乳幼児連れの親子のほか、近所の人や山口さんの先輩ママたちなど、老若男女多くの人が訪れ、思い思いに「山口さんのうち」を楽しんでいました。
プレイパークで山口さんに誘われて来たという0歳児連れのママは「プレイパークもいいんだけど、やっぱり屋根のあるところで落ち着きたいときもありますよね。ここは庭が広いから子どもも遊べるし、かといって広すぎないから部屋にいても目が届くので安心」と、ほっとくつろいだ様子。
「(仮称)山口さんのうち」が本格的に稼働するのは、2019年1月に利用希望者が集まって開く「利用者会議」以降です。
「細かいルールを作るつもりはないの。ただ、『子どもに関わってほしい』というのだけが最低限の条件かな。お年寄りが碁を打ちに来てくれてもいい、ただ、自分たちが一局終わったあとは、そこにいる子どもに教えるとかね」と、山口さんの想いはどこまでも子どもに注がれています。
「私の前に熱心にやってくれてた人たちがいたから、続けてこられた。つなぐのもひっくるめて託されている」
山口さんは今でも、プレイパーク開催日には必ず顔を出し、そこに集まる子どもの様子を見守ります。「山口のばばあ!」などとあくたれをつきながら寄ってくる中学生男子にも弾んだ声で答えます。子どもが子育て支援の場を使う年齢を過ぎると、自然とそこから足が遠のくが普通です。なぜ、山口さんはこれほど長く、しかも運営側で続けてこられたのでしょうか。インタビュー中、山口さんが何度もその答えを口にしていました。
「ずっと見てきて、子どもにとって心を開放して『子どもの時間』を楽しめる場が本当に大切だと知っているから」と。同時に付け加えられるのは、先達への感謝と使命感です。
「私の前に熱心にやってくれていた人たちがいたから、私も続けてこられた。前の人たちがすごいの。鯛ヶ崎公園プレイパークも、私も立ち上げの一人ではあったけど、一緒にやっていた先輩ママたちの情熱がすごかった。あれを見てたら、『絶対絶やせない』と思う。その先輩方はさまざまな形で今も援助してくれているし。次につなぐのもひっくるめて託されていると思うの」
先輩たちから引き継いだ大切なバトンを大切に守り育てつつ、新たな挑戦も始める山口さんは今年で70歳。世の中で「地域で子育てを」と言われるようになってからしばらく経ちますが、その地域の助け手は先輩ママたちが切り開き守ってきてくれたからこそ、今あるのです。そろそろ私たちのような“若手”が「忙しいから無理」ではなく、「自分は何が担えるのかな?」という観点でバトンのかけらでも受け取る時期に来ているのではないか、と感じました。
<(仮称)山口さんのうち>
住所:横浜市港北区日吉本町3-30-8
電話番号:045-561-8763
営業時間:未定(2019年1月以降に本格稼働)
<鯛ヶ崎公園プレイパーク>
住所:横浜市港北区日吉本町5-62
電話番号:045-561-8763
営業時間:毎週火・水・木、第2第4土日の10:00~17:00
URL:https://www.facebook.com/taigasakipp/
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