食の原風景をプレートにのせて お料理が対話する家庭的和食のお店「ゆたかな食堂」【閉店】
東急田園都市線藤が丘駅から並木道が美しいもえぎ野公園方面へ続く大通りを抜け、もえぎ野公園を背に鶴見川へと下りていく住宅街の一角に、医薬神社という小さな神社があります。小さくひっそりとし佇まいの地元の神社の、その向かいに、白い暖簾がふわりと風に揺れているのが見えたなら、そこがゆたかな食堂です。店主である坂本みちさんにお話を伺いました。

入口脇は「菌とともだち 発酵 甘酒」と可愛いらしいイラストの看板も

中へ入ると、4人がけのテーブルが2つとカウンターというこぢんまりしつつ温かい空間が

 

発酵食との出会い

会社員をしていた20代の頃、食生活の乱れやストレスから突然アレルギー体質になって、蕁麻疹が出るようになったり、体を壊してしまったみちさん。そこから、オーガニックやビーガン(完全玄米菜食)、持続可能なライフスタイルへと興味が湧いていったそう。

 

発酵との出会いは、友人のつてで仕事をすることになり訪れた酒蔵でした。その酒蔵は自然採取した菌からお酒をつくって いて、酒蔵に入った瞬間に無数の生命の存在と、懐かしさを感じたのだそう。子どもの頃からお母さんの手料理で慣れ親しんできた麹やお漬物などの発酵食を思い出し、私ってこういうものを食べて育ってきたんだと気づいたのだと言います。

 

そこからみちさんの発酵への探求が始まります。

カウンター前には、野菜や果物が漬けてあるガラス瓶がいくつも並んでいて興味が湧く

みちさんが、体を壊しどうやって社会で生きていったらいいのか見えなくなっていた頃、ふと、

「太陽の光ってタダだな、空気も、お水だって今でこそ蛇口をひねれば出るようになったけれども、元々は自然からの恵みだなぁ」と感じたそう。「自然がこんなにも与えてくれている」という感覚から、自分は生かしてもらっているのだことを感じたそうです。そして、無料でしかも平等に与えてくれる自然の法則の中で、基礎調味料がつくれるんじゃないかと、自らも自然採取の菌を使って麹をつくったり、お味噌、お酢、麹にお漬物と、実験するように発酵を試していったそう。

 

「発酵の過程をみるってとても面白いですよ。発酵は自然そのものだなぁと感じます……。里山が春夏秋冬で移ろっていくのと同じで、発酵食品も移ろっていく。雪が降ったら、降ったように発酵食品も反応するし、同じ瞬間というものがないなぁと。発酵のおかげで、家の中がゆたかに感じるんです」と、みちさんは笑います。

 

みちさんの発酵についての造詣は深く、発酵について話出すと止まらないほど。聞いている私も思わず夢中になります。もちろん、ゆたかな食堂でも、メニューにも発酵食を取り入れていますが、発酵食をメインに使ったお料理は、主に講座の方で出しているそう。発酵について詳しく知りたい人はゆたかな食堂で開催している講座にいらしてみてくださいね。面白いお話をたくさん聞くことができます。

 

そうやって自家製の麹やお味噌をつくったり、自家製調味料を使ったお料理をお友達に振る舞ったりしているうちに、だんだんと「料理をつくって欲しい」、「教えて欲しい」と要望ももらうように。それならちゃんと責任を持って届けられるようにと、お店をひらくことにしたのだそう。

 

家庭料理は食の原風景

お店の看板メニューでもあるゆたかな食堂プレートは、みちさんにとっての食の原風景が込められています。

 

子どもの頃、お母さんは、食が細かったみちさんのために、色々な種類のおかずを一口ずつ食べれるように小さな小鉢をたくさん用意してくれました。おかげで、あまり量を食べられなかったみちさんも、気づかぬうちに多品目をバランスよくとることができ、健康に育つことができました。そして、退職後にさまざまな食を探求しながら、自分の体に本当に合うものは?と突き詰めていったら、結局、子どもの頃の食事へ自然と戻っていったと言います。

このゆたかな食堂プレートだけで、30品目を取ることがきます。お味噌は自家製で、小鉢には水キムチやお漬物など発酵食品も 。ご飯は、玄米、雑穀米から選ぶことができます

お料理を出していて、実家のご飯みたいだねと言われるのが嬉しかった、と話す、みちさん。実家のご飯は、おかえり、大好物だよ、お腹いっぱい食べてほしい、栄養もちゃんとバランスよくなくちゃねと、家族のことを思ってつくられたご飯です。そんな、実家のお母さんがつくってくれるような、心がこもったご飯を自分でもつくれるようになりたいと目指し「ゆたかな食堂」のメニューは考えられています。

 

そして、もう一つ、ぜひ、おすすめしたいメニューが、五島うどんです。

 

五島列島の地域再生プロジェクトに参加し、巣鴨にあるアンテナショップで働くことになったみちさん。そこでは、五島うどんを出していました。みちさんは、五島列島出身ですが、育ちは東京。毎年、長期休みに五島に遊びに行ってはいましたが、うどんについては素人同然で、最初は手探りで始めたのだそう。

 

それでも、気が遠くなるほどのうどんを毎日作り、数万食を超えたあたりからだんだんと茹で加減などの勘所を捉えることができるようになってきたと思えるようになっていったそう。お店は、麺好きの男性がわざわざ調べて来てくれたり、アゴだしを使っているからと九州や長崎県の人が来てくれたり、TVでも紹介される人気店に成長しました。

 

そんな五島うどんのお店で、わからないなりに一生懸命にうどんをつくっていた頃、お料理をつくるうえで忘れたくないという大切なエピソードを話してくれました。

 

ここで何秒蒸らすといい、スープの透明感が上手く出るタイミングはここと、うどんと格闘する毎日に、「これでいいのかな?」と、葛藤が強かった頃のこと。

 

ふとみるとカウンター越しに男性客が涙しているのが見えたそう。どうして?と不安に思いながらも静かに見守っていたみちさんに、その男性は「小さい頃に亡くなったお母さんの味だった、今日ここで、このうどんを食べて、お母さんがつくっていたのは、アゴ出汁だったんだと知ることができた。ありがとうございました」と、みちさんに伝えて帰って行きました。

 

みちさんは、その時、お母さんの作るお料理が、子どもの頃までさかのぼりその方を愛情深く包んだのだと、お母さんの味ってすごいんだなと感動したそうです。

透明なスープはアゴだしというトビウオの出汁でとったもの。魚の出汁の香りがふわっと漂い、添えられた鯖の燻製がスープのコクを増します。私は初めて食べたのですが、旨味が深いのに、スッキリとした味わい。椿油で手延べした麺を海風で乾燥させるという五島特有の細麺は、ツルツルと食べやすい食感です。手間暇かかった五島うどんは「幻」のうどんと言われているそうなのですが、その食べやすさにお子さんにも人気です。材料のうどんと出汁は、五島からみちさんが厳選したものを取り寄せています。注文を受けてから作るのに時間がかかるため、提供は夜の営業時のみ

 

当たり前を当たり前に

色々な人に、間口を広く楽しんでもらいたい。だから、メニューはあえて奇をてらうことなく、定番でシンプルなものを。メインディッシュも、ご家族、お友だち同士、みんながそれぞれに、好みや気分、体調に合わせて、楽しめるようにと、お肉、魚、野菜を、常に用意しているそう。

 

「お客さんとお料理がする対話の時間を生み出せれば。お料理との出会いはそれぞれの感じ方があるから、美味しいものを出すのは当たり前だけど、お料理とお客さんの出会いをつくりたい 」と、みちさん。

 

もちろんメニューには、日頃のみちさんの研究の成果でもある、発酵食もさりげなく使われています。お漬物など表に見えるものもあれば、お味噌や麹など、調味料として使われていることも。けれども、そのことをあえて強く主張しないのは、健康食として発酵食をふんだんに使っていることよりも、誰と、どんな風に食べた? という、家族で食べるような温かい食事の感覚の方が大切だと感じているからなのだそう。

 

みちさんとお話しして、実家のご飯を久々に食べたときのことを思い出しました。

 

なんの変哲も無い毎日のお母さんのご飯。大人になって働くようになり、親になって、初めてその偉大さに気づく。

日々、「当たり前」だと思っていることは、脚光を浴びることなく、ただ、そこに当たり前のようにあります。太陽や、空気、お水などの自然も然り。でも、当たり前なことこそ、本当は特別なのだと、あらためて。

 

ゆたかな食堂は、そんな「当たり前」を「当たり前」のように出してくれる、気さくで、まるで実家のような温かい家庭料理店。当たり前のひと口から、対話が始まり、心がほころぶ、ゆたかな時間を用意して待っていてくれます。

Information

「ゆたかな食堂」

住所:  横浜市青葉区柿の木台19-6

営業時間:  水〜土曜日 11:30-14:00

17:30-20:30

日曜日     17:30-20:30(日曜日は夜のみ営業)

定休日:  月・火

TEL:  045-513-6225

HP:  http://www.yutakana.tokyo/

駐車場:  有り(2台)

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この記事を書いた人
おくむらさちこライター卒業生
横浜市青葉区で生まれ育ち子育て中。映画が好き過ぎて、アメリカまで勉強に行ってしまったこともある行動派。女性の生き方、働き方に関心を持ち、同時に地域ぐるみで子育て環境をよくしていくために「こどもみらいフェス」の実行委員としても活動中。森ノオトではwebまわりのサポートも担当。
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