優しい風を運ぶ、訪問理美容というケア。 美容室Shell Blue店長・高村則雄さんを訪ねて
自分の住むまちの、眺めるだけでホッとする見慣れたお店の並び。もし、そのお店の扉を一度でも開けたなら、そこにはきっと、愛情を持ってそのまちを見守るお店の方との出会いがあるでしょう。この度、青葉区鴨志田町のバス通りにある美容室「シェルブルー」を訪ね、店長の高村則雄さんにお話を伺いました。

夏の終わり、ゴーヤのカーテンが涼しげなお店に夕方取材に伺うと、ちょうどスタッフさんたちが訪問理美容専門の車から降りて来ました。今日は3人チームで3軒の高齢者介護施設を周り、30名の方々のカットなどの施術をして来たそうです。シェルブルーは青葉区鴨志田町で美容室を構えながら、施設などに出向く訪問理美容サービスも行っています。

この訪問理美容というのは、理容室・美容室へ出かけることが困難な在宅の高齢者などに対して、理容師・美容師が施設や自宅を訪問して頭髪のカットなどを提供するサービスです。

鴨志田町のご近所にある日本体育大学や横浜美術大学の学生さんは、なんとカット半額!高村さんは岩手県の出身なので、地方から出てきて一人暮らしや寮生活で頑張っている若者を応援したい気持ちで始めたサービスなのだそう(撮影:梅原昭子)

シェルブルーはオープンから今年で35年になるそうです。35年前の昭和59年は、鴨志田町に一大団地群が建設され、それに伴い、鴨志田緑小学校、鴨志田中学校が開校した年です。お店の歴史は、鴨志田町の発展と歩みを同じくしています。

 

現在、高村さんは店長を務めていますが、高村さんがシェルブルーに来たのは16年前です。上京と同時に20年間勤めた、東急田園都市線沿線の鷺沼にあった美容室が閉店することになったのを機に、ここシェルブルーで働くことになりました。

新たな美容室を探す際、高村さんがこだわったのは「訪問理美容サービス」を実施しているお店、ということでした。鷺沼のお店はビルの3階にあり、高村さんが働いていた20年の年月の流れの中で、常連のお客さんたちも年を重ね、階段を上がって来店するというのが大変になっていく姿を見ていたことがきっかけでした。お店に足を運ぶことが難しくなっていくお客さんたちを目の当たりにし、高齢者の増えるこの時代に、訪問という形で理美容サービスを提供することで、お客さんの理美容に寄り添い続けたいと感じていたのです。

しかし、当時は訪問理美容サービスを実施している美容室はなかなかなく、ようやく見つけ、迷わず就職を決めた第二の仕事場が「シェルブルー」でした。

「ところがね、僕がここへ来た時は、実はまだシェルブルーでは訪問サービスをやっていなかったんですよ。よくよく話を聞けば、「これから始めようとしている」と言うことだったのです。いやはや……」と高村さん。

そうして、これからこの地域で訪問サービスを始めていこうというシェルブルーの社長、南彌生さんの思いとともに、高村さんはゼロから、訪問理美容サービスを開拓していくことになりました。

シェルブルーの隣のカフェ、ウチルカさん主催の鴨志田恒例の夏の終わりの「カモカモ祭り」では、綿菓子屋さんを開き、鴨志田の子どもたちを喜ばせてくれている高村さん。高村さんの技が光る「風になびく綿菓子」! など、子どもたちは目を輝かせて受け取っていました。相手を笑顔にするエッセンスを、当たり前や普通なものにさりげなくプラスするところがきっと、高村さんの仕事や生き方への姿勢を表している気がしました(撮影:南部聡子)

当時、老人ホームなどの施設では、入所者の方の散髪は、「とりあえず、さっぱりとした髪型であれば良い」という意識が主流で、男性女性問わず床屋さんに依頼していることがほとんどでした。

「後ろからでは、その方が男性なのか女性なのかあまり見分けがつきにくいような」という高村さんの言葉に、私は、高校時代ボランディアで訪れた老人ホームの方々を思い出しました。確かに、どの方も、ショートカットで、それはあたかも「老人ホームのおじいちゃん、おばあちゃん」という、一つのイメージを作っていたように思います。

そんな状況に対して、高村さんは「訪問理美容ではパーマもカラーも出来ます。男性には男性らしい、女性は女性らしい、それぞれの望みのスタイルをいくつになっても叶えます」というコンセプトを、施設を周りながら誠実に説明しました。

「高齢の方だけでなく、例えば育児中のお母さんたちも含めて、ケアを必要としている方々は多くいますが、その方々に対するケアの中で美容は後回しにされがちだと思います。けれど、美容も大切なケアの一つだと僕は思います」。

「美容も大切なケア」という高村さんの言葉はとても身に沁みました。私自身も、ついこの間まで、育児で我が身を省みる時間もなく、そんな日々の中で、たまに行く美容室での時間は、そういえば至福でした。自分だけの時間、座っているだけで良くて、自分のために誰かが何かをしてくれる時間。そして最後に鏡を覗けば、さっぱりとした自分がいる……。さっぱりとしたのはいつも、髪だけでなく、気持ちもでした。晴れやかな気持ちで日常に戻る、その感覚。

スタッフの高橋順子さん、井上秀子さん。訪問スタッフの多くは、出産や育児などでしばらく美容師の職を離れていた方々が多いそうです。自分たちの親世代に近い方々とのコミュニケーションも朗らかに、持っていたスキルを再び活かしています(撮影:梅原昭子)

高村さんは印象に残っているお客さんの言葉を話してくれました。

外出ができなくなってから、3カ月目に、ようやく訪問理美容サービスを利用することになったお客さんがいました。3カ月の間に髪も伸び、表情も硬くなっていました。カットやカラーが済んで、鏡を覗いたお客さんは、表情がふと和らいで、安心したように「やっと元の自分に戻れた……」と呟かれたそうです。

「僕もいずれは年をとります。何か出来なくなることが出てくるでしょう。その時、僕がしてほしくないと思うことはしたくないんです。お客さんが望まれていること、それをただ叶えたい、その思いです」と高村さんは言います。

今まで出来ていたことが出来なくなるということは、年を重ねる中で、もしくは何かの事情により、誰にでも訪れることかもしれません。さまざまな困難や何かを手放していくような感覚の中で、諦めなくても良いことがあるという喜びは、どれほどの力と希望を与えてくれるのでしょう。

さり気なく見せてくれた高村さんの名前の刻まれた燻し銀のハサミ。仕事道具を見せてもらうと、美容師さんは自分の腕と技術で人を喜ばせる職人さんなのだなあと、改めて実感。使い方を教えてもらったが、まず「親指」と「薬指」で持つという基本に驚いてしまいました(撮影:梅原昭子)

高村さんは「訪問理美容」を利用する施設を開拓するため、老人ホームなどの施設に出入りするようになって、「介護ヘルパー」や「介護福祉士」という資格や職業があることを知りました。

 

「それまで僕は、ずっとお店でお客さんを待っていて、お客さんが来てくれて、いつものようにカットやパーマをする日々でした。仕事で外へ出るということはありませんでしたから、福祉施設を回ることで、初めて知ることがいろいろありました。それで僕ね、社長にお願いして、高齢者介護施設で研修させてもらったんです。最初は3カ月という約束だったのですが、延ばし延ばして、結局1年間施設で働かせてもらって、介護ヘルパーの資格もとりました。介護は、キツイとか大変とかというイメージもあり、確かにそういった面はありますが、それは僕にはあまり気になりませんでした。それよりも施設でのおじいさん、おばあさんとの何気ない会話と触れ合いとか、そういうことが僕にはとても面白かったし、たくさんの勉強をさせてもらいました」

長く美容師という仕事を一筋にしてきた高村さんが、全く違う分野の仕事に、自ら敢えて身を置いたというお話には、訪問理美容でこれから出会うお客さんたちについて、より理解を深め、できる限りの行き届くサービスを提供したいという本気と、プロの心意気を感じました。

「訪問理美容ケアというのは、実は美容師にとっては厳しい面も多いです。美容室では高さを調整できる椅子がありますが、施設やお宅では普通の椅子や、時には車椅子に座ったままのケアになります。お客さんの身体に麻痺などがあり、真っ直ぐに座っている状態ではないこともあります。美容師が、お客さんの位置や体勢に合わせなければなりません。お話が出来ないこともあり、身体的なことだけでなく、気持ちを汲み取るという心配りも、言葉に頼らずしなければならない場面もあります」というお話に、「訪問理美容」という言葉でイメージするだけでは分からなかった、現実の苦労や工夫があることを改めて知りました。

それでも、こちらのしみじみとずしりとした感動とは裏腹に、高村さんはなんだか、ふわりと軽い風のような印象で笑っています。

高村さんの笑顔は印象的です。きっとお客さんたちも皆さん、鏡ごしにこの笑顔に出会うとついリラックスしてしまうことでしょう。

昨年のかもじけハロウィンの時の一枚。まだ、高村さんと面識のない私でしたが、地域の子どもたちを様々な場面で見守ってくれているシェルブルーの店長さんは、ずっと気になる存在でした。お客さんとしてだけではなく、地域の仲間として接してくれるお店の方々にいつも感謝を覚えます(撮影:南部聡子)

そんな笑顔に、鴨志田界隈に住んでいる人は、イベントの折に出会っているかもしれません。

 

鴨志田で行われる、カモカモ祭りや豆まき、かもじけハロウィンなど、地域のイベントの盛り上げにも一役買ってくれているのです。ハロウィンでは、いつも暖かく扉をあけて待っていてくれます。9月のカモカモ祭りでは、毎年高村さんが綿菓子を作っています。また、鴨志田中学校で実施される地域マイスター講話に招かれた折は、中学生に「ハサミ」の持ち方から、「バリカン」の使い方までを実習付きでレクチャーしたそうです。

鴨志田町のお店で美容師をしていることは、高村さんにとって偶然だったかもしれません。けれど、その巡り合わせを長い年月、楽しく重ねているのは、高村さんのこの軽やかさと「面白がり」な人柄ゆえであるかもしれません。

「今度ね、訪問サービスで使える新しい機械を購入したのですよ。髪を洗いながら、同時に水を吸い取るというね」と身振りを交えて、その機械の説明をしてくれる高村さん、きっと高村さんにはその向こうのお客さんたちの、より快適によりスムーズにシャンプーをする姿が見えているのでしょう。

現在シェルブルーでは、高村さんも含め19名のスタッフさんが訪問理美容サービスに携わっています。高村さんがシェルブルーに来て16年、訪問理美容サービスへのニーズは増え続けています。今後はもっとスタッフさんを増やすことで、現在予約を待たせしてしまうことの多い、在宅のお客さんの訪問専門のスタッフチームを作りたいそうです。

高村さんと、社員の植野泰紀さんがパーマの施術をしているのは、シェルブルーの2軒お隣にある「中古レコードのタチバナ」の店長横山さん。お店の閉店後、隣で次にパーマ待ちをしているのは「中古レコードのタチバナ」のスタッフ、びーちゃん。鴨志田町界隈のサブカルチャー発信地でもあるお店のお二人の、あのインパクト大!の髪型を高村さんがプロデユースしていたとは、鴨志田町の奥の深さとあじわいを知りました(撮影:南部聡子)

最後に「お客さんに出会い、喜んでもらえるこの仕事に就けて幸せ」と高村さんは話してくれました。

来店した方、そして自宅や、施設で待っている方々に、変わらない安心や楽しみ、そして綺麗になる喜びを提供するお店、シェルブルー。人と人の間に生まれる、理美容というケアが持つ、忘れてはならない力についても教えていただいた時間でした。

Information

美容室 Shell Blue/シェルブルー

住所 横浜市青葉区鴨志田町561-1

Tel 045-962-5559

Fax 045-962-2379

定休日 火曜日(訪問理美容は営業)

E-Mail healthcare.373@waltz.ocn.ne.jp

HP https://www.healthcare373.info

横浜市訪問理美容サービス利用券、利用可能店。

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この記事を書いた人
南部聡子ライター
富士山麓、朝霧高原で生まれ、横浜市青葉区で育つ。劇場と古典文学に憧れ、役者と高校教師の二足の草鞋を経て、高校生の感性に痺れ教師に。地域に根ざして暮らす楽しさ、四季折々の寺家のふるさと村の風景を子どもと歩く時間に魅了されている。森ノオト屈指の書き手で、精力的に取材を展開。
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