森ノニンジャ達 ――港ヨコハマで育まれる「自然の中の五感教育」
「ニンジャ」、「NINJA」、「忍者」。これらを聞いて皆さんは何を連想しますか?「マンガ」、「手裏剣」、「黒装束」などでしょうか。「殺し屋」、「スパイ」、「キワモノ」など、どちらかと言うとマイナスなイメージを持たれる方もいるかと思います。横浜市中区には、そんな忍者を幼児教育に取り入れている幼稚園があります。その名は「かいじゅうの森ようちえん」――。
(ローカルライター講座修了レポート:取材・文・写真=小池邦武)

森ノニンジャ達と対面

令和元年12月のある肌寒い朝。横浜市中区にある本牧神社の駐車場にふたりの忍者が乗る黒い車が静かに停まりました。神社の前にある広場では、子どもたちの一団が歓声を上げながらリレー競争に興じています。

「彼らがかいじゅうの森ようちえんの子どもたちですよ」。車から降りた黒い装束姿の忍者が荷物を降ろしながら教えてくれました。遠くて細かくは見えないのですが、子どもたちは可愛らしい忍者装束を身に纏っているようです。「親御さんお手製の装束を着ている子も多いですね」と忍者さん。

「ほら、走れ走れ!よーし、よくやった!」たまに聞こえてくる大人の声。こちらの声の主は園長先生とのことです。

 

曇天の下で待つこと10分、リレーを終えた園児たちが神社の下までやって来ました。

「野忍先生、今日もよろしくお願いします!」真っ赤な鳥居の横に立つ黒い忍者に向かって、整列した子どもたちが元気にあいさつします。この忍者こそが、かいじゅうの森ようちえん忍者スクールの先生、野忍先生こと甚川浩志さんです。

「あれ?今日は二人だぞ!」「ニセモノの野忍先生だ!」甚川さんと同化すべく忍者装束を身に着けていた私に向かって、園児たちの容赦ない突っ込みが飛んできます。

「普段からその恰好をされているのですか?さすが忍者一門という感じですね」。園児たちに囲まれながら神社の階段を上ってきた男性が、かいじゅうの森ようちえん園長の片山千明さんです。

 

甚川浩志先生と片山千明園長 弓は園長お手製

 

自然の中で幼児教育を

 

「自然の中の五感教育」を教育目標に、片山さんがかいじゅうの森ようちえんを創設したのは20114月。もともとはサラリーマンでしたが、五感教育の研究家・高橋良寿さんの影響を受け、脱サラを決意し「世界一の幼稚園」を作ることにしたそうです。

五感教育とは、見て(視覚)・聞いて(聴覚)・触って(触覚)・味わって(味覚)・匂って(嗅覚)の5種類の感覚を活用することにより、ものの見方や考え方を養っていくこと。子どもたちが「生きる力」を身に付け、「happy lifeを送って欲しい」という園長や先生方の願いが込められているのです。

 

かいじゅうの森ようちえん園舎

 

園舎があるのは、先ほど園児たちが甚川先生にあいさつした本牧神社の裏手に広がる本牧山頂公園の近く。けれども、園児たちが園舎の屋根の下で活動することは滅多になく、園舎の外にある畑で野菜や花を育てたり、本牧山頂公園で馬飛びをしてみるなど、屋外での活動がほとんどです。「本牧山頂公園が多いですが、根岸森林公園や山下公園などにも行くことがあります。基本的には屋外の活動が中心で、園児たちも現地集合がほとんどですね」。と片山園長は語ります。

 

園舎の畑で栽培中の大根

 

他にも、週1回行われる英語教育「英語で遊ぼう」は片山園長の妻の里見さんが担当、プロのミュージシャンが行う音楽教育「SOUND WORKSHOP」、月1回行われる芸術教育「ART WORKSHOP」、そして今回取り上げる「忍者スクール」があります。

 

忍者スクールを担当する野忍先生こと甚川浩志さんは、東京都あきる野市で「野人流忍術(野忍・やにん)」を立ち上げ、忍術を通じて日本文化の神髄を体現し、それらを現代社会に活用することを目標に活動しています。

甚川さんの忍術は、「戦わずに治める」こと。日本に昔から伝わる古武術の世界では、体力や筋力などを使い相手とぶつかり合うのではなく、相手の力を自分に取り入れる、または相手に合わせて自分がしなやかに動くことが基本となります。

これを日常社会に当て嵌めれば、ストレスなど外部からの打撃に対して、それを受ける、遮るのではなく、「かわす」、「捌く」、「いなす」ことになるのです。

 

本牧山頂公園へ入山前に、神社でお参り

 

戦わない忍者

 

片山園長と野忍先生が出会ったのは2011年、東日本大震災直後に行われたOBS(Outward Bound School)のセミナーだったといいます。OBSとはイギリス海軍を発祥とする教育研究機関で、もともとは第二次大戦中の英海軍のヨット訓練などを通じ相互の信頼やチームワークを醸成することが目的だった体系を、戦後になって自然を舞台にした冒険活動を青少年教育に取り入れるプログラムへと応用させる活動を行っています。

当時の片山園長はかいじゅうの森ようちえんを開園し、幼児教育へ本格的に組み始めていました。一方の甚川先生は、野人流忍術を企業研修など主に社会人教育へ応用することに取り組んでいました。

幼児教育と社会人教育。全く異なる教育対象を追求していた二人ですが、自然を舞台にした教育という点では合致していました。そんなことから、2013年秋にはかいじゅうの森ようちえん「忍者スクール」が開講し、一緒に幼児教育に携わることになります。

 

片山園長によると、「野忍先生の忍術はチャンバラなどをして戦わない、むしろ戦わず『和』を追求することから、かいじゅうの森ようちえんの教育に合致するのではないか、と思いました」とのこと。

甚川先生は、「私はどちらかというと幼児教育のことはよく分かりませんでした。けれど、子どもについて大変深く理解している片山園長が一緒なら、ということで忍者スクールを始めました」と言います。

 

確かに、この後見学した忍者スクールでは、甚川先生が指導役になると同時に、片山園長自らも園児と一緒にスクールに加わり、園児に負けないぐらいの気迫で忍術を学んでいらっしゃいました。

 

紅葉の下を行く忍者達

 

忍者スクールに潜入

 

今日の忍者スクールは、本牧山頂公園内の「どんぐりの丘」が活動場所です。最初に必ず剣術の稽古から始まります。

「酔鯨さんも良かったら一緒にどうぞ」と野忍先生から木刀を渡されました。実を言うと私自身も忍者「酔鯨」として修行している身であります。ここの忍者たちは強そうだなあ、などと思いながら腰帯に木刀を差していると、園児が一人近寄ってきました。

「その刀は何?」先ほど私を「ニセモノ」と断じたチビ忍者が問いかけてきました。「こ、これは木刀だよ」私がどぎまぎしながら答えると、「ふーん。僕のはこれ」そう言って、彼の腰帯に差さっている刀を見せてくれました。おもちゃの刀ですが、刀身とそれを収める鞘が別になっており、手で握る部分の柄(つか)や鍔(つば)も本物の日本刀らしく作られています。「この部分があるから、逆さにしても刀の中が落ちて来ないんだよ」と、チビ忍者は刀を逆さにして実演してくれました。「この部分」とは鎺(はばき)のこと。すごい、日本刀の構造をきちんと理解しています。

私が彼の刀を手に取って感心していると、「私のも見て!」「僕のは刀身が銀色なんだよ」と次々とチビ忍者たちが集まってきました。どうやら私もかいじゅうの森の忍者として認められたようです。

 

園長先生も刀を握る

 

この年代の子どもたちにおもちゃの刀を渡すと、振り回したりチャンバラごっこを始めたりするものですが、かいじゅうの森の園児たちは追いかけっこをしている姿はあるものの、刀は腰に差したままであり、誰一人として振り回していません。

不思議に思って、甚川先生に尋ねると「刀は武器であり、人を傷つけることもできます。むやみに振り回す者に武器を扱う資格はありません。おもちゃの刀であってもそれは同じ。けれど、子どもたちに『刀を振り回すな』とは教えません。『刀を振り回すのと振り回さないのと、どっちがかっこいい?』と聞きます。ダメと押し付けるより、その方が素直に受け入れてくれます」と教えてくれました。

 

次に行うのは隠術と遁術、分かりやすく言えば「かくれんぼ」です。「普段の忍者スクールでは『勝ち負け』のある内容はやらないのですが、年に2回だけ行います。そのうちの1回が今日です」と甚川先生。まず、園児たちを隠れ役と鬼役の2つのグループに分けます。地面には旗が1本立っており、鬼役はこの旗を守る任務を持っています。隠れ役は周りの藪の中や木の陰に身を潜め、鬼役が守る旗を奪取します。

 

隠術と遁術の稽古

 

かくれんぼは隠れ役、鬼役を交代しながら5回行われて終了。今日の忍者スクールもこれにてお開きのようです。

 

最後に甚川先生が園児たちに向かって講評を行います。

「今日は『勝ち負け』があるかくれんぼをしました。勝った皆さん、嬉しいでしょう。負けた皆さん、悔しいですか?でもね、その悔しいという気持ちが大事です。悔しいと思うから更に頑張ることができるんです。勝った皆さん、負けた側の気持ちを考えてみてください。そのままでいると、負けた皆さんが迫ってきますよ」

 

礼に始まり礼に終わる

 

自ずと行動する

 

かいじゅうの森ようちえんでは、年長組が「リーダー」、年中組が「サブリーダー」と呼ばれています。サブリーダーは年少組の面倒を見、リーダーはサブリーダーや年少組を統率します。

年少組は毎年4月になるとサブリーダーに進級しますが、大人たちが特に指示を出すわけでもなく、新たに入園してきた年少組の面倒を自ずと見るようになるのだそうです。「今までリーダーやサブリーダーが自分たちに対して行ってきたことを、今度は自分たちがやるのだという自覚が芽生える。立場は人を作りますからね」。片山園長はにっこりしながらそう話していました。

 

先ほどの剣術の稽古でも、年少組の子どもたちの一部は刀を握ろうともせず、他の子どもたちの動きを眺めているだけでした。しかし、先生たちは彼らに声掛けはするものの、稽古に加わるよう強く注意することはありませんでした。

「彼らは今あんな感じなんですけれど、学年が上がるにつれてきちんと参加するようになっているのですよ。下級生の手本になるという自覚ができるのでしょう」と甚川先生。

 

かいじゅうの森ようちえんに在籍する園児は、取材した201912月現在で年少、年中、年長の3学年合わせて31名。ずいぶん小規模だなと思いましたが、過去最多の在籍数だそうです。野忍先生によると、「私がここに来た頃は3学年で10名くらいだったような」。2011年の開園当初は「年長2名に年少1名の超少数精鋭部隊でした」と片山園長。

201910月から、幼児教育・保育の無償化が始まっています。かいじゅうの森ようちえんは、いわゆる学校教育法に定められた幼稚園ではありませんので、完全無償になるというわけではありません。

少子化が進む中、完全無償になる幼稚園や保育園に子どもを通わせることを選ぶ親が増えるのではないかという疑問に、片山園長は「まだ分かりませんね」と言います。

かいじゅうの森ようちえんのように、制度の枠にとらわれずに子どもの野外教育に力を入れる幼稚園や保育園は、だからこそ、親がその理念に共感して、たとえ無償化の恩恵を受けなくてもあえてそこを選ぶ時代に入ってきているはずです。3名の園児で始まったかいじゅうの森ようちえんが、8年で30名にまで増えたという事実、親世代が幼児への五感教育や自然教育に重きを置いているという表れではないでしょうか。

 

取材した当日は雨が降ったり止んだりの肌寒い日でした。にもかかわらず、素足に草履という園児が多く見られました。剣術と受け身の稽古は草原の上、隠術(いんじゅつ)と遁術(とんじゅつ)は草むらや木の陰、地面は土ですから当然泥だらけになります。でも、泥だらけになることが当たり前の如く、園児たちは駆け回っていました。

雨の冷たさを素足で感じ、冬の寒さを体で感じる。けれども体を動かし、声を出すことによって、寒さ冷たさを感じなくなり、身体が暖かくなる。

自然界における当然の定理なのですが、我々大人たちが忘れかけていることです。

 

園児たちが搗いたお正月の鏡餅

 

忍者スクールは、かいじゅうの森ようちえんが取り組む自然の中の五感教育のほんの一部分ですが、その目的を垣間見ることができました。

私もかいじゅうの森の忍者たちも、まだまだ修行は続きます。

Information

かいじゅうの森ようちえん

法人名:特定非営利活動法人 プロジェクト マカドニア

所在地:横浜市中区本牧和田11-17-206

園舎住所:横浜市中区本牧町2-528

電話番号:090-8347-2054

受付時間:平日10:00 17:00

URLhttp://www.kaijyunomori.com/


養沢野忍庵

住所:東京都あきる野市養沢1252番地

電話番号:042-588-5126

URLhttps://www.yajin-ninja.jp/

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この記事を書いた人
小池邦武ライター卒業生
生まれも育ちも神奈川区鶴屋町。いつも工事中の横浜駅がそばにある。急激に再開発の進む臨海部と、まだまだ緑の残る内陸部と、その違いに興味を持っている。数年前から忍術修業を始め、いつの間にか森ノオト編集部に忍び込んでいる次第。忍者名は「望月 酔鯨」。猫好き。
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