新聞屋さんが運ぶのは情報だけではないのです!  『ひろたりあん通信』でおなじみ、地域密着の廣田新聞店。
雨の日も風の日も雪の日も、世界中の情報が載った新聞を届けている新聞店。今、情報を得る方法というのはそれぞれの家庭で多様化していると言われます。それでもやはり、新聞屋さんのバイクが走る町の風景は私たちにとって馴染みのあるものです。この度、廣田新聞鴨志田店の店長、森新治さんにお話を伺い、地域と共に歩む新聞屋さんの持つ温もりと底力を感じました。

夜明け前に聞こえる新聞屋さんのバイクの音が私は好きです。朝の6時にどこからか聞こえてくるお寺の鐘の音、風に乗って聞こえてくる電車の音、夕暮れのお豆腐屋さんのラッパの音……。毎日決まった時間に聞こえてくる、生活の中に溶け込んだ音というのがそれぞれの町にはあります。そんな音の響きが、この町の何気なく穏やかな日常を、今日も回しているような気がしてくるのです。

 

『ひろたりあん通信』。 青葉区、都筑区の廣田新聞店の管轄する地域では、この名に馴染みを感じている方も多いのではないでしょうか?「ひろたりあん」はこの地域にある廣田新聞店の発行するミニコミ誌の名前です。

私も小学生の頃、当時は手書きだった『ひろたりあん通信』の地域の歴史の記事などを母がスクラップしているところを見ていました。そんな記憶もあり、毎夕、家の前の道路を通っていく配達のバイクの規則正しい走行と停車を繰り返す音が心地良く、廣田新聞店は地域の一部として愛着を感じる存在でした。

 

お店には作業場の道に面して大きく開けられた引き戸と、事務仕事を行う店舗側にある扉とがあります。取材に伺った15時は、ちょうど夕方の配達でみんな出払っており、作業場はひと時、静かなのんびりとした空気でした(撮影:梅原昭子)

 

廣田新聞店は、市ヶ尾の本店をはじめとして、青葉区・都筑区に7箇所あります。鴨志田店があるのは、青葉区鴨志田町のランドマークともいえるガソリンスタンド金子石油と薬局クリエイトのある交差点からほんの少し歩いたところです。お店には道に面して大きく開かれた作業場の引き戸と、事務仕事を行う店舗側にある扉があります。店舗側の扉を開けると、森さんが気さくな笑顔で出迎えてくれました。

 

創業97年、地域唯一の新聞販売店として

森さんのお話を聞いて、改めて知ったことは、廣田新聞店は、この地域にとって唯一の新聞販売店、「合売店(ごうばいてん)」であることです。

 

「合売店」とは、様々な新聞社の新聞を一つの販売店で扱うということです。青葉区、都筑区の廣田新聞店が管轄する地域の家には、新聞社を問わず、全て廣田新聞店から配達されています。

言われてみれば、他の町では、背中にそれぞれ新聞社のロゴが入ったジャケットを着て走るバイクや新聞社の名前を看板とした販売店を見かけます。

新聞販売店は、特定の新聞社の新聞のみを扱う「専売店」、特定の新聞社の系統に属しながら他紙も扱う「複合店」、その地域の全ての新聞を扱う「合売店」の3種類に分けられるそうです。

 

合売店は大抵、人口の少ない地域、住宅の点在する地域に見られるそうです。

なぜこれほどの戸数を抱える青葉区、都筑区で、廣田新聞店が合売店としてあるのでしょうか。それはお店とこの町の歴史に由来します。

 

1987年(昭和62年)に撮影された鴨志田店の写真。全国における新聞発行部数のピークは1997年の5376万5000部です。この写真を見ても、配達のバイクがずらりと並び、時代のその数字が実感できます(提供:廣田新聞店)

 

青葉区、都筑区は、1984年(昭和59年)の東急田園都市線、1993年(平成5年)のあざみ野~新横浜間を走る横浜市営地下鉄ブルーラインの開通により、それまで里山の風景を留めていたこの地域一帯は一気に開発されていきました。

 

廣田新聞店の創業は1923年(大正12年)、今の青葉区市ケ尾町に開発のずっと以前からこの地域に「合売店」としてありました。そのため、この「合売店」というスタイルが残って続いてきたのです。

 

新聞販売店は今こうして日々の配達によって地域とつながっているだけでなく、時間という軸の中でもつながってきたのだと知りました。

 

店長の森さん。ランチタイムは自宅へ帰り、奥様のお昼ご飯と、愛犬コロンちゃんに癒され、午後の元気をもらうそうです。犬好きの森さん、「ひろたりあん」では動物の特集などを担当しています。なんだか並んでみるとよく似ていて、親子のよう? (撮影:梅原昭子)

 

地域に貢献できるお店でありたい…店長森さんの心意気

鴨志田店は昭和58年に現在の場所に開店しました。町の移り変わりを見つめてきたこの鴨志田店に2年前、当時廣田新聞店に入社して17年目となる森さんが店長として赴任しました。

森さんの大切にしていることは、「地域密着」のお店であることだそうです。それは廣田新聞店が97年間育んできた「地域密着」、「地域で一番信頼される会社を目指して」という理念を受け継いだ姿勢です。

 

しかし、初めて鴨志田店に赴任してきた森さんにとって鴨志田町は未知の地です。鴨志田店に長く勤める社員さんの力を借りながら、地域に貢献する道を模索する森さん、お店のある鴨志田町の町内会会長である戸塚昌行さんから、「第4回となる鴨志田夏祭りに参加しませんか」と声をかけられたそうです。

森さんは「ぜひ!」と2年前の夏祭りにお店で参加し、お祭りの会場の警備などを担当してきました。昨年からは実行委員としてお祭りの準備から参加して、子どもたちに配るお菓子の買い付けをしたり、お祭りの案内状を配布もしました。

子どもたちがうれしそうに並んでお菓子を受け取る姿が励みになるという森さん、「来年もきっと配っているので、お子さんたち、ぜひ来てくださいね」と優しそうな顔をさらにほころばせます。

 

また森さんは、鴨志田町内会の定例会で、配布物の仕分けから、配布物を各班長さんたちが班の戸数分それぞれ持ち帰っていくというのが毎月とても大変で、多くの時間をその作業にとられてしまう、という悩みを戸塚さんから聞きました。

それならば、仕事柄、自分たちが力になれるのでは、そう直感した森さん。それ以来、町内会の配布物の仕分け作業と、各組ごとに揃えた配布物を町内会の組長さんの自宅まで届ける手伝いをお店で請け負っています。

 

森ノオトも「いいかも市」(毎月第3金曜日、森ノオウチで開催・旧名称かもしだ小さなマーケット)のチラシを配布物に一緒に折り込んでもらえることになり、スタッフで手分けしてポスティングしていたときに比べ、格段に配布範囲を広げることができました。

 

1日2回の配達では、朝刊の仕分けは午前1時から始まり、2時から3時くらいには配達へ出発します。配達後から昼までは自分の時間として過ごせるメリットがあり、配達員さんはそれぞれ暮らしのスタイルに合わせて活用しているそうです。午後1時に再び夕刊の仕分けにお店に出勤します。学生の販売員さんは朝刊だけの配達にして、学業がおろそかにならないように! と配慮しています

 

これがどれほど町内会にとって助けになっているのか、私はこの取材の直後に実感しました。鴨志田町の友人に、「クリエイトの並びにある廣田新聞店にお話を聞きに行ったよ」と話すと、友人はすぐに「そうなんだ! 私、自治会の組長を去年やったのだけど、定例会で今までとても時間がかかってしまった配布物の仕分けを、廣田新聞さんが請け負ってくれるようになったことで、議題について話し合う時間が取れるようになったんだよ。あと組長さんは高齢の方も多いから、重い配布物を持ち帰る大変さもなくなって、本当に助かっているよ。 よろしく言って欲しい!」と熱く話してくれました。

 

青葉区認知症高齢者安心ネットワークへの参加

また、戸塚さんからのアドバイスで、森さんは鴨志田地域ケアプラザに、何か地域の力になれることはないかと話を聞きに行きました。鴨志田地域ケアプラザからは「ぜひ、『青葉区認知症高齢者安心ネットワーク』に協力してもらえないだろうか」という提案がありました。

青葉区認知症高齢者安心ネットワークとは、青葉区役所が警察署、地域包括支援センターなどと連携して取り組んでいる活動です。認知症等により行方不明になる可能性のある高齢者の情報を、事前登録により、あらかじめ情報を共有し、行方不明発生の際、交通機関等の協力を受けることで、迅速な発見につなげ、認知症等による徘徊高齢者の方々の早期発見を図る目的で広がりを築いています。

 

鴨志田地域ケアプラザからの声を受け、2019年10月には、廣田新聞鴨志田店で青葉区高齢・障害支援課と鴨志田地域ケアプラザの主催による「認知症サポーター養成講座」が開講されました。お店の社員全員で受講し、現在、お店は青葉区認知症高齢者安心ネットワークの協力団体となっています。

 

 

この町の道という道を知り尽くした新聞販売店の方々だからこそ、この取り組みの大きな力となれることは間違いありません。(提供:廣田新聞店)

 

鴨志田町は高齢者の多い町でもあります。今までも、集金で伺った配達員が、一人で動けなくなり困り果てていた家主の方を助けるに至ったことがあったり、ポストに新聞が不自然に溜まったままになっていないかなども注意していて、溜まっている家が気になる時には近所の方に声をかけて様子を聞いて安否を気づかったり、迷子になっている認知症の高齢者を発見することもあったそうです。

それぞれの町に必要な人手、不足している人手というのがあると思います。その中で、確かな土地勘を併せ持ったお店が人手として協力してくれるということは町の大きな安心につながります。

 

鴨志田店のみなさんが教えてくれた町と暮らし

「真夜中の人が動かない時間帯に走っているからこそ見つかるものも多いですよ。鍵やお財布など拾うこともしばしば」と話しに入ってくれたのは、ちょうど午後の配達から帰ってきた主任の岩本和也さん。

「人が動かない時間」という言葉に、ふと静まり返った夜更けの鴨志田の町を想像しました。

「あとはこの地域ならではですが、タヌキによく会いますよ。住んでいる皆さんがきっと驚くような広範囲でタヌキは活動しています。僕が以前勤務していた都筑区でも、同じようにタヌキやハクビシンなどによく会いました。今朝も、たちばな台を配達中にタヌキと目が合いましたよ」とベテランの岩本さん。岩本さんは鴨志田にキャンパスのある日本体育大学の出身でもあり、広く長くこの地域を知っています。大学では野球を専攻していた岩本さん、現在、廣田新聞店の野球チーム「バーディーズ」の監督です。地域の野球チーム、例えばたちばな台病院の職員チームと対戦試合をしたりもするそうです。

職種が違っても、同じ地域ということで色々な交流があるというのもワクワクするお話でした。そんな風に、仕事着を脱いだ場所での交流もまた、地域を緩やかにつないでくれるのだと思います。

 

廣田新聞店のツイッターで、新聞店に関わる話題だけではなく、「ひな祭りを家族とやりました」「節分には自宅に鬼が来ます」など、販売員さんの家庭での暮らしも垣間見ることができます。お話ししてくれた社員の方々の顔が浮かび、ほっこりとした気持ちになります (撮影:梅原昭子)

 


横で朗らかに頷いている、副店長の佐藤道成さんも販売員として、この道15年の大ベテランです。書くことも元々好きで、「ひろたりあん」によく記事を書いているそうです。魚好きの佐藤さんの釣りの記事など、熱い文章を見かけた方もいるかもしれません。

佐藤さんはこの仕事に就く前は都内で板前の仕事をしていたそうです。子どもが産まれて、子育てをするなら都心よりはゆったりとした郊外で暮らしたいと、家族で青葉区に引っ越してきました。当時まだ2歳だったお子さんとの、日中の時間をゆったり持つことが叶いそうというメリットも考慮して、地元でできる新聞店の仕事に就きました。

「おかげで、子どもが小さいときは十分に一緒に過ごせたなと思っています。行事にも参加できたし、昼間の時間を家で過ごせるというのは自分の生活には合っています」と佐藤さん。「ただ、お休みの日でも、昼を過ぎるともう僕らだけ、『次の日』のモードに入ってしまうというね」とみんなで笑い合っていました。

 

「今のたちばな台のマクドナルドって、前に本屋さんがありましたよね」、町をよく知る社員さんと町の移り変わりを話していると、同郷の仲間と盛り上がるような楽しさがありました

 

「鴨志田店は近所の方が、ふらりと寄っていかれることが多いのが面白いです。時には、鴨志田ケアプラザでやっている子ども食堂にこのお米を提供したいから匿名で持って行ってあげて欲しい、などお願いされることもあったり、そんな風にこのお店を身近に感じてもらって私たちが役に立てることがあるなら、それがとてもありがたいし、嬉しいんですよ」と森さん。地域とともにあり、地域に貢献できるお店でありたいと言う森さんの柔らかな笑顔の向こうに強い信念を感じました。

 

私は新聞が好きです。新聞だけでなく、折り込まれた広告を眺めるのも。新聞から得る情報というのは、受け身ではなく自分で掘り出して取り入れる、そんな手応えがあります。そしてその感覚をこれからも頼りにしていきたいと思っています。

 

情報はもはや雨霰のように私たちに降り注ぎます。そんな中で、それらの情報の向こう側には人がいるのだということを、廣田新聞鴨志田店で森さんや社員さんと『ひろたりあん通信』や新聞を眺めながらお話をしている時間に、改めて感じていました。

 

新聞店から新聞を取るということは、情報とつながるだけでなく、地域の人の厚いネットワークに直接つながることができます。そしてそれはその町に暮らすうえで大切な、安心をもたらしてくれるように思います。

 

人だからできること、それが廣田新聞さんには詰まっていました。

Information

廣田新聞鴨志田店

住所:〒227-0033

   神奈川県横浜市青葉区鴨志田町504

電話: 045-962-1538   フリーコル 0120-630-588

営業時間: 月~土)午前1:00~午後7:00(日・祝)午前1:00~昼12:00

※新聞休刊日除く

HP:https://hirotarian.ne.jp

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この記事を書いた人
南部聡子ライター
富士山麓、朝霧高原で生まれ、横浜市青葉区で育つ。劇場と古典文学に憧れ、役者と高校教師の二足の草鞋を経て、高校生の感性に痺れ教師に。地域に根ざして暮らす楽しさ、四季折々の寺家のふるさと村の風景を子どもと歩く時間に魅了されている。森ノオト屈指の書き手で、精力的に取材を展開。
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