「暮らしの背景となる家をつくっていきたい」建築家・関島恵美子さんがつくる家
家をつくるということは、暮らしをつくるということ。 建築設計の仕事をしている私が、住まいを通して暮らしや街についてより深く考えられればと、横浜市緑区十日市場でG.L設計室を主宰する建築家・関島恵美子さんに住宅設計に対する想いを伺いました。さらに関島さんが設計した、川崎市麻生区の高台に建つ木々に囲まれた住宅に案内していただきました。(森ノオトライター講座修了レポート)

東急田園都市線青葉台駅から北に1.5キロほど行った住宅街に、通称「小井田通り」と呼ばれる通りがあります。1本の通りの両側に、建築家・小井田康和さんが設計された住宅が7軒並んでいます。
どの家も強い主張があるわけではなくむしろひっそりとした佇まいなのですが、それぞれが木に囲まれ、夕方になると木々の葉の間からオレンジ色の温かい裸電球のあかりが見えたり、窓際に飾ってある小物が外から見えたりと、通りにまで住まい手の生活や個性がにじみ出ています。
1軒目の完成からなんと40年近く経ちますが、古びることなく今なお静かに、穏やかに輝きを放っている通りなのです。
近所に住む私は、3年前に引っ越してきた頃、散歩中にたまたまこの通りを見つけて惹かれ、近くを通る際は寄り道をしていました。

 

小井田通りを歩くだけで気持ちが良く、植えられている草木の四季の変化を楽しませてもらったり、どんな方が住んでいるんだろうと想像するのも楽しい。冬は葉が落ちて建物がよく見えるが、夏は緑が生い茂り雑木林の中に建っているよう。全体的に建物の高さは低く抑えられていて、空を背景にとてもよく映えます

 

今から25年前、20代半ばですでに住宅設計のお仕事をしていた関島さんは、建築雑誌『 小住宅集』 でこの通りの存在を知り、気になって足を運んだそうです。そこで実際に目にした小井田通りの印象をこう語ります。
「黒くシルエット化した木々の隙間に灯るあかりは美しく、そして温かく、夜へと向かう空のなんともいえない深い色を背景にした小井田の家と通りにすっかり魅了されてしまいました。眺めるだけで飽き足らず、ついにお手紙を書いて小井田設計室の門を叩きました 」

関島さんが「小井田通り」を訪ねるきっかけとなった雑誌記事『 小住宅集』 。小井田康和さんが設計された7軒の住宅と通りが紹介されています

 

当時、小井田設計室ではスタッフを募集していなかったものの、自宅兼事務所を案内してもらった関島さんは小井田さんから借りた図面を元に模型を作り、再び小井田さんのもとに持って行きました。その後も別の住宅の模型作りを頼まれるなどやりとりが続き、少しずつお仕事を任されるようになっていきました。
自身の結婚・出産後はお仕事のペースをゆるやかにしていましたが、友人から住宅設計を依頼されたことから、2003年にご自身の設計事務所、G.L設計室を開設したそうです。

実は関島さんは、森ノオトライターの清水朋子さんの家も設計されています。あの凛としてある種の緊張感が漂いながらも、包み込むように温かく気持ちのいい家はどのようにつくられるのでしょうか。関島さんが住宅設計の際に心がけている点についてお話を伺いました。

関島さんは、まず設計を始める際には敷地に立ち、そしてくまなく歩き、場所をよく読み込みます。
「ここからの景色はこう見えるな。家が建ってもお隣とのあのすき間はなくならないな 」など、敷地からの実際の見え方を確認しながら、朝昼晩・春夏秋冬の光の入り方、風の抜け方を想像して、小さなイメージを積み重ねるそう。設計図を起こす前、最初の作業となるそれらの情報を落とし込んだ手描きの資料を見せてもらいましたが、さながら敷地のカルテとでもいうのでしょうか。設計の拠り所となる大事な情報が書かれた資料を前に、ここから命が宿っていくんだな、とドキドキしました。

図面はすべて手描き。敷地いっぱいに描かれた木からは緑が匂い立つよう。建物の中と外(庭や車庫、通路など)は区別なく、一緒に計画すると言います。特に窓の前にはなるべく木を植えるそう

 

「なるべく風景に溶け込むように。光を入れて、風を通して、という当たり前のことをじっくりゆっくりやるだけなんですけどね 」と関島さんはさらりと言います。「ただ、味わいは住む人と時間がつく っていくものなので、完成したときにはさらっと、住む人の背景になるように気をつけています。窓と壁で風景をつくるだけで、あとはやりすぎないように我慢して、余白を残すように。そうすることでその人らしい家、個性が出てくるんです」と続きます。
そのつく り込みすぎない姿勢は、子育てでの「待つ」という経験から身についた部分も大きいと思う、と後から教えてくれました。

「言葉で説明するのって難しいですね 」ともどかしそうに笑いながら、そのまま「フリーハンド:小井田設計室+関島恵美子(G.L設計室)」として関島さんが設計を担当された川崎市麻生区の住宅まで、車を走らせ案内してくださいました。
住宅街の中に畑や竹林などが多く残る一角の見晴らしのよい高台に、木立に囲まれたその家はありました。
坂の下から見上げる形になるものの、手前に設けられた庭と植えられた草木が建物を囲み、圧迫感はありません。

メインアプローチとなる坂の手前より見上げたところ。「できてしばらくは、真新しい状態が恥ずかしい感じがして落ち着かなかった」と、Kさん。今ではすっかり景色になじみ、風景をつくり出しています

 

夏の様子。取材時は2月で葉が落ちている木が多かったのですが、初夏には新緑に覆われます。多種多様な草木が植えられ、1年を通して花や実、葉の色づきなど様々な表情を楽しめるそう (写真:関島恵美子さん提供)

 

玄関を入ると、Kさんが時間をかけて集めた絵画や彫刻がそこかしこに飾られた、まるでギャラリーのような空間に迎えられます。
1階には寝室・トイレ・浴室のほか、庭に面して同居されていたお父様のお部屋があります。今はご主人の書斎のような使われ方をしているこの部屋からは、庭の木々が親密な距離に感じられ、低めの天井高 やぽつんと灯る裸電球のあかりも相まって、気持ちが落ち着きます。窓に面した造 り付けのテーブルに座り、本を片手にいつまでも外を眺めていられそうです。

ご主人のお気に入りの場所というお父様の部屋。夏は庭の緑が迫ってくるよう。

 

玄関脇の階段(ここにも絵画や彫刻がたくさん!)から 2階に上がります。
階段の上は片流れ屋根の一番低いところ。高さの抑えられた廊下からリビングに入ると、正面の窓からの景色と伸びやかな天井に囲まれ、ぱっと開けた空間が広がります。庭の木々の向こうに遠くの街並みや丘の景色が望めるKさんの家では、「リビングを2階にする以外の選択肢はなかった」と関島さんは言います。こちらに来る前に「あるものを活かすことを考える」とお話していた意味がよく分かりました。

開放的な空間ですが、板張りの天井や、木や革の家具でしっとりと落ち着く部屋になっています

 

「木の窓にはこだわった」とKさん。どの窓もまさにピクチャーウィンドウ。絵の額縁と並んで、木のフレームが景色を切り取っています。家づくりでは採光や換気、出入りといった実用的な機能ばかりに目が行きがちですが、窓の位置や形、大きさひとつで家の雰囲気は大きく変わるんだなと感じます

 

関島さんは「窓や壁をつく るだけ」とさらりと言いましたが、その考え抜かれたキャンバスのような空間に、一つひとつ選んだ愛おしい物たちとKさんが時間をかけてつく り出した味わい深く豊かな家。「家」というよりもまるで「巣」のような安心感とあまりの居心地の良さに離れるのが名残惜しく、すっかり長居してしまいました。

もうひとつ、関島さんのお話の中で印象的だったのは、小井田さんからは「『生活の仕方』を教えてもらった」という言葉です。小井田さんは庭木に止まる鳥や美しい一筋の光など、その瞬間のささやかな出来事に誰よりも早く気がついたそうです。常にアンテナを張り巡らせているその姿は、関島さんにとっては新たな発見だったと言います。
設計者として常にアンテナを張り、鳥のさえずりや美しい夕日、床に映る揺れる木立の影などを住まいに取り込もうとしている関島さん。さらに作り込みすぎない余白を残すことで、自然環境の魅力も住まい手の魅力も引出しているように感じました。

住まいについての話題では、間取りや広さといった機能性が重要視されてしまいますが、少し窓の外に目を向けると小さな気づきがたくさんあります。
その気づきのために緻密に練られた設えに設計者として感心すると同時に、一人の生活者としても、日々アンテナを張っておくことが暮らしを豊かにしてくれるんだなぁと教わりました。

Kさんが近年はまっている蚤の市で手に入れたという、小さなあかりのスタンドライト。そこかしこに置かれた小物や絵のエピソードが次々に出てきて、一つひとつがKさんの家を作り出しているんだなと感じました

 

Information

G.L設計室HP
https://gl-sekkei.studio.site/

メールアドレス
studiogl@yahoo.co.jp

フリーハンド:小井田設計室HP
http://www002.upp.so-net.ne.jp/freehand-koida/index.html


小井田通りができるまでの経緯はこちら
http://www002.upp.so-net.ne.jp/freehand-koida/koida/koidast_2f.html

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この記事を書いた人
渡辺 絵梨ライター
旅とおいしいものが大好きな一級建築士。木工製作担当の夫とともに「mujina設計室+木工房」を主宰してスプーンから家具、建築まで、生活にまつわるあれこれを設計・製作しています。日々過ぎてゆく日常を、少しだけ豊かにするきっかけとなれるよう活動中。実はハンモックのエキスパート。
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