にいはるびじゅつで過ごした「家族の時間」
自粛生活が続き、家族だけで過ごす時間に息が詰まりかけていたころ、私たちは「にいはるびじゅつ」でモノづくりの時間を過ごしました。時間を忘れて没頭したひと時、私は探していた「これからの家族時間」のヒントを見つけたのです。

4人暮らしのわが家。長い時間を家族で過ごすことは、忙しい毎日では気づかなかった新しい発見もたくさんありました。それでも家族の距離が縮むにつれ、やっぱりどうして少しずつ息が詰まっていきます。「どうしたらもっと健やかな時間が過ごせるんだろう?」と手探りを始めた5月上旬。わが子が通う横浜市緑区にある造形教室「にいはるびじゅつ」の子どもたちから「いちご先生」と呼ばれている沢田清美さんから、一通のメールが届きました。

「もし、長引くこの状況に親子で煮詰まってしまって辛い人、心に風を通したい人、にいはるびじゅつでの時間を必要としている人、ここでしか出来ないモノづくりがしたい人が(子どもだけでなく大人も)いらっしゃったら、どうぞ個人的にお気軽にご連絡下さい。」

 

私たち大人が、このまま息が詰まってしまったら、子どもたちはきっともっと苦しいに違いない。もしかしたら、モノづくりに没頭する時間が、私たちが大きく息を吸いこむきっかけになって、家族で健やかな時間を過ごすことにつながるのかもしれない。メールに心打たれた私は「子どもたちだけでなく、私たち大人もぜひ参加したい」と返信をしました。

 

2018年8月息子作「りゅうぼくかぞく」 クレヨンで机や床いっぱいに絵を描いていたころの息子。思いっきり作ることができる場所を探していた私が出会ったのは、森ノオトの「キラリと光る自由な感性!造形教室『にいはるびじゅつ』の魅力」という記事でした。びじゅつでの息子の作品は、モノづくりの楽しさにあふれていて、私たち家族に豊かな時間を与えています(写真提供:にいはるびじゅつ)

 

はじまりはトンカチの音

 

普段は子どもたちの声で賑やかなお教室も、今日は静か。新型コロナウィルス感染予防のため、にいはるびじゅつも通常のお教室は閉鎖されていたのです。5月の半ばのある日、感染予防に配慮して開かれたのは、私たち家族といちご先生だけの「フリーびじゅつ」。風が穏やかに抜けるあたたかい雰囲気がいつもと変わらないのは「松井さんたちだけの時間ですよ~」と迎えてくださった、いちご先生のお人柄なのかなーとのんびり考えていると、早速キレの良いトンカチの音。気が付くと8歳の息子がトンカチで釘を打っています。にいはるびじゅつには、自分の好きな作品を思う存分自由に取り組める時間があり、息子は長い時間をかけてひとつの「木の棚」を作り続けていました。この棚を今日こそ完成させよう!と彼は意気込んでいたのです。

 

「トンカチを打つのが上手だね」と私が言うと「ココの釘、浮いちゃってるでしょ?うまくできてないよ」と調整する息子。フリーびじゅつでは、息子の「木の棚」作りがまず決まり、そこからみんなが木を使った作品を作ることに

5歳の娘は、まずは絵の具を用意するところから、いちご先生に丁寧に教わります。自分で絵の具をパレットに出して、筆を使って木の板に絵の具を塗っていきます。こうして子どもたちが没頭し始めたころ、私たち大人も「小黒三郎さんの組み木」に取り掛かることになりました。

 

「小黒三郎さんの組み木」づくり

 

『小黒三郎の世界 NO2 動物とシルエットタイプパズル』(小黒三郎著、U-PLAN、2012年)より。2012年7月25日に撮影されたにいはるびじゅつスペシャルデイの様子。柔らかい曲線を描く作品は、どれも小黒さんの愛情がたっぷり注がれているようで、優しいあたたかさが伝わってきます

いちご先生から「ちょうど『小黒三郎さんの組み木』に使う板を取り寄せたので『組み木作り』はどうでしょう」というお話を受け、初めて知った小黒三郎さんの作品の数々。私たちは、すぐにその作品に魅了され、作ることを決めました。

 

早速、小黒三郎さんの著書を見ながらどんな「組み木」を作るかいちご先生と相談します。たくさんの著書には、種類も形も豊富な動物たちが重なり合うような組み木から、ひな人形や五月人形、クリスマスのサンタさんまで見ていて飽きることがない作品が並んでいます。作品の写真についている図面を使って、板を電ノコで切って形を作っていきます。初めて組み木に挑戦する私たち。相談の結果、まずは練習として動物をひとつ作ってみることに。私は、自分の干支の「ひつじ」を作ることにしました。電ノコにスイッチを入れると「ガタガタガタガタ……」というかなり大きな音が響きます。刃が板を切っていく勢いと音に圧倒されて、焦って加速して一気に切り終えてしまいました。そこで、修正作業を開始。今度は呼吸を落ち着かせて、ゆっくり図面の線に刃を合わせていくと、周りの音が聞こえなくなっていきました。一定のリズムを刻む電ノコの音が心地よく、張りつめた空気が自分を包み込みます。目の穴をあけると、一匹のひつじが出来上がっていました!

 

海好きな夫は、振り子のようにゆれる「ゆらゆら人形」のイルカにひとめぼれ。「これにします!」と即決。時間をかけて図面に沿って板を動かし、図面から大きく逸れることもなく練習用の「くじら」を完成しましたが、難しさを実感。本番は、海の生き物たちが円い形に重なり合う組み木に変更

 

ビー玉転がしの板とギター

 

その後ろで、いちご先生が息子に話しかけます。「相談なんだけど、棚板と棚板のあいだはどれくらいにする?どんな物を入れる?本だとこれくらいになるし、ちがうものだと……」。棚板の幅を決めた後は、棚幅に合わせてノコギリで切った棚板を、ボンドでくっつけて、おひさまの下で乾かします。ボンドを乾かしている間も、ひとりで動き回り「せんせー、これ使っていい?」と聞きながら四角や円、大きいものから小さいものまで、木材を物色。選び終わると釘を打っていき、次々と小さな作品を完成させました。何回かそんなことを繰り返した後に、ひとつの板に釘をいくつも打ち続けはじめました。釘がひしめきあう板は、絵の具を塗ってビー玉転がしの板になりました。

 

釘と釘の間にゴムを渡してビー玉が止まるところも作成。カランコロンとなる高い音に「いい音でしょ?」

絵の具を塗り終えた娘は、初めてのこぎりを使って板を切ります。いちご先生から「やさしいきもちでのこぎりと仲良くすると、できるようになるよ。まず、のこぎりがこんにちはとおじぎをします。ギリギリ……」と話しながら一緒にのこぎりを引いたり押したり繰り返します。しばらくして、娘が一人でやり始めると「疲れた~」と何度も聞こえるように。私も手伝って一緒に切りましたが、いよいよ最後、「一人で頑張って」と手を放すと、木がパカンと切れ「木が切れたよ!」と娘の声が響きました。そのあとは、切った板と板をボンドでくっつけたり、初めて釘をトンカチで打ったりしながら、作品がいくつかでき上がっていきました。最初は緊張気味だった娘も、このころになるとすっかり慣れて「次は何をすればいい?」といちご先生にくっついて歩いていました。

 

釘と釘にゴムをくくりつけて弦にしたら、お手製のギターが完成

 

「みんなが出来た!と思うところまでやろうね」

 

私たちの組み木づくりも、白くて柔らかいシナの板を使って本番がスタートしました。ぐっとむずかしくなった図面を前に、言葉少なに電ノコに向き合う夫。「普段没頭することがあまりなかったから、この作業だけに集中することが、かなりのストレス解消になる。頭で木を丸く切ろうと考えて、手で調整して。頭と手の両方を使うことでとってもスッキリするんだよな」と話します。一人の世界に入り、木のぬくもりを味わいながら作業をしているように見えました。一方の私は、ゆるやかな曲線を描く可愛いペンギンの組み木を作ることに。少しずつ板を動かすと、思う通りに線を切ることができるようになっていきました。とは言っても作り終えた後は、無意識に力が入っていたせいか軽い筋肉痛に。そんな疲労感も、没頭した後の心地よさが残ります。

 

左には小黒三郎さんの作品。私が作ったペンギンも目をあけて組み木を合わせると、息吹が宿ったようで愛おしく、ずっと眺めていたい気分になりました

気が付くと予定の2時間があっという間に過ぎていました。「もう終わり?」と聞く娘に「みんなができた!と思うところまでやろうね」といちご先生。

 

ビー玉転がしの板に夢中になっていた息子も、棚の仕上げに移ります。好きな色を塗って、最後にいちご先生の声援を受けながらトンカチで釘を打つと、ついに完成!「わーできたーー」と声をあげて思わず脱力。天井を見上げました。

 

家族それぞれがモノづくりに取り組みました(写真提供:にいはるびじゅつ)

 

モノづくりの時間から得たものは

 

こうして、私たちが過ごしたにいはるびじゅつでの「家族の時間」は過ぎていきました。誰よりも組み木作りに集中していた夫は「いつも使う頭の中と違う部分を使って、スッキリした!一日中ずーっと作っていたい」と清々しい表情。「いちご先生に組み木の円い形を、正円にちかいですよ、と言ってもらったことが本当にうれしかった」と話しました。

 

私はこのモノづくりの時間を過ごして、子どもに向き合ういちご先生の姿に、多くの学びを得ました。普段は、親が教室に入ることはほとんどなく、子どもたちがいちご先生とどんな時を過ごしているのか、目の前でじっくり見たのはこの時が初めてでした。作品を作る過程で、先生はいつも子どもたちに丁寧に相談をします。一人の人間として尊重され、受け入れてもらうことで、子どもたちは安心してモノ作りに取り組んでいるようでした。こうして自分が選んで作るからこそ、作品が出来上がったときは、大きな達成感を得ているように見えました。

 

棚は、この日作った家族みんなの作品を飾るためのギャラリーになりました(写真提供:にいはるびじゅつ)

子どもたちが安心してモノづくりに取り組む様子を見たこと、そして私自身が、自分を受け入れてもらいながら取り組めたことで、今まで家族に気持ちや考えが、いつでも伝わっているもの、と思い込んでいた自分に気が付きました。

家族の距離が近づくと、お互いのことを肌感覚で察するようになり、「こうなのかな」と思い込み、声をかけるようになっていました。「なぜそんな気持ちになったの?」と相手の気持ちに寄り添うことをしていなかったのです。それが息が詰まる原因だったように思いました。

 

大人も子どもも関係ないモノづくりの時間。発想力や集中力を発揮する子どもたちに驚き、トンカチで夢中になって釘を打つ姿に、人としての成長も感じました。家族だからこそ、お互いを一人の人間として尊重し合い、気持ちに寄り添うことで、安心して健やかな時間を過ごすことができるのだと思います。今後家族を取り巻く環境が変わっても、手探りでそれぞれが心地いい「家族時間」を探すことは、きっと続きます。時にはまた、息が詰まることもあるかもしれません。そんな時は一日、一日を大切に、この日の「家族時間」を思い出しながら進んでいきたい、と感じました。

 

夢中になってモノづくりに取り組んだひと時。モノづくりを通して気付きをいちご先生から得ることができたのも、にいはるびじゅつとの出会いがあったからこそ。

帰り道、「明日も、いちご先生のところへ行きたい!」と話す娘に、子どもたちが打つトンカチや電ノコの音が響いているにいはるびじゅつを想像しながら「そうだね、また来ようね!」と話しました。教室に賑やかな子どもたちの声が聞こえてくる日が、より一層待ち遠しくなりました。

Information

子どもたちの造形教室「にいはるびじゅつ」

ホームページ: http://niiharu-art.com/

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この記事を書いた人
松井ともこライター
神奈川県出身 ワークショップデザイナー。劇団の養成所を経て俳優のマネージメント、文化施設で事業企画運営などを行う。青葉区の子育て仲間と地域でアート活動(トトリネコ)を始めたところ、子育てとアートの関係に興味がわき、立教大学大学院にて研究中。二児の母。
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