NOSIGNER・太刀川英輔さんが語る「楽しいソーシャルディスタンス」。 LIFE COINを広げよう!
ソーシャルデザインを理念とした横浜発のデザインファームNOSIGNER(ノザイナー)代表・太刀川英輔(たちかわ・えいすけ)さんが、「楽しくソーシャルディスタンスをしていくには?」をテーマに、新プロジェクトに取り組んでいます。パンデミック対策情報サイト「PANDAID(パンドエイド)」と、現在クラウドファンディングに挑戦中のソーシャルディスタンスステッカー「LIFE COIN」について話を伺いました。(写真:本山幸志郎)

「見えないものをデザインする人」を意味するNOSIGER(ノザイナー)。2006年に太刀川英輔さんが創業し、東日本大震災時に話題になった災害支援サイト「OLIVE」や、東京都の防災啓発冊子『東京防災』、横浜市経済局のスタートアップ支援「YOXO(よくぞ)」のコンセプト設計や、横浜DeNAベイスターズのリブランディングなどを手掛けています。これまでにグッドデザイン賞金賞(日本)、アジアデザイン賞大賞(香港)など100以上の国際賞を受賞し、太刀川さん自身は国際賞の審査員として活躍するなど、横浜に拠点をおく世界的なデザイナーとして知られていますが、素顔はとても気さくでユーモアにあふれ、親しみやすいお人柄。ウィズコロナの時代にデザインがいかに社会に重要であるかを、語ってくださいました。

 

太刀川さんがコンセプト設計・デザインを手がけた「YOXO BOX(よくぞぼっくす)」にて。太刀川さんが右手に持っているのが、楽しくソーシャルディスタンスをするためのステッカー「LIFE COIN」。YOXO BOX施工のプロジェクトマネジメントを務めたplan-Aの相澤毅さん(森ノオト理事、右)と

 

デザインの力で人を助けたい。自分の中で臨界点に達する瞬間

 

―― 太刀川さんが4月に立ち上げた、感染症対策サイト「PANDAID(パンドエイド)」が話題です。A4のクリアファイル1枚でつくれるフェイスシールドの動画や、ソーシャルディスタンスのとり方を「2m1Tatami(だいたい畳1枚分)」「2m1Tuna(マグロ約1本)」とユーモアたっぷりに図解したり。どのようにして、このPANDAIDが生まれたのですか?

 

太刀川英輔さん(以下、敬称略): PANDAID(パンドエイド)は、そもそもは東京2020大会の感染症対策の啓発プロジェクトとして進めていたものだったんです。しかし、東京大会が延期となってプロジェクトが頓挫し、その間に世界中が本当にパンデミックになってしまった。当初想定していた感染症の普及啓発どころか、目の前のパンデミックに誰もが対処しなければいけない状態になってしまいました。

 私は横浜・関内が拠点なので、中華街の行きつけのお店が閉店したり、友人の家族が亡くなったり、横浜港に入港していたクルーズ船の状況を日々身近に感じていました。日本がダイヤモンドプリンセスで右往左往している間に、イタリアの医療崩壊をはじめとした欧州のロックダウン、アメリカの爆発的な感染者拡大の様子を見て、日本もきっと来るぞ、と。そして、PANDAIDを自分でやるしかない、と思ったんです。東日本大震災の時にOLIVEをやったように、PANDAIDをやることで、助かる人がいるかもしれない、と。

 

PANDAID(パンデミックから命を守るために)

https://www.pandaid.jp/

 

ソーシャルディスタンスを伝える、ユーモアたっぷりのポスター。PANDAIDのホームページからダウンロードできる(写真:PANDAIDより)

 

―― 太刀川さんは、東日本大震災の発災後40時間というスピードで災害時に役立つ情報のWikiサイト「OLIVE」を立ち上げたのが印象に残っています。「生きろ日本」という強烈なメッセージとともに、TwitterFacebookなどのSNSで、美しくわかりやすくデザインされた「生き残るためのアイデア」「身近なもので誰かを助けるための知恵」が流れてきました。今回のPANDAIDも、マスクがない!フェイスシールドってどうやって使うの?という時に、デザインの力でわかりやすく、しかも楽しく伝えてくれる。しかも、かなりの情報量で。その行動力の源泉はどこからきているのですか?

 

OLIVE 生きろ日本。被災地での生活で作れるデザイン/ 飲食料 / アイデアのWiki

https://sites.google.com/site/olivesoce/

 

OLIVEは2011年当時、SNSを席巻するほど話題になった。OLIVEの知恵を復興支援に生かしたり、今住むまちの防災計画に役立てている人が、私の周りには数多くいた(写真:NOSIGNERホームページより)

 

太刀川: 世界で感染が拡大する状況を見ながら、日本もともすればともするぞ、と、ヒリヒリと肌身に感じていいました。ある時、花粉症のように、僕のなかで臨界点がきて、動いてしまうんですよね(笑)。東日本大震災の時も同じだったのですが、これだけ大変な状況が世界でおこっていて、何もできることがないと諦めてしまうのはイヤで、動かないことが気持ち悪い、という感覚です。

 もう一つは、やってみてから考えよう、というスタンスなんです。動いてみることで、批判されたり、うまくいかないこともあるかもしれません。だけど、災害も感染症も正解がないなかで、いろんなトライアルをしている人たちがいます。そんな仲間たちを応援したいと思っているし、自分もそうでありたいな、と。

 東日本大震災時のOLIVEで、僕らが発信したのは、ペットボトルでつくる湯たんぽ、生理用のナプキン、経口補水液のつくり方など。Twitterでもたくさん情報が流れてきてきましたが、ソーシャルメディアに流れる情報は早すぎて、時が経つと情報をたどっていくことが難しくなります。情報を必要としている人に届けるためには、アーカイブしていく仕組みが有効です。東日本大震災の時にたくさん流れた発災時に生き残るための知恵・情報は、今でもOLIVEにちゃんと残っています。OLIVEPANDAIDも、不特定多数のユーザーが編集することのできるWikiの仕組みで運用しており、プロジェクトに共感した多くのボランティアでつくっています。

 

―― 災害発災直後に生き残る、避難所で生活する、復興支援をする、生活を再建する……東日本大震災では、さまざまなフェーズで必要な知恵が、どんどん変わっていました。そして、その時々の段階で必要な情報がOLIVEに集まっていく様子を私も見ていましたし、今では膨大な情報量がわかりやすくストックされていますね。感染症も同じようなことだな、と感じました。

 

太刀川: 今、たくさんの人が感染症対策のために動いています。マスクやフェイスシールド、防護服のつくり方。いろんな人がいろんな方法を発信していて、その時はすごく盛り上がるのですが、SNSだと一週間で情報を追えなくなってしまうんです。日本では、新型コロナウィルスは一旦収束する手前までいっていますが、世界全体を見ると今爆発的に感染者や死者が増えている国もあります。米国の大学の研究では収束までは2年かかるとも言われています。「人の噂は75日」じゃないですが、情報は流れて消えていってしまいます。一方で、新型コロナウイルスは場所を変えて広がっていって、状況としてはしばらく落ち着くわけではないのです。だからこそ、みんなで情報を作る、集める、ストックしていく仕組みが必要なのですね。

 

A4のクリアファイルに型紙を入れて、はさみで切るだけでつくれるフェイスシールド。とても簡単で、しかもずり落ちない。動画を見ればわかるが、本当に数十秒でつくれる

 

デザインには見えないものを可視化する力がある。

 

―― 新型コロナウイルスでソーシャルディスタンスをとっているこの間にも、世の中は大きく変わろうとしています。太刀川さんは「今の時代」をどう見ているのですか?

 

太刀川: 昨年、2019年はドイツでモダンデザインの源流とも言えるバウハウス運動がおこって100周年という節目の年でした。奇しくもその前年の1918年に全世界でスペイン風邪の第一波が世界中で蔓延しました。当時の世界人口の4分の1とも言われる5億人が感染、死者も5000万人から1億人と言われる世界史上最大のパンデミックの一つです。ちょうどこの頃、第一次世界大戦勃発前の国際間の緊張状態にあり、公衆衛生の普及、医療の発展など、世界は変化の只中にありました。ここからピクトグラムやグラフィックデザインの源流が生まれていき、今につながっています。

 ビジュアルコミュニケーションは「人の命を守る」ことができます。建築で言えば公衆衛生や、倒壊を防ぐことで「人の命を守る」ことができますし、ソーシャルデザインでコミュニティをつくることが互いに助け合う精神を生みます。すべて、必要があって生まれたことで、今回のパンデミックも同じように新しいものが生まれるきっかけになると思っています。

 PANDAIDには、今、300人くらいのボランティアが関わっていて、編集者や医師、元自衛官など、さまざまなプロフェッショナルが運営を支えています。医学や科学のように、わかりにくいものをわかりやすくするには、編集やデザインの力が必要です。そして、デザインには見えないものを可視化する力があります。

 私の仲間で、シビックテック(ITによる社会課題解決に取り組む市民団体)のメンバーが東京都の感染症対策サイトをつくるなど、皆、それぞれのスキルを生かして動き出しています。PANDAIDもその一つですが、全てのデザインに関わる人、編集者は、このようなことを普通にやっていけばいいのではないかなと思います。みんなで動くからこそ、できることがあるのです。

 

―― 太刀川さんの「継続する力」のすごさも感じます。OLIVEは地道に活動を続けられて、それが結果的に東京都のすべての世帯に配られる防災読本『東京防災』につながっていきますよね。

 

太刀川: 『東京防災』は今でこそ美談になっていますが、それまでの5年間はOLIVEをずっと手弁当でやってきています。地道に続けることって結構大切で、続けていくからこそ世間が注目してくれるタイミングもあるのだと思います。それこそ、防災も、復興支援もダウントレンドになっても、それでも将来必要になるから、仲間と地道に続けていく……その積み重ねが、OLIVEを参考に『東京防災』をつくっていこう、という流れにつながっていったんだと思います。後から見ると華々しい話に見えますが、それまでの紆余曲折の中では、「防災オワコン感出てきたわ〜」と言いながらも地味に続けてきましたからね。

 言ってみれば、OLIVEPANDAIDも「壮大なおせっかい」と言えるものかもしれません。でも、誰かの役に立ちたいというピュアな思いをもってやっていることは、結果的にまわりまわって、自分たちのプラスに働くようになるんです。

 

OLIVEが元になって東京都が作成した防災ブック『東京防災』。都内の全世帯に向けて配るために、803万部を発行した。書籍のなかの40ページ分はOLIVEのコンテンツが生かされている(写真:NOSIGNERホームページより)

 

正しさを楽しく変換していく「愛あるとんち」

 

―― そして今、太刀川さんはLIFE COINという、ソーシャルディスタンスの可視化シールのプロジェクトに取り組んでいます。ソーシャルディスタンスを保つためのサインは、いろんな形でまちにあふれていますが、どこか真面目で面白みに欠けますよね。LIFE COINは、デザインそのものが可愛くて、さらにコインを踏んだ時に鳴る「チョリン」という音は、昔懐かしいテレビゲームを思い起こさせ、ソーシャルディスタンスを楽しむことができそうです。

 

太刀川: ソーシャルディスタンスの啓発ツールが、どんな形だったら楽しく広がっていくのかな、と考えて思いついたのがLIFE COINシールです。今、クラウドファンディングに挑戦していて、集まった資金でLIFE COINをたくさん印刷して、小児科のある病院に寄付したり、公共施設に無料で配って、誰かがコインを踏むことで「チョリン、チョリン」って楽しい音を鳴らして、子どもたちを感染症から守りたいですね。できれば、LIFE COINを街中に貼りたい。

 

「ソーシャルディスタンスを楽しもう。LIFECOINステッカー」クラウドファンディング

https://readyfor.jp/projects/lifecoin

 

―― 太刀川さんは、新型コロナウィルスと共生する時代を経て、これからの社会はどうなっていくと考えていますか?

 

太刀川: 今回のパンデミックは、人類と地球環境との共生に関しては、「行けなかったはずの未来」を見せてくれることにつながっています。自分の身の回りの人とのつながりを大切にする、ローカルに根ざして暮らす、というところでは、プラスにはたらいているように思います。しかし、同時に社会不安があり、それをコントロールしようとする権力があったり、デマが流布したり、まちが分断されることがアメリカでは起こっています。スペイン風邪の後にバウハウス運動が生まれたように、創造的な未来に進むためにみんなで協調的に新しい運動をつくっていこうとするのか、自分たちを守るために周りとの関係を閉ざして社会的距離だけでなく心理的距離も分断していこうとするのか。どちらの方向に進んでいくかの分岐点だと思います。

 創造的な未来に進むためには、一つは、ネガティブな事象も「愛ある笑い」に変えていく、コミュニケーションのすげ替えが重要だと思っています。「危険だからやるな」とルールで縛る考え方もありますが、私はそれでも床に楽しいステッカーを貼りたい。例えば、公園に「ボール禁止」「大声禁止」などのステッカーをベタベタ貼るように、責任をとらないために「禁止」を掲げるのはコントロールしやすい方法ですよね。しかし、そのやり方だと結局は分断の方向にいってします。リスクを防ぐために必要な知識を啓発していくなかで、やさしく楽しく教えてくれる術や、つい守りたくなる工夫があることで、心理的に緩和される方がいいですよね。「守りたくなる」「知りたくなる」に変えていくには、笑いやエンターテイメントの力が必要です。

 

常に笑顔を絶やさず、わかりやすい言葉で話す太刀川さん。「デザイン=とんち」には驚いた!

 

PANDAIDのポスターも、実はいちばん貼られているのが「TUNA」なんです。最も役に立ちそうな自転車は、実はいちばん貼られていない(笑)。何が言いたいのかというと、コミュニケーションには正しさと楽しさ、両方が必要で、正しいコミュニケーションでまちが楽しくなるか、居心地がよくなるかというと、必ずしもそうではないんです。正しいものを楽しく変換するのは、「とんち」で、すなわち「とんち」とは「デザイン」の話だと思います。だから、正しさを押し付けることが分断につながることを踏まえたうえで、押しつけにならない正しさを理解してもらうための「とんち」をどう広げるか。それが、まちが楽しく、安全になることとつながると思っています。

 この話は、すべてに再変換が可能だと思っています。ソーシャルディスタンスのシールや張り紙は、あちこちにいっぱいありますが、「ダメ」とか「バッテン」ではなく、同じことを伝えるにもちょっと工夫するだけで、体験の価値は変わっていきます。それを一つひとつ、つくっていきたい。

 

ぜひ、フェイスシールドをつくってみよう!

Information

太刀川英輔

NOSIGNER代表。デザインストラテジスト。慶應義塾大学特別招請准教授。ソーシャルデザインで美しい未来をつくる(デザインの社会実装)。発想の仕組みを解明し変革者を増やす(デザインの知の構造化)。この2つの目標を実現するため、次世代エネルギー・地域活性・伝統産業・科学コミュニケーションなど、SDGsに代表される分野で多くのデザインプロジェクトをマルチセクターの共創によって実現。プロダクト・グラフィック・建築・空間・発明の領域を越境するデザイナーとして活動する。

NOSIGNER(ノザイナー)ホームページ

https://nosigner.com/

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この記事を書いた人
北原まどか理事長/ローカルメディアデザイン事業部マネージャー/ライター
幼少期より取材や人をつなげるのが好きという根っからの編集者。ローカルニュース記者、環境ライターを経て2009年11月に森ノオトを創刊、3.11を機に持続可能なエネルギー社会をつくることに目覚め、エコで社会を変えるために2013年、NPO法人森ノオトを設立、理事長に。山形出身、2女の母。
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