わたりの時期の休息地 よこはま北部ユースプラザ
生まれ育った家庭から、自分の新しい家庭をつくるまでの時期を「わたりの時期」と呼ぶそうです。15歳から39歳、誰もが一度は、つまずき、悩み、立ち止まった経験はないでしょうか。よこはま北部ユースプラザは、わたりの時期の生きづらさを抱えた若者とその家族を全力で支える施設です。

私の息子が通った小中学校クラスや学年に、不登校になった子どもたちがいました。部活やPTAで、その母たちと話す機会がありました。母たちは学校や病院に相談に行くなどしていましたが、その先どうしたらよいのか行き詰まり、悩んでいるように見えました。彼女たちから苦しい胸の内を聞いた私は、インターネットなどで支援先はないか調べてみましたが、当時の私はフリースクールの情報しか得ることができませんでした。今、悩んでいる子どもたちや親の助けになる情報が得られたらという思いで、若者支援を行っている「よこはま北部ユースプラザ」(以下、北プラ)の取材へ行きました。

 

北プラの入るウェルネスセンタープラザ南ビル。大きな看板が出ていました

 

横浜市営地下鉄・センター南駅から徒歩6分。オフィスビルの3階に北プラはあります。どんな所なんだろうと、少し緊張しながらエレベーターで3階へ。フロアの突き当たりに北プラのキャラクター「プラねこ」が描かれた看板が見えます。

 

自動ドアが開くと、入って目の前にはソファやカウンター、左手には受付とスタッフルーム、廊下を行くと相談室に30畳くらいの広間「居場所」があります。

 

横浜市内には4つ(北部・南部・西部・東部)のユースプラザがあり、よこはま北部ユースプラザは、青葉区・都筑区・緑区・港北区の15歳~39歳までの若者とその家族が対象となる施設です。北プラの利用者は20代が5割を占めます。

 

北プラは、横浜市が2010年にひきこもりや不登校など生きづらさを抱える若者支援のための施設として開設。2019年度から運営法人が変わり、NPO法人パノラマが運営しています。森ノオト読者の皆さんにとっては、パノラマと言えば、青葉区にある神奈川県立田奈高校の校内居場所カフェ「ぴっかりカフェ」の運営をしている団体としてご存知の方が多いかもしれません。

 

今回インタビューに答えてくれたのは、施設長の織田鉄也さん。時おり、隣の広間で談笑する若者たちの声が聞こえてくる相談室で、お話を伺いました。

 

施設長の織田鉄也さん。「若者にとって、意味のある他者でありたい」と語り、若者支援の経験が豊富

 

北プラは「個別相談」と「居場所」の2本柱で運営され、登録制で利用は無料です。居場所の利用だけではなく、相談員との個別相談を必ず定期的に受けてもらうことで、その人らしい自立を支援しています。社会福祉士、臨床心理士、キャリアコンサルタントなどの専門資格を持つスタッフたちがいますが、専門領域の相談のみで留まることはなく、相談、居場所、プログラムの全ての場で利用者に関わります。

 

北プラを利用している若者たちは、どんな悩みを抱えているのでしょうか。

「様々なことが複雑に入り組んでいるので、これという明確なことは言えないけれど、とても真面目で、空気を読みすぎるくらい読む人多いです。バイトも含めて就労経験のある人もいます。学校や企業の比較競争社会や親の期待の中で、こうすべき、に囚われ頑張り過ぎて、自らのこうしたい、という意欲や主体性を失っている人もいます。失敗体験が重なって自信を無くし、ドロップアウトしたあとも、自分はダメなだ、と、呪いの言葉を自分に浴びせ、自らの幸せに消極的な人ます」(織田さん)

 

でも、と織田さんは続けます。

「誰もが人生どこかでつまずきます。2012年の厚労省と文科省の調査を元に、法政大学の児美川考一郎先生が作成したデータでは、高校に入学し、どこかの段階までの教育機関を卒業し、新卒で就職した企業で3年以上働いている人を『ストレーター』と呼んでいますが、ストレーターは100人中たった4割。6割が何かしら人生の転機を迎えていることになります」(織田さん)

 

初めて北プラに来た時のことを「崖から飛び降りるような気持ち」と表現した方もいたそうです。「彼らにとっては、まさにそんな心境だと思うんです」と織田さん。保護者に紹介されたり、本人がネットで探したりして、彼らは勇気を振り絞ってやってきます。約束の日に来られないももちろんいますが、何とか踏み出そうと葛藤している若者たちを、スタッフは決して非難しません。

 

相談の様子。北プラのパンフレットやホームページをよく見てみると、「ひきこもり」の文字はありません。「社会からドロップアウトさせられてしまった人たちと社会の関係性を再構築することがテーマなので、必ずしもひきこもりにこだわっていないからです」(織田さん)

 

北プラでは利用者のことを「メンバー」と呼び、「居場所」はメンバーの活動拠点です。居場所は月、火、木~土曜日の12時~17時に開所されています。現在は密を避けるため、利用は週3日、利用定員は15名までという新ルールが適用されました。メンバーはそれぞれのタイミングで自由に通えます。プログラムは個人で参加、みんなで参加、社会と関わるきっかけになるもの、企画作りから取り組めるもの、の4種類があります。ヨガや映画鑑賞などさまざまなプログラムが企画されていますが、メンバーの多くは、プログラム参加ではなく、行きたいときに来所する「フリー」で来ることが多いそうです。

 

居場所では、スタッフがメンバーを場に巻き込んでいく。対戦ゲームをしていれば「負けそうだから知恵貸して!」などメンバーに声をかけ、場に関わってもらうようにしている

 

取材当日、居場所となっている広間をのぞくと、ギターを持った20代くらいの男性を囲み、楽しそうに談笑する男子グループや、入り口のソファでは、10代くらいのおしゃれな女の子たち2人組が、おしゃべりに花を咲かせていました。みんな学校やキャンパスにいそうな若者たちでした。

 

「幸せなライフスタイルにたどり着くまでを見届けたい」

 

日々スタッフ間で、個別相談と居場所の情報量が同一になるよう情報共有をしています。「個の内面と、他者または集団や、その場の関係性の中でのその人の言動を把握することを大事にしているんです。それが支援の両輪なんです」(織田さん)

 

織田さんに若者の支援をしようと思ったのはなぜか尋ねると、「直感的に動いているので理由は後付けですが……」とちょっと照れ臭そうに答えてくれました。

 

大学時代に哲学を専攻したという織田さんは、「どう生きていくのがあるべき生き方か」と考え、「真善美」に向き合う時間を持っていました。卒業後、障害を持つ小学生の介助の仕事に就きます。ある日、その小学生が織田さんの目の前で突然自傷行為にはしりました。止めに入りことなきを得たそうですが、その時の自分の対応がずっと心に引っかかっていたと言います。

 

「本人は自傷行為を通して、自分の存在価値を問うていたんです。何やってるんだ、とただ戒めるのは、哲学的には問題回避です。問題に対する大人側の言い逃れに過ぎない。自分の必死の問いに向き合ってくれないのは、子どもにとってはある意味絶望です。そんな大人を支援の場で私もたくさん見てきました。自分は若者たちに向き合い、一人の人間が幸せな生き方やライフスタイルに辿り着くまでの様を見届けるというサポートに、興味や関心があり続けた、ということなんだと思います」。織田さんの言葉に、真剣に若者たちと向き合ってきた自負と信念を感じました。

 

北プラのメンバーの言葉を借りると、ここに通うことは「修行の気持ち」なのだそうです。他人と顔を合わせるのも辛いけど、ここに来ないとその次がない、と切羽詰まった思いを抱えているもいます。そんなメンバーを見守るスタッフは、あえてあっけらかんと付き合います。

 

「若者の自立支援のキモは支援し過ぎないで辛抱強く見守ること。あえて手を貸し過ぎない。あえて本人にんで、って、葛藤して手応えを見つけてもらうこと」と織田さんは力を込めます。相談に来る全ての若者を、北プラが支援するわけではありません。その人の段階に合わせて、他の機関や施設を紹介する役割も果たしています。

 

織田さんたちスタッフは、固定化されたルールの下で運営するのではなく、生きた場をつくり続けるために、日々、さまざまな仕掛けをしています。感染症対策のルールも、都度柔軟にマイナーチェンジして、除菌はメンバーもスタッフも含めてみんなでやることにしているそうです。

 

意味のある時間を積み重ねる「居場所」

 

北プラの特色でもある居場所では、主体性を持つための仕掛け、他者と関わること、地域を通して社会とつながることの3つを大切に、場をつくっています。

 

初めてプログラムに参加するメンバーはお試し参加から始め、スタッフがその人の段階に応じて役割を提案します。メンバーが自ら責任をもって役割を果たしていくことで、主体性を取り戻していきます。最終的にはメンバーが自分から意見やアイデアを出したり、周りを巻き込んだりしながら、やりたいことの実現に向けて行動できることを目指しています。「自分がこの場所の構成員の一人であると自覚して初めて彼らの居場所になるんです」(織田さん)

 

来月開催するイベントを決めるシール投票。自分たちのやりたいことを出し合い候補を決めた。スタッフはお膳立てせず、その人を活かせるような役割をふる

 

また、居場所では他のメンバーやスタッフと積極的に関わります。「孤立していたから、顔なじみになったり、名前で呼んでもらえたり、お前らしいな、と受け止められたりするのが嬉しいんです」(織田さん)。スタッフや仲間に、長所も短所も含めて受容してもらうことで、ありのままの自分でいいという体験を積み重ねていきます。

 

社会との関係を再構築するきっかけとして、地域とのつながりも北プラでは大切にしています。昨年の森ノオト主催のあおばを食べる収穫祭で、北プラのメンバーが、リユース食器の回収ブースでボランティアをしてくれました。現在はこのコロナ禍で、取り組み始めていた地域との関係づくりもストップしてしまっていますが、有給職業体験プログラム(バイターン)などを通して、若者たちが地域社会と接点をもてる仕掛けにも取り組む予定なのだそうです。居場所の壁に貼られたイベント時の集合写真は、メンバーの成長の証です。「ひきこもっていると時間はあっという間。意味のある時間が可視化されていくことで自信を蓄えてもらいたいです(織田さん)

 

コロナ禍で北プラの再開を待ち望んでいた若者もいれば、いまだ来ない若者もいる。再開して頑張り過ぎているメンバーの様子も気になる織田さん。「場が落ち着くまでにまだ時間はかかりそう」

 

運営がパノラマに変わって約1年。以前から通うメンバーには、「静から動に変わった」と言われるそうです。これから更に、スタッフもメンバーも互いの信頼関係を積み重ねていくにつれて、場のスタッフの役割の一部を担うメンバーが出てくるようなこともあるのかな、と想像しました。

 

織田さんたちスタッフが、傷ついた若者たち自身が本来持っている回復力を信じた上で、主体性を促す多くの働きかけをしていることや、一人ひとりの内面へのフォローと、居場所での他者との関わり方の両面から若者を支援していることに、思春期の子を持つ親として、信頼を覚えました。

 

厚生労働省によると、「ひきこもり」(*1)のいる世帯数は、全国で約32万世帯。横浜市の統計では、15歳から39歳の若年層のひきこもりが約15000人(*2)、40歳以上のひきこもりの大人は約12000人(*3)と推計されています。小学校、中学校時代の不登校からのひきこもりへの移行は、約3割。高校、大学も含めると、約6割となるそうです。昨年大きく報道されましたが、国内では80代の親が50代のひきこもりの子どもの生活を支える8050問題も深刻化しています。「問題が長期化すればするほど支援先を紹介するのも難しくなってきます」(織田さん)。早い段階に相談できれば、その人に合った自立の手立てが、多くの選択肢から選べるのだと理解できました。

 

1仕事や学校に行かず、かつ家族以外の人との交流をほとんどせずに、6カ月以上続けて自宅にひきこもっている状態

2 2017年横浜市子ども実態調査

3  2017年横浜市市民生活実態調査

 

取材の帰りの電車で、私自身の大学時代の経験を思い出しました。自分の陰口を聞いてしまい、傷ついた私は無気力と食欲不振の状態に陥りました。寝てばかりの私を両親が心配しました。私が重い口を開くと、父は「大学でお前がやりたかったことは、何だ?」と言い、母は「どうしたい?あなたが決めるしかない。話はいつでも聞くし、私はあなたの味方だから」と言いました。私は両親の言葉で、自分を取り戻すことができました。あの時、口に出せていなかったら、きっと私は大学に行けなくなっていたと思うのです。

 

人は誰しも、悩み、立ち止まります。

「やりたいことが見つからない」「今の状況をなんとかしたい」と悩んでいる人や、まわりに悩んでいる人がいるなら、次の一歩を一緒に考えてくれるスタッフや、いろいろな経験を共にできる仲間がいる地域のサードプレイスに相談してみませんか?

Information

<よこはま北部ユースプラザ>

住所:

横浜市都筑区茅ヶ崎中央11-3 ウェルネスセンタープラザ南ビル3A号室

電話番号:

045-948-5503(相談専用)

045-948-5505(問合わせ・FAX

開館時間:12時~17

メールアドレス:mail@kitapla.jp

ホームページ:https://kitapla.jp/

Twitterhttps://twitter.com/kita_pla

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この記事を書いた人
中島裕子ライター卒業生
川崎市中原区在住。高3男子の母。現在は、地元のタウン誌やfacebookで記事を書く。美味しいものや手作りが好き。今の関心テーマは、食と教育。趣味は書道。今年の目標もダイエットの成功と断捨離。森ノオトでは、ライターとして経験を積み、イベントに参加して世界を広げたいと思っている。
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