一輪の花に思いを乗せて、市ケ尾のまちと歩む「ジョイフロリスト」
ジョイフロリストは、東急田園都市線・市が尾駅の東口から商店街の坂を150メートルほど下っていった右手にあります。入り口には鉢植え用の苗や背の高い観葉植物が並び、店内には蘭や季節の花々が色彩豊かに並びます。この秋には開業して46年になるという店主の串田勝利さんに、まちとお花とともに歩まれた日々のことをお聞きしました。

2年ほど前から、月に一度お花を買って飾るのが習慣となっている私。子育てや仕事にあわただしい毎日を過ごしていますが、お花を買ってきた日は、子どもたちも一緒になって香りをかいだり、触ったり、飾ったりしては喜んでいます。取材の数日前、8月のお花を購入しようと「ジョイフロリスト」を訪ねました。求めているお花のイメージを串田さんにお話しし、選んでもらったのは紫色のトルコキキョウに白いりんどうの花。上品な雰囲気が気に入り、家に持ち帰って早速飾りました。

それから3日。生き生きと咲き続けるお花を見て、すぐに傷んだり、枯れたりしないことに、ふと不思議だなぁと感じて取材当日、まずその理由を串田さんにお聞きしました。

 

わが家にやって来た紫色のトルコキキョウと白いりんどうの花。トルコキキョウの幾重にも重なる花びらが美しい

 

「日本で生産された花は質が飛びぬけていいんですよ。ヨーロッパ文化を取り入れて発展してきたのが日本の花の生産文化。ヨーロッパに比べて、土地が狭い日本では多くの花を植えることができないので、一本一本を大切に育てて高品質なものを売るようになったんです。花のオリンピックとも言われている『フロリアード』という国際園芸博覧会があるのですが、そこでも日本人が賞を取ることが多いんですよ」

 

日本のお花が世界の中でも高品質だったとは!驚きとともに、串田さんのお話に引き込まれていきます。

 

「日本の各地に技術がある優秀な生産者の方たちがたくさんいて、手間暇をかけて大切に育てているんです。シクラメンなんて、1年半ほどの長い期間をかけて育てて、こうしてお店で売っているんです。品種改良の研究も進んでいて、持ちが良い品種がどんどん生まれてきています」

 

日本の花の生産文化にも詳しい串田さんですが、長年海外で花を通した文化交流も続けてきたそうです。奥様の崇子さんは、お店やご自身の出身大学が主催する生涯学習講座の講師として、フラワーアレンジメントを教えてきました。そのご縁で、教室の生徒さん、お店のスタッフの方とともに串田さんも年に1度海外での文化交流を続けていたそう。近頃は残念ながら続けることが難しくなってしまったそうですが、観光客があふれるイタリアのフィレンツェにあるドゥオモで花の装飾をしたことは、最も印象に残っているそうです。

 

 

開業するときに串田さんが気に入って購入した東南アジア産アカシアの木でできた置物。46年間ジョイフロリストを見守り続けている

 

まちの発展とともに46年の歩み

 

串田さんが「ジョイフロリスト」を開業したのは、46年前の昭和49915日、35歳の時でした。銀座の歌舞伎座裏にある、「花屋のエキスパート」と呼ばれるお花屋さんで修業を積み、駅の周りは見渡すかぎりすすき野原が広がる市ケ尾のまちを、店舗の場所に選んだのです。まちの開発は進んでいたものの、まだ周りにお花屋さんも少なく、鷺沼や藤が丘から電車に乗ってお花を買いに来るお客さんもいらっしゃったとか。近隣の大手企業や学校に月契約でお花を納品したり、著名人の方からお花の依頼を受けたりしながら、店舗を拡大していきました。「地域のお花屋さんからは『目標はジョイフロリスト!』なんて呼ばれて憧れの存在だったんだよ」と、串田さんは、目を細めて当時を振り返ります。

 

お店の外の鉢植えに見つけた、可愛いらしい蛇口のオブジェ

 

時を経て、企業などからの需要にも変化があらわれます。少しずつ従来の注文が減ってきた中、今年は新型コロナウイルス感染症の拡大に見舞われ、お花屋さんの業界全体が変化を余儀なくされました。「都内の高級ホテルがあるあたりの花屋さんは、結婚式も減って大打撃を受けているよ。うちは郊外だからまだいいけれど、それでも近所にあった花屋さんがどんどんなくなってきている」と串田さん。その一方で、配達の注文が劇的に増えたそう。「感染拡大の観点から、葬儀には行けないから花を贈る。会うことができないから、母の日やお盆などに、思いを花で届けたい、というパーソナルギフトがとても増えてね。そういうイベントの日は大忙し。敬老の日も忙しくなりそうだよ」と話します。

 

46年という月日の中で、お花を取り巻く環境は大きく変わりました。「花屋は、効率が悪くて手間がかかる」としながらも「花屋という仕事をすれば、花は好きになるものだよ」と柔らかい表情で話されます。

 

ご自宅やお店の前にある花壇にもお花を植えているという串田さん。「涼しいところで育ったお花が店頭に並んだ時に負担がかからないように、扱いにも気を付けているんです」。お花のことになると、どんどん話がはずみます

 

市ケ尾商栄会の会長として

 

その一方、串田さんは25年前、市が尾駅周辺エリアの商店会「市ケ尾商栄会」の会長となります。会長となった後は、会のメンバーで協力し合い「大売り出し」を行ったり、現在まで22年続いている「市ケ尾さまーふぇすてぃばる」(今年度は新型コロナウイルス感染症拡大防止のため中止)を開催するなど商店会を盛り上げてきました。商店会の会長というと、地域と連携を取り商店会をとりまとめていく立場です。「会長職を25年という間、続けられたのはなぜですか」と聞くと、串田さんは「それはうちの奥さんがいたからだね」と力強く即答。続けて「女性の力というのはとても強いものがあって、商店会とは関係ない人も輪に入れて、どんどんつないでいった。彼女は人を引き付けるカリスマ性があるんだよ」と奥様を思い浮かべて、自然と笑みがこぼれます。

 

お花好きな奥様の崇子さんが、お店に働きに来たことがきっかけで出会ったお2人。それ以来、ご夫婦で「こんなお店にしたいね」「あんなお店にしたいね」と語り合いながら、地域に根付いたお店をつくってきたそうです。崇子さんにはお会いすることはできませんでしたが、「ジョイフロリスト」のホームページに、崇子さんのフラワーアレンジメント教室の様子が書かれていて、そこには「そもそも花とは自然界に自由に存在するもので、アレンジ自体も形式にとらわれず自由に表現する事が大事で、それこそが心地よい植物の姿なのです。」という崇子さんの言葉が紹介されています。お花だけではない自然界そのものに寄り添う姿勢に魅力を感じて、ぜひいつかお会いしたいと思いました。

 

お店の前にも、野に咲く花畑のようなお花が自然に並ぶ

 

46年やっていても、ここに花屋があるって知らない人もまだまだいるんだよ。やになっちゃう」とチャーミングに話す串田さんは、今もなおご自身で世田谷市場にお花を仕入れに行っています。お花の生産者さんに会いに生産地へ行ったり、通販サイトで出店するなど新しい取り組みにも意欲的。今後はギフト用で作ったお花を写真で撮って、お客様にお伝えしていきたいという構想も持っているそうです。「スタッフにはいつも恵まれている」と10年以上に渡ってお店を支える4名のスタッフの皆さんのことを思いながら、嬉しそうにお話されていました。

 

取材の日も、お店ではギフト用のアレンジメントが次々と作られていました

 

串田さんが私に選んでくださったトルコキキョウの花言葉は、「感謝」。串田さんのお話を聞きながら、この花言葉のようにお花へはもちろん、地域の商店会の方、生産者さんや、お客さま、お店のスタッフ、そして崇子さんへの「感謝」の思いが輪になって46年という歩みがあったのだと感じました。

 

お店の中には生花だけでなく、ソープフラワーなどの造花も置いてある

 

一輪のお花に思いを乗せて

 

「お店にいらっしゃった方には、販売する時に育て方のアドバイスをするんだけど、一度枯れてしまうとどうしてもあきらめてしまう人が多いんだよね」と串田さん。私自身、お花屋さんへ行き、素敵だなと思ってお花や観葉植物を買っても、枯らしてしまったことは数知れず……。申し訳ない気持ちになって、再チャレンジを尻込みすることもありました。串田さんは続けて「でも、ちゃんと育つ環境って色々な条件があるから、なぜ枯れちゃうのかすぐには分からないんだよ」と話します。枯らしてしまったことに罪悪感を持つだけではなくて、末永くお花と向き合っていく気もちが大切なのかと、お話を聞いて気がつきました。

お花には、ほかに代えることのできない「思いを届ける」力があります。お花を贈ったり、飾ったりすることは、やがて人が思い合うことに繋がって、いつの時代も変わることなく、私たちの暮らしを豊かにするのではないでしょうか。市ケ尾のまちとともに歩みつづけるジョイフロリスト。串田さんのお話を通して、時の変化とともに形は変わっても、地域に住む私たちの暮らしの中に、お花はありつづけるものなのだと感じました。

 

串田さんは「一輪でもいいから、お花を飾ってみては」と話します。ほんの少しのお花を家に飾りたいけれど、少しだけでも買っていいのかなと……店先で迷うこともよくあった私。これからは気負わず、大切な誰かに思いを届けるために、来月もお花を飾ろうと思いました。

Information

ジョイフロリスト

神奈川県横浜市青葉区市ケ尾町1063-1

TEL 045-971-1187 FAX 045-971-1189

営業時間 9:00~19:00(平日)9:00~18:00(日・祝日)

休業日 11日~3

ホームページ: http://joyflorist.oops.jp/

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この記事を書いた人
松井ともこライター
神奈川県出身 ワークショップデザイナー。劇団の養成所を経て俳優のマネージメント、文化施設で事業企画運営などを行う。青葉区の子育て仲間と地域でアート活動(トトリネコ)を始めたところ、子育てとアートの関係に興味がわき、立教大学大学院にて研究中。二児の母。
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