松田家は、私37歳、夫40歳、長男2歳、長女0歳の4人家族。横浜市の南側に隣接する海沿いの町、逗子市で暮らしています。昨年6月まで、夫と私は息子を保育園に預けて、都内の会社で働いていました。
ことが起こったのは、娘を出産するために私が産休に入ってすぐのことでした。以前から独立志向のあった夫が、急に会社を辞めたのです。いつかはね、と思っていましたが、「今かよ!?」というのが本音。とはいえ、決まったことは変えることができません。さてどうしたものかと、まず私がしたのは、当面の生活費をどうやってやりくりするか計画をたてることでした。8月に出産して、翌年4月に仕事復帰する予定でしたので、まずは4月まで、出産経費なども含め赤字にならずにいけるのかについて、楽観的なシナリオ、悲観的なシナリオ、をそれぞれ、夜な夜な計算しました。悲観的なシナリオでも、楽ではないですが、4月までは赤字にならずにいけることがわかり、その状況を夫と共有しました。
対話するたびにたまるストレス
家族としてこの事態に対してどうしていくのかと考えた上で、共有して、対話することを強く意識しました。でも、当初は話すほどにお互いストレスがたまるばかり……。
私は、割と深く考えるタイプです。事実を事実としてとらえ、対策を考える。不安に思うことがあれば、その不安を払拭するための行動をする。一方の夫は、楽観的でなんとかなるでしょ、というタイプです。また、私は長期的な視点で物事を考えますが、夫は短期的な視点で考えます。このように思考の癖がお互いまったく違います。どちらがいい、悪いではなく「違う」のです。それを前提に置かずに対話をしていたので、お互い苦しかったのだと思います。今でもストレスフリーとまでは言えませんが、それぞれの癖を知ったことで、以前よりは対話がしやすくなりました。
ここに至るまでに、対話することを何度もあきらめかけました。「私が我慢すればいい、そのほうが楽だし」と。なんとかここまでこられたのは、いつもそばで話を聞いてくれる人生の先輩がいたことと、本や情報誌で出会った言葉たちのおかげです。
例えば、「家族だからこそ多様性を重んじる」という言葉。これは、私が定期購読している『ふくおか食べる通信』という情報誌に書かれていました。「家族だから同じように考えるはず、家族だからわかってくれているはず」と私は勝手に思い込んでいましたが、この言葉はそうじゃないことを、またそうじゃないほうが当たり前だし、おもしろいということに気づかせてくれました。
また、『炎上CMでよみとくジェンダー論』(著:瀬地山角、光文社新書、2020年)では、「夫婦が本音で話せる魔法のシート○○家作戦会議」に出会いました。内閣府男女共同参画局が作っています。昨年末、実際に松田家1年間の振り返りとしてこのシートを使って対話しました。お互い普段言葉にしないことを話すことができ、充実した時間になりました。
家計の軸を担うのは……私?
さて次は、少し先の未来どうしていこうか、というのがお題です。夫は離職後、再就職ではなくフリーランスとして仕事をしていくことを選んだので、収入は不安定です。「私が家計の軸になるか……」となんとなく思い始めたのが、里帰りしていた実家から帰ってきたころ。産休前は、保育園のお迎えに間に合わせるために1時間の時短で働いていました。私が軸となるのであれば、時短をやめて、4月の復帰はフルタイムで戻る。そうすることで、お給料は少し上がる(戻る)けれど、はたしてそれで家族4人の生活を成立させ、ゆくゆく子ども2人を大学まで通わせることができるのか、と漠然と不安に思いました。そこで、以前からお世話になっている、フィナンシャルプランナー(以下FP)の田端沙織さんに相談をして、「プラン1.私の収入のみ」「プラン2.私の収入+夫が少し稼ぐ」、という2つのライフプランを作成してもらいました。
私一人じゃ、無理だ……
私は、自分の収入だけでも、なんとかなるのでは、と漠然と思っていました。同僚や先輩の家族のなかには、子どもが3人、結婚以来専業主婦というケースが結構あるのです。
今の生活支出のまま、子ども2人を大学までという希望のもとに、実際にプランニングしてもらうと、私一人の収入では無理だということがよくわかりました。一方で、子どもの教育費に奨学金を活用する、生活費を抑える工夫をする、私の収入をもっと上げる、ことをすれば、私たち家族の船は、お金の面では沈没しないこともわかりました。私は、働いてお金を稼ぐことが好きなので、働くのを辞めることはありません。リスクは、私の健康が損なわれて働けなくなることなので、私の健康に投資をしてしっかり働けるようにしておけば、まずは最低限この社会で生き抜くことができる、とわかり安心しました。
田端さんはお願いしたプランのほかに、「夫がこれぐらい稼いで、加えて投資を活用すればキャッシュアウトせずに乗り切れる」というプランを作ってきてくれました。子どもに手がかかる期間までは収入を少なめに、手が離れたころからは少しずつ収入を上げるような形です。これが非常に参考になりました。自分たちにとって心地よい生活をすることができる収入がわかりました。もちろんお金に余裕があれば楽ではありますが、どこまで追いかけたらいいのかわからない状況では、必要以上にそこへエネルギーを使いすぎて人生を削ってしまうように思います。二人でこれぐらい、というひとつの基準が見えたことで、有限である家族の時間を豊かに使うことができるし、これから先、私と夫それぞれのキャリアにおいてチャレンジングなことを選びやすくなるとも思いました。
家の中にあるジェンダーの罠
私が家計の軸になろうと覚悟を決めてみたら、これまで自分が勝手に自分自身を抑圧していたことに気づきました。夫と結婚してからは、「もし転勤とか海外勤務というチャンスが出てきたとしても、私は断らないといけないな。会社も私には打診してこないだろうな」と考えていました。今回、夫がフリーランスになったことで、「チャンスがあれば受けることができるじゃないか!」と思えるようになり、すごく嬉しくなったのです。そしてあらためて、私は仕事に全力投球したい人だとも気づきました。
誰に言われたわけでもないのに勝手に自分で自分を制限していたことにも気づき、こわくなりました。ジェンダーにとらわれずに生きたいと思っているのに、無意識に染みついている……と。
それから私は、ジェンダー関連の本を読み、家庭にあるジェンダーについて考えるようになったのです。
今回、家計を私が支えると覚悟を決めるとき、私自身、腹に落とすまでに結構時間がかかりました。誰がかけてくるわけではないけれど、プレッシャーを感じて。「あぁ、世の中の多くの男性はこの役割とプレッシャーを、疑いをもつことなく引き受けているのだな」と気づかされました。「ありがとう、夫、そして父さん」という気持ちです。一人ですべてを背負うのはつらいけど、それを二人で半分こ、またはかわるがわる交代できたなら、ゆるやかに豊かに日々を過ごせるように思います。
今回、赤ちゃんと過ごす日々を夫と共有することができる産後でした。大変さという点では半分こに、幸せという点では2倍になったように思います。一人目の産後に比べて、体も心も楽で、娘を「かわいい」と愛せる時間が多かったです。夫自身も、大変さを味わいながらも、何より子どもがかわいい時期を間近で過ごすことができて幸せだったと言っています。二人の関係性においても、同じ目線で、自分事として苦労や喜びを共有でき、よかったと思います。
働く女性が増えて、家事育児の負担の話題が取り上げられることが多くなっています。ジェンダーによって勝手に役割分担されてしまう、そして女性への負荷が大きい。私自身もそれを実感します。一方で男性が担ってきているものもあり、そこにもジェンダーバイアスが潜んでいる。ときによって、役割の交換、または分担をする。そうすることで大変さは半分に、幸せをより大きくしていくことができるのではないか、そう考えています。
自分で帆をはり、舵をとる楽しさ
「今ここにいる仲間は、人生という海を同じ船に乗って航海している。メンバーが増えたり、減ったり。その船から降りて、自分の船をつくることもある」
私の大好きな作家、高橋源一郎さんが、NHK ラジオ第1の「すっぴん」という番組の最終回でこのようなことを言っていました。
「あなたの船には誰が乗っていますか?帆をはり、舵をとっていますか?楽しんでいますか?そしてその航海の日々は有限であるということをわかっていますか?」と問いかけられたと私は思っています。
今、コロナという世界が経験したことないなかを、皆が航海しています。家族という船はとても小さいかもしれない。でもその小さな船が風を感じ、自らの手で舵をとり、楽しんで航海しているのであれば、それは世界がどうであっても、どんなことがあっても、光を見失うことはないのでは、と思います。
順風満帆な航海とは到底言えませんが、私たち家族は、日々荒波にぶち当たりながらも前に進んでいきたいと、今、思っています。
『ふくおか食べる通信』
FPサテライト株式会社
「夫婦が本音で話せる魔法のシート○○家作戦会議」https://www.gender.go.jp/public/sakusenkaigi/index.html
NHKラジオ第1「すっぴん」
http://www.nhk.or.jp/suppin-blog/
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