私が久保田さんに出会ったのは9年前。当時、青葉区役所で社会教育指導員として生涯学習の事業を担当していた時に、主催した講座に久保田さんが参加してくれたのです。その講座は区民企画運営講座の『運営委員養成講座』。青葉区と共催で行う講座の運営を担ってくれる人材を育成する、というものでした。4回の連続講座を通して同じテーマに興味をもつ仲間を見つけ、様々な企画が立ち上がる中、久保田さんが所属したグループのテーマは「ウォーキング」を通して多世代をつなごうというもの。3年間毎週開催されていた運営委員会でご一緒した久保田さんの印象は、「いつも穏やかで、時に熱く時に冷静に場を調えてくれる頼もしい女性」。そんな印象の久保田さんが、地域での活動をどんなふうに広げてきたのかお聞きしました。
久保田さんは横浜生まれの横浜育ち。現在は青葉区荏田北在住で、引っ越して来た当時の久保田さんは、有名服飾ブランドのデザイナーやバイヤーとして忙しい毎日を過ごしていました。その後出産し、育休を経て復帰した部署で、初めて仕事で挫折感を味わったそう。「14年間ずっと裏方をやってきたので服のことはわかっていたつもりだったけど、自分は販売には向いていないとはっきりわかった」。そして復帰して10日後に、息子さんが肺炎で入院。ただ、このタイミングでは辞めず、息子さんの体調が安定して保育園に通えるようになった時に退職を決めました。別の仕事をしながら、育児とのバランスをとって家にいる時間を増やしたそうです。それが、息子さんが2歳になる直前のこと。「大体のお母さんは、子どもが小さい時の方が一緒にいる時間を長くとるけど、私は息子の成長に伴って一緒にいる時間を長くしていきました」
久保田さんの話を聞いて、ふと、私には無かった選択肢だと思いました。産後間もない頃、多くの新米ママがそうだったように、私も母親や周りの人から「小さい時は一緒にいてあげなきゃね」と言われて、その通りだなと思って疑わなかったものです。
「保育園をもっと信じていい。母親がかなり無理して仕事を我慢して子どもは幼稚園に、という思考が根強いと感じます。私は保育園に支えてもらいながら、母になっていったと思います。 いつも小走りでドタバタしなから、体力のあるうちに自分の仕事も諦めない。だんだん軸を変えたり、長く勤め上げたり、自分のやり方でやればいい。母はいなくても子どもは育つのよね(笑)。そのくらいの気持ちでちょうどいいかもしれませんね」と久保田さん。
久保田さんは服飾関係の仕事を離れた後、勤務時間を調整しながら、ファッション業界を目指す学生の就職支援窓口で現場経験者として面談の練習や相談業務を行いました。この時久保田さんは「この業界や先輩方に支えられて今の自分がある。何か恩返しがしたい。何か役に立つことがしたい」という強い思いが仕事やボランティアを行う原動力だったそう。何百人もの学生の面談を経て色んな学生たちに出会い、多様性を実感していたという久保田さん。一人ひとりにどんな支援ができるか考えることに夢中になっていました。
そんな久保田さんが、これまでのキャリアを「プロボノ」として地域に生かすきっかけとなったのが、区役所主催の講座でした。
就職支援の仕事を辞め、区役所主催の講座に参加するまで、久保田さんは保育園のママ友や小学校のPTA以外の地域コミュニティに参加したことがありませんでした。「ママ友じゃない新しいつながりに期待していた部分はありましたが、講座のタイトルを見て、区役所で一体どんなことをしてるんだろう?という好奇心から参加しました。具体的に何かやりたい!地域に貢献したい、とかは考えていませんでした(笑)」。この時、息子さんは小学生でした。
講座では、運営委員として久保田さんは、チラシ作りやコーチングの知識を使った講座の講師など初めてのことにも次々とチャレンジしていきました。「できないことを克服するのが楽しい!」という気持ちで、チラシ作りを任されて初めてイラストレーターのソフトに触れたり、本来1対1で行うコーチングの手法を使って対30名に届くプログラムを考えたり。3年間全力で運営委員に取り組みました。
2016年3月に開催した運営委員の成果報告兼交流会で配布したフリーペーパー、『スパイスアップ』を見て「なんて面白いフリーペーパーなんだろう!」と久保田さんは衝撃が走ったそう。当時、現編集長の柏木由美子さんから、「誰か一緒にやってくれそうな人を紹介してほしい」、と言われて真っ先に久保田さんの顔が浮かび、久保田さんを柏木さんに紹介しました。そして、当時から5年たった今も、久保田さんは『プロボノ集団 スパイスアップ編集部』で活動しています。
最近あちこちで目にしたり聞いたりすることも増えた「プロボノ」という言葉。辞書的な意味では「社会人が自分の専門知識や技能を生かして参加する社会貢献活動」とあります。いわゆる、スキルを活かしたボランティアのことです。現在久保田さんは、スパイスアップ編集部でライターとして取材や記事の執筆、イベントの企画運営、最近では音声配信など、仕事ではできない活動を楽しみながら地域とのつながりを深めています。
スパイスアップ編集部は久保田さんにとってどんな場所か聞いてみました。「外から見ているより、中に入ってみたらもっと面白かったんです。あと、様々な企画のアイデアなど、より良くするためのダメ出しはバッサリされる。一緒にもんで作る面白さを感じるし、それはちょっと違う、と言えたり言われたりする関係性があります」という久保田さんの言葉から、自立した大人同士が遊び心とお互いへのリスペクトを忘れずに率直な思いをぶつけ合う…そんなイメージが湧いてきます。
また、今の活動を通して得られる喜びや魅力については「取材を通して『素敵な人』を発見した時の喜びはたまりません。あと誰かと誰かがつながる瞬間に立ち会えた時。本当に喜びを感じます」と目を輝かせながら話してくれました。地域での活動を始めた当初は「地域でやりたいことが具体的にあったわけじゃなかった」という久保田さんが、「地域で人と人とをつなげる喜び」について話してくれたことが私は嬉しかったです。
最後に、これから地域で何かやってみたいなと思っている方へどんな言葉をかけますか?と聞いてみました。
「家族とのバランスで悩むこともあるけど、やってみたいなら飛び込んでみてほしい。そして人から振られたことはまずやってみる。相手が喜んでくれることを出し惜しみなく出すことで、広がる世界がきっとあるんです。出し切ったらなくなっちゃう?そこまでの人だと思われそう?そんな心配はしなくて大丈夫。そんなことはないから」
「そして、自由に動けない時でも焦らないでいいと思う。私はじっとしている時も大好きだし、じっとしていると不思議なことに、自然と導かれることがある」。流れに身を任せつつ、自分のリズムを大切にする。そんな言葉が頭に浮かびました。育児も地域活動も久保田さんの姿勢は一貫しています。
日が暮れかかってきてそろそろインタビューも終わりに近づいてきた時、久保田さんから投げかけられた言葉がとても印象的でした。
「最近また一段と楽しいんです。ずっと誰かの役に立たなくちゃ、恩返ししなくちゃという思いで色んな活動をしてきたけど、もっともっと肩の力を抜いていいんだって思える出来事があったんです」。
その出来事とは、学生の就職支援をしていた時から折に触れよく相談に来ていた子が、最近、ファッション業界の若手のホープとして活躍していることを本人からではなく、風の便りで知ったからだそう。
「とても嬉しかったし、少し寂しかった。もう私にできることはないんだなと思ったんですよね。でも、ずっと感じていた『誰かの役に立たなくちゃ』という使命感から解放されて、今、本当に楽しい」
「役に立つことをしなくちゃ!」「貢献しなくちゃ!」という使命感。
仕事の場面だけでなく、地域で活動する時にそう思う人も多いと思います。でもそこにとらわれず、自分が本当に楽しいと思えることをやればいい。最後の会話から地域活動を心から楽しむヒントをもらった気がしました。
久保田さんはもっとスプアイスアップが色んな人とつながれるように新しい企画にチャレンジする日々だそう。「そこから広がる新しい世界が本当に楽しみなんです」
軽やかに笑う久保田さんの笑顔は、出会ったころよりも益々輝いていました。
ハードルが高そうに見える「地域活動」「プロボノ」。でも、一歩踏み出すと色んな出会いや経験、チャレンジが待っています。久保田さんのように軽やかに、心から楽しみながら参加する人が増えたらいいなと思いました。
スパイスアップ編集部
https://spiceupaoba.net/
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