本は好きだけど「本好き」って言うのはおこがましい……。私はずっとそんな思いを抱いてきました。本を読むことはとても好きだけれど、読む本には偏りがあるし、文学に詳しいわけでもない。なので、人前で「私、本が好きなんです」ということに自信がありませんでした。けれど、そんな私が「このままでいいんだ」と思えるような、私の嗜好にぴったりの本屋さんを見つけました。
京浜急行線の戸部駅から徒歩10分。東西に延びる全長約1.1kmという長い通りに、5つの商店街が連なっています。横浜開港に伴い明治・大正時代から発展し始め、当時は造船所で働く人たちで賑わっていたそうです。八百屋で野菜を選ぶおばあちゃん、文具店でノートを買ってもらう小学生、子どもを乗せ自転車で駆け抜けるお母さん……。昔ながらの老舗が立ち並ぶ商店街は、今も変わらずこの街で暮らす人たちで活気に満ちていました。
そんな歴史ある商店街の中に、「藤棚デパートメント」というコミュニティスペースがあります。この、シェアキッチンとカフェと事務所の複合スペースに入居するのが、間借り本屋「Arcade Books(アーケードブックス)」。
「間借り」の本屋?「Arcade Books」のウェブサイトを見てみると、店主は私と同世代であることがわかりました。どんな思いで、どのような経緯で始めたのか、好奇心が掻き立てられ、早速取材をお願いしました。
齊藤さんは1987年生まれ。今はライターを本業とし、その傍ら間借り本屋を経営しています。もともとマスコミの仕事に興味があり、イギリスの大学で動画やラジオの制作などについて学んでいました。海外の大学を卒業したため、帰国しても一般的な就職活動時期は終わっています。そんな中、偶然見つけたNPO法人の説明会に行ったときのこと。そのNPOの事務局の方が辞めてしまうことを知り、ひょんな縁から代わりに齊藤さんが働くことになりました。ここで、イベントの企画や運営をしてまちづくりに関わりながら、ライターの仕事も担当するようになります。
この仕事を通して、「ものを作っている人や売っている人の裏側が分かってきて。単なる消費者として生活するのではなく、街の中で人の顔が見えている楽しさを知りました」と齊藤さんは話します。
その後齊藤さんはライターとして独立しますが、利用していたシェアスタジオが閉鎖することに。そこで、一緒にスタジオを利用していた同年代の仲間と、黄金町の元ストリップ劇場を改装して「旧劇場」という新しいシェアスタジオをオープンさせます。このとき共に活動していたのがYONG architecture studioの永田賢一郎さん。永田さんが藤棚デパートメントを作ることになり、仕事場をシェアしようと誘われたのが、間借り本屋を始めるきっかけでした。
藤棚デパートメントの中には、永田さんこだわりの「屋台」の什器。既存のスチールラックに間伐材などを載せたキャスター付きの棚で、温かみのある造りになっています。当初はこれを使って物販をやろうと話していたそうですが、中身が決まらないままになっていました。そこで、齊藤さんはここに自分の蔵書を置いて、来る人たちに自由に見て行ってもらったらどうかと考えます。こうして、最初は売り物ではなく、閲覧物として本を置いていました。ただ、ここに来る人たちはカフェのお客さんがほとんど。齊藤さんが持っていたメディア学などの専門的な本に興味を持つ方は限られています。齊藤さん自身が資料として本を使うこともあったため、お客さんと共用する難しさも感じていました。そこで、この場所とお客さんに合わせた本を、いっそのことちゃんと仕入れて売り物として置いたらどうか、と始めたのがこの間借り本屋「Arcade Books」だったのです。
「Arcade Books」のコンセプトは、「商店街のように日常に寄り添う」こと。食/暮らし/地域/デザイン/映画をテーマにした本が中心です。
でも、齊藤さん自身、「食」や「暮らし」関連の本が大好きだったというわけではないそうです。自分の趣味よりも優先したのは「どんな人でも関わっているものを置きたい」ということ。本は専門的なことを勉強している人だけが読むものではなく、誰でも手にとれるものであってほしい。そんな思いから、まずは誰もが関わりのある「食」や「暮らし」の本を一から探し始めました。
もう一つの軸が「手にとってワクワクするデザイン」であること。まずは目で楽しみ、本を手にとることの意味を大事にしているそうです。本棚には、デザインやアートの本だけでなく、カフェを訪れる子連れの方向けに絵本も並んでいます。その場で読み聞かせをしている親子を見ると、「絵本を置いていてよかったなあと感じる」と齊藤さんは言います。ただ、絵本のこだわりポイントとして、大人にとってもおもしろいと思ってもらえるものを置くことにしているとか。「絵本は手にとりやすいですよね。パラパラ読めるので、まずはここで読んでみて、あとで買うか決めることもできるし」。齊藤さんの言葉からは、本を売り物として押し付けない、お客さんのことを第一に考える姿勢が伝わってきました。
そのほかに書棚に散見されるのが、福祉やジェンダーに関わる本。映画やアート、建築も含め、一歩踏み込んだ学問的な本も置くことにしています。「暮らしに関わることからもっと知識を深めたいときに、入り口になるような本を置くようにしているんです。ここでじっくり読んで思いにふけりたい方の気持ちにも応えたいし、こういうテーマを扱った会話が日常でできたらいいなって」。そう思うようになったのは、本業のライターの仕事とも関係しているようです。地域のライターとして活動する齊藤さん。たとえば多文化共生など、専門的な内容のイベントを取材で訪れると、誰にとっても大事なテーマだと感じることが多いそう。「専門家とそうでない方の橋渡しをすることが、私の仕事の大きな役割の一つ」。齊藤さんはそんな思いを抱いています。
「本は読むけれど、本好きって言えるほど読んでないんです。ただ、暮らしの中で、あちこちに本があったらいいなあって。本は読まなきゃいけないものって言いたいわけではなくて、本って身近にあったら会話のきっかけになったり、手持ち無沙汰じゃなくなったり、そんな小さないいことを増やしてくれる存在だと思うんです。私は本がなくなったら寂しいですし」と話す齊藤さん。「気軽に本にアクセスできるところが地域にたくさんあってほしい。本好きな人だけに集まってほしいわけではなく、まずはここに立ち寄った方に本を身近に感じてほしい」と齊藤さんは言います。
何かを調べるためにわざわざ行く本屋とは別の役割があってもいい。本業じゃなくてもできる本屋があってもいい―。そんな思いがこめられているからこそ、優しさを感じる、訪れる人に寄り添うような本が並んでいるのかもしれません。
齊藤さんに今後の展望を聞くと、ここで「間借り本屋」を続けることにはこだわっていないとか。近所に素敵な本屋さんができたら自分が本屋を続ける必要はなくなるかもしれないし、もっといい場所があったら間借りでなく腰を据えて始めてもいいと思っているそう。そのときは、商店街のような、観光地とは違う日本の日常を外国人に知ってもらうため、「泊まれる本屋」を始めてみたいそうです。
現在や過去にとらわれすぎない齊藤さん。これまでも偶然の出会いによってまちづくりに関わったり、ライター業を始めたりしてきました。その中で、こつこつと積み重ねてきた思いがある。偶然生まれた間借り本屋も、彼女のしなやかな生き方が反映されているように感じます。ひょんな形で生まれた間借り本屋。主張しすぎないけれど芯のある、日頃からの齊藤さんの思いが染み込んでいる本屋さんだと感じました。
ここでなら私も、等身大のままの自分で読書にふけられる気がします。
Arcade Books(アーケードブックス)
https://arcadebooks.co/
〒220-0051 横浜市西区中央2-13-2 伊勢新ビル1F
藤棚デパートメント内
相鉄線西横浜駅・京浜急行線戸部駅から徒歩約10分
営業時間:藤棚デパートメントのカフェ営業時に閲覧・購入可能。
スケジュールは藤棚デパートメントのHP参照。
*その時にカフェや事務所にいるスタッフが対応しますので、店主へご用の方は、予めご連絡をお願いします。
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