癒やしと明日の育児の糧に。都筑区の「すぎのもりぶんこ」を訪ねて
2010年から横浜市都筑区の一軒家で週一回開かれている家庭文庫「すぎのもりぶんこ」。2000冊を超える蔵書があり、お友だちの家にお邪魔したようなほっとした気持ちになれる空間も印象的です。そんな場を10年以上も開き続けている吉野智子さんに、文庫を立ち上げたきっかけやどんな思いで活動を続けているのかお聞きしました。

横浜市都筑区内を走る横浜市営地下鉄センター北駅とセンター南駅の間を流れる早渕川沿いをてくてく歩くと、かわいらしい一軒家が見えてきます。手書きの看板が出ていればそれは文庫が開いている合図。インターホンを鳴らしてみると、すぎのもりぶんこの主宰者である吉野智子さんが優しい笑顔で出迎えてくれます。

 

レンガ造りの門の奥で淡い紫色の紫陽花が訪問者をそっと歓迎してくれているよう

 

私がすぎのもりぶんこのことを知ったのは、昨年秋に北山田地区センターで開催された「あかちゃんと絵本であそぼ」という講座でした。講師のつづきっこ読書応援団の一員として参加されていたのが、吉野さんだったのです。それまで小さい子どもを連れて出かけられる先をあまり知らなかったことに加え、講座で見せていただいたたくさんの絵本に惹かれ、娘を連れてさっそくすぎのもりぶんこを訪れました。

 

すぎのもりぶんこは吉野さんのご自宅で、1階のリビングと小部屋を家庭文庫として開放しています。小さい子ども向けの絵本や小中学生向けの児童書が幅広く揃っており、その本は全て主宰者である吉野さんの蔵書です。毎週水曜日(祝日除く)の午後3時から5時まで開いています。利用料も登録料もかからず、一人2冊まで2週間無料で借りることができます。

 

 

玄関からリビングに入ると、テーブルの上に並ぶ絵本が目に入ります。季節ごとに並べ替えているそうで、奥のローテーブルの上には雨に関連した絵本がたくさんありました

 

初めて訪れた時は人見知り、場所見知りが出て私のそばから離れず緊張した面持ちで固まっていた娘も、数回来る頃にはわが物顔で部屋をスタスタ歩き回るように。ローテーブルに並べられた絵本だけでは飽き足らず、椅子をよじ登ってダイニングテーブルの上の絵本をチェックするまでに馴染んでいました。

 

すっかり慣れた今では、自分で絵本を選んできてひとりで眺めていることも。おしゃべりができる子は「これ、知ってる!」とうれしそうに吉野さんに本を見せて話が弾んだりしています

 

すぎのもりぶんこでは、その日いる子どもの様子を見ながら臨機応変に吉野さんが本を選んで、読み聞かせをするお話会がはじまります。

 

この日は吉野さんが子どものリクエストに応じて『ごあいさつあそび』の絵本を読んでくれました

 

すぎのもりぶんこ以外に、アルバイト先の書店でもお話会を開くようになった吉野さん。読み聞かせを始めたきっかけは、ご自身の子育て中だったそう。現在は成人されている息子さんが幼いころを振り返りながら、「子どもが幼稚園に行き始めていろいろトラブルがあったり、育てにくさを感じたりした時に親子のコミュニケーションのツールになればと思って始めたの」と話します。

 

幼稚園のママ友に「絵本は子育てにいいよ」と勧められ、毎月年齢に合った本が2冊ずつ送られてくる「童話館ぶっくくらぶ」に申し込んだところ、本屋にはあまり並んでおらず、自分ではなかなか選ばないような本も届き、いろいろな発見があったそう。「寝る前の時間を子どもと読み聞かせで和やかに過ごすのが自分にとってもよかったんです。普段は小さなことで叱ることばっかり。そんな中で、きれいな日本語で書かれた絵本の文章を私の口から息子に聞かせてあげられるっていうのがすごくいいなあと思って」

 

もともと転勤族で引っ越しが多かったため、荷物になる重い本はなるべく買わないというポリシーがあり、子どもに読ませるのは雑誌や捨てても惜しくないような本が中心だったそうです。ところが「ぶっくくらぶ」で届く11冊の絵本に対する子どもの反応がとてもよく、同時に自分自身も絵本を読んで救われた、楽になれたという実感があったんだとか。

 

小学校の読み聞かせボランティアや読み聞かせに関する講座などで勉強を重ね、気になる本を買い集めていった吉野さん。横浜に引っ越すタイミングで家庭文庫をやろうという決意を固めていきました。

 

2009年に東京都練馬区から横浜市都筑区に引っ越し、1年の準備期間を経て、20104月にすぎのもりぶんこを開設します。「すぎのもりぶんこ」という名前は、家を建てるときに家の周辺の地名が昔は「杉之森」だったと知り、響きのかわいらしさが気に入ってつけたそうです。お客さんは親子連れだけでなく、小学校などで読み聞かせボランティアをされている方も多く、何年生に読むにはどんな本がいいかなど相談されることもあります。そういう時には吉野さんの経験からアドバイスをすることも。

 

奥の部屋は壁沿いにぐるりと本棚が並び、中には本がぎっしり。蔵書が1000冊ありそうだと思ったタイミングで文庫を開設。その後も増え続け、2000冊を超えた現在はここに置ききれていない本がまだまだたくさんあります

 

これまでに印象に残っている出会いを聞いてみると、読み聞かせボランティアで使うために本を借りに来ていた方の娘さんが、中学受験が終わってから中学校に入学するまでの短い期間に集中的に通いつめて、たくさん本を借りて読んでくれたことだそう。後日、まちでその親子と偶然会った際、「あのときすごく楽しかった」と言ってくれたことがとてもうれしく、胸に響いたんだとか。

 

文庫開設後、10年以上続けて来られた秘訣を尋ねてみると、ふんわり笑いながら「多分、ひたすらゆるさなんだと思いますよ」と答えてくれました。ひとりふたりしか来ないこともあるけれど、来たい人がふらっと来て、気に入ったらまた来てくれればいいか、というスタンスで続けてきたそうです。

そのスタンスに、私も訪問するたび居心地のよさを感じていました。親子の様子を見て放っておいてくれることもあれば、時には親の「昔好きだった本」の話を聞き出しながらそこから派生していろいろな本を紹介してくれます。

 

包み込むような笑顔と雰囲気に誘われ、ポロリと子育ての不安を話すとうんうんとうなずきながら聞いてくれる、そんな時間も子育て中のお母さんにとっては貴重な癒やしだなと感じました。

 

部屋の片隅には、お話に登場するパペットたちがずらり。まだそのお話を読んだことがない娘もすっかりお気に入りでしたが、一番テンションが上がっているのは親の私だったかもしれません

最後にこれからのすぎのもりぶんこのことをたずねると、「子どもが完全に家から出て独立したり、主人が会社を退職したりしたら、できれば土日の開館に切り替えていけたらいいなあと思っています。今は子育て世代の若い人たちが当たり前に働いているので」と返ってきました。

この1年は、新型コロナウイルス感染症が広がる中で、小さな赤ちゃんとお母さんの来館が増えたそうです。赤ちゃんを連れたお母さんが行ける場所が限られている中ですぎのもりぶんこを見つけてくれたことを前向きにとらえ、そういう方たちのちょっとした立ち寄り場所になりたいという、吉野さんの思いをひしひしと感じました。

 

ご自身が子育てをしていた頃の経験から、お母さんたちにまずはいい絵本に出会ってほしいという吉野さん。すぎのもりぶんこがその最初のきっかけになれたらと優しい声で話してくれました。「その日の気晴らしとしてでも、明日の育児の糧としてでも、活用してもらえたらうれしい」という言葉を胸に、私もまたすぎのもりぶんこを訪れたくなりました。

 

あわせて、母である私が絵本の世界を楽しんでいるからこそ、娘も安心してこの絵本に囲まれた空間を楽しんでいるんだなという気づきもありました。お友だちの家にお邪魔するような感覚で過ごせる場所は、子育てで少し疲れたときにこそ必要な場所かもしれません。

Information

すぎのもりぶんこ

住所:〒224-0027 横浜市都筑区大棚町462-12

開館時間:毎週水曜日午後3時~5時(祝日休み)

Instagram@suginomoribunko

Avatar photo
この記事を書いた人
醤野宏美ライター
三重県出身。長く神戸で社会人生活を送っていたが、転勤や出産が重なり2019年から横浜市都筑区で生活中。自分が暮らすまちをもっと知りたい、もっと好きになりたいと森ノオトに参加。子どもと過ごす日々を大切にしながら生活したいと思っている。
未来をはぐくむ人の
生活マガジン
「森ノオト」

月額500円の寄付で、
あなたのローカルライフが豊かになる

森のなかま募集中!

寄付についてもっと知る

カテゴリー

森ノオトのつくり方

森ノオトは寄付で運営する
メディアを目指しています。
発信を続けていくために、
応援よろしくお願いします。

もっと詳しく