「そ う か な」で情報の海を上手に泳ごう!下村健一さん講演会レポート
インターネットは世界中の情報にアクセスできる魔法のようなツール。しかし、その情報には、過剰な表現や誤情報も混在し、大人でも惑わされることがあります。子どもがうまく使うにはどうすればいいのでしょうか。インターネット社会の「情報の海の泳ぎ方」=メディアリテラシーを、メディア・情報教育に携わる下村健一さんと一緒に親子で学びました。

「親子で学ぶ『情報の海の泳ぎ方』」下村健一さん講演会」は、2021年8月1日(日)みなとみらい線日本大通駅に直結するニュースパーク(日本新聞博物館)とオンラインとで同時開催されました。現地参加対象はスマホデビュー世代の小学校高学年以上の親子。現地では18組、オンラインでは13組の親子が参加。会場には小学2年生~中学2年生の子どもたちが集まりました。

 

下村さんは、テレビニュースのアナウンサーを経て政府広報を務めたのち、現在はメディアリテラシー(※1)・情報教育の専門家として活躍、小学5年生の国語の教科書(光村図書)の執筆者でもあります。開始してすぐに発生したパソコントラブルにも柔軟でユーモラスな対応で、下村さんの力量とともにその温かい人柄を感じました。

下村健一さん。TBS報道局アナウンサーを15年務めた後、フリーキャスター10年。2010−2012年、内閣審議官として政府の情報発信に従事。東京大学、慶應義塾大学、関西大学などで教鞭を取り、現在白鴎大学特任教授。現役若手メディア人の勉強会の場として令和メディア研究所を創設、主宰している

 

“4つの疑問”を身につけて

初めての話にも振り回されない!

2021年度からGIGAスクール構想(※2)が本格的に走り出し、横浜市でも公立小・中・特別支援学校でのタブレット端末の配布が始まり、教育現場でもインターネットとの付き合いが必須のものとなりました。インターネットは魅力的だけど危険もいっぱいの「情報の海」。そこに泳ぎ出た子どもたちが、安全に正しい情報を得て目的地にたどりつくにはどうすればいいの? 第1部では下村さんの講演で、主に情報の受け取り方を教わりました。

親から「ウソの情報もあるよ。気をつけて!」と注意されても「知らない情報をホントかウソか見極められないよ……」というのが子どもの気持ちではないでしょうか。下村さんは、初めての話にも振り回されないために “4つの疑問” を身につけようと教えてくれました。

 

疑問❶「まだわからないよね?」=「ソ」即断するな!

いきなりウソかホントかと白黒つけて決めつけないことが大切です。ゼロか100かのスイッチではなく、ボリュームのつまみをひねるように1~99%で判断しておいて、追加の情報が得られればまたつまみをひねって判断を段々と磨いていけばいいんです。

 

疑問❷「事実かな?印象かな?」=「ウ」鵜呑みにするな!

事実と印象をゴッチャにして鵜呑みにしてはいけません。突然ですが、ここで質問です。次のレーポーターの言葉で “印象” はどれでしょうか?

「Aさんは、何かをかくすような表情で、報道陣をさけるためか、裏口から逃げるように出て行きました」

ここから“印象”を除くと「Aさんは裏口から出て行きました」となります。どうですか?受け取り方もずいぶん変わりますよね。

親子で相談し、子どもたちがたくさん手を挙げ答えてくれました

 

疑問❸「他の見方もないかな?」=「カ」偏るな!

一つの見方に偏らないようにしましょう。“他の見方” に気づくには「想像力のスイッチ」をいれることがポイントです。この日は、たくさんあるスイッチの中から見方を変えるポイントをについて、 ①立場 ②重心 ③角度 ④順序 に絞り、「4匹のカエル」として教えてくれました。

 

① 立場をカエル

例えば「人里にクマが出ました」をクマの立場に変えると「クマ里に人が出ました」となります。下村さんは、どちらかが正解なのではなく、立場を足し算して窓を広げることが重要だと言います。そうすることで、「邪魔な動物退治」というニュースに「人と自然の共存」というテーマが加わり、情報が立体的になっていきます。

人差し指を上にあげ、時計回りに回しながら下ろしていく。下に行くといつの間にか反時計回りに!「事実が同じでも、見る立場が変わると見え方が逆になるんだよね」と下村さん。大人も子どももくるくる、くるくる。体感、実感が伴う楽しい講演です

② 重心をカエル

さて、「いじめの相談が昨年より増えた」というニュースは「いいニュース」「悪いニュース」どちらだと思いますか?「いじめが増えた」と「相談が増えた」どちらに重心を置くかで見え方が変わりますね。

下村さんの「いいニュースだと思う人」という問いかけに手を挙げた男の子は「相談が増えたらいじめが解決するかもしれない」と答えました

③ 角度をカエル

例えば、目一杯広げた手のひら。正面から見れば指が広がって見え、横から見れば閉じて見える。コロナ禍でソーシャルディスタンスを取った列も正面から写真を撮ると“密”に見えてしまいます。写真であっても事実と決めつけるのはまだ早いのです!

 

④ 順序をカエル

ここでは「走る犬」「走る人」2枚だけの紙芝居が登場。どちらを先に出すかで「逃げた犬を人が追いかけている」と「人が犬に追いかけられている」という別のストーリーに見えてしまいます。これは言葉でも同じこと、順番が変わると受け取り方も変わってしまうことがあります。

 

たくさんある「想像力のスイッチ」ですが、この日学んだ4つのスイッチを入れて第一印象で決めつけないことで、間違った情報に惑わされることがぐーんと減ります。

さすがアナウンサー歴25年とあって、大人も子どもも終始惹きつけられる講演でした。写真は下村さんが描いたの犬の絵。「えー?犬?」と子どもたちの笑いも

疑問❹「何がかくれているかな?」=中だけ見るな!

切り取られた情報を照らされているスポットライトの中だけ見るのは危険です。例えば、新型コロナウイルスが蔓延し始めた2020年2月ごろから不足し始めたトイレットペーパー。空っぽになったお店の棚の写真がSNSなどで拡散し、社会心理と相まって買い占め騒ぎとなりましたが、製紙会社の倉庫にはたっぷりの在庫が。照らされている店舗だけでなく、製造元まで目を向ければこんな騒ぎにはならなかったですよね。

 

初めての情報に出会ったときは、この “4つの疑問” をもって見てください。「即断するな!」「鵜呑みにするな!」「偏るな!」「中だけ見るな!」の頭文字をとって「そ・う・か・な」と覚えましょう。実はこれ、ごはんの食べ方、道の歩き方と同じなんです。

「飛び出すな」「よく噛んで」「好き嫌いするな」「左右を見よ」どうですか?同じですよね。子どもでも少し練習すれば自然と身につきます。

 

下村さんはもう一つの大切なこと、情報をしっかり届けるための “4つの自問” も教えてくれました。

① 私は何を伝【え】たいの?=明確さ

② キ【メ】つけてないかな?=正確さ

③ キ【ズ】けてないかな?=優しさ

④ これで伝【わ】るのかな?=易しさ

 発信するときにはこの4つに注意して!これは、普段の会話でも、SNS発信でも、動画制作でも基本は同じことです。今日から練習していきましょう!

 

※1

メディアリテラシーとは、「メディアを主体的に読み解く能力」「メディアにアクセスし、活用する能力」「メディアを通じコミュニケーションする能力。特に、情報の読み手との相互作用的(インタラクティブ) コミュニケーション能力」の3つを構成要素とする、複合的な能力のこと

 

※2

GIGAスクール構想とは、Global and Innovation Gateway for All(全ての児童・生徒のための世界につながる革新的な扉)の略で、ICT(Information and Communication Technology)を利用した学校教育を推進する文部科学省の取り組み。具体的には学校内の高速インターネット環境の整備と児童・生徒・教員1人1台のパソコンやタブレット端末の配布を行い、これらを用いて各々が充実できる教育の実現を目指している。

 

 

さあ、君もリポーター!

情報発信者になったつもりで「ネタ」を探しに行こう!

第1部の下村さんの講演後、現地参加者たちは、会場となったニュースパーク(日本新聞博物館)の常設展を見て、「へえ~!」と思ったものをスマホで撮影し、その中から1枚選び、感想をつけて送信する実習をしました。ニュースパークは、新聞・ジャーナリズムの役割を伝えて、確かな情報を見極める力をつけてもらうことを目的とした社会教育施設です。切り口は主に新聞ですが、この講演会と同じくメディアリテラシー全般について学べます。参加者は2グループに分かれ、ニュースパーク職員の平野新一郎さん阿部圭介さんの解説のもと展示を見て回りました。

 

「新聞の歴史」コーナーから「情報社会と私たち」のコーナーに入るとまず「情報タイムトンネル」が現れます。石版やパピルスといった太古の昔の情報源(メディア)から始まり、進むにつれ情報源の数が増え続けていきます。出口の現代では圧倒的な情報量を感じ取れます

 

2019年度新聞協会賞を受賞した、秋田魁新報社のスクープ記事「イージス・アショア配備問題を巡る『適地調査、データずさん』」を解説する平野さん。地元出身の記者が分度器を使って調査のミスを暴いたこのスクープは、地方新聞社の粘り強い取材の結果生まれました

 

「へえ〜!」と思った写真をパシャり。男の子が撮影しているのは、電車内での高校生3人の会話から預金を一斉に引き出す騒ぎにまで発展した「豊川信用金庫事件」。誤情報の拡散による被害は今に始まったことではありませんね

 

まだスマホを使えない子どもは大人と一緒に感想を打ち込み写真を添付して送信。親子で話し合ういいきっかけに

 

下村さんに直接聞いてみよう!

オンラインでの質問タイム

現地参加者がニュースパークツアーを行なっている間、オンラインでは下村さんとの質問タイムを設けました。参加者には、子どもがまだ低年齢の方や小学校の担任をされている方、そしてシドニーからの参加もありました。オンラインでの利点も感じ、また切実な思いを抱える親と下村さんとの1対1のやりとりはとても有意義な時間となったのではないでしょうか。さまざまな質問が出ましたが、下村さんの回答はとても分かりやすく、第1部で話された “4つの疑問”「そ・う・か・な」に集約されていました。そして、多く寄せられた親からの戸惑いに対しては「親もメディアリテラシーなんて学んでないんですよ。だから大人も一緒に学ぶことが大切なんです」と語られました。この講座は単なる子ども向けではなく、大人の私たちにも強く響く根源的な内容でした。

他の方の質問を聞いて、なるほどと唸った方も多いはず。いろんな意見を取り入れて窓を広げることができました
印象的だったやりとりをご紹介します。

質問者:偏りのない情報を発信するための具体的な策があれば教えてください。

 

下村さん:こうすればという万能薬は持っていないです。5歳のときから自分で新聞を作って近所に配っていた経験や、小学校、中学校、大学と近所で全国が揺さぶられるような大きな事件があって、その時にメディアの様子や取材を受ける自分たちの様子を見ていて、感じることがあったという体験から問題意識を持ち始めました(※3)。自分もメディアで取材活動をする中で予想外の受け止められ方をして、ひたすら反省の25年を繰り返し、それを整理したら今日お話しした形にまとまったというだけなんです。今日使った資料も毎回ブラッシュアップを繰り返しています。発信って少しず進化していくものだと思っています。決めつけずに試行錯誤を続けること、自分の伝え方がベストだと思わないことが大事だと思います。

 

質問者:きちんと伝わっているかアンテナを立てることで受け取る力も上がるんですね。

 

下村さん:発信した時にどう受け取られたかを確認する作業は必ずやっています。私が新聞を作った5歳当時から、書くことよりも感想を聞くことの方が好きでした。受け取り方から学ぶことは本当に多いと思います。

 

このやり取りを聞く中で、私は下村さんを知ることとなった1994年の「松本サリン事件」を思い出しました。今ではオウム真理教が起こしたことは周知の事実ですが、事件発生当初、警察は第一発見者Kさんに疑惑をかけ、テレビや新聞も一斉に犯人扱いの報道を繰り広げました。そのことに誰もが疑いを持たない中、丹念な取材を重ね「Kさんは犯人ではない」可能性を報じ続けたのが、当時TBSテレビで報道アナウンサーだった下村さんです。報道番組で下村さんのスクープを見た大学生の私は、強く感動したのを覚えています。今回、下村さんの講演を聞き、インターネットがまだ普及していなかった26年前の吊し上げ報道も情報の取り扱いには同じ問題をはらんでいたこと、そして情報を丁寧に取り扱う下村さんの姿勢はこの頃から貫かれていたことに気づき、改めて胸が熱くなりました。

 

 

子どもリポーターの発表タイム!

選んだ1枚を見せながら、レポートしてみよう

ニュースパークでのネタ探しを終え、参加者の親子はスマホを使って主催者に続々と写真と感想を送りました。現地参加組によるレポートタイムでは、それぞれが選んだ1枚をみんなに見せながら子どもたちにレポートしてもらう、発信の実習を行いました。

下村さんからは、第1部の最後に話した「情報をしっかり届けるための “4つの自問”」を意識すること、発信前に「内輪の話」「専門用語」「予備知識」といった仲間内にしか通じない言葉はないかチェックすること、肝心なのは“テクニック”ではなく“思いやり”で、思いやりのある人がいいリポーターですよ!とのアドバイスがありました。初めての場での発表とあって、さすがに緊張の子どもたちでしたが、下村さんのアシストでそれぞれの思いがこもったレポートができました。

「1、1、0と押して0.3秒以内に通話ボタンを押すとiPhoneが速くなる」というデマで警察への迷惑通話が相次いだという新聞記事を写真に撮った男の子は「なんで騙されるのか不思議」とレポート。別の男の子からは「怖いと思った」という感想も。いろんな意見を聞くことで情報の見え方がより深くなります

外国籍や虐待により学校に行けない子どもについて書かれた新聞記事を取り上げた男の子は「支援が必要だと思う」とレポート。これに対し下村さんは「記事の紹介、感想だけでなく、“支援”という行動が加わりました。情報は危険で怖いだけでなく、良い行動を生み出す力も持っています」と講評。また「インターネットは多くの人に情報を伝える力を持っています。例えば、悪口の1個の小石も1万個飛んできたら

死んでしまうけど、(激励の)一輪の花が1万本届いたらそれは大きな花束になるんです。どうせインターネットを使うなら花束として使っていい社会にしていこうよ」とも。

桃太郎のお話を例に情報の発信の仕方で見え方が変わることを紹介した動画を選んだ女の子。鬼が話をしている絵に2種類の音楽が当てられた場面を見て「怖そうな音楽が流れると悪そうに見えて、楽しそうな音楽だと雰囲気が違って見えた」とレポート

 

先ほどと同じ桃太郎の動画を選んだ女の子は、走っている鬼と桃太郎の見せ方についての場面が気になったそう。「(小鬼と桃太郎だけを切り取った)小鬼が桃太郎に追っかけられている場面は小鬼が小さくて泣いていてかわいそうだと思って、(桃太郎と赤鬼だけを切り取った)桃太郎が赤鬼に追っかけられている場面は、桃太郎は大きいからさっきとは違うかわいそうだと思った」と、途中つまりながらも自分でしっかりと考えたレポートに会場には大きな拍手が

桃太郎の動画を選んだ2人の女の子に対し、下村さんは「絵が目に浮かぶようなレポート。相手の人の頭に絵が浮かぶように発信するのがいい発信です」と絶賛。

 ここでレポートの発表は終了となり「インターネットは危険もあるけど、とても魅力的なツールです。みんなも今日習った “4つの疑問” と “4つの自問” を練習してうまく使いこなせるようになってください」という言葉で締めくくりました。

 

 

子どものどんな発信でも受け止め、親子で対話しよう

この講演会では、メディアリテラシーを学ぶことだけでなく「親子で語り合うこと」も大切にしました。現地では親子が肩を寄せ合い相談する姿が見られ、この講演会をきっかけに親子でメディアリテラシーについて語り合う場面が増えるのではと感じました。また、下村さんは「どんなことでも間違っているとは絶対言いません!」という言葉通り、子どもたちの発言どれに対しても「なるほど!」と受け止め、いろんな意見を取り込んでいかれました。下村さんの言うように、情報を受け止め発信することは何もインターネットやメディアに限ったことではありません。親子で語り合う時も、家族や友人との会話でも下村さんから学んだ “4つの疑問” と “4つの自問” を使えば豊かなコミュニケーションが生まれると感じます。

森ノオトでは、今後もメディアリテラシーを親子で学ぶ場を計画していきます。ぜひ参加してみてください。あなたやお子さんの窓が広がりますように。

 

Information

■下村健一さんオフィシャルホームページ

http://shimomuraken1.com/

※3 詳細はこちらの記事に掲載されています。
https://smartnews-smri.com/literacy/literacy-538/

■ニュースパーク(日本新聞博物館)

横浜市中区日本大通11 横浜情報文化センター2F

みなとみらい線「日本大通り駅」3番情文センター口直結

JR・横浜市営地下鉄「関内駅」から徒歩10分

https://newspark.jp/

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この記事を書いた人
畑道代ライター卒業生
広島市出身。本や雑誌を得意とするグラフィックデザイナー。フリーランスとなって12年の節目に、新たな刺激を求めて森ノオトに参加。築34年の古家のセルフリノベがライフワーク。夫・息子と3人暮らし。
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