「バイターン」から広がる優しい世界~若者と大人とNPO法人パノラマの挑戦~
NPO法人パノラマが取り組む、高校生や若者向けの就労支援プログラム「バイターン」。高校生2人の子どもを育てる私は、以前からパノラマの活動に興味があり、パノラマの理事長石井正宏さんと、バイターンを担当している原田朋子さん、実際にバイターンを経て就労したNさんと職場のみなさんにお話を伺いました。

まだ夏の名残りを感じる9月の朝、森ノオト事務局長の宇都宮南海子ちゃんと私は、横浜市港北区にある畑に到着しました。青空が広がり陽射しは強いけれど、時折秋の気配を感じさせる涼しい風が吹いていました。

そこで私たちを出迎えてくれたのは、NPO法人パノラマの理事長、石井正宏さんとスタッフの原田朋子さん。原田さんは、ひきこもりなどの若者本人や保護者の相談を受けながら、バイターンを担当しています。ここは、地元農家さんの畑で、原田さんが主宰する別の市民団体の援農サークルが活動したり、パノラマが運営するよこはま北部ユースプラザ(横浜市都筑区)でも毎月援農ボランティアのプログラムで草取りや収穫などの土と触れ合う時間を持っているそうです。

一年を通して、野菜の成長を見たり、陽の光を浴びて土に触れたりすることで若者たちが生活リズムを整えるきっかけになれば…という思いでお手伝いさせてもらっているそう。この畑での活動がきっかけで、農園でのバイターンにつながったことも

横浜市青葉区に拠点をもつパノラマは、2015年3月に設立されたNPO法人で横浜市北部のエリアを中心に、高校内で中退や進路未決定、早期離職などを予防する校内居場所カフェや相談事業などを運営しています。2019年からは、よこはま北部ユースプラザ(横浜市都筑区)の運営も担い、ひきこもり等の本人や保護者の支援や居場所運営も行っています。森ノオトでもこちらの記事(https://morinooto.jp/2015/07/21/piccaricafe/)でパノラマの事業の一つ、県立田奈高校(横浜市青葉区)の「ぴっかりカフェ」を紹介しています。

 

今、パノラマが力を入れている「バイターン」は石井さんが作った造語で「お金のもらえるアルバイト」と「教育的意味をもつインターン」を組み合わせた言葉で、経済的に困窮している世帯の高校生や、ひきこもりなどで社会との接点にブランクがある若者が、支援者であるパノラマや受け入れ企業のサポートを受けながら職業経験を積み、正社員雇用を目指す就労支援プログラムです。

若者と企業のマッチングだけでなく、雇用契約した後も就業状況などの課題があれば、改善のためのフォローアップを行っています。生徒や若者側の不安だけでなく、受け入れ企業側の不安や心配も一緒に考え解決に向けて伴走してくれるのです。バイターンに興味がある人であれば、よこはま北部ユースプラザに通っていなくても、どなたでもパノラマのバイターン専用の連絡先で相談できます。

過去に取り組んだマッチングの失敗談も話してくれた石井さん。民間企業に委託して生徒の受け入れ企業を開拓してもらったこともあったが、実際に受け入れる段階でうまくいかなかったそう。「バイターンのミッションを受け入れ企業と共有できていなかったから」と振り返る

石井さんが9年前バイターンに取り組み始めたきっかけは、「ひきこもり支援の出口は『就労』と感じた」ことなのだそう。そしてこんなエピソードを教えてくれました。「地域(の企業)に受け入れてもらった若者たちって100%自立していったんですよね。僕たち支援者はその方の背景や親の事も知っていて、ある種の責任を感じつつその方に接しちゃうのですが、地域の人たちってその若者の『今のありのまま』を見てくれた。あるがままを受け入れてもらえた若者たちは、そりゃうれしいよね」。だから、地域の人たちに委ねることがいいことなんだと石井さんは確信したそう。

 

ソーシャルマインドが高いと感じる横浜市の北部、とりわけ青葉区でバイターンを進めていきたいと話す石井さん。「成長段階で途切れてしまわない、切れ目のない支援を実現したいんです。青葉区にはパノラマがあるからなんとかなってるよね、というモデルケースを作っていきたいんですよね。ここから全国に広まればいいなと」。かつて、企業にお金を払って若者を受け入れてもらうという団体で活動していた石井さんは、若者に賃金を払った上で受け入れてくれるところが本当にあるんだろうかと、心配していました。ところがいざ走り出してみると、企業側も無報酬ではなくお金を払うことで「本当にやってほしいことを頼める」と、好意的な反応があったそう。「思っていたよりハードルは低かったんですよね」。

「トークはできるんだけど、実は人見知りなんです」と石井さんの意外な一面も! その飾らない人柄に、関わる人はつい心を開いてしまうのかもしれない。

原田さんはバイターンに惹かれてパノラマに参加することを決めたそう。バイターンを知る前の原田さんはブランクがあったり、得意・不得意がはっきりしている若者について「企業に理解してもらい受け入れてもらえたら働ける人はたくさんいるのに」と思っていたと言います。具体的にどのようにバイターンが進められていくのでしょうか。

 

①本人からの「やってみたい」という申し出を受けるか、スタッフからの促しによりスタート。
②スタッフと相談しながらマッチングしそうな企業を決める。
③企業に提出するフェイスシート(プロフィール)を書き、自分の得手不得手を客観的に評価する。
④企業との顔合わせ。自分をよく見せるのではなく、ありのままの自分を知ってもらう時間になるよう、スタッフが付き添いサポートする。
⑤実際に行う作業を無給で1日~3日程度体験(インターン)する。
⑥本人と受け入れ企業の双方が体験を振り返る。
⑦マッチングが成功した場合は、有給の「バイターン」が始まる。

 

本人が「伴走支援はもう不要だ」と思うまで、スタッフの伴走は続きますが、実は、それだけがゴールではありません。例えばバイターンに取り組み始めてから、うまくできない仕事があり、採用につながらなかったとしても「これは向いていない仕事だった」ということに本人や支援者が気付くことがあります。その気づきを得ることもバイターンのもう一つのゴールでもあるのです。受け入れ企業側も色んな若者たちに触れることで、受け入れに慣れることができます。受け入れ企業側の理解やパノラマスタッフの伴走があれば、本人にとって1度や2度うまくいかなくても「何回でもチャレンジしていいんだ」という安心感と自信につながります。

原田さんが首にかけているのは、パノラマオリジナルの手ぬぐい。石井さんが森ノオトの記事を通じて知ったというsometaeの近藤妙子さんに連絡をとって作ってもらったそう。色はパノラマのイメージカラーにちなんで「たんぽぽ」という色で1枚1枚丁寧に染めてある。購入することでパノラマの活動を応援することができる

石井さんによると、これまで約100人の若者がバイターンに取り組んできたそう。今までのマッチング成功率は高く、働きぶりを見てからの採用になるので、ミスマッチが起こりにくくて、離職率も低いそうです。現在、バイターンの受け入れを登録しているのは、飲食店や美容室、不動産会社や製造業まで幅広い業種の企業があります。これまで80社以上を開拓してきたそうですが、最近では「やってみたい」と思う若者が増え、受け入れ先が足りないと感じ始めているそう。さらに数を増やすべく、バイターンのミッションに賛同してくれる企業を探しています。「今後は精力的に関心のある団体や企業への説明の場も設けていきたい。少しでも興味のある方がいればご説明に伺います!」と石井さんと原田さんは話してくれました。

 

後日、実際バイターンを経て就職した1人の若者と職場を紹介していただき、話をお聞きしました。

取材に応じてくれたのは、横浜市在住のNさん(27歳)。パノラマの原田さん、江草利江子さん、そしてNさんの職場の主任の、黒木秀子さんとNさんが働くNPO法人の理事長、吉村尋樹さんも同席し、Nさんを取り巻く人々が一堂に会した場となりました

Nさんは、大学卒業後に約3年ほど、ひきこもりに近い状態になって、その後バイターンの仕組みを利用して、現在は青葉区内の小学校で放課後キッズクラブのスタッフとして働いています。ここでバイターンすることになったきっかけは、当時よこはま北部ユースプラザに通っていたNさんのつぶやきを原田さんが逃さず拾ったこと。そのつぶやきとは、現在の放課後キッズクラブとは別の学童に応募したことがあるという一言でした。それを聞いた原田さんは、黒木さんとつながりのあった同じパノラマのスタッフ江草さんを通して「放課後キッズクラブで働くことに興味を持っている若者がいる」と伝えました。黒木さんは「江草さんが紹介する人なら、ぜひ紹介してつなぎたい!」と代表の吉村さんに相談。吉村さんはすぐに理事会でミーティングを開き、みんなで検討をしたそう。中にはNさんの受け入れに厳しい意見を言う人もいたそうですが、最終的に皆さんは「Nさんを受け入れよう」という選択をしました。

 

11月にこの放課後キッズクラブとつながり、「お試し」で働くことになったNさん。翌年2月からはシフトに入りバイターンとして働き始め、3カ月後には他のスタッフと同じ雇用条件で働くことになりました。

奥から江草さん、黒木さん、吉村さん。Nさんを受け入れた当時の思いや、Nさんに対する気持ち、期待していることなどたくさんお話いただきました。江草さんは、黒木さんが自分を全面的に信じてNさんのことを吉村さんにつないでくれたことが本当にうれしかったと話してくれた

トントン拍子で進んでいるように見えるNさんですが、働き始める時に「スタッフの皆さんは自分のことをどう思っているんだろう。どこまで知っているんだろう」。と気になっていたそう。吉村さんは「(Nさんのこれまでのことを)伝えた方がよければスタッフに話すが、Nさんはどうしたいのか。希望に沿いたい」と、Nさんに伝えたところ、Nさんの答えは「知っていてほしい」でした。バイターンではこのような不安の解消や関係の構築について、就労後も必要に応じてパノラマスタッフがサポートを行っています。

私たちが取材に訪れた日が、放課後キッズクラブでの出勤最後の日だった黒木さん。Nさんは信頼を寄せる黒木さんが出勤する最後の日に取材を受けることにしたそう

働くにあたり、Nさんの唯一の希望は、よこはま北部ユースプラザに通うペースを変えずに働きたいということでした。当初はそれが働く条件でしたが、自然にユースプラザに通う回数が減っていき、職場で何でも相談できる人もできたことから、ユースプラザでの定期面談も終了となりました。

 

Nさんに、なぜ今の仕事を選んだのか聞いてみました。
「コロナ禍で家にいることが多かったですよね。それで小学4年生の姪っ子と遊ぶ機会が増えたんです。そこから、今の仕事をしてみようかなと思ったんです」。その姪っ子さんとは「今でも情報交換してます。姪っ子のキッズクラブではどんなことして遊んでいるの?とか」。笑いながらNさんはそう教えてくれました。
一緒に働く黒木さんにNさんの働きぶりなどについて伺ってみると、開口一番、「Nさんはすごくセンスがある!!」と力強く話してくれました。熱のこもった言葉に、黒木さんがNさんを信頼していることが伝わってきました。「やろうと思っても誰でもできる仕事じゃないの。お迎えに来たお父さんのことを伝えてくれる時、『お迎えです!』じゃなくて、『○○さんのお父さんです』と伝えてくれるんです。それってなかなかできないこと。子どもと親が結びついていないとそんな伝え方はできません」。

「あと、N君はすごく繊細だから人の気持ちもわかるのかな」と黒木さん。Nさんは子どもたちのマシンガントークにもとことん付き合い、卓球もジグソーパズルもとことん付き合う。だから子どもたちからの信頼も厚く、引っ張りだこなのだそう。

「このまま長く続けていずれは主任になってほしい。気負わずに頑張ってほしい。何かあったら連絡してね!」という黒木さんからの熱いエールを、Nさんは照れながら受け止めていました。もうすぐ子どもたちがやってくるキッズクラブの部屋には少し涼しい風が吹き込んでいて、原田さんや江草さん、吉村さんがNさんを笑顔で見つめていました。Nさんを中心に優しい世界がそこには広がっていると感じた時間でした。

 

受け入れ側の吉村さんは、「履歴書にブランクがあって、その気まずさから就労に踏み出せない若者がいることを今回知りました。バイターンを機会として働いた実績を履歴書に書くことができて、それぞれの将来のスタート地点とすることができるような良い制度だと思いました。
バイターンに関わる方は、私たち協力者も含めて職業体験を提供するだけでなく、第一歩を手助けする制度だということを広めていく義務みたいなものがあると感じました」と話してくれました。

 

インタビューの最後にNさんは「楽しく続けられているのが、うれしいです」と教えてくれました。信頼のおける大人たちに出会うことができれば若者は誰でも新たな人生の扉を開くことができます。ひきこもり経験のある自信を失くした若者にとって、状況を理解してくれた上で雇用してくれる企業はとても貴重です。
そんな企業やお店が地域にあることの心強さは計り知れません。

 

私自身、中学・高校時代に引きこもりがちな日々を過ごしたこともあり、自分はこのまま社会に出ていくことが果たしてできるのだろうか…と不安に感じることもありました。この社会で何とかやっていけるかもしれないと思えたのは、実は2人の子どもを産んでから。働きながら子育てをし、高校生になった2人に日々接しながら、今度は親の立場でふと考えることがあります。子どもたちも何かがきっかけで、いえ、きっかけなどなくても自分の中に深く入り込んだり、周りの人や世間に過敏になってしまったりすることがあるかもしれない。この取材を通して、私は自分の子育てに生かせる新しい選択肢を手に入れたと感じています。私がかつて揺らいだように、子どもたちがいつか揺らいでも、耳を傾け、寄り添い、自分の足で歩けるようになるまで根気よく待ってくれる大人がいる。私自身もそんな大人の仲間入りをしたいと思うと同時に、同じように漠然とした不安を抱えながら子育てをしているパパママや、社会に出るきっかけを探している若者にこの情報が届くことを願っています。

 

 

一歩を踏み出した若者を中心に広がる優しい世界は私たちで作ることができる。そう確信した取材でした。

Information

NPO法人パノラマ
panorama.byturn@gmail.com
050-5896-3902
NPO法人パノラマ:https://npo-panorama.com/
パノラマオリジナル手ぬぐいの購入はこちら:https://npopanorama.stores.jp/

この記事を書いた人
出口ひとみライター
青葉区で社会教育に5年間携わり「人が生き生きとしている町」は自分たちで作れることを実感。現在は故郷富山県のアンテナショップで広報・イベントなどの企画を担当。富山と横浜2つの「ジモト」がゆるやかに繋がることが夢。海の未来、星読み、教育、アートが最近の関心事。一男一女の母。
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