JR横浜線・中山駅から15分ほど歩いて辿り着いた静かな住宅街。細い路地の終点にある“みどり助産院”。門をぬけると、そこには、かわいらしいお庭が広がり、庭の池には、鯉が気持ちよさそうに泳いでいます。そこで助産院を開設した山田みどりさんと娘の舞さんにお話を伺いました。
みどり助産院では妊婦健診、助産院での出産もしくは自宅出産のほか、母乳ケア、産後ケアなどを行っています。妊婦健診の45分間は体重や血圧の計測のあと、腰が痛いと言えばマッサージ、テルミーという温熱刺激療法、アロマなど担当の助産師さんや看護師さんのそれぞれの持ち味で、ケアをしてくれます。週数による体の変化や個人にあわせた丁寧できめ細かいアドバイスは、言葉がしみ込んでくるようで心強いものです。助産師さんたちはお産の際ももちろんそばにいるし、リラックスでき、手厚いケアが受けられます。
健診中には、待っている子どもにクッキーを差し出すみどりさん。「今日はお兄ちゃん来てないの?お兄ちゃんの分もふたつあげちゃう!」と声をかけたり。「そういうの好きなのよね。たくさん作っておいて、スタッフさんたちにも“持ってく?”と。そうするとみんなが笑顔になるの」と、健診時の様子を語ってくれました。
助産師になったきっかけは、みどりさんのお母さん。お母さんが勤めていた病院から持ち帰るまかないのお料理を「まかないでたくさん作ったご飯っておいしいんだねえ」って言いながら家族で一緒に食べた小さい頃の記憶が残っているそうです。お母さんに折にふれすすめられていた助産師としての仕事をスタートしたのは、産科だけの小さな病院でした。「そこでは厨房や事務で働く人たちもみんな助け合っていて、夜勤もあったけど辛くなかった、仲間がいたから」と、仲間ともに過ごした19年間当時を振り返ります。そんな中で、新しい試みで助産師外来を始める話が出て、先行して助産師外来をやっていた埼玉県の病院での研修に手を挙げたみどりさんは、お産のこれからについて深く学びました。
その研修で心揺さぶられたのが、妊娠中からお産や産後にわたって一貫して関わっていくプライマリーケアというシステムです。多くの病院では、一人の妊婦さんを外来担当やその日のお産担当というように分業しながら診ていた当時。一人を継続して受け持つことで、信頼関係を深く築き、入院後も側にいる助産師がすぐに体の様子の変化に気づけたり、一人ひとりの妊婦さんがどんなお産にしたいか、という思いに寄り添うことができます。「そばにいて観察することがとても大事、切れ目ない支援、それを考えていくことは素晴らしいってすごく思いました」とみどりさん。ここでの妊婦さんとのかかわり方が、今のみどり助産院につながっています。
その後青葉区の福祉保健センターで働き、両親学級や訪問先でそれぞれの家族と関わります。ちょうどこの平成8年ごろに“出産とは何ぞ”と助産師の間でも会えば語っていたころで、ママたちからも出産についての本を出したいと相談されたりと、新しい時代の風が吹き始めたのを感じたそうです。「ここでの経験もとっても楽しかったんですよ、でも、やっぱりお産の現場に戻りたくなって」と語るみどりさん。再び、お産の仕事に戻りました。
南区の宮下助産院で1年間、開業のために自宅出産の勉強をします。思い出されるのは、お産の帰りに仲間と立ち寄った喫茶店での夜明けのコーヒー。「私たちがお産してきたなんて、誰も知らないよね、ふふ、なんて話しながら充実感を感じるお産のサポートは幸せでした。家族の笑顔とか、ご主人さんの様子なんかも」と話すみどりさん。自身が自宅出産で生まれた昭和30年代は、出産が生活の延長線上にあった時代です。「出産の時には自分らしいお産がいい、リラックスしながらね。それが、いい子育てにつながって、この子を幸せにするためにご飯作り頑張るよ!ってなるよね」。お産の仕事を語るみどりさんからは、ずっと笑顔があふれています。
助産院での勉強後、平成11年に42歳でみどり助産院を開設し、今、みどりさんは66歳!「お母さんいつも楽しそうだから」と、娘の舞さんも助産師の道に進み、7年前からは一緒にみどり助産院を支えています。幼少時期、舞さんはみどりさんと過ごす時間は少なかったそうですが、お互いに尊重し合う二人のやりとりをそばで聞きながら、しっかりと二人の絆がつながっているのを感じます。
みどりさんが立ち会ったお産は、助産師勤務時代から2300人ほど。「一人ひとりが無事生まれるとほっとしましたよ、責任があるからね。考えてみると助産師として頼りにされることはうれしいですよね。かける言葉が、言霊という感じで、相手に届くの」と、ママとゆっくり関係を築くやりとりに喜びを感じているそうです。
助産院でのお産
「赤ちゃんのペースよりも、分娩を早く終わらせるようにうと、子宮を押したり会陰切ったり、吸引という医療的な介入のあるお産、多いよね。でもね、(ここでは)どれだけかかっても自分の力で産もうねって、私は声をかけているの」とみどりさん。会陰は、赤ちゃんの頭が出たり引っ込んだりする動きに合わせてゆっくり時間をかけて伸びていく。準備が整ったら赤ちゃんが出てくるようになっていて、かつ切れてもいいように修復力が高いのだそう。お産の次の日に治っていなくても、そんな話をしてあげると妊婦さんも気持ちが落ち着くと言います。
そして、お産の様子と、その流れの中で芽生えるものを次のように語ってくれました。「赤ちゃんがいよいよ出てくるときに感じる灼熱感、出てすぐに赤ちゃんの肌とママの肌が触れ合う、へその緒がとくとくしている感触、とくとくがなくなったら、おへそを切るために赤ちゃんをひっくり返すと、ママから離れそうになり泣いてるーー。生まれてすぐの赤ちゃんがおっぱいを自力で吸っている。そんなお産のプロセスの中で、お母さん自身が何かを感じられるのね」。命が生まれる瞬間に関わるみどりさんの話を聞きながら、私は“大切なものが何か”を感じたような気がしました。お産を通じて、小さな体に宿る命の炎を、お母さんが実感するのかもしれないと。
みどりさんは次のように言葉を続けます。「そして、ふと出汁をとったり、菜っ葉をゆでたりという生活へ心が向かうのかもしれない」と。
「赤ちゃんが喜ぶ食生活しましょう、と伝えているんですよ。お産した時に食事のことを学ぶのもよいよね、秘訣は“女優は歯が命、助産院は出汁が命”ってね(笑)。ここの食事の出汁は昆布と削り節で私が作っているの!」というみどりさんに、「入れるだけですから、そんなに難しくないですよ」と舞さん(笑)。そして、たっぷりといっぱい作って、おつゆが余れば、いつものようにスタッフさんやほかの方に。「みんなの笑顔が見たいのよね、そんな感じだよね、日々」と、命をつなぐお産と食事、そしてそこから広がる仲間の笑顔や人と人とのつながりについても語ってくれました。
これからの助産院の役割
お産とおっぱいケアがメインだった助産院も、役割が広がりつつあります。
少子化でお産が少なくなる中で、5年ほど前からみどりさんと舞さんとで、これからの助産院の母子との関わりを話し合ってきました。新たに取り組んでいる代表的な二つが、「訪問看護ステーション」と「産後ケア事業」です。
2020年9月に、舞さんが代表となって、NPO法人にじいろケアハウスを立ち上げ、「にじいろ訪問看護ステーション」として訪問看護事業を始めました。虐待件数の増加や産後うつを含む精神疾患を患っている方が増えるにつれて、産婦人科と精神科をつなげていく必要があるという動きにもなっているそうです。
訪問看護では、基本は週3日、病状によっては14日間毎日訪問したり、母子の状況に合わせて育児と生活ができるようお手伝いします。早産や多胎の赤ちゃん、精神疾患を患っている方をメインに、妊娠期から産後1年くらいまでの間訪問看護を行っています。ご自宅に訪問し、母子の健康状態のチェックや異常の早期発見、育児相談、心のケアにも力を入れています。にじいろ訪問看護ステーションではアロマトリートメントのケアが行われ、心身ともに癒やせる場作りを提供する工夫をしています。産後の家族の継続的な支援が必要なケースも多く、各区の担当保健師と連携して1年以上支援が続いている方もいるそうです。
また、2021年の4月から、産後ケア事業が制度化し、各区の福祉保健センターが育児状況を確認の上、生後4カ月まで、7日間のショートステイ(双子の人は14日間)と7日間のデイケア受けられるようになりました。その間、みどり助産院で赤ちゃんの面倒をみてもらえるので、ママはゆっくり休むことができます。あたたかい食事をとりながら、ママの体のこと、赤ちゃんのことなどをお話したりします。オプションのリフレクソロジーや骨盤ケア等でも身体のメンテナンスが行えます。
今までは助産院でお産ができる、健康状態に不安のない方が対象でしたが、ケアする産婦層が変わり、保健士さんたちが見ていたもっと深いところを見ることになりました。
赤ちゃんに泣かれると、自分が責められていてダメな母親と思ってしまったり、何をするにも自信が持てなかったり……。悩むママたちにふれる中で「悩みの深さを感じています。家族のかたちもさまざま、一人ひとりの違いを大事にしていくことが今の時代必要だと思う」とみどりさんと舞さんは話します。
さらにみどりさんたちは、横浜市でも制度化されている産前産後派遣ヘルパー事業も始めることも考えています。そうすることで、妊娠期からケアした方を、退院後も継続して支援ができると考えているそうです。
「それには、産後ケアをしている看護師さん助産師さんの子どもたちの託児の支援も必要ね。そこで女性は輝けるなとか考えていくと、やることいっぱいだったわね。出産の勉強の機会をつくるのもよいと思って」と次々に夢を語ります。
他にも地元の小学校のPTAでお産について講演したり、緑区地域子育て支援拠点の「いっぽ」や「はなまる」でも助産師として相談を受けています。母乳相談が多く、赤ちゃんが1歳くらいになると周りから「おっぱいまだあげてるのー!」って言われたりするけれど、そんな時のみどりさんからのアドバイスは「そのまま堂々と飲ませるのよ!“何歳まで飲むかなー、楽しみ♪”って言いながらね!」と。
自宅出産が減り出産が幼少期から身近な実体験としてない私たちが、いざ自分のお産になってみて、戸惑い迷うことはありそうです。自分で考えようにも、土台となる経験が乏しい気がしました。「何か不安を抱えているような空気感があります」というみどりさんの言葉が印象的でした。
私自身、一人目、二人目のお産でのさまざまな場面を思い出します。出産や体のことや生活や赤ちゃんのこと、得た情報はしっくりしたものだっただろうか。信頼関係や出産の仕方や、産後直後に赤ちゃんの肌と触れ合える機会が与えられていたか……。
出産とは何? そんな思いから、第三子のお産は、病院で妊婦健診を受け、出産の時は助産院へ転向するという形を選びました。病院に通っている時も、いくつかの助産院にお邪魔して、イベントや両親学級や整体等の教室に顔を出していました。イベントや教室は、助産院で出産しなくても参加できるものがほとんどでした。
私は、助産院に通い、助産師さんと話を重ねることで、出産のための体づくりや赤ちゃんとの暮らしの基本的なことを知りました。妊娠中の10カ月間は自分の体が大きく変化すると同時に、お産のための体づくりを日々行うことで、自分が産むんだという覚悟に向かえることを体感しました。相談を聞いてもらい、支えられる中で自分の力で産もう!と踏み出せた経験は、その後の生活の中で立ち返る自分軸のひとつとなりました。これは私の体験ですが、たとえどこで出産するとしても、教室や相談や妊婦健診、産後のケアや母乳相談など子どもを産み育てるどこかの過程で助産院に関わる機会をつくってもよいと思います。
「出産も子育てもわからないことがいっぱいあるから、ママも赤ちゃんも周りも、みんなでともに育ちましょう」とみどりさんは言います。わからない時はじっくり観察するとよいそうです。一人ひとりの状況や事情を理解し寄り添ってきたみどりさんは、その人が何が好きなのか、何を大切にしているかを全身で感じ取ることを大切にしていました。
「お絵かきが好きそうな子どもがいると、“みせて!上手ね!“って声をかけたりするのよ!」と語ってくれるみどりさんの嬉しそうな言葉が耳に優しく響きます。
<みどり助産院>
住所:〒226-0015 横浜市緑区三保町2242
電話:045-933-8007
HP:https://midori-midwifehouse.com/
Instagram: https://www.instagram.com/midorijyosanin/
診察時間〈予約制〉
月曜〜土曜 09:00-12:00 13:00-17:00
休診日(緊急時応相談) 日曜、祝日
<にじいろケアハウス>
訪問看護事業、子育てヘルパー事業、訪問型病児保育事業、ヨガなどの教室事業、リフレクソロジーなどのサロン事業を通して、妊婦さんや子育て中のママさんたちを中心に、女性が癒され、活躍できる場を提供しています
住所:〒226-0019 横浜市緑区中山5丁目3-1
電話:045-511-8822(FAX8814)
HP: https://nijiirocarehouse.com/
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<横浜市産後母子ケア事業>
https://www.city.yokohama.lg.jp/kurashi/kosodate-kyoiku/oyakokenko/ninshin/sangoboshikea.html
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