「この度、介護にまつわる雑誌を制作しました」。2019年のある日、そんなお手紙とともに一冊の雑誌が森ノオトに届きました。インタビューがあって、座談会があって、レシピがあって、漫画があって、写真があって。『かいごマガジンそこここ』は、表現の楽しさを詰め込んだ雑誌のいろいろを感じ、作り手の気持ちがじんじんと伝わってきます。そして、登場する介護のお話が、どこか遠い出来事ではなくて、生身の感じがあって、雑誌を作る人と、記事に出てくる人の近さを感じました。
私はというと、今、夫と二人の子どもと暮らしていて、介護の当事者ではありません。実家に暮らしていたころは、曽祖母、祖父母がいて、それぞれの老いや介護を近くで見てきました。そんな過去や、いつかやってくる介護の日をぼんやりと思い浮かべながら、もしかすると、この雑誌に載っている「そこここにある介護のいろいろのお話」が、いつかの自分にお守りになるかもしれないなあと思ったのです。
『そこここ』は、一般に流通している雑誌・書籍とは違って、個人が制作して発行する「ZINE」(ジン)のスタイルで制作されています。販売店などとのやりとりも、一条さんが担っています。
作り手の一条さんが、どんな思いでこの雑誌を作ったのか話をお聞きしました。
− 一条さんは、どうして『そこここ』を作ろうと思ったのですか?
(一条さん、以下「い」):母の介護のために、都内から青葉区に引っ越してきて、35歳から介護を続けてきました。あるとき、ソファに寝っ転がりながら、「介護のZINEを作ってみようかな」と思ったんです。大好きな雑誌『アルネ』の別冊『アルネの作り方』を参考にしてスクラップブックを作っていると、どんどん介護にまつわるコンテンツが思い浮かんでくるんです。
− 私もアルネ好きです。『そこここ』はデザインが楽しいし、イラストも写真もあって、テーマは介護だけど、暗い感じがしない。
(い):自分が作りたいものを作ったら、結果こうなりました。現実的な介護の話もあれば、笑いもある。『そこここ』は今の自分そのものだと感じています。デザイナーさんも、カメラマンさんも、自分が一緒に仕事をしたいと思う方にお声かけしたんです。写真家のいわいあやさんは、『つるとはな』(農文協・刊)という雑誌のクレジットでお名前を知って、福岡まで会いに行きました。
福祉施設で働く男性の方が『そこここ』について、「読んでいてこんなに心躍る介護や福祉の雑誌ははじめて」と言ってくれたんです。介護って、明るい印象があまりない分野かもしれないだけど、この雑誌で、現場のご家族や働いている人たちの気持ちが少しでも和らぐといいなと思います。
ー ZINEを作ることで一条さん自身の暮らしは変わりました?
(い):生きやすくなりましたね。雑誌を作るまでは母との生活のことを友人にも話してなかったんです。周りは結婚、出産という年齢で、自分の話ってしづらかったんですよね。友人たちがキラキラして見えて。早く帰る本当の理由が言えなかったりして、小さい嘘を積み重ねる苦しさがありました。でも、友人に介護のZINEを作ろうと思っているとスクラップを見せたんです。なんで介護がテーマなの?と聞かれて、自分の生活のことを打ち明けることができました。それは大きな一歩でしたね。高齢出産があたりまえの今、若くして親の介護を担う人が(将来的に)増えていくはずです。性格の違いはあれど、介護のことってなかなか自分から話しづらいことでもある。若かったらなおさらそうなんじゃないかな。この雑誌が自分の生活のことを話すきっかけになるといいなと思います。
ー 『そこここ』を発行してから、コロナが広がる前には、青葉台の喫茶店などで「そこここ会」を開いていましたね。
(い):そこここ会は、初回は青葉台の喫茶橙灯(だいだい)さんで開いて、私と店主さんのほか20~70代の5、6名の方が参加されました。介護を実際にされている方や、まだ身近ではないけれど介護にご興味のある方だったり。読書会としてまずは記事を読むことから始めて、そこからいろんな話題に話が広がっていきました。こういう場が、介護で悩んでいるのは自分だけじゃない、と思えるきっかけになればいいなと思います。
ー 創刊から2年半を経て、2号が出ました。ひとりで作ろうと思い立って作り上げた1号よりも、周りの人たちと作られた感じがします。
(い):誌面ににじみ出るものなんですね。特集1で文章を書いてくれた方が協力してくださるということで、2号の制作を決めました。彼女は私の友だちの友だちで、LINEでやりとりしていたんです。LINEで私も自分の介護の悩みを伝えたり、彼女も気持ちをストレートに書いてくださる中で、『そこここ』で原稿を書いてもらおうと思って。記事の中に、介護のことを「つらかった」って書いてあるんですよね。私が取材して書いたのでは、違う言葉で表現したと思うんです。気持ちがわかるだけに、“つらかった” と書くことに引け目を感じてしまう。自分で書いてもらったからこその、痛み、表現だと思う。
2号の特集ではお二人に原稿を書いてもらっていて、今の気持ちを整理できた、書いてよかったと言ってくださって。そう言ってもらえてすごくうれしかったです。
ー 1号の48ページから、2号は60ページに増えましたね。みどころはたくさんですが、特集2の精神科医の野田慎吾さんとの対談が印象的です。医師をしてらっしゃる一人の方の内面に深くふれたような気持ちになりました。ページを繰りながら、まだ続くと思ったほどのページ数で。創作の自由さも感じました。
(い):最初は1号と同じページ数でいこうと思っていたんですが、書いてみたらページが足りなくて印刷所の担当の方からページ数を増やすための提案をいただいて、増やしました。野田さんは喫茶橙灯で出会って、あるとき精神科の先生だと知って。いつかお仕事の話を伺ってみたいと思っていたんです。医師も一人の人間なんだよってことを表したかったんですよね。
野田さんと話をしていて、絵を描いたり観たり、音楽をみんなで歌ったり、自分を癒やして、満たす療法がいろいろあることを教えてもらいました。カウンセリングのページで対談した友人には、雑誌やチラシの切り抜きをコラージュする療法があることを聞いたこともあって。もしかしたら、私が雑誌を作ることもそれに近いのかもしれないと思いました。
ー 一条さんは、ZINEを作ることで自分を出し切った感じですか。
(い):2号では今やりたいことをすべてやろうと思っていたので出し切った感はありますね。今は週4日、派遣で働いて、金〜日で雑誌の発送をしたり、気になるお店に営業したりしています。ずっと自分でなにかしたいと思っていたので、やっと自分に合う仕事のバランスがとれてきました。介護のことで悩むことも多いけど、もがきながらも向き合っていると、ふと雑誌の企画を思いついたりするんです。もやもやしたり、つらかったりすることから生まれるものには、机上の空論ではない「本当」があるんだと思う。それを積み重ねて、また新しい号を制作できたらいいですね。
ウェブマガジンではなくて、どうして紙の本を作ろうと思ったの?と聞かれたことが何度かあったんですが、それしか考え付かなかったんですよね。私自身、悩んだ時には本に支えてもらってきたから。それに手触りのある「もの」だから、制作に関わったすべての人のエネルギーをぎゅっと込められて、読んだ人に希望や安心感を感じてもらえるんじゃないかって。実際、介護の大変なあの人にあげると言って買ってくださった方もいて。そうやってこの雑誌がそこここにひろがるといいなと思っています。
(おわりに)
お金もうけではなく、頼まれごとではなく、自分自身の内から、作らずにはいられなかったもの。それが一条さんにとっての『そこここ』なのかなと話をお聞きしながら思いました。個人の小さな作る営みが、作り手自身を癒やし、人の心に届いていく。作ることを通じて、人と出会い、つながっていくお話をお聞きして、私もまた、自分自身がそれをすることで癒やされ、満たされることってなんだろうと考えるようになりました。もやもやしたり、つらかったりすることも、表現につながっていくというお話は、私の心に優しく響きました。『そこここ』からもらう、あたたかいエネルギーに背中を押され、お守りのようにそばに置いておきたい雑誌と作り手との出会いでした。
『かいごマガジンそこここ』
第1号(48P、税込550円)、第2号(60P、税込770円)発売中
Instagram:https://www.instagram.com/sokokoko_kaigomagazine/
喫茶橙灯のフリーペーパーで「くちぶえかいご」連載中
取扱店はHPに掲載。神奈川県内では、かながわ福祉保健学院(緑区長津田)、喫茶橙灯(青葉区つつじが丘)、本屋・生活綴方(港北区菊名)などで購入できます。
森ノオトのウェブいいかも市でも『そこここ』1号、2号を購入できます。
★6月のウェブいいかも市
https://morinooto.jp/2022/06/10/webiikamoichi/
生活マガジン
「森ノオト」
月額500円の寄付で、
あなたのローカルライフが豊かになる
森のなかま募集中!