子を産み、育てることで自分が変わる体験を。100年続くいなだ助産院で命をつなぐ 
JR南武線・稲田堤駅から7分ほど歩くと、静かな住宅の中にぬくもりある木の建物が見えてきます。たくさんの産声とともに命が生み出され、母乳育児を支える助産院として川崎市多摩区に100年続くいなだ助産院。助産院を継承した院長の岩田美也子先生に、助産院の在り方と女性の出産の力についてお話を伺いました。(2022年ライター養成講座受講生・柴山有花理)

梅雨明けが6月という異例の早さだった2018年、長い夏も終わりに近づいた頃、娘はこの世に出てきました。その娘もこの春、幼稚園入園を迎えました。突然ではないけれど、昨日までお腹の中にいた子が出てきた瞬間、自分は母という存在になり小さな命が生まれ出た奇跡に幸せを感じたのも束の間、右も左もわからない育児の日々が始まったのでした。里帰りでなく現在の生活の中で出産することを選んだ私は、川崎市の産後ケア事業を利用し、まだ名もない娘と1週間いなだ助産院でお世話になりました。

 

その日々は穏やかで温かく、いまでも色鮮やかに私の記憶の中に存在します。

初めて布おむつを娘にあてた時のこと、優しい手に習って沐浴をした時のこと、おっぱい開通を迎えられた日のこと、助産師さんや看護師さんがいつも寄り添い話を聞いてくださったこと、それら全てが私の子育ての原点です。

いなだ助産院入り口前のフクロウ。ちょっと緊張をほぐしてくれる

「私はね、実はここの4代目なのよ」

そう語る岩田先生。久しぶりに訪れた私をあたたかく迎え、助産院の変遷から語ってくださいました。いなだ助産院の1代目2代目は親子での継承だったのだそう。保健所の仕事と兼務していた3代目の院長はシックハウスなども考慮した現在のいなだ助産院の建物を建築。数年続けた後、今度は老人ホームを手掛けることになりました。そこで4代目として岩田先生に声がかかります。先生が出張専門の助産院を開業して15年ほど経った2015年のことでした。

どこで写真を撮っても木や緑が入る建物

もともと会社勤めをしていた岩田先生。女性が一生を通じて仕事をするには手に職が必要だと感じていました。出産した友人たちはその経験から助産師をすすめます。「助産師は女性の仕事として最高よ!どう?」の言葉に一念発起、短期大学の助産クラスで学生生活をスタートさせました。年齢にして30歳。卒業後4年間は大学病院に勤務、いつかは開業をと考えていた岩田先生は、大阪で開業助産師のための長期開業研修を受講。ここでも大きな出会いと転換を迎えることになります。

 

「あんたら微弱陣痛だったら何すんねん?」当時、研修の講師をしていた助産師の正木かよさんの問いかけに思いつくのは、ドクターを呼ぶこと、薬剤を打つことくらい。自分の手で何もできない現実を目の当たりにしました。と同時に、本能のままに出産することでこんなにもきれいなお産ができるのだ!と自然分娩のおもしろさにも気づきました。「実務が少なくても社会経験があるのだから開業すべきよ。自信がついてから開業しようなんて思っていたら開業できない」。先輩のすすめもあり、1999年出張専門のなごみ助産院をここ川崎市で開業します。

 

 

助産院と助産師

病院時代には科学的に出産を見ていた部分が大きかったと言います。「でもね、出産は妊婦さんの心の部分が大きいのよ」と語る岩田先生。こんなこともありました。出産がなかなか進まない時、妊婦さんに「何かある?」ときくと、自宅出産することを実母に内緒にしているとのこと。すぐにご実家に電話をすると妊婦さんの心はすっきり、お産がどんどん進んだのです。妊婦さんの精神状態はお産に大きく影響します。微弱陣痛の場合も一度眠って休みを取ることで、ぐっと強くなることもあれば、それが赤ちゃんからのサインの場合もあります。助産院のお産ではその人の身体を信じて、サインを大切に読み取り、待つことができる。長い線で全面的に付き合い、母子に寄り添えるのが助産院だと語ります。

 

時には「弱気になっちゃダメ!」と活を入れ、「言ったもん勝ちよ。痛いのはあなただけなんだから」と言葉がけをし、お母さんたちを奮い立たせ、そして支える。「この上ない痛みに耐え、心が折れそうになったその先にある頂上の景色を見てほしいし、自分の思う世界で産むことは本当に素晴らしい。けれど、実現するには必ず伴走者が必要。その伴走者こそ助産師であるし、そういう助産師でいられることを天職に感じる」と言います。

2階の廊下から。中庭のヤマボウシの花がかわいらしい顔をのぞかせていた

産む力

最近は時代と共に無痛分娩という選択肢も出てきています。

「みんな赤ちゃんが生まれると食べる物を気にするでしょ。添加物の入ってない物とか。でも生まれる時に薬を使うことはあまり意識していないんじゃないかな」。医療介入のない助産院では、自然に備わっている赤ちゃんの生まれる力、お母さんの産む力を全面的に引き出して出産が進みます。麻酔や陣痛促進剤、ホルモン剤などに頼ることのないお産は、自分で産む、産めるのだという自信をも産み、それは子育ての原点となっていきます。「何より赤ちゃんが出たい日があるし、出たくない日もあるでしょう」。あくまで自然に則り赤ちゃんの意思と速度を尊重したお産。痛みの先にある「産んでよかった」という思いが子を宝物にし、大切に育てていこうという覚悟を母の中に、そして隣にいる父の中にも芽生えさせます。助産院には妊婦さんを育てる感覚があるのだと言います。その感覚は、女性が自らの身体へ意識を向け、産める力を十分につけることへとつながっていくのです。

 

取材の途中「あ、ごはんができたみたい。撮影するでしょ。私、ごはん食べちゃってもいい?柴山さんもよかったらどうぞ」

この日のメインは高野豆腐のトマトソースグラタン。チーズももちろん植物性原料。しっかりとしたボリュームで元気が出る

それは食にも通ずる

思いがけず、ごちそうになった久しぶりの助産院ごはん。酵素玄米を中心とした菜食のお料理は出産で疲れ果てた身体にも負担がなく、朝昼晩ボリュームがあってもペロリといただけてしまいます。私も産後ケア初日のお昼にいただいた根菜たっぷりのおそばに心も身体もほっこりと緩んだことをよく覚えています。

「スタッフも健康だからそれぞれ家へ帰ればお肉もお魚もいただくのだけど、ここにいる間はお母さんたちと同じ、玄米菜食をいただくの。やっぱりお通じもいいし、植物性のものだけでこんなにおいしくできるんだって知ってもらえたらよいかなと思って」。出産は自分の気づきのよいチャンス。大人一人の時とは違って自分の作り出しているものに目を向けることで自然と健康になっていくという良い気づきにしてほしいと言います。

 

「エビデンスはないって言われるけど、食を通しておっぱいの質も変わるのよね」。母乳ケアをしていると、流れが突然止まり脂肪のかたまりがポーンと出てくることもあるのだそうで、たいていの母乳は脂肪やたんぱく質などの3層に分かれます。ただ、真面目に取り組みすぎたり、こだわったりしてしまうのではなくバランスが大切。私自身も娘を産み育てる中で、へその緒から母乳、補完食、そして幼児食への移り変わりは決してぶつ切りではなく、食のつながりであると強く感じています。

スタッフの野村さんと水野さん。今日も笑顔が絶えない

女性たちが自らの身体に目を向け、産むという行為に踏み出す後押しをする助産院、最近は選ぶ理由にも変化が現れています。「昔は、絶対助産院で産もう!という人が多かったんだけど、今は雰囲気がよさそうだからという回答が1番。連携している病院があるんですよね?って言われる」。中には半数が搬送されると思っている方もいるのだとか。

医療介入のない助産院では、緊急時に連携先の病院に搬送されることもあります。出産歴や年齢によっても変わるけれど全体の約15%程度なのだとか。だからこそ、助産院ではまず赤ちゃんを無事に産める身体にすることを学びます。

申し送りは真剣そのもの

どうしたら自然分娩を選んで産めるのでしょう。私も一体全体なにが正しいのかわからない~!な子育ての中、夫婦で疲弊し、二人目は頭の片隅にあるまま数年経ってしまっているうちの一人です。

「やっぱり女性はライフプランを早くから考えておくことが大事じゃない。結婚適齢期はわからないけど、出産適齢期はあるのよ!だからそういう世の中をつくらなきゃと思うよね」。30代をひたすら助産師として生きた岩田先生だからこそのお話です。「でもね、教科書に書いてないことは、全部お母さんたちに教えてもらったの」。数々のエピソードの中にはお母さんたちの小さな工夫がいっぱい詰まっていて、赤ちゃんというもの、そしてお母さんというものを教わってきたという岩田先生。

「子を産み、育てることで自分が変わる体験ができる。ぜひ身をもって感じてほしい」。「女性って産める性なんだから一度は試して~」と朗らかに話すその言葉に、私も肩から力が抜けるような気がしました。

包み隠さず語る先生の姿は本当に自然体

助産院にいると3人目4人目と続いていく方も少なくないのだそうで、それは「また産みたい」と思えるほどお産が良い経験になっているからのように思います。「育児は人の助けも借りたらよいし、少し諦めることも必要になってくる。でもそれでよいのよ」。そして「全部を家庭に投入するという教育を私たちはすでに受けていないのだから」。これを聞いて私はハッとしました。

 

核家族化が進み、働き方にも変化が訪れているいま、ともすると夫婦二人で全てをやりこなすのが普通と考えてしまいがちですが、“一人の子どもを育てるのには一つの村が必要(It takes a village to raise a child.)”のことわざの通り、子育てはさまざまな知恵と工夫の中で多くの人に触れながら、未来を背負って立つ子に育てていくものなのだと改めて感じました。

その始まりである妊娠〜出産〜子育て期を迎える女性たちが、自身の身体に目を向け、新しい命を生み出すことに明るくあってほしいと、いま真剣に思います。助産院はこれからもそんなすべての女性たちに門戸が開かれた場であり続けるのだと感じます。

「光と風が通る」をテーマに建てられ天井も高い。先生曰く「意外と掃除が大変なのよ~」

 

「この看板の手前を右折してください」の年季の入った看板下に置かれた若い黒板

Information

いなだ助産院

住所:神奈川県川崎市多摩区稲田堤3-4-1

電話:044-945-5560

診療時間(受付時間)予約制: 月~土 9:00~16:00

休診日:日・祝日(緊急時応相談)

URL : http://inada-j.com/

Instagram: https://www.instagram.com/inada.mw/

この記事を書いた人
柴山有花理ライター
元ブライダルコーディネーター。身体と食の関係を学ぶべく再び大学生に。海外で結婚生活をはじめ、帰国後、出産を経験。娘との自然あふれる暮らしを楽しむ。夢は、伝える・つながるをテーマに、生まれる前の食の記憶にアクセスすること。静岡出身。
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