私は時々、次女と母子でキャンプに行きます。行きつけのキャンプ場にはアユやマスの養魚場があり、行くたびに次女が「釣りをしたい」と言うのですが、釣った後は自分で魚の下処理をする必要があり、いかにそれを避けるかが、私の小さな悩みのタネでした。私は、生きた魚を手でつかむことができず、ましてや釣った魚の口から針を抜くことも、動かなくする方法も知らず、食べる専門でこれまでの40数年を過ごしてきました。
いつか魚をさばけるようになりたい!と思ってはいても、ヌルッとした生物が自分の手の中でジタバタ動くシーンを考えるだけで怖気付き、ましてやその魚に自分で刀を入れるなんて……ムリムリムリ!そんな私にこの夏、最大のチャンスが訪れたのです。
フードコーディネーター、食育の専門家で、はまふぅどコンシェルジュ仲間でもある成瀬優子さんが森ノオトのライターになった2022年。「むっく」の愛称で親しまれている成瀬さんから、Facebook経由で「hatake × yamame 森〜川〜畑 山女魚を通して水と食料を考える」というイベントに招待されました。6月のライター養成講座最終回で、「川」をテーマに特集を組めないかと話し合っていた矢先。川魚でもあるヤマメから、環境や食育のつながりをレポートできたらおもしろい!と思いました。そして、私の積年の「魚をさばく」という課題も克服できるかも……と、小学2年生の次女と一緒にエイッと申し込みをしました。
会場は、保土ケ谷区峰沢町にある「自然菜園あかね空」。代表の矢野輝(あきら)さんは新規就農者で化学農薬や化学肥料を使わない栽培方法で野菜を育てています。 野菜の配達や学校給食への提供のほか、横浜の中心部からアクセスしやすい立地を生かして成瀬さんと一緒に「畑の学校」を主宰するなど、畑という場を多くの人にひらく「イベント型農業」という新しいスタイルを実践しています。「アッキー と呼んでね!」とフレンドリーに子どもたちを迎え入れてくれました。
この日のゲストは、神奈川県の水源、丹沢地方の山北町から来た石田貴久さん、七緒子さん夫妻。畑の入り口に「八丁やまめ養殖センター」と書かれた年季の入ったトラックが停まっており、なんでもここに、生きたヤマメたちが控えているんだそうです。廃業寸前の八丁やまめ養殖センターを2021年に事業継承という形で引き継いだ石田さん。先代の指導のもと、森林管理の仕事と並行しながら夫婦でヤマメの養殖に取り組んでいます。
イベントは七緒子さんによる紙芝居から始まりました。「山北町は人口約1万人。町の面積の9割が森林です。森には、水をたくわえる、水をきれいにする、山崩れを防ぐという役割があります。森を守ることが、私たちの生活に直結するんです」と、写真やイラストによる図解でわかりやすく、なぜ山北町のヤマメが横浜の畑と関係があるのか、子どもたちも朧げながら理解できたようです。
「ヤマメは古くから生息する在来種で、渓流魚の女王と言われています。ヤマメにはオスもメスもいますが、見た目がとても美しいから“山女”と書くんですよ」と七緒子さん。洪水になってしまえば、上流ではヤマメを養殖するための川の水が汚れたりあふれてしまい、森林の土砂災害など、生計に直結してしまいます。下流に住む私たちも、近年度重なる豪雨や洪水の影響を受けています。森が健康ならば水を地下にたくわえる水源涵養(かんよう)機能が維持されます。森と川、私たちの暮らしは密接に関係しているーー。「私たちは、山魚の養殖を通じて森と水の関係を都市に暮らす人たちと一緒に考えていきたいと思っています」と、七緒子さんは透き通る声で話しました。
さて、いよいよヤマメのつかみ捕りです。子どもたちは靴を脱いで生簀に入り、ヤマメをつかもうとするものの、ヤマメたちも上手、手からヌルヌルッと逃げ出します。何度も逃げられているうちに感覚を得て、両手で上からキュッと握ってようやく1匹、つかまえました!楽しくなってしまった次女からヤマメつかみ捕りのチャンスを奪われてしまいました……。
ヤマメのさばき方は貴久さんに教えてもらいました。まずはペーパーでぬめりを取り、魚の肛門に包丁を入れ、お腹にそってエラ近くまで裂いて、ハラワタを取ります。続いて、エラのつけ根をちぎってひらき、お腹を完全に開いたら、血合を除きます。
子どもたちからは「グロい!」「ヌルヌルする!」「でもやってみたら楽しかった!」と、率直な本音が。
家庭のキッチンとは異なり、畑では水を自由に使えません。ボウルに汲んだ水で魚を洗って、ペーパーで血やぬめりをとり、手を洗う水も潤沢にはない環境です。
ここで成瀬さんから子どもたちに一言アドバイス。「魚をさばいてみて、手を洗いたい、魚を洗いたいと思ったでしょう?料理の水って、食材を茹でたり、飲むための水だけじゃなくて、洗い流すための水も含めて、たくさん使うんです。水が使えない時もあるから、水をどうやって大切に使うか考えるのも大事だよ」
魚を焼いている間は、家族で矢野さんの畑をまわって「水」について学びます。「日本は水に恵まれている国。でも最近は気候変動で、洪水や干ばつなどに悩まされることも増えています。水道がなければ農業ができないから、今の環境を少しでも長く続けるために、土、水、森のつながりを知ってもらいたいと思って今日のイベントを企画しました」と矢野さん。畑になっているナスにもたっぷり水分が含まれていて、作物そのものにも根っこにも土にも、水は巡っています。「食べ物ひとつを育てるためにも、たくさんの水が必要です」という矢野さんの説明に、前日の雨で湿った土の感触を確かめながら、水のめぐりを感じていました。
いよいよヤマメが焼き上がりました。畑にレジャーシートを敷いて、朝にぎってきた塩むすびと一緒に、ヤマメをパクッ!娘は「おいしい、おいしい、もっと食べたい!」とせがみます。2匹目のヤマメもほとんどが彼女のお腹に入ってしまい、母は残った骨の周りの身をしゃぶることに……。
解散する時に、成瀬さん、矢野さん、石田さんから、参加者に次のようなメッセージが送られました。
「ヤマメをつかまえる、さばく、内臓が気持ち悪いと思った子もいる。だけど、普段食べる食事では、誰かがそれをやってくれているということ。自分の食べるものを自分でつくる経験をすることで、それを知ることができるはず」(成瀬さん)
「魚を大事にすることは、自分の命を大切にすることにもつながります」(矢野さん)
「私はもともと木こりです。家づくり、水づくり、魚づくりはつながっている。自分だからできる、魚と森の発信を続けていきたい」(石田さん)
私は、娘の「おいしかった!楽しかった!」というこの経験が、水について考えるきっかけになり、この日で終わらない学びとして、家族の中でめぐっていくといいなと感じました。
結局、私の「魚をつかむ」「魚をさばく」経験値は上がらず、娘が二倍満喫したことで先送りになりましたが(笑)、しかしこの日の娘の様子から、山に降った「水」がいろんな形で私たちの暮らしにめぐっていることを感じ取ってくれたようなので、よしとしましょう。次に川魚の釣りをする時にも、魚をさばく時にも、この日の生きた学びは確実につながっていくはずです。
・自然菜園あかね空
横浜市保土ケ谷区峰沢町
・むっくふぅど
・八丁やまめ養殖センター
神奈川県足柄上郡山北町皆瀬川八丁
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