まちはいくらでも広がっていく 「駄」印の動くメディア「萬駄屋」
「駄」の印がついた藍色のキッチンカーに、地元青葉区界隈でつくられた推しの商品を積んで「駅遠」に出向いて売り歩く「萬駄屋(よろずだや)」。自らを “動くメディア”だと言い、立ち寄る客の多くはそこで立ち話をして、買い物以上の時間を過ごしていきます。一体、萬駄屋は「駅遠」に何を運んでいるのでしょうか。

「こんにちは~。来てくれてありがと~!」萬駄屋の店主頭の藤好つむぎさんは、ふらっと立ち寄るといつも気さくに声をかけてくれます。

コロナ禍でいろんなことが制限されていた頃、私はインスタグラムで「駄」の印がついた藍色のキッチンカーと昭和の酒屋のような前掛けをよく目にするようになりました。その名も「萬駄屋(よろずだや)」。なんだか懐かしい雰囲気が漂いまくりです。

 

今年の6月にアートフォーラムあざみ野で開催された「フェローマルシェ」を訪れた私は、スマホの画面越しに見慣れていたあの「駄」印のキッチンカーと前掛けが目に入りました。「あ~これが噂の!」と思いながら軽くのぞいてみると、帽子をかぶった店主頭のつむぎさんが見覚えのある商品について直接あれこれ話してくれ、それが地元でつくられている商品だと知り、作り手さんの顔が浮かんで応援の気持ちも込めて数点購入してみたくなりました。

そんな買い物の経験と、「動くメディア」や「駅遠」「立ち話」と気になるワードが並ぶ「萬駄屋」に興味がわき、ある時取材を申し込んでみたのです。

あざみ野にあるグランジャポンで毎月1日に開催されるマルシェ「プチメルカード」の日に、店舗入口階段下の道沿いに出店している萬駄屋。通りがかりの人もキッチンカーをのぞき、萬駄屋とプチメルカードに遊びに来たお客さんが上下に行き交って、立ち話と買い物を楽しんでいました

なんとこの「駄」印の「萬駄屋」は、地域を編集するというコンセプトでつくられたフリーペーパー『スパイスアップ』が、2021年に移動販売型の “動くメディア”として変貌を遂げた姿だったのです。

『スパイスアップ』は、2015年から2021年にかけて、青葉、緑、港北区界隈に配布されていたフリーペーパーで、ご存じの方も多いと思います。知っているとちょっとうれしくなるような地元の情報が載っていたので、私も見つけた時には必ず持ち帰って家でゆっくり読むのを楽しみにしていました。

そんなフリーぺーパーをつくっていたスパイスアップ代表の柏木由美子さんにまずはお話を聞いてみました。

 

 

フリーペーパーから移動販売のローカルメディアへ

――フリーペーパーの『スパイスアップ』がなぜ今のような移動販売型のメディアに姿を変えたのですか?

 

柏木さん(以下柏木):もともとコロナの前からフリーペーパーに限界を感じていたんですよね。広告モデルの限界というか、書きたいこととお金になることが違ったり、フリーペーパーの先にいる読者とつながらず一方通行であることに、それってローカルメディアなのだろうか?と疑問を感じていて、もっとインタラクティブ(双方向的)にやりたいと思っていたんです。

 

――インタラクティブにやるって他にもあると思うんですけど、なんで移動販売だったんですか?

 

柏木:フリーペーパーをやる中で、駅近にはなんでもそろっているけれど、駅から遠いところって情報も人もなかなか行き届かないし、買い物一つとっても、歳をとると数百メートルの買い物も億劫になったり、坂道が多くて苦労するとか、いろんな課題やニーズを抱えていると感じていたんです。それに駅から遠いところって歴史が結構あるから面白いんですよ。小さなコミュニティがあって、ネットには載っていない様々な面白いストーリーがあって、それは語らないと人には伝わらない。そういうのを自分たちが語っていけるのではないか?そして、買い物と立ち話で御用聞きみたいな身近な存在になれたらいいなって。

スパイスアップは単なるボランティア団体だったので、ビジネスも地域のことも分かる人いないかな?と探していて、つむぎさんに声をかけたんです。そしたらつむぎさんが「いいですねぇ。やってみましょう!」と言ってくれて、まだキッチンカーはなかったんですけど、つむぎさんの車に今までのつながりから生産者さんが預けてくれた地元の商品を積んで、まずはすすき野団地で実験的に出店させてもらえることになったんです。で、はじめに「前掛けを作りたい!」といって、その時に「萬駄屋」という名前も決めたんです。

 

 

「駄」は絶対に入れたかった。「無用の用」へのこだわり

柏木:萬駄屋の「駄」は駄べるの駄なんです。「駄」って馬に太いと書くじゃないですか。昔は太い馬って仕事をする馬として人々にとって大切な存在だったんですよ。身体が大きいから荷物を運ぶ馬として使われるようになって、人を乗せる馬に比べると劣ったつまらないものと価値が下がってしまったんです。でも元々はそんなことはなくて人々にとっては大切だったんですよね。そういう「駄」のストーリーが気に入ったんです。

コロナ禍で不要不急が叫ばれましたけど、不要不急ってことが大事だなって思っていたんです。震災の時も、人はアートとか求めていたと思うんですよね。なくても生きていけるように思われがちだけど、実はなくてはならない。それが地域では人と人とのつながりなんじゃないかと思ったんです。

一見不要と思われていることに価値がある「無用の用」っていうのに、ピンと来たんです。

「地元のものを売って歩く。一つひとつにストーリーがあるからしゃべりがいがある。こんなに面白いことはないですよ。これぞローカルメディアだと思うんです」と出店先の山内図書館前で話す柏木さん。ここでは図書館前のスペースでベテランお母さんたちによる青空おはなし会も行われています

萬駄屋のキッチンカーは、2021年5月にすすき野団地での出店を皮切りに、どんどん出かける先を広げていき、今では青葉区周辺エリアのあちこちに出没しています。取材中には記念すべき通算100回目の出店にも遭遇しました。

毎回同じ内容のキッチンカーが行くのではなく、会場の個性に合わせて商品の品揃えも場のつくりも変え、その時にしか味わえないような場を提供しています。

自然豊かな寺家町の里のengawaで毎月開催している「萬駄屋×engawaマルシェ」では、お客さんの多くがのんびり時間を過ごしていきます。さまざまな作り手さんたちが出店し、地元のおいしい食べ物や季節の手作り品、作家のクラフト作品の販売、青空整体や犬の相談会など、毎回バラエティにとんだ内容になっています。この日はアトリエデルフィさんが可愛いお花をたくさん売っていました

店主頭つむぎさんのいろんな顔

店主頭のつむぎさんは、森ノオトでは何回か紹介されていて、いろいろな顔と経歴の持ち主です。雑貨を輸入する仕事にはじまり、アパレルセレクトショップの新店舗立ち上げ、ITベンチャーラボのグループ秘書、リフレクソロジーサロンでの施術、飲食事業の立ち上げなど、書き出したらキリがないくらい。しかもそれはどれも自分から選んだものではなく、全て人から声をかけられて、未経験の分野に次々と挑戦してきたようです。目の前にあることをひたすらに面白がって広がっていく世界を楽しむ店主頭のつむぎさんにもお話を聞いてみました。

 

 

ゴールや目標を設定しない

予想していないものがその場で出来ていくのが面白い

――萬駄屋は、行く先々に合わせて全部違うしつらえや場のつくり方をしていて、どの会場もとても個性的で魅力的だなぁと思うんです。このどれも違った多様な展開の仕方は、いろんなところで駄べりからの出会いを面白がっていたらこうなってきたというように、自分たちが意図してない部分も随分あるんですか?

 

つむぎさん(以下つむぎ):そうですね~。これだけあちこちウロウロしていると、いろんな人が違う話をしてくれて、常にネタは満載で渋滞を引き起こしていますね(笑)。

昨日も似たようなことを言ってた人がいるな~。こっちにもいたなぁていうのがしょっちゅうなんです。そういうのを時にはつないだりね。

萬駄屋はモノを売るっていうことを通して、情報を回しているっていう感覚があるかなぁ。

 

――それが人をつないでいくってことにつながるんですか?

 

つむぎ:そうなんじゃないですかねぇ。でもなんか「つながる」っていう言葉は少し強いって気もするんです。もっと緩やかでいいというか。グループ化するとか、チームとして動くとかを目指しているわけではなくて、囲い込んだりせず、それぞれの個が集まってつながってはいるけど、ふわっとしたつながり。なんかあったら声かけ合えるし、一緒にやるわけではないけれど、お互いを知っていて応援し合うっていうようなファジーな感じかなぁ。

それと、ゴールは決めないですね。私がやっているキッズタウンも同じですけど、それもゴールを決めないです。

CO-NIWAたまプラーザで開かれた「萬駄屋+チッチェーノ・チッタ(つむぎさんが主催するキッズタウン)」で子どもたちがつくるお店でおみくじをひいたら「美人さんになれるわよ~」という美人吉とスマイルマークが出ました。思いがけずもらった小さな幸せに思わず「ウフフ」

――それは意識的に決めないんですか?目標とかゴールを設定しない?

 

つむぎ:そうですね。一貫してゴールは設定しないです。だって、ゴールを決めちゃったら決めた以上のことにはならないじゃないですか。私の知らない面白いことはいっぱいあるし、目標やゴールを設定するってことは、私の想像の範疇を超えない。自分が思いつく範囲なんてほんと大したことないですからね。

知らないことはまだまだいっぱいあって、知ることが楽しいし、知らないであろう人たちに情報をお伝えするのもものすごく面白い。

 

――なるほど。自分の想像を超えたものや思いもよらないものに出会うってすごい喜びですよね。

 

つむぎ:そうですね。魅力的な人はたくさんいるから、それをこっちがゴールを決めるなんておこがましいって思うんです。子どもたちのキッズタウンでもそうで、子どもたちの発想ってホントに想像を超えてくるから、いつもびっくりさせられるんです。だからそっちの方が断然に面白い。

私、オーケストラよりジャズが好きなんですよ。オーケストラは完成形に向かっていくけれど、セッションはいろんなものが入ってきて予想しない音楽がその場でできていくっていう感覚が好きなんですよね。

だから山に登っていて、道の途中に変な石が落ちていても面白がれるし、途中でこれはダメだなって思ったら、海に行けばいっかって思ってるんです。どうしても山に登らなきゃならんこともないだろうってね。

 

――偶然落ちていたその石が、予想もしない面白いものだったり、お宝になるかもしれないですよね。それって、まさに無用の用ですね。

すすき野団地で開催された「コーヒー講習会」でつむぎさんにスカウトされたじゅんちゃんは、10月の山内図書館前出店時にバリスタとしてデビューしました。じゅんちゃんは、食べられるどんぐり(マテバシイ)を使った「どんぐり珈琲」と「どんぐりクッキー」を作っており、「試しにどうぞ」と珈琲とクッキーを分けてくれ、たくさんどんぐり話を聞かせてくれました。以来、私は公園でどんぐりを見るとじゅんちゃんとどんぐりクッキーを思い出してほっこりします

役は「萬駄屋の店主頭」

つむぎ:私、もともとこだわりが全然ないんですよ。一見、目標持って野心とかがありそうってよく見られるんですけど、実は自分にやりたいこととか、こうなりたいとか本当に思ったことがないんです。役割で動くタイプなので、萬駄屋の店主をやると決まった時にも役づくりから始めたんですよ。だから「萬駄屋の店主」っていうキャラクターをつくって、こういう格好になって売るっていう…。

高校時代に演劇をやっていたというつむぎさん。トレードマークの帽子に「駄」印の前掛け、足元は着物をリメイクしたニッカポッカのようなズボンに地下足袋。「THE 萬駄屋店主頭」をつくりあげていく

――まずカタチからつくるってことですか?

 

つむぎ:そうそう。いつもカタチからつくりますね。

 

――カタチからつくるよさってなんですかね?

 

つむぎ:う~ん、なりきりですかね?違う仕事をするっていう時も、いつも役づくりから入るんです。キャラクターづくりというか、そういうコンセプトは最初に決めます。

 

――なるほど…。役になりきってその世界観の中でつくっていくってことですかね?そういうのはブレにくいし、なんだか面白いですね。萬駄屋に流れているどこか懐かしい空気感は、そのなりきった世界観が生み出しているんですね。

ふざけて作った鮭の切り身のブローチが思わぬ人気をはくし、つむぎさんは水産加工業の「キリミスト」としても活動中。大しけでしばらく漁に出られない時は切り身が少なくなるそうですが、萬駄屋でもリクエストすると、奥から魚の切り身(注:本物ではありません)が出てくることもあります(写真提供:キリミスト)

まちには面白いことがいくらでもある

知ることで世界は広がっていく

 つむぎ:私、わざわざ遠くに行かなくても地元に面白いことがいくらでもあると思うんです。昔ね、知り合いに自販機の補充の仕事をする人がいて、その人の話を聞くと、このまちのどこにダイドーとかサントリーの自販機があって、あの辺りは自販機が密集しているから、もう自販機は入れられないとかそういう目でまちを見ているわけ。すごく面白くないですか?介護業界の人はまちをバリアフリー目線で見ていたり、保険屋さんは玄関先に何があるかで、家族構成を考えながらまちを歩くと言っていて、こういうことを聞いていくと、同じまちなのに、その視点があるかないかだけで、際限なくまちをいろんなカタチで見ていけると思うんですよね。知ったことで世界が広がるってことあるなぁって。この感覚がものすごく好きなんです。

engawaマルシェで気になっている人が多かった「寺家木工舎」のヒバのまな板と銀杏のまな板。作り手の小島博さんがマルシェに立ち寄り「銀杏は音がいいんだよ」と。その一言を聞いて銀杏のまな板を私が購入。野菜を切るただの作業が、トントン音を聞いて切る楽しいものに変わりました。まな板は黒ずんだら削り直しをしてくれるらしいです

 

マルシェが終わり立ち寄ったはやし農園の林英史さん。「今日、無農薬米からたくさん売れていきましたよ~。林さんのお米だって言ってみなさん喜んで買っていきましたよ」と報告。 預かった商品についてお客さんの声をお店や生産者さんに届けるのが自分の喜びだと言うつむぎさん。青葉区で無農薬米が作られていることを知らない人はまだまだ多いとも

――つむぎさんは、いつも相手の立場になって考えて話をしたり聞いているな~って感じていたんですけど、それって、相手には何がどう見えているかを意識しているんですか?

 

つむぎ:そうそう。この人にはそういうふうに世界が見えているんだ…って知るの面白くないですか?パン屋さんにはこう見えているんだなとか、いろんなお仕事の人と関わらせてもらって、その人目線でまちをみるっていうのがめっちゃ面白いんですよ私。

だからさっきの林さんにしても、林さんの天気の捉え方と、私の天気の捉え方なんて絶対違うでしょ?だから、その違いを面白がる。この人には世界がどう見えているんだろうって…。

 

 

(取材を終えて)

スマホ一つあれば「手早く簡単に」情報もモノも手に入りコミュニケーションもとれる今、萬駄屋は「ゆっくり手間をかける」方法で買い物と立ち話を運び、モノや情報を回しています。この人々の何気ないやり取りこそが、ぬくもりやつながり、多様さをも生み、くらしの中になくてはならない潤いのようなものをもたらしているように見えました。

世界を広げるのはいつだって知ることからはじまり、コミュニケーションがその鍵であると私は思いますが、萬駄屋は動くメディアとして、駄べるという懐かしい言い方の双方向なコミュニケーションツールでそれをやっているのがとても面白く、そこに大きな魅力を感じるのです。

予想していないものがその場でできていくジャズセッションのような「萬駄屋」のあり方には、何が起こるか分からない多様な今の時代をどう捉えてそこに何を見出していくのかを考えていく手がかりのようなものがある気がしました。

 

「この狭いエリアでも、一つの視点を加えるだけで世界はもっと深く広く広がっていくと思うんです。だから、まだまだ青葉区は広いし、いくらでも広がっていくんですよ」と笑うつむぎさんの言葉に、私は目の前の景色がワ~ッと広がっていくのを感じました。

Information

萬駄屋(よろずだや)

公式Instagram:@yorozudaya

HP:https://yorozudaya.com/

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この記事を書いた人
松尾圭威子ライター
横浜市港南区で育つ。結婚後は藤沢、マレーシアで暮らし、現在青葉区に在住。 色やカタチを扱うこと、人と何かをつくることが好き。思いもよらないモノ・コトに出会うことに喜びを感じ、足元にあるまだ見ぬ景色を見たくてライターへ。家族は夫、息子二人、トイプードル。
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