女性庭師が作る藁ぼっち
横浜郊外にあるお宅の庭、こちらには3つの藁ぼっちが飾られています。「それぞれ形が異なっているのは、松竹梅を表しているからです」と、この庭の手入れをしている庭師の池辺園菓(いけべ そのか)さんが教えてくれました。
中国の陰陽思想の影響を受け、日本では奇数のものが好まれるといわれています。ここに飾られている3つという数もその表れです。「配置する際も均等に並べるのではなく、上から見ると『不等辺三角形』になるようにするのがポイントです。藁ぼっちに限らず、庭石などでも左右非対称に配置するのが日本庭園の基本です」と園菓さん。
植木屋 花ぞの苑の代表である園菓さんは、高校生の時から造園会社でアルバイトを始め、学校卒業後は中部地方にある造園会社に入り、庭師としてのイロハを学んだそうです。仕事を覚えようと必死だった下積み時代の折、藁ぼっちは一日の仕事が終わった後、同僚たちと夜なべをしながら作ったという思い出もあるそうです。
藁ぼっちの由来はいろいろ
藁ぼっちの由来については諸説あるようですが、園菓さんが働いていた造園会社の師匠からは、「初穂(はつほ)」が転じたものと教えられたそうです。初穂とは、その年の秋に実った稲穂を神様に捧げること。現代では神社に納めるお金のことを初穂料と言いますが、もともとは五穀豊穣を願いその年に収穫されたお米を神様にお供えしていました。門松やしめ縄と同じように、藁ぼっちはお正月の縁起物としての意味があり、12月になると庭師や造園会社などでは藁ぼっちを作り、庭などに飾る風習があります。
「藁に囲まれながら職人仲間同士で『ぼちぼち』作るから『藁ぼっち』。私の師匠からはそう教わりました。これもいろんな説があるようですけどね(笑)」と園菓さん。
藁ぼっちという名称について、もう少し調べてみました。
ある一説によれば、小さな突起状のものを「ぽっち」または「ぼっち」と言い、藁を笠状に編んだ際にできる頭頂部分が突起状になっていることから藁ぼっち、それが後々藁で作られたお飾り全体を藁ぼっちと呼ぶようになった、といわれています。確かに、私の祖父や祖母は、突起状のスイッチを押すことを「ぼっちを押す」などと言っていた記憶があります。
また別の説では、脱穀が終わった後の稲藁を保存するため、山のように積み上げたものを藁ぼっちと呼んでいたそうです。稲藁だと藁ぼっちですが、収穫した豆類を乾燥させるため積み上げたものは豆ぼっちとも言われるとか。冬の間、雪から花や木を守るために作られる雪囲いの一種も藁ぼっちと呼ばれることがありますが、この藁を高く積み上げた形状から引用されているといわれています。
藁ぼっちを作ってみよう
2022年も暮れようとしている12月のある日、園菓さんが講師を務める藁ぼっち作りのワークショップが開かれ、私は妻と一緒に参加してきました。会場は園菓さんのお姉さん、池辺華奈さんが運営する「ILA Community Farm」という横浜市緑区新治町にある農園です。
地球がテーマというこの農園では、農薬や動物性肥料を使わない自然農の手法を用いて、華奈さんを中心にさまざまな野菜の栽培が行われています。この日のワークショップで使われる藁ぼっちの藁も、無農薬で育てられた稲が由来のものでした。無農薬で育てられた稲とは珍しいと思い、どこで作っているのか華奈さんに尋ねると、森ノオトの事務所からほど近い寺家の水田とのこと。灯台下暗し、でした。
一つの藁ぼっちを作るのに使われる藁は1束半。何グラムなどという具体的な数値ではありません。「藁束の真ん中を親指と中指で握って、指先がくっつく太さが1束の目安です。その握った感覚をよく覚えておいてください」と園菓さんから指示が出ます。
まずは藁束を手櫛を用いてすいていき、間に挟まっている細かい破片や枝を取り除きます。この作業は「選る(すぐる)」と言います。軍手を着用しての作業ですが、たまに鋭い枝先が軍手を貫通して指先に刺さりそうになり、慎重に行います。ちなみにプロの園菓さんは、素手で選るそうです。
選った藁は穂先の部分を水に10分ほど浸して軟らかくし、傘の形になるよう編み込んでいきます。「穂先が揃っていると端整な感じになりますが、ばらばらでも自然な感じの藁ぼっちになりますよ」と園菓さん。
ここは作る人の個性が表れるところです。普段から植物の寄せ植えをたしなんでいる私の妻は、手先の器用さを発揮してスマートな藁ぼっちが出来つつあります。一方、大雑把な性格の私は、藁の編み込みに苦戦して、まあこんなものかというところ。
完成した藁ぼっちは持ち帰って、各々お気に入りの場所に飾りました。
年末に飾った藁ぼっちは、やがて新年を迎え雪が雨に変わる「雨水(うすい)」と呼ばれる頃に取り外すそうです。
藁ぼっちの本当の名前は?
庭先に飾られた藁ぼっちを見た父が、思い出したかのように呟きました。
父「そういえば昔は実家でも米を作っていたけど、脱穀した後の藁をあんな風に編み込んで田んぼに置いてあったぞ」
私「え、静岡の実家でもやっていたの?」
父「ああ」
私「それは何と呼ばれていた?」
父「特に名前はない」
私「・・・」
父の実家で作られていたという藁ぼっちは、あまりにも日常的すぎて名前を意識することなく、普段の生活の一部に溶け込んでいたということでしょう。
皆さんの暮らす地域、かつて住んでいた地域にも藁ぼっちはあるでしょうか。あるとしたら、それはどういう呼ばれ方をして、どういう目的だったのか、細かく調べていくと面白そうです。
<植木屋 花ぞの苑 代表 池辺園菓>
TEL : 080-7823-8118
Facebook:https://www.facebook.com/sonoka.ikebe.5
<ILA Community Farm 代表 池辺華奈>
所在地:横浜市緑区新治町
E-Mail : ilacommunityfarm@gmail.com
URL : https://ilacommunityfarm.hp.peraichi.com/03311021
Instagram : @ila_community_farm
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