突然本格的な冬の寒さが訪れた1月の土曜日、横浜市営地下鉄・都筑ふれあいの丘駅で私は待ち合わせをしていました。
待ち合わせの相手は、2021年10月からご自宅前に常設のフリーライブラリー「はちのじぶんこ」を設置している黒沼宣子さん。
せっかく駅から歩いて来るならと、愛犬の散歩を兼ねてお迎えに来ていただき、都筑区オススメの緑道を案内してくれました。
「ゆうばえのみち」と名付けられた緑道を歩きながら、名前のとおりの夕焼けスポットや富士山も臨める川和富士公園を紹介いただくひととき。一人で歩くだけでは気づけない発見が多々ありました。
今回は寄り道しながらでしたが、普通に歩けば都筑ふれあいの丘駅から15〜20分程度でしょうか。黒い三角屋根の一軒家が見えてきます。フリーライブラリー「はちのじぶんこ」はこの家の擁壁前に設置されています。
近づいてみると、常設というだけあってかなりしっかりした作り。紙の本を屋外に置きっ放しにしておくって大丈夫なのかなと最初聞いたときは思ったのですが、漆喰で仕上げられ、雨対策もバッチリでした。
「はちのじぶんこ」という名前は、本が自由に借りられ返されて8の字を描くように、ぐるぐるとめぐりながら人をつないでほしいという思いからつけられたそう。読んだ人の「おもしろかった」という花粉をつけてミツバチみたいにまた箱に戻ってくるということで、本箱は「養蜂箱」ならぬ「養本箱」と呼ぶことにしたそうです。
養本箱の右上隅に掲げられたプレートは、アメリカを中心に世界中に広がっている、地域の人たちに小さな箱に収められた本を無料で貸し出す非営利の運動、Little Free Library(リトルフリーライブラリー)のもの。はちのじぶんこはこちらに登録しています。
はちのじぶんこを利用するのに手続きは必要ありません。本の貸出期限も特になく、好きなときに本を借りて、1カ月程度を目安に読み終わったら養本箱に返すだけ。自分にはもう要らないけれど、誰かにすすめたいと思う大切な本があれば養本箱に本を入れることで、寄付することもできます。
養本箱の中身をのぞくと、ラインナップは小説が中心。養本箱の区割りからも感じられますが、絵本などを入れることはそんなに考えておらず、「大人向け文庫」という気持ちでスタートしたそうです。実際始めてみると、最初に反応があったのは小学生。通学路の行き帰りで興味をもってのぞいてくれたので、晴れた日には時々児童書を集めた一輪車を出してはちのじぶんこの隣に並べることにしたと教えてくれました。
また、はちのじぶんこがオープンしてからの1年は、庭でオープンガーデンをやってみたり、クリスマスにはラッピングして中身を見えなくしたシークレットブックを用意してみたりと自分が楽しいと思うことを企画。その中で自分と利用される方、お互いが心地よく感じる距離感を模索していたようです。
「はちのじぶんこが1年後どうなっているかはちょっとわからないんです。計画とか目標とかは一切なくて。夢はこれかな」。そう言いながら指差したのは、都筑区主催の講座「都筑区地域づくり大学校」で作成した、自分のやってみたいことを書き出した「夢設計書」という名の企画書でした。
「都筑区地域づくり大学校」は、私と黒沼さんが出会うきっかけとなった場でもあります。そこで私たちが学んだのは、「まず、自分がやってみる」ということ。「こんなのがあったらいいなあ」と思っているだけではなく、小さくていいから一歩を踏み出してみる。そして夢を人に話して、周りを巻き込んでいくこと。
このときの学びに沿って、養本箱を作る際には設計・製作段階から地域のいろいろな方に協力をお願いしたそう。黒沼さんがデザインした養本箱のアイデアを人に話すことで、現実の限界が見えたり、気づかなかったアイデアも出てきたとのことですが、ひとりぼっちじゃないと感じられたことも大きな収穫だったようです。
「住宅街にある文庫もいいけど、私は都筑区の魅力は緑道だと感じているんです。それを人が計画的に造っているというところもまた魅力。この自然豊かな環境に文化的にも豊かな時間が加わったら素敵だと思いません?」。そう言いながらも、焦って何かを進めようとするのではなく、まずは自分が楽しむことを大事にされています。
「何ものにも縛られたくないんですよね。自分の負担になると自由じゃなくなっちゃうので」。そう語る黒沼さんは、はちのじぶんこが利用される方にとっても無理のない、気軽に座れるベンチのような存在であってほしいと感じているようです。
黒沼さんが取材の中で話されていた「そこに置いてある本を借りたり返したりしているうちは『おじゃましている本棚』だけど、自分の本を置く(寄付する)ことでそこの本棚が『自分の本棚』という感覚になると思っている」という言葉が私の中に強く残っています。
はちのじぶんこは、利用されている方の「自分の居場所」、ひいては「みんなの居場所」を地域の中でゆるやかに提供しようとしてくれているのだな、そういうゆるやかなつながりのある地域で生活するって素敵だなと改めて感じる取材となりました。
ゆるやかに、自分の無理のない距離感で地域とつながる。それは次の春には育児休業を終えて仕事復帰する予定の私にも必要なことだと感じました。
子どもを育てていくうえで、子どもには地域で自分以外の大人とも関わる機会をたくさん持ってほしいと思っています。そのために、まずは私自身も地域とつながっていたいけれど、頑張りすぎると疲れてしまう。
そんなとき、はちのじぶんこのような場所があれば、本を借りたり返したり、誰かに読んでみてほしいオススメ本をそっと寄付してみたりすることで、自分が住んでいる地域で同じように生活している人のことに思いを馳せるきっかけになるのかなと感じました。
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