次の使い手へ、善意の思いをパス!学生服リユースショップ「Pass」がつなぐ未来のバトン
制服や体操服など学校用品専門のリユース販売店として2017年、横浜市旭区にオープンした「Pass」。店主の日暮晴美さんに、お店を一人で始めることになった経緯や、地域の親子を支えるリユース活動を続ける意義について取材しました。

ある日、森ノオトに、こんなメッセージが届きました。

 

「初めまして!日暮(ひぐらし)晴美と申します。学生服リユースショップを5年前に起業しました。自分が困った経験や周りの声から、不要になった学生服や幼稚園服をきれいに手入れをして再販する、制服リユースの実店舗を横浜市旭区に構えています。取材にいらっしゃいませんか?」

 

「リユース」「次の使い手につなぐ」「布」。そんなキーワードが、森ノオトの運営するリユース手芸店「めぐる布市」の活動にも通じるものがあるのでは? と、共感して下さっているとのこと。

普段めぐる布市にボランティアとして関わっている私も、日暮さんのリユース活動に興味を抱き、ぜひお話を伺いたいと取材に手を挙げました。日暮さんってどんな方なんだろう?どんなきっかけでこのお店を始めたの?むくむくと湧き上がる好奇心を胸いっぱいに抱えて、2月の晴れた日、お店にお邪魔してきました。

 

 

制服ずらり!Passの店内

相鉄本線・鶴ケ峰駅から「若葉台中央」もしくは「亀甲山」行きの神奈中バスに乗り、「農協前」バス停を下りてすぐ。JA横浜「メルカートつおか」のお隣に、日暮さんの店舗はあります。お店の名前は「Pass」。“善意の思いと制服を次の使い手にパスする”、そんな願いを込めて付けた名前だそうです。

にこやかな笑顔の日暮さんに出迎えていただき、ガラス扉を開けて中に入ると、目の前に現れたのはこの光景!

中学校、高等学校の制服をはじめ、体操服やジャージの上下、上履き、ローファー、リボン、校章などさまざまなものが並ぶ店内。商品点数は多いですが、常に見やすい状態に整理・管理されています

圧巻!整頓された制服が一枚ずつきちんとハンガーにかけられ、学校別に並んでいました。隙間を縫うように歩くと、さながら、大きなウォークインクローゼットの中にいるようです。デパートの制服売り場でさえ、こんなにたくさんの制服は並んでいないかも…?想像していたよりずっとたくさんの制服に驚いてしまいました。

取り扱っているのは、店舗のある旭区から車で30分圏内の学区の学校用品。森ノオトの事務所がある青葉区もその圏内です。市ケ尾高校や荏田高校、中山中学など見慣れた校名もちらほら。取り扱いのある学校は、ホームページ上で確認できます

それから次に驚いたのは、制服の状態の良さ!パッと見たかぎり、ほとんど新品のように見えるものばかりが並んでいます。私が勝手に抱いていた“中古学生服”のイメージは、いい意味で裏切られてしまいました。「とってもきれいですね!」思わず声に出すと「うれしいです」と日暮さん。「一見、お古には見えないように、ということを大切にしているんですよ」。

まだまだ使える制服を捨てるのは忍びない、誰かに使ってほしい。そんな思いを引き受けて、手間をかけて整え、次に必要とする人のための出会いの場を提供する——。

 

売っている物さえ違えど、森ノオトのリユース手芸店「めぐる布市」と、目指している方向は確かに同じだなぁと、整然と並ぶたくさんの制服を私はまぶしく眺めていました。

 

 

回収から販売に至るまで

“もったいない”の気持ちを、次の使い手につなぐ「Pass」。どのように運営をしているのか、日暮さんに伺いました。

 

「制服はこちらの実店舗のほか、横浜市内に4カ所ある拠点に持ち込まれたものを回収し、販売しています。届いた制服は、一着ずつ状態をチェック。毛玉を取って、緩んだボタンを付け直し、糸つれを直し、ジャージはネームの刺繍をひとつひとつ解いて…。それから自宅に持ち帰って洗濯。時にはクリーニングに出すことも。アイロンをかけ、シワを伸ばして、できるだけきれいに。やることはたくさんあるんですよね」。

毛玉取り前(左)と、毛玉取り後(右)。その差は歴然!(写真提供: 学生服・園服リユースPass)

ネーム刺繍を外しているところ(左)、ホックの補修作業(右)(写真提供: 学生服・園服リユースPass)

「一見、お古には見えないように」。日暮さんの言葉の裏には、たくさんの手間が隠されていました。お店の運営だけでなく、このようなリフレッシュ作業も、日暮さんお一人でされているという事実にただただ驚くばかりです。

 

リユース制服の販売価格は定価のおよそ1/3ほどがメイン。服の状態の良し悪し、需要の多さなどによってその価格が決められています。

Passでは服の状態によってAからDまでのラベルが付いており、購入にあたり価格を優先するのか、それとも状態を優先するか、買い手のニーズにあった購入方法が選択できるようになっています(写真提供: 学生服・園服リユースPass)

 

年に数回しか使用しない柔道着も、ニーズの高いもののひとつ。新品よりも、むしろリユース品の方が生地が柔らかく着やすくてよいという声も

もうひとつPassの特徴としてあげられるのは、制服の売り手、買い手の確認がきちんとなされているということです。

 

制服を買い取ってもらうためには、身分証明書が必要。また、購入するには通っている学校の学生証の提示や子ども自身の試着が必須です。これは、善意でリユースに出した制服が悪用されることを防ぐ上でも、とても理にかなったルールではないでしょうか。Passを介せば、クリーンなリユース活動が保証されるということは大きな安心材料と言えるでしょう。店舗運営の根っこの部分にある“お母さん目線”のさまざまな工夫が、Passの魅力であり強みだと感じます。

 

 

はじまりは、ふと見た朝のテレビ番組

そもそも日暮さんが学生服のリユース販売を始めようと思ったきっかけは何だったのでしょう?尋ねてみると「朝のテレビ番組で、制服リユース店が紹介されているのを見たことだった」と、意外な答えが返って来ました。「テレビを見ながら、思い出したんです。そういえば、娘の制服が小さくなってしまって、私も困ったことがあったなぁって」。

 

3人の子育て中、それぞれの制服はみな友達からのリユースで調達していたという日暮家。長女が中学3年生の秋、着ていた制服のジャンパースカートが小さくなってしまったことに気づきました。通学はほとんどジャージ。卒業式までほとんど制服の出番はなさそうなのに、買わないわけにはいかない…。周りに聞いて回ったもののちょうどいいサイズはなく、焦る日々を過ごします。どうにか友達の友達から譲ってもらえたものの、探し回っていた日々の緊張感は忘れられなかったそう。

「こんなお店が、あの時近くにあったらよかったなぁ」。その日テレビで見た制服リユース店のことが、ずっと心に残っていたのだとか。

 

2016年春にテレビで見て、自分でもやってみようかなという思いをあたため、行動に移し始めたのが同年8月。そして実際の開店が2017年の秋。意を決してから営業開始まで、なんと1年ちょっと!その驚異的なスピードに「もともと、販売とか、アパレル関係のお仕事か何かをされていたのですか?」と尋ねると……。

 

「私、もともとスイミングのコーチをしていたんです。衣料品関係の仕事をした経験はありません。開店当時から、そして今も、事務の仕事もしながらPassを運営しているんですよ」。

 

驚異のスピードで起業した上に、それは未経験の領域。しかもWワークだったとは!日暮さんのそのパワフルさと行動力には目を見張るものがあります。柔和な話し方と佇まいとのギャップに、ますます魅力を感じてしまうのでした。

 

 

自分で自分を大切にしたことで叶えた「起業」

幼稚園の小さな制服の前で笑顔を見せる日暮晴美さん

「リユースショップをオープンしようと、そんなにも日暮さんを突き動かしたものは何なのでしょうか?」そう聞いた私に、「これまでいろいろなメディアでお話ししてきたけれど、そんなこと聞かれたこともなかった!」とびっくりしたような顔をした日暮さん。

 

「そうね、もしかすると……」と日暮さんはいったん考え「いや、もしか……しないわね」と、意を決したようにこう言ったのです。「夫がDV加害者だったから」。

 

思いもよらない言葉に、メモを取る手を止め、今度は私の方が驚いて顔を上げると、変わらないトーンでこう続けます。「ずっと悔しい思いをしていたから。それまで抑圧されていた思いから解放されて、やっと自分の思い通りにできるんだと思って。それで動けたんだと思うんです。見返したかったのかも」。

 

50歳を過ぎた頃から残りの人生を考えるようになったという日暮さん。「何かのために我慢をするのではなく、思い描いたことを思い通りに進めてみる人生をこれからは歩んでみよう、って。たとえ失敗したとしても、それは自分の人生だから。それでいいのよね」。

思い切った起業までの道のりを「過去の自分のありようからの脱却」、そう自己分析する日暮さんは、とても強く、とても勇敢に見えました。

 

 

背中を押したアンケート

2016年の8月。テレビで見たお店のフランチャイズ説明会を聞きに行きました。まずは加盟店としてお店をスタートしようとも考えましたが、結婚生活で夫に長く支配されていた経験とリンク。どこかに属することなく、やっぱり一人でお店をやりたいと考えるようになったのだそう。

 

栃木や福岡など、他県の制服リユースショップを巡って視察を重ねた日暮さんですが、やはり不安は大きいもの。一人でやってみたい気持ちと、新しいことを始める怖さとの間で揺れ動く日々を過ごします。

 

制服のリユース店がこの街にあれば、譲りたい人、譲られたい人、どちらの思いをもつなぐ助けになる。お店を必要としてくれる人は、きっと多いのではないか?そんな仮説を確かめるために、日暮さんはついに行動に出ます。それは、町内会のお祭りの日、公園に出て、お母さんたちにアンケートを取ることでした。

こちらが実際のアンケート。たった一人で、アンケートを取るために公園に立った日暮さんの勇気に拍手!(写真提供: 学生服・園服リユースPass)

予想は見事的中。多くの人が制服のリユースをすでに経験し、開店にも好意的だということが分かりました。漠然と抱いていた少しの自信が、確信に変わった瞬間がこの時。このアンケートに背中を押され、Passは開店への舵を切ることになったのです。

 

持ち前のバイタリティでなんでもこなしていく日暮さん。いくつもの不動産会社をめぐって物件を探し、横浜市の起業セミナーで学び、独学でホームページを作り、SNSも運用。これまで近隣にポスティングしたチラシは8万枚にものぼると言います。

今も早起きをして、ポスティングを続けているそう。「必要になるまで冷蔵庫に貼って取っておいた」「おばあちゃんがチラシを持ってきてくれた」という人も。SNS全盛の今でも、アナログな紙のチラシの効果を実感しています

地道な広報活動やクチコミで広がり、50点の取り扱いから始まったリユース制服は今、中学校38校、高等学校49校、合計1500点を超える品揃えになりました。

 

「新しい制服を手に入れる際の選択肢として、①正規の売り場で購入する 、②知人から譲り受ける、そして ③Passを利用する、が、当たり前になってほしい」。開業の夢を叶えた日暮さんにはいま、新しい夢ができました。

 

「開業から5年目を迎えて、以前Passで購入した制服をまた売りに来てくれる人が出てきたんですよ」。Passを中心に、そんなすてきな循環も起こり始めているようです。

 

 

制服は未来のサイズ

最後に、私の好きな俵万智さんの短歌を紹介したいと思います。

 

「制服は未来のサイズ入学のどの子もどの子も未来着ている」

 

誰かの過去になった”未来サイズの制服”も、次の子どもが着ればまた未来になる。Passがパスしているのは、きっと、制服だけではありません。

 

5年前、日暮さんが踏み出した新しい一歩は、これからも子どもの未来にやさしく寄り添い希望のバトンをつないでいくことでしょう。

 

*本記事は、独立行政法人福祉医療機構の<WAM助成2022>として実施した取材記事です。

Information

学生服・園服リユース Pass

​〒241-0031 横浜市旭区今宿西町281

営業日:金曜・臨時水曜/15:00~18:30、土・日/13:30~18:00

(営業スケジュールの詳細はホームページ、Twitterに掲載)

HP:

https://pass-seifuku.wixsite.com/reuse

Twitter:

https://twitter.com/Pass_seifuku



【 Pass拠点 】

・旭区【ベーカリーかくれんぼ】 ご寄付のみ

横浜市旭区さちが丘120-1(金曜10~16時)

・緑区【斉藤たつや横浜市会議員事務所】買取り仲介(預かり)

横浜市緑区台村町314-2F(緑区役所前)(月~金 10~16時)

・保土ヶ谷区【ほどがや ちゃっと亭】即時買取り

横浜市保土ケ谷区東川島町29−1(西谷妙福寺近く)(毎月第1・3日曜10~12時)

・旭区【たすけあいハウス 】ご寄付のみ

横浜市旭区中白根 4-12-3

㋐月・水・金 15~17:30(学研教室の時間)先生にお預けください。

㋑ 第2日曜  10~12時 たすけあいハウスのスタッフへ

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この記事を書いた人
佐藤美加ライター
新宿生まれ新宿育ち。音楽業界出身、SNS運用を主な生業とするフリーランス。2児の子育て中、森ノオトの記事に救われたことがきっかけで書き手に。この街のたくさんの物語に光を当てて届けたいと思っています。編み物はライフワーク!短歌はじめました。
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