(文= NPO法人パノラマ理事長 石井正宏/写真=小幡崇 )
*このシリーズでは、「子どもを育てる」現場の専門家の声を、毎月リレー方式でお送りしていきます。
皆さんはじめまして。青葉区を拠点に、横浜の北部エリアで子ども・若者の支援をしているNPO法人パノラマの石井正宏です。森ノオトの読者のみなさんには、県立高校での校内居場所カフェ「ぴっかりカフェ」の運営団体として覚えてもらっているかもしれませんね。
パノラマでは、下は小学1年生から、上は50代の方まで、成長段階や年齢による途切れのない支援の実現を目指し、「すべての人をフレームイン!」という、ちょっと大袈裟なキャッチフレーズで活動しています。
今ではiPhoneで当たり前になっているパノラマのカメラ機能ですが、初めてパノラマを試したとき、感動しませんでしたか? ぼくは360度、ぐるりと写真が撮れることに楽しい衝撃を受け、世界を手に入れたような気分になってしまいました。そのとき、誰もが写真の中にフレームインできるパノラマ写真が、「社会的包摂」のメタファーとして、ぼくの中にどーんと沸き起こって来たんです。新しく立ち上げる法人の名前は「パノラマ」にしようと決め、キャッチフレーズの「すべての人をフレームイン!」を思いつきました。なんとなくキング牧師が言ってそうじゃないですか? 「肌の色に関わらず “すべての人がフレームイン” できる社会を私は築きたい!」なんて。
高校の中に入り込んで、可愛らしい生徒たちと戯れながら、中退や進路未決定を予防するための校内居場所カフェに取り組んでいるわけですが、学校のフレーム(規則)から追い出される中途退学って、その後に社会のフレーム(就労)からも追いやられ、ひきこもりなどの見えない存在になりやすいんです。中退は「人生最初の社会的排除」とも言われるくらい、すごくリスキーな出来事なんだけど、先生も生徒も、そして保護者もそのことにぴんと来ていないようなふしがあるんですよね。だから、「そっち行っちゃ危ないぞ」とぼくが声を掛けるわけですが、まるでそれが既定路線かのように中退していく生徒がいます。
そんな中退してしまう生徒たち、つまり「居場所」や「所属」を失った若者が、「次の場」ができるまで、可能な限りつながりつづけ、次の場で落ち着いても、何かあればすぐに連絡して来れるチャンネルを開きつづけることが、途切れのない支援になるのではないかと思っています。この“途切れ”については、この連載のなかで伝えていければと思っています。
右も左もわからない10代に、ほんのちょっとつまずいただけで、その後の人生がままならなくなり、あっという間にアンダークラス化してしまう。そんな世知辛い世の中に誰がしてしまったのでしょうか? 若者を支援していると、日本という国は、敗者復活の道が閉ざされた、やり直しが利きにくい社会なんだなって、感じることがすごく多いです。だから、ひきこもりなどで社会のフレームから一度外に出てしまった人たちが、再び社会のフレームの中に戻りやすくするための支援や、世捨て人のような彼ら彼女らが、また戻りたいと思えるような社会や地域を作ったり、狭っ苦しい社会のフレームをふにゃふにゃにして広げられないかなということをいつも考えています。「すべての人をフレームイン!」には、そんな思いが詰め込まれているわけです。ちゃんとポーズもあるんですよ(笑)。
若者支援という仕事に携わって、もうかれこれ23年という長い月日が経ちました。特定非営利活動促進法が制定されたのが25年前ですから、ぼくは「ボランティアに毛が生えたようなもの」とNPOが揶揄されていた黎明期から、NPOで食わせてもらって、3人の子どもを養い育てて来たわけですが、最近、勝手に“立派な人”にさせられちゃうことが多くて困っています。騙しているようで申し訳ないので、先にちゃんと言っておくと、別にやりたくて始めたわけじゃないんです。家から車で15分圏内で、やったことのない仕事に就くことが、若かりしぼくの職探しのモットーだったので、たまたまハローワークで見つけて、採用されたから、仕事として始めただけなんです。
だから、若かりし日のぼくは、「社会の課題を解決したい!」なんてことはこれっぽっちも思ってなかったんです。「今度の仕事は、きっとペタペタとスリッパ履いて、白衣でも着てやる仕事だと思うよ」と、ワイフには適当なことを言っていました(ぼくは職を転々とするタイプだったのです)。面接で、当時の理事長に「ここは社会の縮図だから、あなたがあなたらしく居てくれたらそれが仕事になる」って言われて、「じゃあやってみたいです。でもこの最低額の給料じゃやっていけないから最高額の給料下さい」って交渉したら、条件が呑まれてしまったんで始めたんです。今のパノラマにそんなヤツが来たら追い返しますね。図々しい話ですけど、子どもが2人いたんで、若かりしぼくもそれなりに必死だったんです。だけどあの理事長、先見の明があったんでしょうね(笑)。本当に感謝しています。
そんな偶然に始めた仕事が、一生の仕事になっちゃうなんて、人生何が起きるかわからないですね。天職の見つけ方って実はすごく簡単で、与えられた仕事を大好きになって一生懸命やることなんだとぼくは思っています。「何がやりたいかわからない」という若者たちといつも付き合っているわけですけど、若い時なんて、“何をやるか”よりも、“誰とやるか”の方が絶対大事なことだと思うんですよね。それで仕事も楽しくなっちゃったらラッキーじゃないですか。パノラマの裏アクション・ポリシーは「なきゃないで、あったらあったで」なんですけど、ぼくみたいな、その場しのぎなすごくテキトーな大人と出会ったことで、若者たちが少しでも楽観的になってくれたら良いなと思っています。
デビュー当時のぼくは、仕事はまったくやる気がなかったし、「ひきこもり」も「NPO」も、働き始めてから意味を知りました。ぼくのことが苦手だった若者もいると思いますけど、生徒や若者たちから、求められるままに23年が経ってしまったって感じです。求めてもらえてる実感が得られなかったら、たぶん辞めてたでしょうね。求められるっていうのは、自己有用感ってヤツですよね。それをずっと感じながらエネルギーに換えて、求めてくれるリクエストにちゃんと応えたくて、ぼくだけではできないことをいろいろな人に頼みながら、ここまで来ちゃいましたって感じなんです。
同じことを何年もやっていれば、どんなことにもきっと哲学みたいなものが生まれると思うんです。ぼくはその哲学に則り、自分に嘘をつかずに生徒や若者に向き合いたいと思っていますし、子ども・若者ファーストの態度を維持するために、いろいろなところで踏ん張っている、それがパノラマの良いところだと思っています。他人の団体で相談員などをやっていると、嘘とまでは言わないけど、自分の支援哲学を曲げなければならなかったり、してあげたいことが許されなかったりするときがどうしてもあったりするんです。それが嫌で起業したようなものです。
外からどう見えてるかわかりませんが、NPOって「結婚するので辞めます」と、未だに男性の寿退社があるような雇用環境だったり、感情労働に疲れ果てたりして、人の入れ替わりの多い業界なんですよ。ぼくも長い休みのあとなどは、「また他人の人生に首突っ込むのか…」と、憂鬱になったりすることがあります。自分だけの人生を生きられたら楽なのになって。だから、疲れて辞めていく人たちの気持ちもわかります。
だけど、ぼくを信じて誰にも言えない秘密を話してくれた、生徒や若者たちの苦しみや悲しみを知ってしまった責任が、ぼくの背中を押すんですよね。初めて信じた大人に裏切られたら人生立ち直れないかもしれないじゃないですか? だから、生徒や若者の顔が浮かんできて、えいやっ!って、どこか腐れ縁的な「しょうがないなあ」という気持ちと、知ってしまった責任を果たしに行く使命感がない混ぜになりながら仕事に行くうちに、あっという間に23年、気づくとぼくはベテランになってしまいました。
ぼくの仕事って、何も知らない人からすると、「そんなのが仕事になるんですか?」とか言われちゃうようなふざけたものなんだと思うんですよ。ぴっかりカフェに来た先生たちは、「この人はいつも遊んでるだけでいいよなあ」と思ったりしているんじゃないでしょうか。でも、見た目は遊んでいるだけみたいに見えますが、実はいろいろな技術を駆使して遊んでて、こういうのって「ユースワーク」って言うんです。要するに珍しい、ニッチな仕事なんだと思いますし、よく仕事として維持しているなあと我ながら感心したりもします。
そんなニッチな業界で、23年もやってるというだけで、どうやらぼくは激レアの珍種になってしまったんですね。珍しいので講演や講師の仕事などがコンスタントに入ってきます。最近では、昨年のこどもの日のNHK特番で、『日曜討論』に出演させていただき、野田聖子さんとガチトークしました。あの秒刻みのストレスフルな現場にはもう二度と行きたくありませんが、若者支援に取り組む代表者として意見するような場に、呼ばれたりもするようになりました。
この23年という支援経験の中で、本当に多くの高校生やひきこもりの若者たちと付き合い、耳を疑うような想像を絶する世界を見て来ました。ぼくは、ぼくらの住むこっち側の世界しか知らない人たちに対して、「Another Side Of Japan」と呼びたくなるような世界が、あなたの足もとから地続きにあることを伝えていく、メッセンジャーにならなければならないと勝手に思っています。そんなことを、相談者たちからぼくが託されたわけではないけれど、託されたような気持ちになるんです。それは、ぼくを含む皆さんが、どこかで彼ら彼女らを世界の端に追いやる共犯者として、この社会を無意識に築き上げている一人だからかもしれないからです。
知ってしまったぼくの責任を押し付けているようにも思うかもしれませんが、ぼくだけじゃこのおかしな社会を、少しでも良い方にズラすことすらできないし、「変える」なんてことは、夢のまた夢かもしれません。でも、すべては「知る」ことから始まるんだと思います。その最初のドミノを倒す役割が、ぼくには勝手に生じてしまっています。講演に行ったら2時間でも喋り足りないくらい、伝えたいことだらけです。この『ぼくの耳鳴りは440Hz』の連載で、誰かの最初のドミノが倒れ、ぴっかりカフェに遊びに来てくれたらうれしいなと思っています。
NPO法人パノラマは、「すべての人々がフレームインできる社会を創る」をミッションに、
既存の社会フレーム(枠組み)では収まりきれずに、社会的弱者となるリスクの高い、子どもや若者たち、すべての人々がパノラマ写真のようにフレーム・インでき、活きいきと暮らせる社会を創るために、横浜市北部エリアを中心に活動しています。ホームページで、私たちの活動をご覧ください。
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