青葉区恩田町にある白山谷戸。住宅地を抜けて、ふとたどり着くその場所には、山頂に小さな社を残す白山神社のこんもりとした美しい小山を背に、四季折々に色づく田んぼの広がる谷戸の風景があります。そして、その美しく揺れる田んぼを吹き渡って来る一片の風を感じながら歩いていくと、「カフェ明玉庵」が見えて来ます。
コロナ禍で遠出がままならなくなった3年前の春、自宅から徒歩や自転車で行ける範囲を散策することが増えました。その中で、格別心惹かれた風景が恩田町にあり、休日の散歩コースになりました。散策の途中、家族と「ここにお茶ができるカフェがあったらさらに最高だね」と田んぼの傍の道端で、水筒のお茶を飲みながら話していました。
すると、昨年の秋、恩田町に残る里山の風景を主に撮影し、ブログに綴っている郡司潔さんの投稿の中に、「週末散歩のコース上にあった純和風平家が改修されカフェになるようです」という情報を見ました。記事には美しい和風の門構えと「カフェ明玉庵 オープン 12月10日(土)」と手書きで書かれた可愛らしい看板の映る一枚が添えられていました。「これからは恩田のお散歩とカフェタイムがセットで楽しめる!」とわくわくした気持ちと、「あの里山のいったいどこにカフェが?!」という不思議な気持ちになりました。
郡司さんのブログや、地元界隈の噂で聞いていた通り、「カフェ明玉庵」は昨年末に恩田町の白山谷戸にオープンしました。 そして現在、私のささやかな夢だった、「里山のお散歩からのお茶!」を家族や友人と楽しませていただいています。
さて、前置きが長くなってしまいましたが、この度、青葉区恩田町の白山谷戸にある「カフェ 明玉庵」を取材させていただくことが叶いました。
「カフェ明玉庵」を訪ねた人はきっと、穏やかな声のトーンで丁寧に出迎えてくれる男性と、白い割烹着に着物姿のテキパキと厨房で働く朗らかな女性の姿を見て、さっそくほっと癒やされることでしょう。そして、「古民家」と「若いお二人」の組み合わせに少し驚くかもしれません。
「カフェ明玉庵」は、店長の矢澤友理さんと、友理さんの弟、鈴木貴大さんのお二人でお店を切り盛りしています。
「私たちの実家は、以前、南部さんが森ノオトの記事で紹介されていた[恩田の薬師堂]のそばなんですよ」と友理さんから伺いました。また、森ノオトで以前取材されている恩田町のゆかり深い徳恩寺さんの檀家でもあるとのこと。この度、こうしてお二人に森ノオトの取材でお話を聞かせていただくことに、ありがたいご縁を感じました。
もともとこの古民家は友理さんと貴大さんのご祖父母のお宅でした。「実家が同じ恩田町内にあるので、部活などで忙しくなる中学生になるまで、よくこの祖父母の家に歩いて遊びに来て、可愛がってもらっていました。祖父は、物知りで、話好きな人で、優しい笑顔が記憶に残っています。祖母は、割とはっきりと意見を言う人でしたが、とても優しい人でした。遊びに行くと、季節の食べ物などを出してくれたり、ハンカチやアクセサリーなどをプレゼントしてくれることもあったり、子ども心にその一つひとつがうれしかったことを覚えています。あと、着物を凛と着こなす、肌の綺麗な人でしたね」と友理さんはお二人を振り返ります。
ご祖父母が大事に住まわれてきた家を受け継いだ友理さん。当時、別にお仕事をしていた友理さんは、この古民家の「これから」をまっさらな状態から考えました。
もともと日本の文化を大切に思う友理さんは、この古民家を残していくことに迷いはありませんでした。ただ、「どのように残し、維持をしていったらよいのか」ということについては、とても考えました。
「そうしたらある時、ふと降ってくるように、『あ、カフェだ!ここをカフェにしよう』と閃いて、同時に、心が決まりました。それまで、自分の人生でカフェをやるとは考えたこともなかったのですが。そうすることで、この家と、同時にこの家に残された祖父母の集めた茶器や、調度品も活かしていけるということなど、叶えられることがいくつも思い浮かんできました。また、私は日本の文化や伝統にとても興味があり、仕事の傍ら、20代で日本のお作法や文化を改めて学んできました。学べば学ぶほどに、その良さや深さを実感しました。そして、いつかそれらを人に伝えていくことにも取り組んでみたいと思っていきました。ですから、カフェと決めたら、この古民家を活かしながら、この場所でそういったことも絡めて、やれること、やりたいことが広がって見えてきました」と友理さん。
その頃、弟の貴大さんもサラリーマンとして営業職で忙しくも充実した日々を過ごしていました。ですから、友理さんが「カフェを開こうと思う」と家族に報告した際、「それなら僕も手伝うよ」と申し出たことは、友理さんにとっては思いがけないことでした。
貴大さんは「もともと、人が集う温かな場所を作りたいなあという思いがありました。人と人が集まって、賑やかに交流する時間や空間に魅力を感じています。思えば、大学生の頃ボードゲームの魅力にはまり、友人たちと集って、多様なゲームに挑戦していました。ボードゲームの魅力は、老若男女問わず関わり合えて、楽しめることです。人と人が自然に交流するきっかけが生まれます。そういう意味では、カフェも老若男女問わず訪れることができて、人と人が触れ合うきっかけが気負いなく生まれる場所になりますよね。なので、姉の話を聞いた時、僕のやりたかったことと、カフェを開くということはリンクするなあと『直感』的に思ったんです」と熱を持って話してくれました。
それぞれに会社勤めをし、別の道を進んでいた姉弟が、「ご祖父母の残したものを大切にしたい」という一つの思いの中で、この古民家を受け継ぎ、「カフェ明玉庵」(以下「明玉庵」)の開店へ力を合わせながら辿り着いたことを、気負いなく自然な空気でお話するお二人の姿は、実に清々しいものでした。
友理さんは、もともと食物について関心がありました。大学では食品生命学科で学び、その課程で飲食店の開業には必須である「食品衛生管理者」の資格を取得していました。この資格をすでに持っていたことは、カフェの開店をグッと近いものにしました。
明玉庵で出される手作りの和菓子も、サンドイッチも、食感がちょうど良く、とても優しい味わいがします。その中には、「食品生命学科」で学んだ友理さんの食物に対する確かな理解や信頼があるのだなと納得しました。
大学で食への学びを深め、食と関わりたい気持ちから、卒業後は食品の物流会社に勤めていました。
カフェを開くと決めてからの、友理さんの行動は、まるで流れを自分から生み出しているような力強さです。まずはそれまで勤めていた会社を退職し、カフェで修行するためにアルバイトをさせてもらえるカフェを探しました。
自分の理想とするカフェ、古民家で、手作りの食品を提供し、誰にも居心地の良い素敵な空間で……。そんな理想の詰まったカフェ、多くの人に愛されている「HanaCAFE nappa69」を友理さんの住んでいる川崎市内に見つけました。そこで約半年間、働きながら、カフェのノウハウを学びました。
「HanaCAFE nappa69」での修行を経て、お店に出すメニューを考える段になり、甘味や軽食を手作りするためのレシピの考案、試作を二人で重ねました。
子どもの頃、二人の実家では、四季折々の日本の伝統的な行事が暮らしの一部として自然に行われていました。それらの行事の中では、手作りの和菓子も欠かせないものです。近所の薬師堂にお供えするお団子(薬師様にお供えしたお団子を持ち帰り食べると目が良くなると言い伝えを子どもの頃聞いたそうです)や、お月見のお団子、お彼岸のおはぎなど、母の作る姿を間近で見てきました。
明玉庵で出しているお団子は、まずはお母さんのレシピをもとに、さらに二人で研究、改良を重ね、オリジナルのお団子のレシピを完成させたそうです。私は、このお団子の「もちっ」とした食感、甘じょっぱいみたらしのたれも、程よい甘みのあんこも全てが調和した理想のお団子だと思っています!
お店で出すコーヒーは、「HanaCAFE nappa69」さんで出していたブレンド珈琲専門店「MOTOMACHI COFFEE ROASTERY」さんのものと決めていました。 また、軽食として出すサンドイッチに使う食パンの仕入先は、二人でパン屋さんをめぐりながら食べ比べて決めました。そしてパンの仕入先としてめぐり会ったのが、青葉区桂台にある「こんがりや」の食パンでした。
少し話が逸れてしまいますが、「こんがりや」の名前をお二人から聞けたことは、とてもうれしいことでした。私は7年前に「こんがりや」に取材したご縁があります。そしてその後取材した、青葉区寺家町のカフェ「GK santa」でも、トーストは店長の薫さんの一押し、「こんがりや」のパンでした。
「こんがりや」の取材で、印象に残っている言葉があります。「こんがりやのパンを気に入ってくれるお客さまとお話していると、感性も合って楽しいんです。味覚という感覚が似ていると、他のことについての感覚も似ていたり、共感できることが多いのかもしれないと、この仕事をしていて思います」というこんがりやの恭子さんの言葉です。
その言葉通り、「好きだなあ」と思える場所に出会い、その出会いの中でつながりを感じられることは、地域で味わう暮らしにおいて、素敵なサプライズであり、ご縁の中で暮らしているのだなあという実感や楽しみとなります。
こうして、ご祖父母の思いや残したものを大切にしたいというお二人の意志や新しい縁、新たに生まれた叶えたい夢の先で「カフェ明玉庵」は昨年末に開店しました。
カフェの広々とした窓からは「明玉庵」と書かれた風合いのある木板が掛かるお茶室が見えます。
ご祖父母が趣味で建てられたお茶室だそうです。「祖父は『明』、祖母は『玉枝』なので、二人の名前を合わせてつけたのでしょうね。木板の文字は祖父が書いたものです。ここをカフェにしようと決めてから、名前は迷わず『明玉庵』にしようと思いました。明玉庵の前に『カフェ』と入れるか、『和カフェ』と入れるかなどは一つひとつ随分迷いました」と友理さん。
ご祖母は茶道をされていて、よく茶室にお客さんを招いたり、季節の良いときはお庭でお茶を振る舞ったりもしていたそうです。
ですから、家にはご祖父母が集められた茶器や器がたくさん残っていました。カフェで出している飲み物や、甘味、軽食の器は、その中から選んで使っています。友理さんの仕事着である素敵なお着物もご祖母の残されたものです。
明玉庵は開店して、もうすぐ1年となります。「古民家で、“和”の雰囲気なので、お客様の年齢層はやや高齢の方々が中心になるかも……と想像していたのですが、ご高齢の方、若い方、ご家族、小さなお子さん連れの方と、とても広い層のお客さまが来てくださっています。幅広いお客様に足を運んでいただけることは、とても励みになります。お客さまには、平屋の作り、引戸の玄関、畳や縁側、神棚など日本家屋ならではのものや、祖父母の残した季節の器などから日本の文化を感じながらお食事を楽しんでもらえたらうれしいです」と友理さん。
ある時には「ご祖父母がご存命の時、こちらに遊びに来ていましたよ。こうしてまたお宅にお邪魔できる日が来るとは」 と懐かしんで訪れてくれる、ご祖父母のご友人もいらっしゃるそうです。
また、赤ちゃん連れのお母さんと、たまたま居合わせたご高齢のご夫婦が和気あいあいとおしゃべりをしていたり、店内に置かれている祖父母の残した本を手にとり、じっくりと読まれている方がいたり、そんなお店の光景を二人とも忙しく働きながらも目にすると、やりがいと元気をもらえるのだそうです。
カフェ明玉庵は、改装されたから美しいというだけではない、清らかさが隅々まで行き渡っています。きっと「明玉庵」と看板の掲げられたその門をくぐり、丁寧に掃き清められた飛び石を踏み、玄関をくぐる間に、すでにそのおもてなしの空気を感じられることと思います。
そこには、お二人がご祖父母やご父母から受け継いできたものと、お二人が持ち合わせた誠実さによって作られる格別な時間が流れています。
受け継ぐという気負いよりも、そこに、それぞれの育んできた夢を乗せて新しい場所を築いていくお二人の伸びやかさを、この土地と家が、そして地域の人々が楽しみにしているように感じられる、そんな所縁の深さを心地よく感じられたこの度の取材となりました。
季節の良いこれから、ぜひ横浜市に残る美しい里山の風景と古民家で、若きお二人の作る、くつろぎの「和」な空間、そしてほっこりおいしい甘味などを味わってみることを、心からオススメいたします。
[カフェ明玉庵]
住所:〒227-0065 横浜市青葉区恩田町2581番地
営業日:不定休、SNS、お店の入り口にてご確認ください。
Mail:info@meigyokuan.com
TEL:045-961-6810
Instagram:https://www.instagram.com/cafe_meigyokuan/
Facebook:https://www.facebook.com/cafe.meigyokuan
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