(文=一時保育さんぽ・燕昇司 知里/写真=一時保育さんぽ・ちょこっと子育てレスキュー隊)
*このシリーズでは、「子どもを育てる」現場の専門家の声を、毎月リレー方式でお送りしていきます。
だれでも勉強会
前回、2023年4月のコラムで紹介させていただいた、「ちょこっと子育てレスキュー隊」の活動の一つに「だれでも勉強会」というものがあります。
これは、名前の通りだれでも参加できる勉強会で、異なる立場の人が一緒に子どもについて勉強しながら、自分についても勉強します。親になってもだれも教えてくれない子どものこと、親になったのに誰もわかってくれない自分のこと、学んでいく中で知って、許して、笑って、力を抜いて、へぇーってなって、いつもの毎日を紙一枚分優しく、楽しくできたらいいなという想いで開催しています。
また、「だれでも」とあるのは、保護者も支援者も一緒に学ぶことに大切な意味を込めています。保護者だから、支援者だから、近所のおばちゃんだからの前に、子どもの目の前にいる一人の大人、人間としての自分を知っておいてほしい。自分の考え方のくせだったり、表現のくせ、感じ方、捉え方、得意なこと、苦手なことなど、自分理解につなげられたらいいなと考えています。そしてその自分理解には、“人”が必要です。人の話を聞いて、どんな風に自分が感じるかを大切にする。そしてその感じる自分を否定しない。
否定せずにはいられない、自分のこと
「だれでも勉強会」のグラウンドルールとして、「人のことを否定しない、自分のことも否定しない」と説明させてもらっています。
テーマを勉強している中で、自分の思っていることや経験を話したり、人の話を聞く時間もあります(そうそう、私が一方的に話す講義型ではなく、参加者もおしゃべりする中で気づきをもらう参加型で進行しています)。そのため、人の感じたことや考えたこと、経験したことを否定しないこと、また「こんなこと言ったらダメだよな」「こんな風に思うのは自分がダメなんだよな」と自分のことも否定しない。人や自分が考えること、感じることに“違い”があっても“間違い”ではないということを大切にしたい。自分の考えや感覚を人に話し、否定されず聞いてもらう。自分を否定しないことは、相手のことも否定しないことに、そして子どもや家族を否定しないことにつながっていきます。まずは、自分のことを否定しないことが大切ということになります。
だけど私たちは、どうしても自分を否定せずにはいられない。特に子育て中の自分に自信を持つことが難しい。どうしてなんでしょう?
そこには、「今日が充実していたと思うことができない」という参加者さんからの言葉で私もハッとさせられました。
なにをもって「充実」というのかは、人それぞれ違うと思います。朝起きて、子どもにごはん食べさせて、着替えて、公園に連れて行って、お昼に帰って、またごはん食べさせて、片付けて、汚れて、昼寝しなくて、おやつ食べて、夕飯の支度をして、お風呂に入れて、寝かしつけて、後でやろうと思っていたことも子どもと一緒に寝落ちして結局できなくて、また朝になって。
楽しかった?今しかないこの子育て時間これでよかった?もっと時間を有効に使えなかったか?資格とかとるか?仕事してないから?だけどそんなにできる?子育てにむいてない?子育てにむいてる人もいるのに。子どもとの時間楽しんでいる人もいるのに。自分は自分は……どんどん否定していく。ホントそうですよね。きっと自分を否定しながら、でも今は仕方がない、自分はがんばっている、否定しながら肯定できることを探すことで、がんばって毎日を過ごす。そんな風にも感じます。だから、否定する自分も否定しない。そこに親のすごさを感じます。
おっちょこ士1級爆誕
なので、否定したいことをまずは言ってみる。言ってみるけど、言っているうちになんかそんな自分もありかなって思えたらいいですよね。
そこで「今の自分に免許または資格を与えるとしたら?」ということで言い切り自己紹介をしてみました。そしたらみんな面白い!「とにかくいろんなことをやらかしちゃう、おっちょこ士です」「落とし物系忘れん坊士です」「子育ても家事も理想高い系まじめ士」「片付けられない士」「やりたいこといっぱい、でもゆったりしたいのに色々予定詰め込んじゃう忙しい士」「どこでも寝れる士」「旦那認定済みおっちょこ士1級」「外と内じゃ違う士」「外でがんばってる士」「ラジオ聞きながら家事をこなすながら士」「実は全然平気じゃない士(困っているけど顔に出ない士のダブル有資格者)」「道をよく聞かれる士」とまぁ面白すぎです。
その後のおしゃべりの最中でも、洗濯物も掃除もあって子どもに寄り添いたいのにできない自分否定するんじゃなくて、「『そんなにできない士』だからだね」って自然と自分を自分で許してる。すごい!すごいことだと思う。さらにすごいのは、人が自分を許している様子を見聞きすることで、自分のことも許してみようかなってちょっとハードルが下がること。そしてさらに「ながら士を取得するのおすすめですよ」って参加者同士で話せること。このやり取りとっても優しい。人に優しい。癒やしの時間になっています。そんな時間を作れたのも、作るのもやっぱり“人”が必要です。人の中にいるのは疲れるし、傷つくこともあるけど、癒やされたり、勇気をもらったりすることもできます。
知らない人の中でやっていけるか
「だれでも勉強会」はだれでも参加可能だからこそ、どんな人がいるのかわからない不安ってあると思います。この前韓国人のユーチューバーさんが「僕はオタクです。韓国ではオタクはいじめるけど、日本に来てオタク文化があってとても居心地が良い。特に秋葉原は自分と同じような人がいて安心だ」と言っていました。確かに自分と同じ価値観や境遇の人と一緒にいる安心感わかります。私も異業種(IT系)にいる機会があったのですが、言葉もチンプンカンプン、話すスピードも速くて、自分が子どものように感じていました。でもそんな自分を感じられる機会ってなかなかない。後半は面白がって「その言葉は何語ですか?私には全然わかりません」「早口でほぼ聞き取れていません(笑)」と自分をさらけ出してみました。
恐らく、人の中での自分への不安って、知らない人の中でやっていけるかどうかということだと思います。自分を否定されたり、ばかにされたり、無視されたりしないだろうか。それらを感じるとその場が居づらい。それがずっと、どこに行っても続くと生きづらさにもなる。
私の場合は、よい人に見られたくて、相手の基準に合わせちゃったりして、そしたら体も心も疲れちゃって、結局疲れただけのつまらない時間を過ごすこともありました。最近はそんなの疲れるし、もったいないと思えるようになって、自分を少し解放する。「こんな自分ですがどうぞ」それが相手への礼儀のような考えに変わってもきました。
居心地の良さってどこから来るのか?
相手の基準、目に見えない集団の標準みたいなものに、自分も一緒ですよって雰囲気を出すのってホントに疲れます。だけどその相手の基準や目に見えない標準ってものも、だいたい蓋を開けてみると全然違っていて、なんとなくうまくやってる風なだけだったりする。隠さず、無理に合わせず、少し自分をオープンすることで、その目に見えない標準の形が広がって、相手の基準も広がって、お互い受容範囲がじわじわ広がってきて、無理に合わせる必要もなくなって、お互い楽に過ごせる。自分が隠さないことで誰かのそれをオープンにさせることもある。私のチンプンカンプン発言から「私も実はわかっていませんでした」って言ってくれた人がいました。よかったと思える瞬間です。でもオープンにし過ぎても後で大後悔したりしますので、そこは注意というか、経験ですね。案外周りの人も頑張って無理してることもしばしば。力を抜いて相手と付き合うなんて簡単じゃない。だから「だれでも勉強会」でそこのところを感じてもらえていたら大成功です。
探り合いと互いにOKを出し合う
一時預かりは、親のリフレッシュや用事、介護、就労など利用者さんの要件はさまざまです。私たちも要件は問いませんと言っています。子どもも親の要件を理解しているようでしていません。でも、親は「ごめんね」って思うのです。自分のせいで子どもを預けなくてはいけない。赤の他人に預けなきゃいけない。それにすごく罪悪感を受ける。私たちはそんな保護者の想いを理解して尊重したい。わかる、なんだろうねこの罪悪感。別れ際泣いていたら尚更。一日中泣いているのではないかな、ごはん食べているかな、言いたいこと言えているかな。はぁ本当に預けてよかったのかな。
親は子どもを「預ける」私たちは「預かる」なんだけど、ただ預かるだけじゃうまくいかない。なぜなら子どもは「あー、今日はここに預けられているんだ」なんてそんなのんき気な気分ではありません。慣れていない子はこの世の終わりなのかというくらい泣きますし、何度か来ていても不安な子もたくさんいます。それらには年齢は関係なく、2カ月の赤ちゃんでも察知しますし、5歳の子でも不安で大人から離れないこともあります。
私たちはそんな子どもに対し、ただ親が迎えに来るまでの間を待つ時間ではなく、その子の自分の時間として過ごせるようにすることを大切にしています。大人といることで安心する場合もあるし、知っているおもちゃで遊びだしたのをきっかけに安心することもありますし、外遊びに出ると人が変わったように大きな声を出して遊び始めるなんてこともあります。
つまり、こちら側の設定に合わせるのではなく、その子の安心することをお互いに探ってみて「それだったのね」って互いで安心し合う。そんなやり取りが続きます。そのやり取りがここでの子どもの安心感につながり、たくさん遊んでたくさん食べて笑顔で帰る。お迎えにきた親に飛びつく。飛びついたまま顔だけあげて親の目を見て「楽しかった」って一言だけ報告する子ども。私たちスタッフも「ほっ」とする瞬間です。
多分ですが、子どもの「楽しかった」の一言の中には、「ママがいなくてもここにいられたよ、できたよ」っていう意味が込められているように思います。だからね、たくさん褒めてあげてほしい。それか「ありがとう」って伝えてほしいです。「え?なにしたの?何が楽しかったの?お友達と仲良くできたの?先生の言うことちゃんと聞いた?お弁当は全部食べた?」ってあんまり聞かないで(笑)、「楽しかった」はたぶん「褒めて」の言い換えだと思うのです。
そして笑顔で「またね」……また来た時はギャン泣きなんですけど。それが少しずつ泣かなくなり、自分で入室し、バイバイも言わなくなる。そのうち「帰りたくない」と言う。親はうれしいやら切ないやら。大変な役割ですね。親もそんな子どもの姿を見て、自分にOKを出していく。子どもも楽しそうだし、預けても大丈夫。ここなら大丈夫。うちの子すごいな。そんなことができるようになったんだね。
なかなか親と子どもだけの関係だと出しにくいお互いへのOK。そのOKを出しやすくすることにやっぱり“人”が必要なのだと思います。
そんな“人”になりたいな
自分は小さい頃、今で言う「マウント」取っていたなって思います。「いいこと考えた!」とか言って本当は何も考えついてないのに、あたかもいいこと思いついた風を装っていました。相手をぽかんとさせてその場から逃げる。そんな手法を使っていました。本当は「一緒に遊ぼう」と言いたかった。無視されたくなかったそんな気持ちだったと思います。小さい頃のそんな気持ちを50歳目前でも思い出す。あの時の気持ちをようやく理解することができた。「マウント」かぁ、傷つきたくなかったんだなってようやく自分を癒やすことができる。嫌なやつだったわけでもないか、なんて都合よく許す。こんなに時間がかかることもあるから、今すぐ自分を許して、相手を許すことができるなんて思っていません。それでも子育て中は日々の自分を許すことは必須アイテムとして、取り入れて欲しいです。そのための“人”に私はなりたいです。そしてそれは相互に関係して、じわじわと“人”の連鎖みたいなものが広がっていく。一時保育にも「だれでも勉強会」にも来れない人にも広がるには、私だけじゃないやっぱり“人”が必要です。
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<プロフィール>
燕昇司知里
21歳で結婚して、22歳、23歳で女の子を出産。育児を楽しめなかった暗黒期を経て、33歳で男の子を出産。そこで初めて家族との育児の楽しさ、地域との関わりでの子育ての楽しさを知る。自分の経験から育児をつらく感じている人に寄り添いたいと思い、35歳から通信制短期大学で保育士資格を取得し、子育て支援の世界へ。その後さまざまな生きづらさを感じているご家庭にも直面し、特別支援士、早期発達支援士を勉強、取得。現在は保育士兼認定ワークショップデザイナーとして研修やワークショップを開催し、だれもが暮らしやすい地域を目指している。
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