ワインを立ち飲み
みなとみらい線の元町・中華街駅から歩いて数分、かつては釣りの船宿だった建物を再利用した一角が目指す横濱ワイナリーです。ワイン醸造所には併設のショップコーナー「.blue (ポイントブルー)」があり、ここで醸造された「ハマワイン」の購入はもちろん、立ち飲み形式で飲むこともできます。
「横浜にはビールの醸造所はいくつかありますが、何か他のお酒を作れないだろうかとオーナーが考えたのがワイン醸造所だったのです」と大越さんは言います。オーナーとは横濱ワイナリー代表の町田佳子さんで、この日は東北のブドウ農園へ出張中とのことでした。ワインに使われるブドウは町田さん自らが日本各地のブドウ農園を訪ね歩き、農薬や化学肥料に頼りすぎていないなど環境に配慮され「ちゃんとブドウと向き合っている」と感じた農家から仕入れているそうです。
ハマワインのブドウの仕入れ先は、現在は長野県や山形県などが中心で、最近は青森県や岩手県なども増えているそうです。一方、将来は横浜で栽培したブドウを使ってワインを醸造することも考えていて、2020年には横浜市旭区に自社のブドウ農園を開設しました。
「オーナーが地元ラジオ局の番組にゲストで呼ばれたことがあり、横浜産のブドウでワインを作りたいと話したら、横浜市内の地主さんが偶然それを聞いていたようでした。『うちの農地、今は何も作ってないからブドウ栽培にどうですか』と反応があって、横浜市内に自社農園を持つことができたのです。しばらく使われていない農地だったので、整備作業を頑張ってやりましたよ」と大越さん。
私が横濱ワイナリーを訪れたのは秋も深まりつつある10月、大越さんによるとワイン仕込みの最盛期で、この後も長野県からブドウが届く予定なので、ショップの営業が終わったら仕込みの作業に取り掛かるとのことでした。仕込み作業がひと段落する12月には醸造所の見学ができるとのことで、後日改めて伺うことにしました。
ワインの醸造所を見学
年も押し迫った12月下旬、今度は醸造所を見学すべく森ノオトのライター数名と共に再び横濱ワイナリーを訪れました。
ワインの味は材料となるブドウの質で変わってくる、と町田さんは言います。「私が必ずブドウ農家さんの元に赴くようにして、一緒に栽培作業をすることもあります。どの農家さんもブドウをとても大切に育てていますから、ブドウも大変素晴らしいものが届けられます」と町田さん。
自社農園で栽培している横浜産のブドウは、2020年に栽培を始めてから3年目にして初めてまとまった量の果実が収穫できたそうです。ただ、町田さん曰く「実は付くが味が乗らない」とのこと。横浜産のブドウで作ったハマワインが私たちの元に届くのは、もうしばらく先のお楽しみです。
町田さんが横浜でワイナリーを作りたいと思った大きな理由は、いろいろな人に「食のものづくりを体験してもらいたい」という思いがあったからだそうです。「ブドウの実を潰すところ、瓶詰めしているところ、瓶にラベルを貼るところ、最初はうまくできなくてもやっているうちにできるようになってきます。そうなると楽しいですよね。作業に少しずつ関わることで、ものづくりが自分ごとになってくるのです」と話していました。
現在、「横濱ヴィンヤードオーナー」という制度があり、メンバーになると自社農園での栽培や収穫作業の体験も可能です。横浜でブドウを育て、そのブドウでワインを作る。ワイン好きの方だけでなく、農作業や地産地消の興味がある方にも面白そうな取り組みです。
私たちが見学に行った2023年は、記録的な猛暑が続きました。ブドウにとっても厳しい時期だったでしょうが、仕入れ先の農園ではとても良い出来のブドウが収穫でき、横濱ワイナリーに届けられたそうです。また、町田さんはワイン作りにはブドウの質のほかに、酵母の力も大切だと強調します。「天候不順などで少々残念な質のブドウになってしまうことがあっても、酵母の力によって素晴らしいワインにすることができます。横濱ワイナリーでは自然酵母を使っていますが、酵母だけでたくさんの種類があって、酵母を専門に扱う『酵母屋さん』もあるんですよ」と町田さん。ほかにも、木の樽の中で寝かせると樽特有の風味が加わって驚くほど化けるワインもあるのだとか。
ワインの奥深さを垣間見ることができた見学会でした。
ワインのテイスティングを学ぶ
奥深いワインの世界のもう少し深いところを見てみたい、と思った私は、「醸造家と楽しむワイン教室」という横濱ワイナリー主催の講座に参加しました。毎回異なった内容で町田さんからワインに関するレクチャーを受けることができるそうで、この日は「赤ワインって、何?」というテーマでした。
目の前には6種類の赤ワインが並んでいます。ブドウの品種、熟成度合いなど一つひとつ異なっているそうです。「今から20分ほど時間を取りますので、それぞれ味わってみて自分で感じたことを自由に表現してください」と町田さんから伝えられました。6種類のワインを一度に飲むことなど、かなりの酒豪でない限り滅多にあることではありません。またテイスティングの要領も教えてくれました。
・グラスを傾けたり軽く回したりしてワインを空気に触れさせ、香りを楽しむ
・ワインを口に含んだら舌の上に留まらせて五味(甘み、酸味、苦味、塩味、うま味)を感じる
・喉を通って行く時の味や香りを感じる
とりあえずアドバイス通りにグラスを傾けて香りを確かめ、口に含んで舌の上を何となく転がしてみます。いつもならグビっと飲み込むところなのでじれったいような感じがします。
この香りはどこかで嗅いだことがあるんだけど何だったかなあとか、この味はよく出会う味なんだけどどんな言葉で表したらよいのだろうとか、過去の記憶や知っている語彙を頼りに表現を編み出そうとします。
もしプロのワイン評論家であれば、「イチゴを連想させる甘酸っぱさの中に、黒胡椒のようなスパイシーさが鼻腔を通り抜ける。口に含むとドライフルーツに似た甘さが感じられ、爽やかさを持って喉を流れ落ちていく」などとカッコよく表現するのでしょうが、素人の私には無理な話です。
町田さんは「大切なのは自分の言葉で表現することです。絶対な正解の表現はありません」と何度も繰り返して言います。そして私なりの言葉で導き出した表現は次のとおりでした。
「甘い香り。少し渋い。梅干しみたいな酸っぱさ。ズッシリ」
われながら語彙力と表現力のなさに呆れ返ります。
何回も香りを嗅いでは口に含むことを繰り返していると、最初は甘く感じたワインが2回目は辛く感じられたり、これおいしいなあと思ったワインが次に飲んだらもう少しさっぱりした方が好みだなあと思ったり、次第に酔いも回ってきて訳が分からなくなってきました。
20分が経過した頃、町田さんと参加者と飲んだ感想を紹介し合っていきます。この日の参加者は私を含め5名だったのですが、感想はまさに十人十色でした。私が渋いと感じたワインが、別の参加者は甘いと感じていたり、私が熟成感のあるワインと表現したものが、別の方は出来立ての若いワインと言ってみたり。1種類のワインに対してあまりにもいろいろな感想が出るので、町田さんも「もしかして間違った種類のワインを出しちゃったかしら」と心配されたほどでした。
各々の感想を出し終えると、最後に町田さんから6種類のワイン一つひとつに使われたブドウの品種が何だったのか、どれくらいの熟成度合いだったのか明かされました。中には、ほぼピタリ言い当てている参加者もいました。
「いろいろなワインに触れて、その都度表現の知識を持っていくことです。今日表現した香りや味も、今後皆さんがどこかでワインを飲んだ時に再び出会うことがあります。その時に『あの時の味だ』と思い出すことができれば、そのワインはどんなブドウから作られたのか、どんな環境で育ったブドウだったのか、どのくらい熟成されているのかなど分かってくるでしょう」と町田さんは講座を締めくくりました。
ワインと森ノオトの記事作りは似ている?
私が横濱ワイナリーの醸造所見学を通じてワイン作りに触れ、そしてワイン教室に参加して町田さんのお話を聞いて感じたこと、それはワインは森ノオト記事の執筆作業と相通ずるものがあるということでした。
森ノオトのライターは、ある出来事や人物に対して興味を持ったら、自分で取材して原稿を書いていきます。興味を持ったきっかけや取材で感じたことは、ライターそれぞれであり、十人十色の表現方法があります。ライターはそれらを自分の言葉で表現しようと、頭の中で試行錯誤を繰り返しながら言葉を編み出します。私がワイン教室において、自分が飲んだワインについてどのような言葉で表現するか、どうやって人に伝えるか、その思考過程はまさに自分が原稿に向き合っている時と同じものでした。
出来上がった原稿は編集部での校正を経てウェブ上に公開されます。個性豊かな原稿が編集部の手入れによってさらに素晴らしい記事に磨き上げられていきます。ワインにとっての酵母の働きが、森ノオト編集部の機能といったところでしょうか。
時には執筆で行き詰まることもあります。「ワインは樽で寝かせると化ける」ように執筆作業から少し距離を置いて休んでみると、その間に何か別のアイデアが融合してきて、以前よりも熟成された内容の原稿が書き上げられる、なんてこともあります。(原稿遅筆の言い訳にも)
「自分の言葉で表現すること」「絶対な正解はない」
ワイン教室で町田さんが何度も繰り返していた言葉が、地域や身の回りのことを伝えようと原稿執筆に取り組んでいる森ノオトライターたちへのメッセージのようにも感じられました。
お酒は少しずつ楽しく飲む
私が以前の記事で取り上げた江戸時代の忍術書「萬川集海」にはこんな記述があります。
「常に酒、色、欲の三つを堅く禁制し、ふけり楽しむべからず。酒色欲の三は元我本心を奪う敵なり」
これまで私にも、ワインボトル1本を空けて翌日は二日酔い、その日の予定が台無し、ということが往々にありました。本心を奪う敵とはこういうこと。お酒とは仲良く付き合いたいものです。
1)いろいろな種類を少量ずつ
町田さん曰く、小ボトルを買って少しずつ飲むのがおすすめとのこと。横濱ワイナリーで立ち飲みするなら、飲み比べセットがピッタリですね。ぜひ五味を感じ取ってみてください。
2)食のものづくりに思いを馳せる
お気に入りのワインが見つかったら、ボトルを購入してお家でじっくり楽しみましょう。横濱ワイナリーではボトルを1本購入すると、飲み比べの料金が1セット無料になります。
日本各地の農家さんが丁寧に育てたブドウ、醸造所スタッフが自然酵母で発酵させた自然派ワイン。グラスの中の液体が、どういうストーリーを経て自分の目の前にあるのか、食のものづくりに携わった人や土地にあれこれ思いを巡らせるのも楽しいものです。
3)感じたことを言葉で表現する
言葉で表現しようと意識していると必要以上に飲むこともなく、長くほろ酔い気分でいられるでしょう。
そして言葉で表現すること、最初はとても難しく感じられます。日頃から記事の執筆に取り組んでいる森ノオトライターでも同じです。
「とにかく他の人が書いた表現をたくさん見て、『こういう風に書けばいいんだ』と経験を積んでいくことが大切」。
こう語るのは森ノオトライターの一人富岡仁美さん。富岡さんはワイン検定資格を有するなどワインに詳しそうなので、助言を求めてみました。
「どんな人が見ても『ああ、なるほど』と納得させられる表現ができる。ワインの世界のソムリエはそういうことができて、ライターである私たちもそんなところを目指して行くのでしょうね」。
ちなみに町田さんはワインのほか日本酒にも詳しく、講座で実践したテイスティング方法は日本酒やウイスキーなどにも応用できるそうです。
いつも私たちが口にしている飲み物や食べ物、その時に感じた味や香りを言葉にしてみることで、素材や作り手からのメッセージが伝わってくることでしょう。
森ノオトの記事もテイスティングして、ぜひライターの思いを感じ取ってくださいね。
<横濱ワイナリー>
横浜市中区新山下1丁目3-12
URL : https://yokohamawinery.com/
E-Mail : ask@yokohamawinery.com
TEL : 045-228-9713
X : @hamawine2017
Instagram : hamawine
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