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福島で出会った演劇
日本に一時帰国した高遠さんは演劇に出会います。それは福島県の高校1年生と劇作家の平田オリザさんが、1年間かけてつくりあげた演劇でした。
福島の高校生たちが、原発問題に関して、町役場の人、帰還困難の人、仮設住宅に住む人、東京電力の人など、現地のさまざまな人たちへ取材し、エピソードを拾って脚本をつくり、自分たちで演じるという、高遠さんが今までに見たこともない演劇でした。
大人の社会でもタブーとされる問題を1年もかけて本気で向き合っている高校生たち、そして生徒の迫真の演技に胸を打たれ、
「これをイラクでやってみたい」と感じたそうです。
この演劇からさまざまな立場や背景を想像できる。そして中でも「エンパシーの力」に高遠さんは可能性を感じたそうです。
エンパシーとは?
日本語にすると、共感や感情移入と訳されるそうですが、わかりあえない相手に対し、相手が何を考えているのかを想像する力。「絶対にわかり合えないと思う相手をわかろうとする力、それがエンパシーです」と高遠さんが教えてくれました。
エンパシーを高める演劇的手法を使ったワークショップとは?
イラクのある高校で行った「どろぼうワークショップ」の一例を紹介します。
スタッフが“女の子二人が買い物をしているとひったくりに遭う”という1分程度の寸劇をし、その場面を見て子どもたちに質問をします。
以下、スタッフ→子どもたち のやりとりを紹介します。
「今何が起きた?」→「どろぼう」「ひったくり」
「何を取った?」→「お財布」
「なぜお財布取ったの?」→「お金が必要だったから」
「なんでお金必要だったの?」→「食べ物買うから」「学校に行くため」「親の薬代が必要だから」
子どもたちが想像した言葉がたくさん返ってきます。質問を続けます。
「この人って悪い人?」→「悪い人!」「罪人!」「刑務所に行くべき」
「この人って生まれた時からどろぼうなの?」→「生まれた時から……どろぼうじゃない……」
「じゃこの人、いつからどろぼうになったの?」→「……」
この様に質問をたくさん重ねることで、一人のどろぼうの背景を想像し始めます。
「親がいないんじゃないか」
なぜ?
「戦争してるから」「戦場で生まれて孤児なんじゃないか」
たくさんの想像上の回答が出揃った上で、質問をストップし、
「では今からこの人がどろぼうになった理由をグループに分かれて短い演劇で演じてください」と言います。
子どもたちはさまざまな理由を考え、劇にします。
そしてどのグループもどろぼうが悲惨な過去を経て、どろぼうになってしまったという演劇をつくったそうです。
劇が終わった後に振り返りを行うと、どろぼうの気持ちを考え、「辛かった。悲しくなった」などと発言する生徒が多数出てきます。
これは授業開始時にはなかったことですが、演劇を通して初めて「どろぼうは最初から悪人だったわけではない」ということに子どもたち自身が気づき、わかりあえない他者への共感力が深まります。
元子ども兵のフォローアップ
イスラム国の拠点があったモスルの少年院からイスラム国(IS)元子ども兵が6〜7年の刑期を終えてそろそろ出所してきます。
高遠さんは出所してくる子ども兵たちのフォローアップの準備にも取り組んでいるそうです。少年院内で働いている現地のNGOと協力し、出所してくる元子ども兵たちと、地元のコミュニティの子どもたちと一つの演劇を作るワークショップを考えているそう。最初から子ども兵と地元の子どもたちいう関係性でなく、ただの同年代の子どもということでワークショップを今年から着手する予定だそうです。
一度子ども兵だった経験がある子たちは、軍事訓練の必要がないため、過激派テロ組織に再度勧誘される可能性が高いそう。
地元のコミュニティに受け入れてもらえなかった子どもたちは、生きていくために、またテロ組織に入ってしまう可能性があります。
イラクのメディアではこの問題を「『時限爆弾』」が無数にある」と表現しているそうです。
それはいつまたISの組織にリクルートされてしまうかわからない無数の子どもたちのことであるそう。
また、女性のサポーターを勧誘するときも「夫の仇を取ってやる。子どもがいて大変だろうから見舞金を出してやる」などと言い、ボロボロの精神状態だった女性は、差し伸べられた救いに感謝し、崇め始めてしまう。
苦しい状況にいる人々の精神状態をうまく利用し、ISを広げていく勧誘が至る所で行われています。
戦争、紛争、分断で苦しんでいるイラクの人々は、表面上には出さなくとも、またISような悲惨な時代がやってくるのではないか。ISに洗脳された人たちはまだまだいるし、再びまたあの地獄が来るのではないか、という不安をみんなが抱えています。
しかし表面上では一応戦闘がない今がイラクにとって最も大事な時。「紛争中はできない。だから今しかない」と高遠さんは話します。
「対話は困難の極み」ではあるが、対話を深めることしか紛争解決の道はない。そのためには、相手の背景を考える想像力、自分の思いを伝える表現力、相手の背景を理解しようとするエンパシー、特にこの三つの力を高める取り組みを、PCPは絵本と演劇を使って進めています。
さらにイラクでは、学校で音楽の教科がないなど、想像力や表現力を使う授業が少ないため、図書室をつくった学校で、音楽、空手、お話づくりのサマースクールを開催しているそう。イラクの先生や、周りの大人たちは、高遠さんが行うワークショップに衝撃を受け、他の学校からも「サマースクールをやってほしい」と依頼が多数あったそうですが、人手不足で実施には至っていないと言います。
「一人でも多くの人がエンパシーという力を身につけスキルアップしていくことが、本当の意味での分断を乗り越え、共存への道が開け、紛争を予防し、紛争の解決ができる」と高遠さんは言います。
日本人だからこそ、できることがある
戦争、紛争のさまざまな問題を伺いましたが、私たちにできることはあるのでしょうか。
高遠さんは「日本人だからこそできることがある」と言います。
問題に対し平和的解決を考えることが、日本人の潜在意識にあると感じるそうです。
「空気を読む」という言葉はマイナスなイメージにも取られがちですが、見方を変えると日本人が、全体との調和やバランスを重要視する特性を、元々もっているということかもしれません。
全ての人がそうというわけではないですが、その日本人の国民性が対話のための、ピースメーカーに適任なのだそう。
日本人の私たちからすると、自己主張が少ないという日本人の特性は、課題と感じる人が多いのではないかと思いますが、間に入って冷静に話が聞くことができ、細かいところに気がつく。一歩引いてよく観察し、我慢をしている人に気づいてあげることができる。
「対話の第三者としてのピースメーカー役、コーディネーター役に世界の中でも日本人ほど適任な人はいないと、ずっと思っています」と高遠さんは言います。
「自己主張が少ないことを悪いことと考えず、その特性を活かして、ファシリテーターやコーディネーターにどんどんなってほしい。イラクだけでなく、ロシアとウクライナ、パレスチナとイスラエルの間に入り、第三者として、対話を促し、良い方向に持っていく平和の架け橋になる日本人がもっと増えてほしい。そして日本の教育現場でも演劇の授業を取り入れ、エンパシーを高める活動をもっと広めていってほしい」と高遠さんはお話してくださいました。
わかりあえない相手をわかろうとする力、エンパシーを高めることができたら、分断を乗り越え、多様な社会を、日本でも、世界でも築いていけるのかもしれません。
(取材を終えて)
戦争や紛争はいつも自分の身近にはなく、遠い存在だったし、こわかったので直視することを避けてしまっていたけど、今回色々なお話を伺い、自分たちの身近な生活にもつながる出来事がたくさん散らばっていることを知りました。
遠いとは距離的な意味でなく、精神的な遠さだったのかもしれないし、こわいとは戦争に対してではなく、その現実を前に、目を背向ける自分自身を見つめることがこわかったのかもしれません。今すぐに世界で起きている戦争を止めることや、現地での支援などが難しくても、知ろうとすることをやめないこと、あの人とはわかりあえないと諦めないこと、対話してみることなど、私たちの日常に平和の種をまくためにできることはたくさんあるのだと知りました。戦地にいない私たちにこそ、今なにができるのでしょうか。
▼前編はこちら
高遠さんが代表をつとめるPCPのサイト
https://www.peacecellproject.org
絵本のドネーション 日本から支援ができます
https://peacecell.thebase.in/items/69593091
ピースセルサポーターも募集中!
https://www.peacecellproject.org/donate
P C P主催の探求フェス。埼玉県長瀞げんきプラザで8月に開催予定
https://www.peacecellproject.org/tankyu
イベントに関するお問い合わせ:pcptankyu@gmail.com
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