「おはよう」からはじまる1日をかさねて15年。嶮山小学校学援隊 大原義男さん
毎朝毎夕欠かさず旗振りをして登下校を見守る大原義男さんと出会ったのはコロナ禍の2021年。離れて暮らす家族や友人とのつながりを絶たれて、閉塞感のある子育てに孤独感を抱いていた私は、地域で暮らす人の子育てに生きがいを持って応援してくれる人がいるんだ!と感じ、張りつめていた心の糸がほどけるような気持ちになりました。

朝7時半、大原さんの旗振り活動とその後に密着しようとすすき野小学校北側交差点へ向かいました。大原さんは学援隊メンバーの金井さんと横断歩道の両脇に立ちます。旗を持ち、真っすぐに横断歩道に沿って手を伸ばす姿は、車が行き交う車道から身体を盾にして子どもたちを守っているように見えました。子どもが横断歩道を渡ってくると目を見て、一人ひとりに笑顔で「おはよう」と声をかけます。大原さんはその日の子どもの様子を見ながら、話しかけたり、挨拶したりと心を寄せているように感じました。

黄色信号でスピードを上げる危険な車を避けるため、青信号が点滅する前に誘導をやめるそう。保護者や通勤途中の人にも声をかけ談笑している姿もありました

大原さんは 、嶮山小学校学援隊の一隊員として、嶮山小学校が開校している日は毎日、朝と夕方の登下校時に旗振りをしています。学援隊とは、よこはま学援隊事業の一環で、学校と保護者・地域住民が協働して児童・生徒の安全見守り活動を推進するため、教育委員会が実施する事業です(「よこはま学援隊手引き」2024年度版 )。嶮山小学校学援隊は、2020年6月、すすき野小学校(2020年3月閉校)学援隊の元メンバーも含めて20名ほどで発足して以来、嶮山小学校区見守りの「7つのポイント」 で登下校時に旗振り活動を行っています。

 

印象的だったのが、あおば支援学校の送迎バスに手を振るように旗を振る姿。「民生委員をしていた時に、地域療育センタ―あおばに見学に行ったことがあったんです。その時に職員の方から、地域の方が子どもたちに声を掛けてくれて助かっていますという話があって。じゃあ私も!ということで始めました」と話します。他にも幼稚園バスやスクールバス、時にはパトカーにも旗を振ります。「パトカーのスピーカーから、ご苦労さんですって言ってもらったりもしますよ」と茶目っ気たっぷりの笑顔で話します。

 

8時近くになると、子どもたちの姿が見えなくなります。旗振りを終えて向かうのは、すすき野小学校。閉校した校舎の周りには落ち葉が溜まりやすく、天候を見ながら定期的にお掃除をしています。向かう道すがら、「大原さん、おはよう!」と中学生の男子から声がかかります。「あの子は、去年まで小学生だったんですよ、声をかけてくれるとうれしいよね」。大原さんも挨拶に応えます。小学校の校門前にあるほうきやごみ袋を手に取ると、裏門まで移動し階段にたまった落ち葉を上から手早くほうきで掃いていきます。

急な階段にバランスを保ち、腰やひざをかがめながらのお掃除。お手伝いした私の腰と膝は、あっという間に悲鳴をあげました

全て掃き終わると、落ち葉は45ℓのゴミ袋4袋ほどになりました。落ち葉がなくなりさっぱりした階段を眺めながら「すっきりして気持ちがいいよね、この気持ちが続けている理由かな」と達成感に満たされた笑顔。この後、日によって楓公園のお掃除に向かうそうです。実は、大原さんは楓公園愛護会のメンバーでもあるのです。

 

 

実業団に所属しランナーとして活躍、家では優しいお父さん

大原さんは、福島県出身。高校を卒業し実業団に入ってから23歳まで現役のランナーでした。「高校では陸上部に所属し全国高校駅伝大会に福島県代表として出場し、実業団から誘われて、1965年に神奈川県に移り住みました。東日本縦断駅伝競走大会に神奈川県代表として出場が決まると社内に新聞が張り出されて、社員の皆さんが会場に応援をしに来てくれました」。

50代の頃。現役を引退後もマラソン大会に出場し走りつづけました。急な階段でも耐えうる強い足腰は、ランナーとして培われたものです

現役ランナーとして走っていた頃は、男の子二人を育てる子育ての時期でもありました。「平日は練習が忙しかったけれど、休みの日は色んな地方大会にかみさんや子どもたちと一緒に行ったりしてね。国立競技場でも駅伝競走大会があって、家族が見に来たこともありました」。そんな大原さんの姿を見て育ったからでしょうか、息子さんも陸上部で活躍し、今でも趣味で走っているそうです。「フォームが私にそっくりなんですよ」と目を細めます。

 

 

旗振りを始めたきっかけ

大原さんが旗振りを始めたのは、すすき野小学校に学援隊が発足した2007年、当時の学援隊隊長が旗を振る姿を目にして心打たれたことがきっかけでした。「隊長の田畑さんがご高齢だったので、一人でやるよりも二人でやった方がいいんじゃないかなと、お声がけしたんですよ」。その後、田畑さんに代わって学援隊隊長として後を引き継ぎ、すすき野小学校閉校後は、嶮山小学校学援隊の一隊員として活動を続け15年が経ちました。「子どもさんたちと接するようになると、自分も元気をもらうようになりました。入学してから卒業するまで、一人も欠けることなく、事故や事件に遭うことなく、笑顔で卒業してくれたらいいなっていう思いが、15年続けられた原動力ですね。毎年1年生が入ってくるから、今はもうやめられないんですよ」と笑います。

 

旗振り活動を続けてきて、最も印象に残っているのは2018年の1月、大雪の日のこと。「子どもたちが登校した後も、雪がどんどん降ってきて。帰りが大変だろうからって、自宅の玄関先から通学路を通って学校まで、雪かきを一日中していました」。

2017年7月雷がなり大雨となった下校時に、泣きながら帰ってきた1年生には「大丈夫だよ」と励ましながら、一緒に家の玄関まで送り届けました

何か言ったら応えてくれる、それが話したい気持ちにつながる

大原さんと出会ったことで自分の気持ちに変化が生まれたという人が、私の友人にもいます。

 

嶮山小学校6年生と3年生の子どもを子育て中の友人は、登校する子どもたちと一緒に通勤する中で大原さんと会話を交わすようになりました。「下の子が1年生の頃、私の子どもに対する不安が伝わったのか、子どもたちを見守りますよと優しく声をかけてもらったんです。その言葉で、私自身すごく安心しました」。入学当初は緊張した様子だった娘さんも、今では自然に笑顔で挨拶するようになり「あまり自分から挨拶をしない娘が、近所の方に挨拶をするようになってビックリした」と話します。

 

親として子どもを見守ってくれたことが本当にありがたいと話し、「大原さんは何か言ったら必ず応えてくれる、それが会話をしたい気持ちにつながるんですよね」。大原さんとの交流を通して「毎日会って挨拶をしたり、言葉を交わすって普段もなかなかないなって思うので、いずれ活動を継いでいけたらいいな」と語りました。

楓公園で旗振り談義から地域の活動について友人と3人で話に花が咲きました。大原さんは民生委員、自治会役員、ガイドボランティア等の活動に尽力してきました

15年旗振りを続けてきて感じた、今地域に大切な「挨拶」

旗振りをしながら挨拶を続ける理由を大原さんは「挨拶をした朝としない朝って、全然違うんですよね」と言います。「一時は、地域の人は声掛けしちゃいけないっていう空気もありましたが、やっぱり寂しいですよね。挨拶しても返ってこなかった子がある時突然、私の旗振りしている背中に向かって、おはようございますって大きな声をかけてくれるようになったりする。そんな時はやっていてよかったなと思います。この頃は下校時に「アディオス!」(スペイン語でさよなら)と挨拶を交わすのが日課なんですよ」。

 

この地に暮らして43年、大原さんは近所で介護車両をよく見かけるようになりました。「少子高齢化が進む中で、高齢の方で家の中にずっといるという方も結構いらっしゃるようですし、子どもさんもね、お友達と外で遊ぶ機会が減ってね。地域の人たちのつながりが少なくなることを心配しています。そこをなんとかね、近づくような地域になったらいいなと思いますが、それにはやっぱり……挨拶だね!」旗振り活動を続けてきた実感から生まれる確信のような思いが、伝わってきました。

1年最後の登校日は、サンタさんになるのが嶮山小学校学援隊の恒例。楽しむこと!で照れくささを乗り越えました。子ども達からプレゼントは?とよく聞かれます

すすき野小学校が閉校になり、学援隊が解散して落ち込んだという大原さん。子どもたちの安全を守るために旗振りをする一方で、楽しそうに子どもたちと挨拶を交わす姿が印象的でした。私も子どもが通う小学校で旗振りを行いますが、時間に追われる毎日でも旗振りをはじめると、身体より大きいランドセルを背負いよいこらせと歩いてくる1年生や、寝ぐせ頭で寝ぼけながらも早足で歩く子、道端に咲く雑草をプレゼントしてくれる子などとの交流を通して、子どもたちから元気をもらいます。こうした小さな関わりを楽しむことが、する/されるの関係を超えて、豊かな地域を育む一歩になるのではないかと感じました。

 

子育てをしていると、気づかないうちに周りが見えなくなり孤独感に襲われることもあります。そんなとき少しだけ顔を上げてみたら、まちのどこかから「おはよう」という声が聞こえてくるかもしれませんよ。

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この記事を書いた人
松井ともこライター
神奈川県出身 ワークショップデザイナー。劇団の養成所を経て俳優のマネージメント、文化施設で事業企画運営などを行う。青葉区の子育て仲間と地域でアート活動(トトリネコ)を始めたところ、子育てとアートの関係に興味がわき、立教大学大学院にて研究中。二児の母。
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