横浜・妙蓮寺は「生活の街」。昔ながらの個人商店が立ち並ぶ商店街の一角に、「本屋・生活綴方」はあります。店先には、昔、子どもたちが立ち寄って遊んでいた姿が想像できる古びた赤いガチャが6台ほど並び、黄色の看板に、赤い文字で「小学館学習雑誌」と子ども時代に読んでいた記憶のある本の名前が書かれてあり、昭和のレトロな雰囲気をまとった、いえ、どちらかというと昭和を生きてきたそのまんまの姿で店が佇んでいます。
中に入ると本棚に静かに収まっているたくさんの本たち。『ハチのいない蜂飼い』『電車の中で本を読む』、『かっこいい福祉』……。並んだ本のタイトルを見て、いい選書だなぁと感じます。奥のドアの向こうに目をやると、コピー機のようなものがでんと鎮座していました。それは、この「表現の場」を象徴するリソグラフ印刷機だと、後に知ります。
「本屋・生活綴方」は本屋であり、出版レーベルです。斜め向かいの石堂書店の姉妹店であり、「お店番」制で有志の人が交代でレジに入るスタイル。本屋にはそれぞれ役割があって、時代小説や新刊など、地域の人に必要とされる本は石堂書店が担い、「わざわざここにきて」並んでいる本を見て買うのは「生活綴方」だと中岡さんはいいます。
選書については店長の鈴木雅代さんが手掛けており、出版社や著者や評判で選ぶこともあれば、買われていった本の「延長」を想像して仕入れることも多いそう。例えば、お客さんがタイトルや帯で本の中身を想像して本を手に取り、買っていくのと同じように。
本棚を見渡すと、本の他に、文庫本よりは少し小さく、薄い小冊子のようなものも多く並んでいます。クリーム色、よもぎ色、オレンジ色と、彩り豊かな表紙の小冊子たち。これらは「ZINE」(ジン)と呼ばれ、個人や小規模のグループによって作ることができる本のこと。手におさまりがよく、少しだけザラついた質感の紙がなんとも触り心地がいい感じです。
店の奥のスペースにあるコピー機だと思っていたものは、理想科学工業(RISO)のリソグラフ印刷機というものでした。印刷の元となる版を作り、内部の印刷ドラムに巻き付け、紙を通して印刷する仕組みになっているそうです。コピー機と違って、かすかな色ムラが生まれ、懐かしみのある質感で印刷できます。中岡さんは、「特別なものではないです。公共施設にもあるし、学校とかにもあったでしょう?」と笑います。
確かに、私の以前の職場にもガウンガウンと小気味いい音を出して印刷するこの機械がコピー機の隣にあったことを思い出しました。このリソグラフ印刷機で「ZINE」と呼ばれる本を作ります。「本屋・生活綴方」はまさに本を作れる本屋でした。
それにしても、いわゆる「無名」の私たちが本を作れるものなのか、という声も聞こえてきそうですが、中岡さんが大切にしている言葉の中に、美術作家永井宏さんの「誰にでも表現はできる。ぼくたちの暮らしそのものが、ひとつの表現になる」というものがあります。中岡さんの考えも同様で、「一人ひとりにちゃんと名前があって、物語がある。その人の個人的なものが最もクリエイティブであり、クリエイティブとは普遍的なことであり、普遍的だということは誰か複数の人の心に響くということなんです」と言います。
昨今「本屋にはコミュニティの役割がある」と考えられることが多い中で、中岡さんは「本屋・生活綴方」は「表現をする場所なのであって、コミュニティを作ることを目的とはしていない」と言います。この場所をひらくことで、街の面白い人たちを掘り起こし、本を作りたい、自分を表現してみたい人たちが、ここ妙蓮寺に集まる。結果、副産物としてコミュニティが生まれるのだと。
__これまで生活綴方で出版したZINEは50冊以上。たくさんの人が様々な思いで ZINEを綴っています
最近「生活綴方出版部」から出版された『前職・図書館司書』というZINEは、生活綴方の「お店番」の一人、金子晴子さんが2024年5月に書かれたそうです。私は現在、図書館司書の資格取得を目指して勉強中であるため、タイトルに興味を持ち、既に購入して読んだことがありました。このZINEの中の「本が好き、図書館が好き、だから図書館で働くのが好き、という思いだけではやっていける仕事ではなかった、本を扱う仕事なのに、読みたい本を普通に買えるだけの余裕がこの仕事では得られなかった」という部分は、身をつまされる思いがして、心を揺り動かされました。
金子さんは当時のどうしようもない気持ちを書き残しておきたかったとあとがきに綴っていて、本を書き上げた後、中岡さんの誘いで岩手で開催されたブックマーケットに参加する生活綴方のメンバーの一人として、本を売りにいく旅に同行したそう。もちろんできたてのZINEを手に抱えて。そこでZINEを売り、直接お客さんと話すことで、実際に誰かに届いた実感を金子さんは得たそうです。「表現しようとする人に対して、心から応援したいって思っています。本にするって、オールドスタイルかと思いきや、やっぱり手に取る、読むって行為は特別なんですよね。そして、大切なことは、ZINEはちゃんと『生活綴方』の売り上げに貢献しているんです」と中岡さん。
_____「祈りの場所」である唯一無二の本屋に
「商いは大事だけど、特に本屋は、売る・買うという行為が同時に行われないこともあるんです。本屋って何も買わなくて出ていっても許される場所ですよね。ここで何気なく立ち読みした本が、いつか必要な時がやってきて、思い出して来店し、買っていってくれたり、ここで出会ったお客さん同士が駅までの帰り道で連絡先を交換して、今度は一緒にここに本を買いに来てくれたり、そういうのがうれしいんです。なくなるとものすごく喪失感を感じる店ってありませんか?当たり前にあった風景が突然なくなる。それを悲しく思うのはそこが生活に『機能するだけ』の場所ではないから。それってもう祈りの場所なんです。なくなってもらっちゃ困るんです」
中岡さんの言葉は静かで穏やかだけれども熱を帯びていて、真っすぐに心に届きます。誰かがずっと在ってほしいと願う場所、それが中岡さんの考える「祈り」なのだと私は感じました。この「本屋・生活綴方」は、複数は作れない唯一無二の場所。そう考えて、 中岡さんは、この場所を大切に耕しています。
私は普段から「本屋・生活綴方」に立ち寄れば本を眺め、妙蓮寺で開催されたブックマーケット「本や街」ではたくさんの本に触れて、月に1度、21時までひらく「夜の本屋さん」の日は、思い立って友人と夜のウォーキングがてら、夜の月明かりにぽっかり浮かぶ店に入り本を買い、ついでに数軒隣のたこ焼きとハイボールのお店で一杯飲んで帰ります。帰りは本の重みとほろ酔い加減とで、足取りがふわふわとなり、ウォーキングどころではなくなりますが、それも含めて、私にとってここは失ったら悲しい「祈りの場所」なのかもしれません。
取材を終えて、ふと気付きました。私がこれまで日々の暮らしで得たこと、考えたこと、感じたことは、とても個人的なもので、でもその個人的なものを時折SNSでつぶやいた時に、「勇気をもらった」と言葉をくれた人たちがいました。個人的なものは、クリエイティブで、クリエイティブなものは普遍的であり、だから誰かに届く。そういうことなんだと。最近「本を書いてみたら?」と私に言ってくれた人がいました。その時は「まさか」と思いましたが、好奇心を頼りに一歩前に進んでみたら、私もいつかZINEを綴って、本を売りにいく旅についていく、そんなエキサイティングな未来があるのかもしれません。なにしろ「つくる本屋」がここにあるのだから。
「生活綴方」からの出版となると、一定のクオリティに達していることが必要ですが、ただ好きなことを好きなように、作るだけでももちろんいいそう。生活綴方では、「リソグラフ講習会」が開催され、リソグラフ印刷を学ぶことができます。並んでいる本や ZINEを眺めに、まずは、足を運んでみてはいかがでしょうか。妙蓮寺にはおいしいコーヒー豆やパンやワインを買える楽しいお店が並んでいるので、立ち寄るのもいいですし、その日はタイトルを眺めるだけだったとしても、いつかまたふとした時に思い出し、本を手に取りに繰り返し訪れるかもしれません。祈りの場所「本屋・生活綴方」に。
本屋・生活綴方
ホームページ
https://tsudurikata.life/
https://www.instagram.com/tsudurikata/
〒222-0011 神奈川県横浜市港北区菊名1-7-8
営業日:月金土日 12:00 – 19:00(火〜木定休)
月1回(不定期) 夜の本屋さん 21:00 まで営業
リソグラフ講習会
詳細は随時HPまたはInstagramにてご確認ください
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