「看護師である」と「地域で暮らす」が混ざり合う。コミュニティナース佐藤智子さん
川和団地内にある陽だまりのような場所、「だんちらんたん」を主催する佐藤智子さん。月に一度、都筑区川和団地内の小さな公園で、多世代での交流と共に住民たちが健康について気軽に相談できる場所を開いています。そんな活動をしている彼女の、今までの歩みと、未来のことを聞かせていただきました。(ライター養成講座2024修了レポート:淺野安沙)

看護師が病院を飛び出した!

皆さんは、「看護師さん」と聞くと、どんな方をイメージしますか?きっと多くの方が、白衣を着て、病院でテキパキと働く姿を思い浮かべることでしょう。ですが近年、病院を飛び出して、患者さんの自宅で看護を提供する訪問看護師という働き方が注目される機会が増えました。私も、訪問看護師として働いた経験があります。治療を目的に過ごす病院とは違って、訪問看護は、その方の暮らし方や今まで大切にしてきた生き方に寄り添い、ご家族や近隣の方々とも協力しながら看護を提供します。訪問看護が対象とするのは、病気や障がいをもち、日常生活に何らかのお手伝いが必要になった方々です。

 

しかし、もっと身近に、例えばあなたの住む団地の中に、いつでも健康のことについて相談できる看護師がいたとしたら……?そんな場をつくるのが、佐藤智子さん。団地の中で住民のちょっとした困りごとを相談できる場、「だんちらんたん」を主催する看護師です。佐藤さんのように、地域住民たちとつながり、さまざまな形で草の根的な活動を通して地域の健康問題を解決していこうとする看護職のことを、昨今ではコミュニティナースと呼んでいます。

 

 

地域と看護師の私

佐藤さんは、笑顔が柔らかで、キリッとした目をした、なぜか話しかけたくなるような雰囲気をお持ちの方です。

 

「だんちらんたん」は、都筑区川和団地の中の公園や、集会所で、月に1回開催されている住民同志の多世代交流サロンです。川和団地内の回覧板に「だんちらんたん」開催のお知らせが回ると、団地内の高齢者や子育て世代など、さまざまな人たちが集まってきます。仲良しご近所で連れ立ってきたり、ちょうど通りかかっておしゃべりに加わったり。そんな和やかな雰囲気の中、なんてことない世間話から、佐藤さんへの健康に関する困り事や心配事などの相談が出てくることがあるそうです。「コミュニティナースの活動は、住民の生活動線の中にいることが大切なんです」と佐藤さんがおっしゃる通り、ほんの数分立ち話をしているうちに、お馴染みさんが通りかかりました。佐藤さんは打ち解けた様子で談笑しながら、「最近どう?」と気楽に声をかけていました。こんなお二人に、「だんちらんたん」で培われた対等な関係と、信頼関係が伝わってきました。

月一回、団地内の公園や、集会所で開かれる「だんちらんたん」。佐藤さん手書きの、温かみのある、素敵な看板が目印です(写真提供:だんちらんたん)

 

小さな子どもからお年寄りまで、団地に住む多世代が、緩やかに、また自然に同じ空間を共有します(写真提供:だんちらんたん)

インタビューをしたのは、夕方から雪予報が出ていた寒い日のこと。団地内をぐるっと巡ってから、佐藤さんのご自宅にお邪魔して、お話を聞かせていただきました。

笑顔が素敵な佐藤智子さん。子どもたちの作った素敵な作品に囲まれたご自宅で、お話を伺うことができました

佐藤さんの「看護の原風景」は、祖父母の家でした。曾祖母を自宅で介護するために、近所の人や、往診の医師など、いろいろな人が出入りしながらも穏やかで温かな雰囲気があり、それが日常だった佐藤さんは、幼稚園生の頃から看護師を志していたといいます。一方で、生まれ育った町にはあまり愛着が持てずにいました。幼稚園から県外へ出ていたこともあり、「地域」という感覚をあまり持てないまま、県外の短大へ進学し看護師となり、総合病院に勤めていました。

 

佐藤さんが「地域」を意識するようになったのは、第一子の出産がきっかけです。出産後、たくさんの人が自分の子どもを守ってくれている、という感覚を持ったそうです。こんなにたくさんの地域の人に見守られていたんだ、私も何か地域に役に立つことがしたい、と思い、その後訪問看護師に転職しました。

 

そこで、佐藤さんは気付きます。「訪問看護師として働いていると、介護が必要だったり病気になったりした人と出会います。でも、病気や障がいが起こる前の人々に会うためにはどうすれば良いのだろう?そして、地域ですでに息づいているさまざまな活動の中に、看護師である自分を組み込んでいけないのだろうか?」。佐藤さんはそう思い、情報を集め始めました。「だんちらんたん」は、その時にすでに構想にあったものだったそうです。

 

 

「だんちらんたん」の名前に込めた思い

2011年3月11日。東日本大震災が起き、関東も大きな被害に見舞われました。佐藤さんはその時、総合病院で勤務していました。勤務先から必死の思いで二人の子どもを保育園まで迎えに行き、家に帰ったらまさかの停電!真っ暗で凍えるような寒さのわが家で、佐藤さんは半ばパニックになって、子どもたちを連れて外に出ました。行く当てもなくウロウロしていた佐藤さんに、同じ団地内のおばあさんがこう言いました。「こんなところにいないで、お家に帰ってお湯を沸かしてペットボトルに入れて、みんなで布団にくるまって寝なさいな」と。

 

ハッとわれに帰った佐藤さんは、すぐに帰宅して、即席湯たんぽを作り、子どもたちと布団にくるまっていました。すると、窓の外に見える団地の窓に、ろうそくやランタンの光がポツポツと灯っているのが見え始めたのです。佐藤さんは心の底からほっとしました。「ああ、一人じゃない」。この体験が元となり、「ランタン」と「団地」を掛け合わせた、「だんちらんたん」という言葉が浮かびました。「だんちらんたん」。略すと「だんらん」。自分の構想にぴったりの名前だと思ったそうです。

団地の中の陽だまりのような場所、「だんちらんたん」を開催する公園は、誰にでも開かれた場所でした

「だんちらんたん」を始めるまで

その後、佐藤さんは、「だんちらんたん」の構想と熱意を、色々なところで声に出し続けました。そうしていたら、自治会の会長や、社会福祉協議会、ケアプラザなどさまざまなところが声をかけてくれて、「だんちらんたん」の開催が決まったそうです。しかし、活動が始まった頃は、さまざまな困難があったそうです。

 

まずは、「人とのつながりの大切さ」を団地居住者に上手に伝え、賛同を得るのが難しかったこと。佐藤さんは、陸の孤島となりがちな立地にある川和団地は、外からの人や資源を受け入れるオープンな風土を作っていかねばならないと思っていました。しかし、「なぜ人とつながらなくてはならないのか?」と、住民から質問を受けたこともあったそうです。佐藤さんは自分なりに回答しましたが、自分の中に何か釈然としないもやもやが残ったと話します。コミュニティナースである佐藤さんにとって、この問いは核心をついていたのです。「人とつながることがなぜ大切なのか」佐藤さんは常に、今でも、自分自身に問いかけているそうです。

 

また、当初は住民同士の衝突も度々ありました。ついつい住民同士、おせっかいをし過ぎてしまうのです。衝突が起きるたびに佐藤さんは、双方の言い分を聞きながら問題の整理をし、みんなの見守りや住民同士のサポートがやり過ぎにならないようにアドバイスをしながら、それらのつながりを見守ってきました。このように、細やかで地道な活動が、徐々にコミュニティに根を生やしていきました。

 

ここでさらなる困難が訪れます。2020年ごろから顕著になった新型コロナウイルスの感染拡大は、今まで築き上げてきた人々とのつながりを壊していきました。そんな時も、佐藤さんは「だんちらんたん」を開き続け、そこに居続けました。「なくすのは簡単だけど、よみがえらせるのは難しいから」と彼女は言います。

 

コロナ明け、彼女がつなぎ止めた人々との関係性は、思わぬ形で実を結びます。コロナで長らく中止していた団地のお祭りを、復活することができたのです。佐藤さんが今まで活動で関係性を持ってきたさまざまな外の人たちを「混ぜこぜ」にする形で。佐藤さんは自信に満ちた顔でこう言います。「外に開いていく地域の土台ができ始めている」と。

 

 

「だんちらんたん」は地域のインフラへ

現在、「だんちらんたん」は、自治会の活動の中の一つとして位置付けられ、自治会や川和地区社会福祉協議会からの助成金によって運営しています。そして、防災、減災の視点からも、「だんちらんたん」は自治体の中のかなめとなりつつあるようです。

 

災害時、避難するとき介助が必要な人がいます。そのような方たちをサポートする仕組みづくりを、行政と協力して進めているそうです。今後は、地域の防災、減災にも大きな力を発揮することが期待されます。

公園の中に、小さな春が来ていました

止まらない、佐藤さんのこれから

佐藤さん自身の活動は、後輩育成や看護学生への教育にもつながっていきます。訪問看護ステーションの主任として後輩を育てること、看護専門学校の在宅ケアに関する講義を担当しています。佐藤さんの活動が、次世代の看護師に伝えられ、発展していくと思うとワクワクします!

 

さらに、佐藤さん自身も看護の学びを深めたい欲が出てきているそう。2年前に看護学学士を取得し、今後は大学院で学びを深め、研究をしていくことにも興味を持っているそう。また、訪問看護ステーションの経営の難しさを感じており、どのように収益を上げていくか、新たな仕組みづくりや、必要に応じて制度を変えるための働きかけなど、より広い視野から看護へ力を注いでいきたいと話します。

 

佐藤さんには3人の子どもがいます。看護師は、ライフステージによって働き方を変えられるので、育児中は仕事を一時セーブすることもできます。「しかし私はそうしたくなかった。自分が人生をかけて取り組みたいと思っていることから、足を外したくないと思いました。私が信念を持ってやっていることをとことん突き詰めるその姿を、子どもに見せたい。これは私のポリシーです」と佐藤さんは言います。

 

看護師としての仕事、コミュニティナースとしての活動、育児などのプライベートがひとつなぎになった佐藤さんのあり方。それぞれの活動は、すべて佐藤さんの原風景、原体験とつながっているように見えます。「看護」という枠を飛び越え、さまざまな境界線を薄くし、混ざり合っていく。そしてその人それぞれの生活を豊かにすることに貢献できる。ある一つの軸を持った有機的な働き方が、看護師という職業が示す新たな可能性として、とてもまぶしく見えました。これからの佐藤さんの活躍からも目を離せません。

団地からの眺め ここから見える景色はどんどん変わっていくけれど、それを追い風に変えてみんな幸せに生きていける方法を模索しています

Information

基本的に川和団地住民を対象に開かれている活動です。川和団地にお住まいのかたは、回覧板にて都度開催案内が入りますのでご覧ください。

川和団地にお住まいでない方で、「だんちらんたん」に参加してみたい、見学してみたい場合は、佐藤さんのメールアドレス(tomoko.ns225@gmail.com)にお問い合わせください。

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この記事を書いた人
淺野安沙ライター
横浜市緑区出身、青葉区在住。看護師と研究者の二足の草鞋を履く。幼少期から枠にハマるのが苦手な性分で、物事をナナメから見るのが好き。最近は、看護とアートの親密性についてよく考えている。暮らすように過ごす旅が好き。男児の母。
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