こどもの絵や文字を「糸」と「色」で温もりのあるカタチにする 〜むぎちゃんの刺繍 [itoamugi]〜
こどもの絵や文字を刺繍で作品として手に触れたり飾ったりできるカタチにしてしまう刺繍作家さんがいます。「むぎちゃん」の愛称で親しまれている岡田薫さんです。むぎちゃんは、ワークショップも開催し、そのセンスと柔らかな人柄とで、刺繍を誰もが暮らしの中で楽しめる手仕事と気づかせてくれます。

ポツリと一刺ししては糸をスーッと引く、ポツリ、スーッ……。下絵の線と、針を刺す場所に集中しているうちに、雑念が消えていきます。「線が素敵、とっても丁寧で」、むぎちゃんの声で手が止まり、ふわっと肩の力が抜けました。そう言われて、手元の生地を見返すと、先ほどワクワクする気持ちで選んだ糸が生地の上で絵を描きながら進んでいました。

「こどもの絵や文字を刺繍というカタチ」にする岡田薫さんの作品。 最初にそのかわいらしくて楽しい作品をSNSで見たとき「刺繍ってこんなに自由なものなんだ!」と、今まで刺繍に持っていた伝統的な手芸、という少しかっちりとしたイメージから解放されるような驚きを感じました(写真提供:itoamugi)

「心が整う」という感覚を私は岡田薫さん(以下むぎちゃん)の刺繍のワークショップで体感しました。また、刺繍がぐっと身近に感じられ、暮らしに取り入れてみたいなと思いました。

むぎちゃんの自宅で開かれたワークショップ。参加者それぞれわが子の描いた絵を持ち寄って、それを下絵にして刺繍します。子どもの成長をうれしく、愛おしく思ったり、ふと自分の母が昔、手提げ袋にしてくれた刺繍のことを思い出したり、いろんな思いが一針ずつに交差します(写真提供:itoamugi)

「人と集まって、みんなとその時間を豊かに楽しみながら過ごすことが大好きなので、今こうして、刺繍を真ん中に人と出会って過ごせる時間が持てることは幸せ」とむぎちゃん。人と刺繍を作品やワークショップの中で、自然な形で出会わせてくれるむぎちゃんは、どんな歩みの中で刺繍と出会い、どのような未来を思い描いているのか知りたくなり、この度、取材をお願いしました。

また今回の記事では、むぎちゃんの刺繍と出会った方々に、刺繍を暮らしの中に取り入れている様子も見せていただきました。

二人のお子さんが描いてくれたご自身の似顔絵とメッセージを作品にしてもらった的場啓子さん。「わが子が字を書き始めて間もない頃の特別な作品を特別な形で残したくてお願いしました。糸と布の色合わせも丁寧に相談に乗ってくださり、とても素敵な作品にしてもらいました。リビングに飾り、見る度ににんまりしています」と話してくれました

むぎちゃんはものごころついた頃から、職人やものづくりに心惹かれていたそうです。

 

進路を決めていく中で、改めて自分のやりたいことを突き詰めて考えた時「手のひらで包めるくらいのものづくり」をしたいという気持ちが見えてきます。

実家が金属を扱い加工する仕事をしていたこともあり、金属にも親しみがありました。そこでたどり着いたのがジュエリーの制作でした。都内にアートよりの学びのできるジュエリー専門学校を見つけ、上京します。そこで、ジュエリーに夢中で、ひたむきな仲間達と出会い、胸の熱くなる日々を過ごしました。2年の課程を修了し、もう1年は学校の助手として残りながらさらに学びを深めました。制作をしている学生にアドバイスをすることも助手の仕事だったそうです。

 

学生の傍らで、さり気なく的確なアドバイスをしているむぎちゃんの姿が、今、ワークショップで子どもやお母さんたちの傍らで声をかけてくれるむぎちゃんに重なります。

「色」がとても好きでジュエリーデザイナーの仕事をしていたむぎちゃん。「ジュエリーの石の色味、色幅はすごく広く、それをどう組み合わせるのか、無限の可能性があります。自分の感性で組み合わせていく作業も、仲間の作品を見るのも好きでした」と手元に残していた当時の作品を見せてくれました

むぎちゃんは卒業後、ジュエリーの会社へ就職します。新人は3カ月の現場研修期間がありました。工房では一人の職人が1日に何十個もの指輪を扱います。「1日中、同じ姿勢で作業をしているので、体が辛くなってくるのと、バフという高速に回転している機械で、素手で指輪を持って研磨するのですが、途中であまりの熱さに指輪が手からパーンて飛んでしまったりして」と研修時代を笑顔で振り返ります。

 

若いむぎちゃんが手の中で熱くなっていく金属を飛ばさないようにとしっかり持って作業をしている姿を思うと、胸がぎゅっとしました。

胸がぎゅっとしたのは、修行のような期間がどんな職業にもあって、それぞれに夢を持って懸命に走っていた私たちの、そんな時代を思い出したからかもしれません。

むぎちゃんの自宅の作業台。木箱のなかに整えられ、美しくならぶ糸。この一本の糸が人の心をこんなにも温める作品になるとはと、不思議な気持ちになります

むぎちゃんは、研修期間を経て本社でデザイナーとして働くことになりました。「手のひらに包めるくらいのものを作りたい」という願いは叶いつつも、学生の頃、自由な発想で描いて、ドキドキする気持ちで作っていたジュエリーと、会社やお客様が求めるものをさまざまな制限の中で作るジュエリーには違いがありました。小さな違和感を感じつつも、むぎちゃんは持ち前の責任感や、熱い思いで直向きに仕事を続けます。

 

「当時は平日は職場と家との往復、休日も自宅でデザインを考えたりと仕事モードという暮らしで、気がつけば30代へさしかかっていました。自分の住んでいる場所のこともよく知らず、食事も外食やお弁当で済ませたりという生活でした。仕事も大切でしたが、このままずっとこんなふうに走り続けていくことが自分の理想なのかなと、自問自答もその頃していました」とむぎちゃん。

 

結婚後も、会社からは仕事と家庭の両立をしながらぜひ頑張って欲しいと勧められました。けれども、今、自分の大切にしていきたいことは何だろうと見つめたとき、「地に足のついた暮らしをしたい」、「食べること、着るもの、住むところ、暮らしそのものを味わったり大事にする時間が欲しい」という、願いのような思いが見えてきて、長く勤めてきた会社を退社する決断をしたそうです。

息子さんが幼稚園時に描いた自画像と、「すきだよ」と書いてくれた文字を残したいと思いワークショップに参加した苗代田菜穂さん。ワークショップでは、「最初に刺繍糸がグラデーションに並んだ箱を見て、うわぁ!と声が出てしまったくらいその美しさに感動しました。丁寧な教え方が心地よかったです。今まで子どものために名前を刺繍したりしていたけれど、この作品づくりは、わたしのための刺繍!と感じました」と、今少しずつ時間を見つけて進めている作品を見せてくれました

退職して、暮らしの中で、洋服を作ったり、野菜作りをしたりと、つくることを楽しめる時間を持つようになり、しばらくして、念願でもあったこどもを授かります。

 

子育ての初めの頃は、友達とのランチや子育て広場など、土地勘のあった都内へ出かけることが多くありました。けれども、大きなマザーズバックを抱えながら、ベビーカーを押して電車での移動などに大変さを感じます。もっと身軽で気軽に子連れで行ける場所がないものかしらと思ったとき、住んでいるまち、横浜市青葉区へと目が向いたそうです。

 

そのとき、ネットで子育てや、地域の情報を探すながで『森ノオト』とも出会えたというむぎちゃんの言葉に、共感とうれしさを感じました。

 

仕事をしていた時は、たまたま住んでいる町という感覚だった地域も、子どもを通して、改めて出会うような新鮮さがありました。

 

やがて、NPO法人青空保育ぺんぺんぐさに母子で参加するようになり、自分の思う育児と社会から求められていることに感じていたギャップや、人目を気にして疲れを感じていた部分が緩やかになっていったそうです。

 

「子どもたちを散々公園で遊ばせて、だれかの家にご飯を持ち寄ってワイワイ食べて、泥んこの子どもたちをお風呂で丸洗いして、自宅へ帰ったらあとは寝るだけ!みたいな生活が、本当にありがたかったです」とむぎちゃんは当時を目を細めて振り返ります。

Instagramのアイコンや屋号「itoamugi」の描かれたスタンプになっている。刺繍の恐竜は、息子さんが小さな頃に大好きな恐竜を描いた絵が下絵になっているそうです

そして、出産や育児の時期に、むぎちゃんが自然と手にとっていたのが刺繍でした。「刺繍って、技術や技法は経験を積んで磨いていくものですが、技術に長けていなくても、今やってみたい気持ちで、自由に楽しんでみようと思うことができて、自分のために気ままに作品を作っていました」と話すむぎちゃん。その言葉は、一度はジュエリーの世界で、その技術や技法を真摯に学んだ経験があるからこそのものに思えます。

手作りで販売している「メモリアル数字」。親子で作れる手芸キットです。「一本の棒から何が生まれるか、数字はもちろん、自由な発想で楽しんでほしいです。こどもが触っても安心で、手触りの良い布とワタで、親子で楽しめて、成長を楽しく記憶できること……。そんなことを考えながら思いついたのがメモリアル数字です」とむぎちゃん(写真提供:itoamugi)

母子手帳をはじめ、身近なものに刺繍をすることで暮らしの楽しみが増えました。子どもが成長するのに合わせて、自分のものより、子どもの持ち物に刺繍をすることが増えていきました。そしてあるときふと、4歳になったわが子の描いた家族の絵を刺繍で作品にしてみます。こどもの絵を下絵にし、なぞって縫う時間はワクワクし、できあがった作品を眺めるたびに温かい気持ちになるのでした。

このことがきっかけとなり、むぎちゃんは子どもの絵や文字を刺繍し、作品とするようになりました。

 

やがて、むぎちゃんの身の回りにある刺繍はママ友たちの目にとまり、声をかけられることが増えていきました。そして当時、森ノオトのアップサイクル布小物ブランドとして立ち上がっていたAppliQuéの主催で初めてのワークショップをすることになります。

 

最初は「人に教えることなんて自分にできるのかな」と未知の体験にドキドキで臨んだワークショップだったそうです。いざやってみると、もともと人と集まって過ごす時間が好きだったこともあり、自分自身にとっても、心地の良い時間となったそうです。

以来、年に一回、森ノオウチでクリスマスの時期に、子どもの絵を持ち寄ってオーナメントを作るワークショップを開いたり、自宅や青葉区寺家町で活動する「子どものワークショップ」ソダチの森で親子のワークショップを開催したりと、人に刺繍の楽しさや可能性を伝える活動も広がっています。

「左は当時中学1年生の娘がワークショップで作ったものです。むぎ先生が仕上がりをとっても褒めてくれて、母子ともにうれしかったです。娘は中学生活で日々使っています。右のハンカチは息子が年長のときに紙切れに描いた絵が下絵です。かわいくて持ち歩いているうちにボロボロになってしまい、むぎちゃん刺繍を思い出して依頼しました。むぎちゃんのセンスの良さと優しさも相まって、いつも持ち歩ける自分のお守りになりました。まだまだ守り守られたい母です」と縁取りもかわいらしいハンカチを見せてくれた田中嘉子さん

刺繍はむぎちゃんのライフワークの中に自然と欠かせないものとなっていき、改めて刺繍についてもっと知りたい、人にもっと伝えられるようになりたいと数年前から育児の傍ら、通信教育で学び、日本手芸普及協会の講師の資格も取得しました。

 

「伝統的手芸としての技術を向上させていきたいと同時に、枠や型にはまらずに自由な発想を形にしていける刺繍の可能性も大切にしていきたいと思っています」とむぎちゃん。むぎちゃんの作品や、ワークショップには丁寧さと自由さが絶妙なバランスで宿っています。

4人のお子さんの絵を刺繍にしてもらった三村桂さん。「じっくり描いた絵、力強く大胆に描いた絵、子どもたちそれぞれの当時の様子までよみがえってくるように再現されていて、むぎちゃんの丁寧な手仕事に感動!毎日眺めていたいから料理をしたり、ひと息ついたり、1日のうちで1番長く過ごす部屋に飾ってたのしんでいます」とお菓子職人の桂さんの仕事場でもあるダイニングの壁に飾られた額を見せてくれました

むぎちゃんのこれからやってみたいことの中に「小さなオーダー会」があるそうです。「現在の作品オーダーは主にInstagramのDMでのやりとりで受けています。できたら、これからは対面でオーダーをいただく機会を作っていきたいと思っています。お客様自身に糸や生地を手に取ってもらいながら、依頼される絵に対する思いを伺う時間を大事に作品作りをしていきたいです」と温めている思いを話してくれました。

 

「小さなオーダー会」、感覚や人を大事にするむぎちゃんらしいカタチだなと、聞きながらもうワクワクしてきました。

「それから」、と取材の最後に「子どもたちに、つくることの楽しさを伝えられる人になりたいなっていう夢もあります」とむぎちゃん。どこまでも穏やかなむぎちゃんの声には、むぎちゃんの芯にある熱い思いが感じられるのでした

子どもたちの「描きたい」まっすぐな気持ちで伸びやかに描かれた線が、むぎちゃんの持つしなやかな発想と出会ったことでできた作品たち。

むぎちゃんの刺繍は、人と人の思い、人と暮らしをその優しい色でつなぎ、カタチにしていく魔法のようです。

 

最後に、今回の取材で、暮らしの中にある作品を紹介していただいた皆さま、ありがとうございました。子どもの表現とそれを見つめる母の眼差しがむぎちゃんの刺繍と出会い、暮らしを彩り、暮らしに馴染んでいく様子を見せていただくことができました。

 

むぎちゃんの作品や、むぎちゃんを通して刺繍と出会った人たちの笑顔を見ていると、むぎちゃん自身、そしてむぎちゃんの刺繍に出会う人たちの暮らしが、カラフルな刺繍糸で彩られ、広がっていく未来が、確かなこととしてイメージされます。

Information

【itoamugi】

Instagram:https://www.instagram.com/itoamugi/

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この記事を書いた人
南部聡子ライター
富士山麓、朝霧高原で生まれ、横浜市青葉区で育つ。劇場と古典文学に憧れ、役者と高校教師の二足の草鞋を経て、高校生の感性に痺れ教師に。2024年から緑区のフリースクール「COMETセミナー」にて地域に根ざした不登校支援に尽力中。
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