絵本が連れていってくれる場所、帰ってこられる場所。こどもブックベース・鈴木まさ代さん
図書館の入り口で見かけた地域情報誌。ふと目が留まったのは、「さがみの絵本専門店 こどもブックベース」という見出しでした。市内に、書店がオープン!しかも、店主の鈴木まさ代さんは、現役の学校司書さん。絵本から遠ざかっている私にも、手に取りたくなる本があるかな?と、お店を訪れました。

JR横浜線・相模原駅からバスで10分ほど。相模原市役所や市民会館、体育館など、市の施設が多く集まるエリアがあります。2024年4月、こどもブックベースはその一角にオープンしました。お店の周りには、小学校や中学校、裁判所などが並び、大通りに広い歩道が整えられています。

市役所近くの大通りを曲がってすぐ。訪れたのは7月の終わり。真夏の暑い風に「絵本専門店」のフラッグがたなびいていました

こどもブックベースは絵本のお店。絵本の販売の他、原画展やおはなし会も開催されます。

入ると、中は白い壁に、茶色の木の棚。左手の本棚には、上から下まで絵本がたくさん!絵本の他に、子ども向け文庫や児童書、ダンボールで作る恐竜のキットなども並んでいます

取材に訪れた第4日曜日は、おはなし会の日。午前が「ちいさなひとへのおはなしかい」、午後は「大人の☆よみきかセッション」です。

 

午前のおはなし会に来られたのは、お母様・娘さん・お孫さんの三人連れ。絵本を手に取り、前に購入した絵本のこと、幼稚園で読んだ絵本のことなど、鈴木さんとご家族での会話が広がります。

 

ふんわりしたマットを敷いて、おはなし会の始まりはじまり。最初は頭にはめる絵本から!

こんな形の絵本もあるんだ!とびっくり。鈴木さん七変化。本を開きながら「ママ、これね!」「えー、この帽子?」と笑い声が聞こえてきました。この絵本は、おでこはめえほんシリーズの『はくぶつかん』(作:鈴木のりたけ 出版:ブロンズ新社 発行:2018年)

鈴木さんの声色は、先ほどまでの穏やかな感じから、優しい声、元気なおじさんの声、次々と変わっていきます。絵本と絵本の間に、一緒に歌を歌うことも。

 

おはなし会は、申し込み不要。どんなお子さんが来られるかは分かりません。「ママ同士、うちは7カ月、うちは9カ月ですよ〜なんて会話で始まる時も。そうすると、物語を用意しても赤ちゃんにはわからない。その場でお子さんの様子を見て、本を選んでいます」と鈴木さんは話します。

 

午後は、大人の読み聞かせです。こちらはテーマが月毎に決まっていて、それぞれに好きな本を持ち寄って読み合います。4〜6人くらい参加されることが多いそう。

今回のテーマは「夏といえば!」。一口に夏と言っても、出てくるモチーフは、カニ、すいか、釣り、花火、お祭り、くじら、夜空……。夏のかたちも色々です。

選んだ本を膝に乗せ「どの順番にしましょうか」と、みんなで相談。お話の順が決まったら、始まりです

優しくてホッとする声、お芝居を見ているかのような臨場感あふれる声、気持ちがすっと落ち着く声。時にはお話に合わせて掛け声も!物語の面白さ、言葉のリズムや音、つい見入ってしまう絵……1時間くらいの会の間に、自分のあちこちの感覚が広がります。

おとなの☆よみきかセッションは、“なりもの”が入ることも。「クライマックスのところで音楽や音が入ると、物語の世界にぐーんと入り込めるんです」と鈴木さん。この日は、花火の場面で、楽器の代わりに鈴木さんが「た〜まや〜!」の掛け声!

鈴木さんは、昔から本が好きだったと言います。会社員時代の書店アルバイトに始まり、読み聞かせの活動、カルチャースクールの絵本講師、と本にまつわる仕事や活動の数々を経験。そして、相模原市の学校司書となり、今年で22年目だそうです。

 

学校司書をしながら、鈴木さんは、あることに気づきます。

「学校図書館に入れたい本が、入れられない。市場から、どんどんなくなっていくんです。本は、新刊が売れないと出版されなくなってしまうと知りました」。

 

自分も図書館を利用するし、古本で安く手に入れたい気持ちも分かる。でも、それでは、世の中からなくなってしまう本もある。本屋を開いて新刊を売ろう、と10年くらい前から構想していたと言います。

 

後押しとなったのは、市が主催する、女性起業家のための支援セミナー。初めて書く事業計画書、合っているかも分からないお金の計算……。それでも、人と話すことで、自分の頭の中の設計図が、どんどん清書されて、整理されていったと言います。そして、起業を目指す仲間もできました。お店の設計も、起業家仲間に依頼。内装も、DIYが得意な仲間の力を借りて、受講した翌年にはお店が出来上がりました。

入って右手の壁。読み聞かせの仲間が読んでいた本で、いいな!と思ったり、学校で先生方や子どもたちから勧めてもらったり、時にはお客さんからも、この本がいいんですよ、と教えてもらうことも。「やっぱり、どなたかの熱量をもらって、新しい本を知るんですよね」

書店を開いて一番変わったことは「あまり心配しなくなったこと」と鈴木さんは話します。もともと心配性で、一番不安が強かったのが、開店する前。その後も、気持ちは上がったり下がったり。

 

「でも、起業家仲間のようにお店に伴走してくれる人がいて、読んだ絵本の感想を伝えに来てくれるお客さんもいる。だんだんに、心配しても仕方ない、いい日も悪い日もあるのだから、と思うようになりました。今日がどんな日になるかなんて、誰にも分からないのだから」

 

お店に並ぶのは、全て鈴木さんが読んで選書した本。

 

「揺らいではいけないものを、ちゃんと伝えてくれる本を選んでいます」

 

絵本の世界は、長く読み継がれているロングセラーが圧倒的に強い世界、と鈴木さんは話します。

「絵本は芸術品。子どもが初めて触れるアートなんです」と、挿絵も美しい絵本を、広げてみせてくれました。目の前でわっと開かれる一枚の絵。

 

「いいなぁ、美しいなぁ、これなんだろう?同じ絵本を見ても、感じるツボは一人ずつ違います。そして、絵本は自分でめくったり、戻ったりできる」

 

また、子どもには、絵本の中のことも事実として伝わる、と鈴木さんは話します。

「絵本に出てくる人や動物って、みんなすごく失敗するんです。やってもやっても、うまくいかない。それでも、できたこともあったじゃない!って。失敗は消えないけれど、それでも残るものがある。その体験を、することができるんです」

お店で絵本を手に取り、「懐かしい!」「こんなに短いお話だったっけ?」「もっと大きい本だった気がしていたなぁ」など、自分が小さい頃の記憶と出会い直し、「それで、“これは買わなきゃ!子どもにも読みたい!”っていうことが多いですね」と鈴木さん(似顔絵は、鈴木さんのことが大好きな、ダウン症の方の作品)

子ども向けのおはなし会は、多くの場所で開かれているイメージがありましたが、実は、大人の読み聞かせも、よく行われているのだそう。

 

「絵本講師をしていた時も、読み聞かせを学びに多くの方が来られました。ブックカフェで大人が絵本を読み合う会もあって、大人も絵本を楽しみたいんじゃないか!と思いました」

 

大人にこそ読んでみてほしい絵本はありますか?と、鈴木さんに伺ってみました。

 

「大人にこそ、だらけですよ」と笑う鈴木さん。

数ある中から3冊、教えていただきました。

鈴木さんが小さい頃から大好きな絵本も、お子さんに読み聞かせる中で出会った絵本もあります

『まいごのどんぐり』(作:松成真理子 出版:童心社 発行:2002年)

コウくんがひろったどんぐり。名前はケーキ。コウくんはケーキをいつでも遊びにつれていってくれたけれど、ある日、はぐれてしまいます。どうしても見つけてもらえないまま、月日はたち、コウくんも、ケーキも成長していきます。

 

『こねこのぴっち』(文・絵:ハンス・フィッシャー 訳:石井桃子 出版:岩波書店 発行:1954年)

鈴木さんが絶対入れると決めていた絵本。ねこに興味がない、こねこのぴっち。家を飛び出て、他の動物に憧れて真似をしてみますが、うまいくいかない。しまいには具合も悪くなってしまいます。家に帰ってぴっちを待っていたものは?

 

『ことりをすきになった山』(作:アリス・マクレーラン 絵:エリック・カール 訳:ゆあさふみえ 出版:偕成社 発行:1987年)

岩だらけの山に、初めて遊びに来てくれたのは、渡り鳥ジョイ。ジョイは、春にはこの山に遊びにきてまた旅立ちます。ずっとここにいてくれたらいいのに。けれど、「こんな岩だらけの場所には住めないんだ」と返します。春を待つのは楽しみで、つらくて。悲しみの中で景色は少しずつ変わっていきます。

 

『こねこのぴっち』を大人になって読み直した時のことを、鈴木さんが話してくれました。

 

「子どもの頃は、お話を楽しんだり、絵が怖くて忘れられない場面があったり。でも、大人になって読んでみると、ぴっちのまわりに、変わらずにあったものに気づきました」

 

今だから見えてくる視点、言葉の意味、気づいていなかった背景。鈴木さんが選んでくださった3冊は、生きていく上で変わること、変わらないこと、両方に気づく絵本です。

 

“ベース”には、基地や土台という意味があります。安心して過ごせる場所があるから、子どもは冒険や挑戦ができる。安心できる大人との時間の積み重ね、失敗しても戻れる場所。凧のように、本に乗って遠くまで行って、元の場所に帰ってこられる。こどもブックベースには、そんな思いが込められています。

 

「実は、私は好きだけれど、誰にも刺さらないかも……という本も紛れているんです。でも、その1冊にふわぁーっと手を伸ばし、この本……!と選びにくる人がいる。本屋冥利に尽きる時ですね」と、満面の笑み!

「絵本の読み聞かせは、自分で自分にも読み聞かせているんです。話している人の耳が一番近いですから」。子どもに読んでいるようで、実は自分にも読んで聞かせている。「1冊読んでもほんの5分くらい。絵本の時間を楽しんでほしいです」

私はここで、『アリーテ姫の冒険』という児童書に再会しました。あらすじも忘れかけているけれど、大好きだった本。その復刻版でした。「これは、もう一度出版されるようになって、本当にうれしい本の一つです」と、鈴木さん。

 

家でゆっくり読み、わき出てきたのは「あぁ、私はこの主人公が大好きだった。そして、その生き方を伝えようとしてくれた家族がいたからこそ、今の私なんだ」という思いでした。

 

「今日がどんな日になるかなんて、誰にも分からないのだから」

 

鈴木さんのその言葉は、やってみて失敗を重ねて生きていく、絵本の主人公たちとそのまま重なるようです。

子どもに読みながら。自分のために。絵本を一冊開いてみたら、目の前いっぱいに広がる絵、音や言葉に、自分だけのツボがあるかもしれません。

Information

さがみの絵本専門店 こどもブックベース

住所:神奈川県相模原市中央区富士見6-6-1 大賀ビル1F

TEL:042-816-2028

定休日:月曜・火曜 不定休あり(カレンダーをご確認ください)

営業時間:11:00〜18:00 ※金曜日は17:00〜20:00

HP:https://www.kodomo-bb.com/

原画展やお話し会のお知らせ:https://www.kodomo-bb.com/event

※2025年8月23日〜9月28日は「すぎはらけいたろう絵本原画展」を開催しています

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この記事を書いた人
梅田優歌ライター
横浜市緑区生まれ。相模原に住み、地域をもっと面白がりたい!と森ノオトに参加。音楽療法士や生活支援員を経て、次は子どもたちに関わることを考え中。本と本屋さん、キャンプと焚き火が好き。本で人と人がつながる「きんじょの本棚」に参加している。
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