第16回:顔の見える技術、エネルギーを市民に取り戻そう
京都大学大学院経済学研究科教授(環境経済学)・植田和弘さんインタビュー。「顔の見えるテクノロジー、エネルギーが必要」と語る植田和弘京都大学大学院教授

[3.11]東日本大震災、そして東電福島第一原発の事故がもたらした変化は、予想以上に大きい。これまでエネルギーに関心を持たなかった人が、エネルギーの問題を自分ごととしてとらえ、真剣に考えるようになった。おそらく近代史上で、「戦後」に次ぐ大きな転換点として「震災後」が語られることになるだろう。

日本全体を俯瞰するとエネルギー政策の問題があぶり出され、抜本的な見直しを迫られている。今後日本がどのようなエネルギー政策を打ち出していくか、世界に与える影響は大きく、それだけに注目度も高い。

今後私たちが目指していくエネルギー社会像とは―—。本特集では、有識者のインタビューを通してその課題と展望を示していく。

今回は、環境経済学の第一人者で、環境経済・政策学会会長の京都大学大学院経済学科教授の植田和弘さんに「エネルギーを市民の手に取り戻す」をテーマに語っていただいた。

 

 

■自然と共生した“顔の見えるテクノロジー”を

 

植田和弘さん: 東日本大震災によって、自然と人間との間にある、科学や技術の問題が浮き彫りになりました。私たちはこれまで技術に対する過信が強く、自然は制御可能とあまりにも安易に考えてきました。哲学者の梅原猛さんが復興構想会議の場で「文明が裁かれている」と指摘しました。今回の原発事故は人災であるということも忘れてはなりません。私もまさに同じようなことを感じています。今後のエネルギー政策を考える際に主眼に置くべきなのが、「自然と人間との共生」であり、自然や生物の生き方に依拠した「ネイチャー・テクノロジー」という考え方ではないでしょうか。

従来のテクノロジーは、あまりに複雑高度な技術で一般の人が理解するのに難しく、私たちの生きる現場から遠くに離れてしまった。「人の顔をしていない」技術と言えばいいのでしょうか。英国の経済学者で思想家のE.F.シューマッハーの提唱した「中間技術」のような、自然に即した伝統的技術を重視したテクノロジーという考え方を想い起こす必要があります。今まさに、真にエコロジーと適合したサスティナビリティへの転換点に立っていると考えます。

 

 

■発送電を分離して、エネルギーを自由に選べるようにする

 

日本が自然エネルギーに本腰を入れられなかった原因ははっきりしています。一つは原発に依存したエネルギー政策を進めてきたこと。最近は原発を輸出産業と位置づけ成長戦略の基本に据えていたため、その分自然エネルギーの開発に力を注ぐことができていませんでした。

もう一つは電力会社の利益を保証し続けてきたという問題です。電力会社は太陽光発電や風力発電などの自然エネルギーは高価かつ不安定な電力であるという理由から、電力系統に入れるのを嫌がっていました。

風力や太陽光などさまざまなエネルギー電源が競争するのなら、発電と送電は分離すべきです。送電網は一種のインフラなわけですから、国が管理する、あるいは半官半民で運営すべきで、発電分野に関しては競争させればいいのです。東西で周波数が異なるため電力を融通できない今のシステムも問題で、変えなければなりません。そして、個々の家庭や事業者が自分でエネルギーの電源を選んでいくようにすべきです。

 

 

■原発のエネルギーは本当に安いのか?

 

これまで原発のエネルギーは安いと言われてきましたが、実は放射性廃棄物の処理などバックエンド対策には不確実性が多く、推進対策に要したコストまで考えると非常にコストが高いエネルギーと言えます。立命館大学の大島堅一教授が電力各社の有価証券報告書から数字をはじき出し、国が負担してきたコストを加えて計算をして明らかにしたものです。

今後、原発を運転していくとしても、バックエンド対策や国が補助してきたコストを電力会社が背負って、堂々と自然エネルギーと競争すればいい。そして市民も「多少コストが高くてもいいから我が家では自然エネルギーの電源と契約する」と自由に選択すればいいのです。需要側がエネルギー源を選択できるようにして、供給システムを大きくチェンジさせれば、エネルギーをもっと合理的に使えるようになります。

 

 

■誰もが節電にリアリティをもって取り組んでいる。

 

震災後に関西から東京に来てみて驚いたのは、東京の街が節電していて以前よりも暗いことです。ところが、ヨーロッパの夜を考えると、全く問題がない暗さです。これまで私たちが通念で思い込んでいた明るさの指標が全く合理性のないもので、原発を建てることで無理矢理需要を増やす動きとつながっていたのならば、「多少暗くても今のほうがいい」と多くの人が実感しているのではないでしょうか。そして個々が今、真剣に節電に取り組んでいます。抜本的な節電策がリアリティをもって考えられるようになったと言えます。

本来、温暖化対策もそのような発想で取り組むべきものです。実は地球温暖化問題は緩慢な災害と言えるもので、私たちはそれに気がつかなければなりません。今回の震災でエネルギーの需要そのものを見直すという意味で、実に画期的な出来事だったと言えます。

 

 

■原発が抱える3つの問題

 

私は元々、原発には3つの問題があると考えていました。一つは安全性。一つは放射性廃棄物の問題。そして、原子力エネルギーの生産地と消費地の乖離の問題です。

これまで国は電源開発促進税によって原発の立地の対価として多額の交付金を地方に落としてきました。国が原発推進政策をとってきた一方で、地方でも原発に依存してきた実情があります。その裏腹には、そうならざるを得なかった地域の実態があります。もっと言えば、農林水産業で食べていけるような地域経済をつくっていかなければならなかった。

残念ながら福島の農業、漁業、酪農などブランド価値が高い第一次産業が今回の事故で汚染されてしまいました。その状況から再出発しなければならないというのは大変な話です。日本国民全員が、福島に寄り添い、ずっと一緒に取り組んでいかなければならない問題です。

 

 

■自然エネルギー100%の東北をつくろう

 

東北地方の復興の鍵になるのが、自然エネルギーです。生産地と消費地の乖離の問題から、今後エネルギーの地産地消という考え方は受け入れられやすくなるのではないでしょうか。環境省が先日発表したデータでは、東北地方では火力や原子力による供給能力を上回る自然エネルギーの潜在力があることが明示され、特に風力と地熱においては東北地方にかなりの可能性があることがわかりました。

東北地方で自然エネルギーに取り組めば、自然エネルギーの開発のための雇用が生まれ、技術開発も進みます。地産地消のエネルギーで自然共生型のまちづくりを推進するビジョンを具現化していけば、共感が集まるのではないでしょうか。震災でこれだけの義援金が集まったのだから、今後、具体的な復興の内容とつなげてお金を集めていくことの重要性が高まってきます。

 

 

■自治体にエネルギー課を設けよう

 

これまでエネルギー問題は、エネルギー安全保障の観点から国策として集権的に扱われてきました。これは一理あるのですが、エネルギー問題は市民が考えるべきテーマにならないので、一人ひとりが自分の問題としてとらえることができない。自分でエネルギー政策を決定できないので、関心を持てと言われてもできないのは致し方ないことです。

地方自治体で「エネルギー課」があるところはごくわずかです。ゴミ問題と決定的に違うところです。各地でゴミの分別が進んでおり、市民もそれに基づき自分たちの努力でゴミを徹底的に減らしています。それと同じように、エネルギー政策の分権化が必要だというのが私の持論です。

電力は原子力や火力など大規模発電所でつくったものを電力会社が送ってくる、というのが従来のやり方でしたが、自然エネルギーは小規模分散型で、自分たちで電気をつくるという発想を可能にします。

 

「自然共生型の地域社会を実現していくために、先端技術も自然と適合していくべき」と植田教授

 

 

■小規模分散型だからこそ、地域で取り組むべき

 

世界を見ると、例えばデンマークでは「農民が3人集まると発電所づくりを相談する」などと言われています。「ほんまかいな、それ」と思っていましたが、現地に足を運んでみると実際それに近いことが行われている。ほとんどの先進国ではそうですが、デンマークでも農業のみで食べていける農家は少なく、風力発電で売電して得る非農業所得が地域を維持するうえで重要になっているのです。政府は固定価格買取制度で自然エネルギーを高価で買い取る。日本のように立地や雇用でお金をばらまくのではなく、自然エネルギーを資源にしてその対価としてお金を支払うという政策で、自然エネルギーの普及を進めています。

中国の湖南省の常徳付近の農村では、ヨーロッパの環境NGOが支援して温暖化対策に取り組んでいます。村役場にエネルギー公弁室(日本でいうエネルギー課)があり、室長の王さんは養豚で発生する豚の糞尿をメタンガス発酵させ、温水や調理に利用する取り組みを推進していました。これは農民の生活改善の問題です。エネルギー政策が自治体の仕事になり、市民の生活に直結しているのです。

 

 

■エネルギーを市民の手に取り戻そう!

自然エネルギーによるエネルギーの地産地消が進めば、自然と共生する地域経済、地域社会が実現できるようになります。高度な先端技術が必要になる場合もありますが、それらももっと自然と適合する形で使われるべきだと思います。これまでにない国難、苦しみのなかで私たちは希望を見つけようとしています。その星の一つがローカルエネルギーなのではないでしょうか。

原発が一種の制御不能に陥った今回の事故は、私たちに大きなショックを与えました。あれだけ優秀な技術者がいても、簡単ではなく、準備していなかった事態が生じた場合に取り返しのつかない大惨事が生じたわけですから。技術への過信に大きな一石を投じたと言えます。私たち人間も自然の一部であるということを忘れず、「顔の見える技術、顔の見えるエネルギー」を大切にしていくべきです。その地で育った草木や風、光をエネルギーに変えていく取り組みが今まさに求められていると思います。

専門家は自然エネルギーや原発に対する市民の理解を助け、市民は自ら考えながら、エネルギー政策を地方自治の中で議論し、決定していく。エネルギーを市民の手に取り戻すことが、その一歩だと思います。

Information

植田和弘(うえた・かずひろ)さんプロフィール:

京都大学大学院経済学研究科教授

 

工学博士、経済学博士。1975年京都大学工学部卒業、1983年大阪大学大学院工学研究科環境工学専攻博士課程修了。1997年、京都大学大学院経済学研究科教授。2002年、京都大学地球環境大学院教授を兼任。地域益経済論分野専攻。学会賞の受賞歴に、1992年、国際公共経済学会賞受賞。1993年、公益事業学会奨励賞受賞。1997年、廃棄物学会著作賞受賞。2006年、環境科学会学術賞受賞。近著に、『温室効果ガス25%削減―日本の課題と戦略』(編著・昭和堂)、『拡大生産者責任の環境経済学―循環型社会形成にむけて』(編著・昭和堂)、ほか著書多数

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この記事を書いた人
北原まどか理事長/ローカルメディアデザイン事業部マネージャー/ライター
幼少期より取材や人をつなげるのが好きという根っからの編集者。ローカルニュース記者、環境ライターを経て2009年11月に森ノオトを創刊、3.11を機に持続可能なエネルギー社会をつくることに目覚め、エコで社会を変えるために2013年、NPO法人森ノオトを設立、理事長に。山形出身、2女の母。
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