横浜市緑区十日市場、中山方面へと続く道の「宝袋入口交差点」に以前から大きな酒屋さんがあるなと思っていました。昨年の秋、信号待ちをしながら交差点の角に目をやると……、赤銅色に美しく輝くビールの醸造設備が一面のガラス窓越しに見えました。
十日市場でビールが醸造されている?! 馴染みの街にそんな革命が起きていたなんて! 信号が青に変わり車を発進させながら醸造所とそれに並ぶ素敵なお店が目に入り、さらに胸が高鳴りました。
その醸造所とお店「TDM1874」は、昨年11月に老舗の酒屋、坂口屋がオープンさせました。坂口屋は十日市場で、明治7年の創業から142年間地域とともに歩んできました。
背負う歴史の中で古き良き伝統を守りながら、坂口屋の5代目加藤修一さんは「新しいことに挑戦していく開拓精神」を大切にしているそうです。今回、加藤さんから「TDM1874」を任されている店長の清藤洸太さんにお話を伺い、醸造所と店内を案内してもらいました。
「TDM1874」は酒屋さんで、ビールの醸造所を店内に持ち、夜はバー、土日は昼からお酒が楽しめるお店として営業している新しいスタイルのバーです。
お店で扱うお酒の多くは「蔵直」といって、直接蔵から仕入れます。仕入れ先は、北は北海道から南は屋久島まで、酒蔵を訪ね、生産者と会って話をすることを大切にしています。
取材に伺った前日まで、清藤さんは3日かけて北海道のワイナリーを回っていたそうです。
直接産地を訪れ、生産者さんと話をすることで、その心意気と味、五感で受け取ってきたフレッシュな情報を、熱を込めて話してくれました。
「お茶の出来がお茶畑次第であるように、ワインも葡萄畑で収穫される葡萄あってのものなので、その収穫量次第で生産量も限られます。ですから、自分が『ぜひ』と思うワインを仕入れさせてもらえるかどうかというのは、出会いと運というところもあります」(清藤さん)
今回の北海道出張で出会ったワインも、今後お店に入荷されるということで、見かけたら北の大地に思いを馳せてしまいそうです。
清藤さんの話には、たびたび生産者やお酒の原料となる「お米」や「葡萄」、「麦」といった農産物にまつわることが出てきます。
それは、坂口屋の「お酒は工業製品ではなく〈一つの文化〉であると思う。各地の歴史と風土、そして人に携わる農産物である」という考えに通じています。
お話を聞いているとき、お店に隣接されたガラス張りのビール醸造所から現れたのは、ビール醸造長のジョージ・ジュニパーさん。イギリスのブライトン出身の醸造家です。
ジョージさんの故郷では、日本のお母さんが家庭で「梅酒」を造るように、家庭でフルーツワインなどを作っていたそうです。ジョージさんが人生初のお酒を造ったのは13歳のとき、家の周りに豊かに生えていたエルダーフラワーを使ったお酒だったそうです。
ホームブルーイングでハーブを使った自家製のお酒! 飲んでみたいなぁと憧れてしまいます。
ビールの醸造が暮らしの一部という環境で育ったジョージさん、19歳のときからイギリスの醸造所で働きながら、技術を磨いてきたそうです。
「ビール造りの魅力は〈クリエイティブ〉な仕事であるところ。レシピから自分で考えて、原料を選び、仕込みをして、発酵させて……どの工程にも魅力を感じています」(ジョージさん)
清藤店長とジョージさんに、窓越しに輝いていたビールの醸造所を案内してもらいました。仕込み、発酵、熟成、ろ過までここで行っています。
まずは、粉砕した麦とお湯を、一つ目の赤銅色の仕込み槽に入れるそうです。そこで液の中のでんぷん質が麦芽糖に変わります。仕込槽でできた麦汁をろ過槽でろ過すると「あめ湯」という透明な麦汁ができるそう。「あめ湯」……聞いただけで、なんだか美味しそうですが、まだまだビールになるにはここからです。肝心な「ホップ」を、次の煮沸釜に加えて煮沸します。
そして、冷却機で冷やした麦汁に、ビール酵母を加えて発酵させるのが、店内からもよく見えているシルバーに輝く発酵貯蔵タンク。ここで発酵、熟成されたビールが「TDM1874」で飲めるのです。どれも、世界で一つの味わいです。
ジョージさんがこの醸造所で初めて造ったビールは、地元の特産「浜なし」を使ったその名も「浜なしごーぜ」です。第一回目の醸造で生産された「浜なしごーぜ」は既に完売していて、見学させてもらった時には、次の「浜なしごーぜ」が発酵タンクの中で熟成中でした。「あと一週間くらいで飲めるかと思います」と清藤さん。
TDM1874では、このように地元の名産「浜なし」を使ったビールを造ったり、地域と共に育っていきたいという思いがあります。お店の中には、森ノオトでも取材した十日市場の農家「佐藤農園」の直売コーナーもありました。バジルやきゅうり、新鮮な地元野菜をお酒と一緒に買って料理し、お酒とお料理を楽しむ夕食のひと時、そんなストーリーが浮かんできます。
お店ではビールサーバーから5種類のビールを飲むことができます。この日は4種類のTDM1874オリジナルビールが用意されていました。金色のサーバーが輝くカウンターの上の黒板には、[この日に飲めるビールの名前・ABV(アルコール度数)・IBU(苦味単位)・色・特徴・価格]が書き込まれています。
今回はTDM1874 Breweryオリジナルの3種類「CoCo-Natsu」・「BBB(British Best Bitter)」・「PALE ALE」を清藤さんがセレクトし、ジョージさんが注いでくれました。
並べてみると、それぞれ色の明るさが美しく、目でも楽しめるのがビールだなと実感します。キャラメルとチョコレートが苦味のフレイバーとして使われている色の濃い「BBB」は見た目もぐんと美味しそうです。軽くて飲みやすく、アメリカのホップが使われていて、オレンジピールやシトラスで香り付けされた「PALE ALE」は香りも爽やかでした。ローストしたココナッツが甘くかすかに香る「CoCo-Natsu」。どれもジョージさんが自信と愛情を持って造ったものだということが伝わってきます。
「クラフトビールや、お酒を飲みに気軽にふらりとここに集まってもらい、顔なじみとワイワイ過ごしたり、くつろぎながらお酒を楽しんでもらえるような、地域と共に進化していけるお店にしていきたいです」と清藤さん。
今年の夏も暑くなりそうな予感です。暑ければ暑いほど、美味しく飲めるのがビール! 夏の夕暮れ十日市場の坂の入り口にある「TDM1874」で、輝く醸造釜を眺めながら、ぜひビールと、それに合うこだわりのおつまみで暑気払いをしてはいかがでしょう。
「TDM1874」
電話:045-985-4955
営業日:月・火・木・金 販売: 11:00~ /バー:17:00~22:00
土 販売: 11:00~ /バー:12:00~22:00
日・祝日 販売:11:00~ /バー:12:00~21:00
定休日:水曜
- 8月末までサマータイム営業
日曜日の閉店時間が22:00 月曜日の閉店時間が21:00
Facebook: https://www.facebook.com/tdm1874brewery/
HP: http://www.sakaguchiya.co.jp/shop/
醸造所の見学についてはお店に問い合わせて下さい。
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