横浜でリンゴを作っています! 矢澤農園の矢澤秀之さん(泉区和泉町)
横浜ブランドの果物、浜ナシ、浜ブドウはよく知られていますが、浜リンゴはご存知でしょうか? 横浜市内でリンゴを栽培する泉区和泉町の矢澤農園を訪ねました。(写真:末永えりか)

横浜市泉区和泉町の住宅街に、果樹園を見つけました。大人の背丈くらいの樹木が規則正しく並び、樹には緑色の大きなリンゴが実り、果実の重みで枝をしならせていました。

取材で訪れたのは8月下旬、この日の横浜の最高気温は34.5度。暑い。今夏のリンゴの収穫も猛暑で早々に終わってしまったとのこと

 

リンゴはナシより難しい?

泉区和泉町でカキ、リンゴ、柑橘類を栽培する矢澤農園代表の矢澤秀之さんは、15年前からリンゴの栽培に本格的に取り組んでいます。「とき」「シナノゴールド」「ふじ」「涼香の季節」など珍しいものから定番のものまで10品種のリンゴの樹が並びます。

リンゴは青森県など寒い地方で栽培されるものだと思っていたので、横浜でも栽培されていることにびっくりです。

 

リンゴの幹が白い。害虫、凍害よけの石灰乳(石灰、ラード、塩)が幹に塗ってある

 

 

「気温が下がると色づくリンゴは、有名な産地に比べ、気温の高い横浜では栽培が難しいんです。ですが、土地にあった品種を選ぶと、ちゃんとしたリンゴが収穫できることが分かってきました。それに一反あたりの収量が少ないこと。一本の枝に複数の実をつけるナシに比べて、リンゴは一枝の先端に一個ずつしかならないんです。リンゴだけの収量で経営するには広い農地がないと難しい。その点、ナシは少ない面積でたくさんとれるから、横浜みたいに小さな面積でもやっていけている」と横浜で身近なナシと比較しながらリンゴの栽培方法について明快に答えてくださる矢澤さん。横浜でリンゴ栽培が珍しい理由がわかってきました。

 

 

“ちゃんとした”リンゴを売りたい

 

「ちゃんと作れば」、「ちゃんとしたものを売りたい」、矢澤さんのお話にしばしば登場する「ちゃんと」という言葉から、矢澤さんの丁寧な仕事ぶりが伝わってきます。

 

果実は枝の真下にくるものを残す。形のいいリンゴができる

 

 

 

色鮮やかで美しい果実は、見た目も商品価値として大きな要素です。わずかな傷が大きく商品価値を下げてしまいます。

 

 

「リンゴは風に弱い。だから、地面に落ちやすいし、上から実が落ちると玉突き事故のように下にある他の実も傷つけてしまうことがあります」と矢澤さん。

落下した果実は廃棄、傷のついた実はB品として販売します。

 

 

「お客様にB品を販売するには難しい。価格が安いものを売ると、A品の販売に影響が出るし、中には品質が劣ることもあるから販売できない」と矢澤さんは言います。

 

 

B品の販路に困っている時、「濱の料理人」(横浜市を地産地消の一大都市にすることを目的に設立された会。料理人、生産者、加工業者など、様々な業種の人が参加する)の主宰するツアーで訪れた料理人との出会いがありました。

「シェフにB品を買い取っていただいくことになって、助かっています」と矢澤さん。

 

地産地消にこだわる料理人とB品の販路に困る農家とのよい関係が築かれています。

 

 

職人ではなく、経営者として

 

こちらの問いを掘り下げて分かりやすく答えて下さる矢澤さん、前職は不動産会社の営業を担当していました。

 

 

「何もわからないところからリンゴ栽培をはじめて、夏に売れることが分かってきました。だから、有名な産地より旬が早いお盆シーズンから収穫できる品種を取り入れて、11月まで広く販売できるようにしています」と語ります。

 

 

「広く」というところに矢澤さんの戦略があります。

「忙しい時期をつくらず、一定の収量を販売し続けていく方が、その分畑作業に専念できますし、作業効率がいいと思うんです。昔からのお客様がいるカキは販売したり個別発送したりしていますが、リンゴは直売所に出荷して、と販売方法を分けています」

 

 

さらに矢澤さんは、続けます。

「いいものをつくっても売れなければ0点だと思うんです。そこそこの(果物)でも売れたら100点。農業職人の方には邪道と言われそうですが、つくることより“売る”ことを重視しています。一番の目標は価格も含めてお客さんが100%満足してくれること。そのためにいいものをつくる」と、優先順位のつけ方について語る矢澤さん。

 

 

矢澤さんは、農家の視点ではなく、お客さんの立場でいいものを提供していきたいと考えます。例えば、日常的にリンゴを食べたいお客さんにとっては、手間ひまをふんだんにかけた高価なものは、どんなにおいしくとも度々の購入にはいたらないかもしれない。お客さんの求めるものは、地元の新鮮な果物なのか、誰かに贈りたい美しい果物なのか、日常にも求めやすい価格なのか……矢澤さんはお客さんの顔を思い描きながら、栽培に取り組みます。

 

 

横浜でリンゴをつくる醍醐味はどこにあるのでしょうか?

「リンゴを栽培する農家は横浜市内に2軒しかないので、「浜リンゴ」と聞くとお客さんが驚いてくれるんです。それに価格を自分で設定できるのも魅力です」と矢澤さんが教えてくれました。

農家として、経営者としてリンゴ栽培に魅力を感じている矢澤さんです。

 

 

家を継ぐには農家を継がないと意味がない

 

農家になった理由は?と矢澤さんに尋ねると

「よく聞かれるんですけど、特に理由はないんです。農家あるあるなんですが、いつかは継ぐとは何となく思っていました。それが、30代なのか、60代なのかの違いでした」とさっぱりしたお答え。

 

 

早くに亡くなったお父様から農業を引き継いだお母様は、女性でも栽培しやすいと果樹の栽培を始めます。矢澤さんが継ぐ際に、横浜では珍しいリンゴに力を入れるようになりました。

 

 

ご家族がリレーのようにつないできた農業、そして身近な方が農作業に励む姿を日々目にする中で、「農家になる」という選択肢は矢澤さんにとって自然な流れだったのかもしれません。

 

リンゴの品種「とき」を収穫する矢澤さん。温暖化で青森県などの有名な産地でもリンゴが色づかないことが問題となっており、青や黄色のリンゴの品種が増えてきているという

 

 

「矢澤の家を継ぐなら、代々守ってきた土地で農家をしないと意味がないって思うんです」

帰路の車中で話す矢澤さんから少し本音をうかがえた気がしました。

 

 

ふるさとを離れて暮らす私にはその言葉の意味を深いところでは理解できないかもしれない、そんな風に思いつつ、矢澤さんが代々受け継いできた農地への愛着を感じました。

 

 

時代や担い手に応じて柔軟に栽培作物を変えながら、矢澤さんのような農家さんの想いによって横浜の農業の営みは続いていきます。

 

矢澤さんからいただいた「とき」と「ふじ」

 

 

 

横浜市内の農業人口は平成22年に5,416人でしたが、平成27年には4,482人と大きく減少しています(引用:統計データで見る神奈川県農業の概要(神奈川県HP))。私たち消費者は、地元でとれた新鮮なものを味わいたいと思っても、少しずつ難しくなってきているかもしれません。

 

 

大きなことは何も言えないけれど、大好きな農家さんへのファン投票のような気軽な気持ちで地元の作物を買う、買い支える仲間が増えたらいいなと願うばかりです。

 

 

矢澤さんから収穫には少し早いといただいた「とき」は酸味がなく、淡い甘さとしゃっきりとした食感で、いつも食べる有名産地のリンゴとは一味違うものでした。

「涼香の季節」という美しい名前の品種や矢澤さんお気に入りという「ふじ」など、矢澤さんがつくるリンゴをまた食べようと目論んでいます。

 

 

残念ながら今年の矢澤さんのリンゴは販売終了とのことですが、皆さんも横浜産のリンゴを見かけたら、ぜひ手を伸ばしてみてくださいね。

Information

<矢澤さんのリンゴが買えるお店 リンゴ販売時期:8月下旬から11月の上旬>

「ハマッ子」直売所 みなみ店

住所:神奈川県横浜市泉区中田西2-1-1

TEL:045-803-9272

営業時間:(3月~9月)午前9時~午後6時、(10月~2月)午後5時まで

 

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この記事を書いた人
明石智代ライター
広島県出身。5年暮らした山形県鶴岡市で農家さん漁師さんの取材を通して、すっかり「食と農」のとりこに。森ノオトでも地産地消、農家インタビューを積極的にこなす。作り手の想いや食材の背景を知ることで、より食材の味わいが増すことに気づく。平日勤務、土日は森ノオトの経理助っ人に。
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