(text,photo:牧志保)
株式会社リビタ(以下、リビタ)とYKK AP株式会社(以下、YKK AP)、納谷建築設計事務所のコラボレーションにより築37年の家が生まれ変わりました。東急田園都市線「たまプラーザ」駅から徒歩13分、青葉区新石川の閑静な住宅地、目の前が公園であるという恵まれた条件のなかで、敷地や環境を読み解き、設計された「広がる屋根」は、外部環境を室内に取り込みつつ、快適な温熱環境を実現した新しい住まいです。そこには、リビタとYKK APが持つ技術力ゆえの仕掛けが多くありました。自由で快適な暮らしを可能とした「広がる屋根」について、株式会社リビタ戸建事業部チーフディレクターの宇都宮惇さん、設計者の納谷新さん、YKK AP株式会社リノベーション本部の岩崎武さんにお話をお伺いしました。聞き手は、ローカルメディア「森ノオト」の編集長、北原まどかです。
<敷地、周辺環境も含めた設計思想>
北原: この土地の魅力についてお聞かせください
宇都宮惇さん(以下、敬省略): リビタの中古戸建てリノベーション事業「HOWS Renovation」では、その場所だからこそ実現できる暮らし方を提案したいと考えています。今回の「広がる屋根」は、東急田園都市線「たまプラーザ」駅から徒歩13分の閑静な住宅街に立地します。なだらかな丘陵地にあり、敷地の南西側が抜けていて、視界が開けており、2階からは富士山も見えます。近くに公園もあり緑が楽しめます。また都心の住宅地と比較して隣地建物との距離があるため、開放感が得られます。この場所では都心の生活では得られない暮らしや、価値を提供できるのではないかと思いました。
今回、建物の改修を行うにあたり、この恵まれた環境を最大限活かして、この場所だからこそできることを、自分の経験値から具現化できる設計者と組むのがいいと思いました。
「広がる屋根」の設計をお願いした納谷さんは、緑豊かな環境を活かしたつくりのご自宅での暮らしを満喫されています。今回の設計をお願いするのに適任だと思いました。
納谷新さん(以下、敬省略): 初めてここを訪れた時は、見晴らしがよく景観は素晴らしいというのが第一印象でした。一方で、西陽がきついなということと、広い庭が有効に使われていないようにも感じました。「設計」というと建物だけを設計するイメージが強いですが、実際は建物にとどまらず、敷地全体、そして周辺の環境までも含めて設計に生かしています。「広がる屋根」のリノベーションを通して、そのことを改めて実感しました。
強い西陽と庭の活用、これらの課題を検討する中で、1階の西側の屋根を引き伸ばすというプランが生まれました。屋根を引き伸ばすことで1階に差し込む西陽を遮ることができ、屋根の下は雨の日でも濡れずに過ごせる庭になります。また屋根の上には芝生を張っているので、そこでテントを張ったり、ガーデニングを楽しんだりと、ワクワクする生活が想像できます。屋根の上と下に新しい居場所ができたことで、暮らす人のアクティビティが広がり、ここでの生活の可能性や夢が広がるのではないかと思っています。
宇都宮: 屋根を広げることは、建物面積以上の空間を敷地内に生み、環境装置としても機能することから、合理的でとてもいいアイデアだと思っています。
北原: リビタのHOWS Renovationでは、あえて延べ床面積を減らす「減築」も結構ありますよね。
宇都宮: その場所にあった家のボリュームや敷地との関係性から、最適な規模の住宅を目指しています。そのため、必ずしも減築するわけでもないし、設計者にはいつも容積率(敷地に対する建物の延床面積の割合)を使い切って目一杯大きく建ててください、というようなオーダーはしていません。
納谷: 容積率目一杯の家に住むことイコール豊かさ、という考え方が一般的になっているように思われますが、長い目で見て、年老いた時に大きな家が必要かというと、そうとも言い切れません。減築することで、得られる豊かさが大きくなる場合もあるのではないでしょうか。
例えば、延べ床面積を小さくしても庭を広くとることで、敷地全体を通して居心地の良い場所が増えることなど、床面積といった基準では測れない豊かさの方が大切なのではないかと思っています。
リノベーションを行う際には、ゼロか百ではなく、既存の建物のいい具合の残し方を常に考えています。古いものがあるからこそ新しいものが引き立つし、新しいものができたからこそ、古い柱も引き立つ、古いものと新しいものが、お互いに引き立てあうのがリノベーションの面白いところです。
<温熱環境をカスタマイズする>
北原: この「広がる屋根」の家は、玄関から家に入るとそこが土間になっていて、1階が大きなワンルームというのびやかさに、まず圧倒されます。そして、外は少し肌寒いのに、家の中は人の熱でなんだか温かく感じます。
岩崎武さん(以下、敬省略): リノベーションというと、目に見える水回りや、内装を変えることに目が行きがちで、目に見えない断熱は後回しにされることが多いのが現状です。断熱することで得られる快適さや、健康に過ごせるメリットをもっと多くの人に認識していただきたいと思っています。
建物の断熱性能を高めるためには、熱の流出入が最も多くなる窓の性能を高めることが重要になってきます。「広がる屋根」では、正面の全開放できる窓(「ワイドオープン」)以外は樹脂フレームに真空トリプルガラスが入った窓を採用しています。寒い季節に、この1階のリビングダイニングにおいて温熱環境のシミュレーションをしました。22度設定で暖房していたエアコンを夜中の12時に消し、翌朝(午前5時から6時)の室温を比較してみると、改修前が11.4度だったのが、改修後は16.1度まで上げることができました。
また、今回の樹脂フレームの窓は、熱の伝わりが小さいので、一般的なアルミサッシと比べると、カビやダニの原因になる結露の発生を抑制することができます。結露は室内の環境を阻害する一因となり、健康被害にもつながります。
北原: ここ最近では、断熱に対するユーザーの意識は変わってきていますか?
宇都宮: 少しずつ断熱の重要性は認知されてきているように思いますが、ただやはり断熱施工にかかる工事費用がネックになっているように感じられます。体感値だけでなく、例えば断熱をすることで光熱費のランニングコストをどれだけおさえられるかという点についても、
住まい手に分かりやすく伝える努力がこれまで以上に必要だと思っています。
「広がる屋根」では、断熱性向上に加え、日照のシミュレーションや通風の解析を行い、建物を計画しています。夏場の通風や冬場の日射を活用して、エアコンを使う時間を減らしませんか、というような提案をしています。
北原: 実際に、エアコンでの冷房が苦手という方もいますし、乾燥がしんどいという声もよく聞きますものね。
宇都宮: 「広がる屋根」は、風や日射などの外的要素を建物内に取り込むことを期待しづらい心の住宅地とは異なり、恵まれた立地環境にあります。設備や性能が高い躯体をつくりあげて外部環境から左右される要因を閉ざし、内部空間だけはいつも快適です、というような住宅ではないかたちの、省エネルギー性を考慮した住宅を目指したいと考えました。季節や時間にあわせて窓を開け閉めしながら、風を室内に取り込んだり、葦簀(よしず)で日射を遮ったり、住まい手が自ら工夫しながら快適な暮らしを創造していけるきっかけをつくることに重きを置きました。
納谷: 快適な温熱環境を得るために、設備や躯体の機能ばかりを高めた「箱」のような建物をつくるのは、人間本来が持つ自然と接する楽しさや、家本来の持つ快適さを失ってしまう気がします。
宇都宮: 広い窓を開けて感じる風の気持ち良さや、庭が室内に取り込まれる開放感を、快適な温熱環境と同じように評価して計画していくことが大切だと思っています。
岩崎: 「広がる屋根」がある横浜市青葉区の風配図(季節毎の風向や風速を統計から図示かしたもの)によると、このエリアは夏場の夕方から夜にかけて、南西から吹く風が多くなります。この敷地の南西側には大きな公園が広がります。これらの状況を踏まえて、夏場の夜の風を建物に取り込むために、1階の南西側の窓は、ガラス戸を両側に畳むことができる全開放サッシの「ワイドオープン」を採用しました。
また、その「ワイドオープン」部分には、「フレームⅡ」という木質の耐震フレームを採用しています。一般的には、耐震性能を向上させるために、窓を減らして壁を増やしていく壁式構造が考えられますが、「フレームⅡ」を採用することで、開口部を広く取りながらも、建物の耐震性は確保され、耐震等級を3まで上げることができました。
納谷: 「広がる屋根」は、YKK APさんとの協働事業だったからこそ、快適で、豊かな家が可能になったと思っています。屋根を引き延ばしたことで、西陽の問題が解消され、全開放のワイドオープン窓が可能になりました。西側の土間の空気層が、熱流出の緩衝地帯となり、ワイドオープン窓の断熱を担保しています。
デザインと設備を、うまくやりあえたなと思っています。できた瞬間に、これはいける!と思いました。
<どこでも寝室になる>
納谷: 南西側の屋根の下の空間にデッキが広がれば、そこがまた一つの「部屋」のような役割を持つと思っています。それから、屋根の上の芝生は、テーブルを出したり、直に座ってみたり。どんどん自由に使ってもらいたいですね。
1階の畳のある部分は、仕切れば一部屋になるし、仕切らない使い方もできる。
階段の先の空間のフローリングのパターンを少し変えています。さりげないことですが、空間の使い方のヒントになればな、と考えました。ぼくらがつくったちょっとしたヒントを読み解いて楽しみに変えていっていただくと面白いかな、と思っています。
宇都宮: 「広がる屋根」には、この空間はこのように使うのがおすすめですよ、というセオリーはありません。普通ならば、ここは寝室、ここは書斎……というように役割が定められていますが、この家ならば家中どこが寝室になってもいいわけです。1階の畳が敷いてある場所に蚊帳を吊って寝てもいい。2階のすのこに布団を引いて寝るのもいい。季節によって寝る場所を変えてもいいですね。
納谷: その日寝たい場所を自分で見つければ、そこが寝室になる。そうなると「いわゆる寝室」はいらなくなります。私は自宅の屋根にテントを張って寝ることもありますよ。
どこで食事をする、どこで寝るという決まりをつくるのは窮屈だと思うのです。どこで寝てもいい、どこで食事をしてもいい、そう考えると家の可能性は広がります。家を自由に使いこなすことで、実際の床面積以上の開放感を得られるのではないでしょうか。
岩崎: 家の断熱性がよくないと、冬場はそれぞれの部屋に暖房が必要となってきます。そうなると寝る場所が自ずと決まってきてしまいます。「広がる屋根」で自由に暮らせるライフスタイルは、高い温熱環境が可能にしていると思います。
納谷: 私が設計をする時は、自分の思いを押し付けるような設計はしないように心がけています。住まい手に対して、設計者の思い通りに住みなさい、というのは違うと思うのです。住まい手が実際に暮らし始めてから、考えていける余白を残しつつ、住まう人の生活がより豊かになる手助けやヒントになるものを提案したいと思っています。
実際に出来上がった家で生活している様子を見せてもらうと、こちらが教えられることが多々あります。まさに設計者と住まい手が一緒に家をつくっている感じです。
宇都宮: 家は消費財ではなく、そこで暮らす人が、住みながら手をかけていくことで、その家の本質的価値を見出していくものであってほしい。私たちがそういう機会を提供できたらいいなと思っています。
北原: 住まい手のクリエイティビティが発揮される家、とも言えますね。「広がる屋根」がこれからどんな風に育っていくのか、楽しみにしています!
【この記事は、NPO法人森ノオトと株式会社リビタのコラボレーション事業により制作しております】
■関連記事
森ノオト×ReBITA「住まいの熱について、熱く語る!」断熱座談会レポート
https://morinooto.jp/2018/07/21/rebita04/
「等身大の模型」を埋め尽くすワクワク感 リビタ×森ノオトの描くこれからの暮らし【前編】
https://morinooto.jp/2018/03/17/rebita01/
暮らしを編集する、まちに溶け込む。 ReBITA×森ノオトの描く共通の未来【後編】
https://morinooto.jp/2018/03/22/rebita02/
リノベーション住宅がものづくりギャラリーに? ReBITA×AppliQué「暮らしと布のリノベーション」プロジェクト
生活マガジン
「森ノオト」
月額500円の寄付で、
あなたのローカルライフが豊かになる
森のなかま募集中!