(ローカルライター講座修了レポート:取材・文・写真=石川勝章、アイキャッチ画像提供=後藤るみさん)
意見がぶつかりながら「ひだまり」らしさができていきました
森のようちえんとは自然体験活動を基軸とした子育て・保育、乳児・幼児教育の総称です。
その森のようちえんを横須賀市で始め、現在に至るまで活動を続けているのが後藤るみさんです(以下、るみさん)。今年、2009年から園舎を持たず野外で活動する「ひだまり」を運営して10周年になりました。
「一人ひとりが宝物」という保育理念のもと、ひだまりでは10年間、自然の中を歩き子どもたち同士の時間を大切にしてきました。大人は答えを出さずに子どもがどう考え、気づき、行動するかを見守ります。
「大人は子どもを見守ろう」と言葉は分かっても、実践には苦労したと話するみさん。「自分自身もスタッフも理想はありながらもぶれてしまいます。特に初期の頃のお母さんとはよく意見がぶつかりました。しかし、そうした経験のお陰で「ひだまり」というものが徐々に形つくられ、幹を大きくしていったのです」と言います。
家庭が暖かな場所だった
そのように語るるみさん自身は、どのように育てられたのでしょうか?
お母さんはいつも明るく、早朝から掃除、洗濯、料理と家事をきちんとする人でした。
一言でいうと完璧、輝く太陽の人でした。
お父さんは控えめで見守ってくれる人。るみさんがやりたいことに対して、ダメだと禁止されることはなく、強く怒られたことは一度もなかったといいます。
お母さんの太陽とは対照的でお父さんは月のようなイメージでした。
弟さんを含め家族4人、とても仲よく、そして隠し事のない家族だったそうです。
るみさんが何か困った時にお母さんに相談すると「大丈夫だよ、生きていれば何とかなるから」と励ましてくれました。るみさん自身が母親にになった今でも、お母さんに大丈夫だよと言ってもらいたくて相談に行くことがあるそうです。「昔から友だちに話せないことでも家族には話すことができました」というるみさん。家庭は暖かいところという安心感があったのだと思います。
自分が親になってみて「お母さんのようにはできない」と偉大なお母さん像に悩むこともありましたが、「お母さんは強く、常に前を走る存在」と、今も友だちのように一緒に出掛け、憧れのようにるみさんはいつもお母さんの姿を追い求めています。
自分で考えて、自分で決める
るみさんは高校卒業後、美術の先生か保育園の先生になるか悩んだ末に、保育の専門学校に進学しました。この時点では、その職に強い憧れがあったからではなく「こっちの方が良さそう」という直感が働いて選択したそうです。
いざ卒業して子どもたちと接する中で、るみさんは仕事に対して、徐々に違和感を覚えます。それは子どもたちの表情の中にありました。「はっきりとした原因は分かりませんでしたが子どもなのに子どものようではない、日々の生活に追われているような表情に感じたのです」とるみさんは振り返ります。
子どもたちに笑顔はあるものの「本当の楽しさじゃないような気がするなぁ」。どこかでモヤモヤが残りました。
そんな頃に、彼女は長男を授かります。
保育園の仕事を辞めて、これまでの自分自身を振り返る時間が与えられました。
「私は自分の子をどのように育てたいのだろうか?」
その時に行き着いた答えは、「自分で考えて、決められる子になってほしい」ということ。
しかし、それにはどうしたらいいのか? その答えを求めていた時に、ネットで「森のようちえん」の情報を見つけます。るみさんの直感がピンときました。写真越しにも森のようちえんにいる子どもたちが本当に楽しそうな表情をしていたのです。
しかし、るみさんは敢えて、森のようちえんの説明会や、他の園には行きませんでした。
ネットで見たものに影響され過ぎるのは嫌で、自分の気持ちや軸をしっかりと持ちたかったからです。
これまでも自分で考えて、自分で決めてきたというるみさん。
身重ながらも、自分の心が動いたものに対して動きたい一心で、チャイルドマインダーという家庭で少人数保育のできる資格を東京まで取りに行きました。そこで同じ横須賀在住のママと出会います。彼女も森のようちえんに興味があったとのことで意気投合し、その運命的なご縁に驚きました。「わたしのやりたいことはここにあったのか!」心のモヤモヤが晴れていくのを感じたそうです。
そして、2009年、2人で横須賀初の森のようちえん「ひだまり」を立ち上げることになりました。「行く道が時にかなっているときは人、事、場所が切り拓かれて行くもの。逆に、うまくいかない時は、日程が合わないなど、様々なタイミングが合わず、事がストップさせられてくるもの」と、彼女は当時を振り返ります。
理想の場を作ったはずなのに
こうしてスタートした「ひだまり」でしたが、当初は順風満帆だったわけではありません。「こうしたいのにできない、理想通りにいかなくて、「ひだまり」の前半数年間は走ることに必死で、楽しめないでいました」と話するみさん。気象警報があって中止の時は、正直、ホッとしたこともあるそうです。さらに追い打ちをかけるようにいろんな事情でスタッフが辞め、彼女一人になった時期がありました。
「もうやめようかなぁ」。何度もそう思ったそうです。人への相談が苦手なるみさんもさすがに疲れ、夫の力(ちから)さんに相談しました。力さんはるみさんの話を最後まで聞いた上で「でも、やりたいことはやった方がいいよ」と後押しして励ましてくれました。
自分の気持ちを受け止めてもらえたるみさんの心に答えはありました。形の大きさは関係ない。小さくてもいいから「ひだまり」の光は大切にしたい。続けるためにはどうしたらいいか?その方法を考えました。自分だけでは子どもを見切れない。その時から親も一緒に参加してもらい、サポートしてもらうスタイルが生まれました。
苦肉の策でしたが、これがママたちに好評となりました。その場で育児のアドバイスをし、自然に触れながらママたちの相談に乗ることができました。子どもだけでなく、ママにも笑顔が見られるようになりました。そして、2年間の1人の時期を越えて、参加者の中からスタッフにも加わってくれる人が現れたのです。
子どもの世界を学んできた10年
「ひだまり」の10年は自身の子育ての10年とも重なりました。「長男がいろんなことをしてくれたお陰で学ばされた」とるみさんは苦笑いします。スーパーでは息子さんが知らない人のカゴに何度もスルメイカを入れて怒られたこともあります。息子さんはベビーカーにいた赤ちゃんを笑わせようと考えての行動だったのです。子どもには子どもなりの理由、子どもの世界がありました。彼女が人の相談に乗る時に共感をもって話を聴くことができたのは、自身も苦楽合わさった思いを経てきたからのようです。
小さくてもいい、急がなくてもいい、しっかりと根を下ろそう
今は速い反応と分かりやすい結果を求められる時代です。「ひだまり」は立ち止まること、そこに至るまでの過程の大切さを教えてくれます。
些細な変化に気付けるように。自然を見つめ、子どもたちを見守り、信じて待つことができるように。
「自分が子どもの頃にこんな経験ができたら、もっと心が豊かになれたんじゃないかなぁ?」ひだまりを振り返り、るみさんはそう言いました。
私たち大人も、いつもの公園に出かけていつもの野花や子どもたちの遊びに目を凝らしてみましょう。そこにはいつものところに「いつものじゃない」風景があるかもしれません。
「ガチガチだった私だって10年で少しは変われたんだから大丈夫」
インタビューの最後はるみさんの力強い言葉で終えました。私たち一人ひとりの少しの変化で家庭が変わり、多世代の地域も良い方向に動いていく。「ひだまり」への参加と後藤るみさんへのインタビューの時間を通してそれぞれが自分らしい一歩を踏めばいいんだという暖かい陽のような勇気をいただきました。
森のようちえん『ひだまり』
E-mail: yokosuka.hidamari@gmail.com
URL: http://mori-hidamari.jimdo.com
後藤るみさんプロフィール
1977年生まれ。保育士・幼稚園教諭取得後、保育園で保育士を務める。
結婚後、自宅での託児室を経て現在野外で活動する森のようちえん『ひだまり』を運営中。
横須賀市内在住、2児の母。
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