私が「横浜市障害児地域自主訓練会 さくらんぼ会」を訪れたのは、2019年11月のこと。青葉区こども家庭支援課と森ノオトとあおば学校支援ネットワークの協働事業「あおばの子育て全員集合! こどもつながりフォーラム」で、乳幼児・青少年・障害・虐待の分野を超えた子育て支援者のネットワークをつくろうと、各分野で「つながり」を実現している団体を探し求めてのことでした。
さくらんぼ会のことを私に教えてくださったのは、知的障害者の福祉分野で、横浜の農福連携を開拓してきた石田周一さんです。青年期をさくらんぼ会のスタッフとして過ごした石田さんは、さくらんぼ会を卒会する青年たちの新たな居場所と就労の場として、福祉作業所(のちに社会福祉法人)グリーンの設立と運営に携わりました。森ノオトでも、グリーンのつながりから、青葉区を代表する農家の林英史さん、maaruの安良城慎也さん、森ノオトのもちより畑メンバーの松尾敏行さん、とうりのスタッフの皆さんと、多方面にネットワークが広がってきた経験があります。
森ノオトが昨年度まで月に一度開催していた「いいかも市」では、グリーンの利用者さんと丸一日、場をともにします。石田さんの田園都市生活シェアハウスでのパーティーでは、さくらんぼ会のOBと出会うこともありました。日常生活のなかで、障害のあるなしにかかわらず、一人の人間同士として共に過ごすことができる。私は、青葉区の子育て支援における「つながり」の結び目として、さくらんぼ会に何か秘密があるのかもしれない……と、かねてから興味を抱いていたのです。
さくらんぼ会の活動拠点は、青葉区荏田町の「えだ福祉ホーム」と緑区十日市場町の「みどり福祉ホーム」にあります。幼児クラスは毎週火曜日・木曜日の「土っこの会」、水曜日の「さくらの会」で、それぞれ10:00〜14:00に活動しています。学童の部は小学校1年生から高校3年生までで、週に1回火・水・木・金のグループが16:00〜18:00に活動します。
私が取材したのは幼児クラスで、9:30に入室、朝マラソン、身支度をして、10:00から朝の会、あいさつ、点呼、体操(感覚統合)、運動・ゲーム、11:00から個別学習・運動のプログラム、12:00から昼食(食事指導)、歯磨き、着替え、帰りの支度、自由遊びとなります。子どもには一人ずつ協力者と呼ばれる指導員が寄り添います。その間、保護者はマジックミラー越しに子どもの様子を見守るほか、さくらんぼ会の創設者で現在も指導に関わる辻滋子さんとの相談会や話し合いに参加したり、保護者同士で運営の相談をしたり、働いている方は仕事に出るなど、さまざまです。
ちょうど私が到着した時は、5人の子どもたちが協力者の膝のうえで、音楽に合わせて体を動かすリトミック(音楽療法)に取り組んでいました。ニコニコと笑顔でリズムをとる子、一点を凝視している子、立ち座りの動作が難しそうな子など、個性はさまざまですが、自由気ままに振る舞うのではなく、プログラムをしっかりと取り組むことが重視されているように感じました。
さくらんぼ会が始まったのは1972年1月のこと。当時、緑区(現青葉区)の桜台団地に住んでいた辻さんが、脳性マヒやダウン症といったハンディを抱えた子どもを育てる3組のお母さんと一緒に、団地の一室からスタートさせました。辻さんは、「50年前、ハンディを持つ子は、保育園はもとより、幼稚園や学校にも受け入れてもらえず、親は自分で子どもたちの居場所をつくるしかなかったんです。さくらんぼの母たちは、署名や街頭活動などを通して、障害児地域自主訓練会を、横浜市独自の制度にしていった」と当時のことを振り返ります。
さくらんぼ会では、基本的な考え方として、次の9つを大切にしています。成長のステップに応じて、親がすべきこと、子ども自身が獲得していくこと、地域社会と手を携えてなしていくことが書かれています。
(1)子どもをしっかり見て育てる(様子をきちんと把握する)
(2)あたりまえで、自然な育ちを ーー 感覚(五感)を育てることや、生活リズムをつけ、自分のことはできるだけ自分でする力をつけること
(3)遊びの中で(遊びは、子どもにとって生きるための原動力)
(4)お手伝いや仕事をする力を
(5)自己コントロールができるようにする
(6)いっしょうけんめい、やればできる!(子どもたちに確かな自信を)
(7)社会性を育てる
(8)ことばを育てる(やりとりのできる子どもに)
(9)将来について(みんなで助け合いながら将来を)
よく読むと、障害があってもなくても、子育てにとって大切なこと、当たり前のことが書かれています。
「ハンディキャップがあるからできないだろう、と考えがちなことも、根気よくていねいに教えていけば、自分でできる力が育っていく」
「我慢する力、場面に集中する力を育てておくことが何より大切だった」
このように、ホームページには、協力者や保護者の実感がこもった言葉が綴られています。
活動の様子を見ていると、協力者に通じるのは、この「根気よく」が徹底されていることです。立つ、座る、歩く、しゃべる、笑う、返す……といった動作がうまくできずにいる子どももいます。だけど、子どもの「できる力」を信じて、繰り返し繰り返し、働きかけを続けています。
桜台団地の6畳間からスタートしたさくらんぼ会は、「青葉台子どもを守る会」の学童保育「ちびっ子の家」や、恩田町の徳恩寺など、活動場所や支援者を広げていき、1985年には「みどり福祉ホーム」が、1992年には「えだ福祉ホーム」が開所し、今に続く活動拠点になります。
発足時に小さかった子どもたちはやがて青年になり、働く場が必要になりました。1989年にはグリーンの原型となる「さくらんぼ村」が発足。その後、「かたるべ社」「えだ福祉ホーム」「UNO工房」「地域作業所グリーン」「青葉メゾン」「地域作業所虹のかけはし」「グリーングループホーム川和ハイツ」「ワーク中川」と、48年におよぶ歴史のなかで、さくらんぼ会に連なるたくさんの関連団体・施設が誕生しました。
障害児地域自主訓練会は、横浜市独自の制度として、1974年に年間42万円の運営費が助成されるようになりました。それまでは「バザーや寄付などでどうにか運営していた会も少しほっとしたものです」と、辻さんは翌年に書いた実践記録集で記しています。横浜市社会福祉協議会の障害者支援センターのもと、現在では横浜の全18区で60のグループが活動しています。
現在、横浜市の障害児支援としては、地域療育センター、小児療育相談センター、放課後等デイサービスなどが整備されていますが、その原点とも言えるのが、障害児地域訓練会で、さくらんぼ会はその先駆けなのです。
子どもたちが協力者と訓練をしている間、保護者が何より楽しみにしているのが、辻さんを囲んでの相談会です。
辻さんは、48年間におよぶさくらんぼ会の歴史の語り部でもあります。さくらんぼ会を巣立ち、就職し、家庭を持つなど、それぞれの人生を歩む卒会児のあゆみを、保護者に語って聞かせます。
「自閉症で3歳の時にさくらんぼ会に入会した子。今はIT企業に勤めているの。(困難から)逃げない力を子どもたちに育てたいと、ずっと思ってきました」
「多動でマイペースだったTさん、青年になって結婚して、さくらんぼ会の仲間たちと一緒に、江田教会の牧師さんが来てくださって、みんなで作った大きなケーキを囲んで結婚をお祝いしました。その後、娘さんを授かって、その子は有名美大を卒業して今ではアーティストとしてしっかり働いています。Tさんも百貨店での仕事を今でもがんばっています」
辻さんの言葉から、さくらんぼ会での活動で身についたことが、成人してからの仕事や生活に、大いに役立っていることがうかがえます。
お子さんが3歳でダウン症の池小百合さんは、「さくらんぼ会のことは、社会福祉協議会の配布物で知りました。障害児が大人になってからの困りごとや、成功も失敗も知る、辻先生にお会いしたい一心で、さくらんぼ会の門をたたきました」と言います。
第一染色体異常で発育遅延がある小学1年生の母・杉山ゆう子さんは、「我が子を育てるなかで、自分のやり方に自身が持てない時も、経験豊富な先生方が、アプローチの方法を教えてくださいます。こんなこと、この子にはできないんじゃないかということに挑戦させてくれて、それが実際にできるようになるんです」と、5年通い続けてきたさくらんぼ会のよさを力説します。一方で、「大変さもあります」とも。お子さんごとに日々の課題があり、家庭でそれに取り組み、細かく記録をしていくことが親に求められます。「さくらんぼ会は、親の関与が必須です。ラクな方に流れていきがちな人にとっては、面倒くさいこともあります。それを知っても、子どもが自分の力で育っていく喜びを得られるのは、さくらんぼ会ならでは」
今は、市町村におかれている地域療育センターや、放課後等デイサービスで、障害児を社会全体で支える制度が充実しています。しかし、杉山さんは、次のように課題を指摘します。
「療育センターや放課後等デイでは、今、その場にいる子どもへの対応はあるけれど、成長した障害児が将来どのような生活をし、苦労や喜びがあるのかの知見を、総合的に持つ人にはなかなか出会えないのです」。
12時になると、お昼ごはんです。子どもたちも、協力者も、それぞれお弁当を出してきて一緒に食べます。
中には、スプーンを思うように使えない子がいたり、食べるのに飽きてしまう子がいたり。その横で協力者は、「今は食べる時間だよ」と声をかけ、食べることに集中するように促します。
さくらんぼ会の協力者として23年目の大島和美さんは、「最初はハンディを持つ子のことがわからずにしんどい時期がありました。しかし、子ども自身が変わっていく姿から多くを学び、私の喜びに変わっています」と、さくらんぼ会に関わり続ける意義を語ります。
さくらんぼ会の協力者として活動する野村潤子さんは、「Sちゃん(杉山さんのお子さん)は、初めて会った時には歩けなかったけれど、今は元気に歩くようになって。子どもたちの真摯な姿に励まされます」と言います。
辻さんは、「この子たちは、ハンディキャップを乗り越えられる力を持っています。大人になって、介護されるよりも、自立する力をここでは養っています。一人ひとり個性があって魅力的なので、協力者たちは障害児の支援にのめりこんでしまうのよね。石田周一くんは障害児のとりこになってね。野村さんも、ご夫婦で自閉症の子どもたちの支援に関わっていらっしゃる」と語ります。
現在85歳になる辻さんは、成長した障害児だけでなく、その周りにいる協力者・支援者や、保護者たちの人生にも寄り添ってきたのです。
2020年1月22日、青葉区こども家庭支援課主催の「あおばの子育て全員集合! こどもつながりフォーラム」に、さくらんぼ会の代表として、保護者の池小百合さんがプレゼンテーションをおこないました。
「さくらんぼ会が48年間大事にしていることは、地域で“あたりまえ”に生きること。地域の中で広がってきた“さくらんぼイズム”として、保護者や協力者たちが、成長した障害児たちが働く場を地域につくり、さらにグループホームなどの生活の場をつくってきました」と、池さん。
グリーンでは幼児クラスの子どもたちをじゃがいも掘りやさつまいも掘りの体験で受け入れたり、緑区のぷかぷかや都筑区のワーク中川では、レストラン学習として子どもたちが外で食べる機会をつくっています。子どもたちは、地域で活躍する先輩たちの姿をみて、憧れの気持ちを抱きます。学童クラスでは、さらに多方面、他分野で、職場体験実習をおこなっています。
池さんは、さくらんぼ会が自らつくってきた「つながり」をフォーラムで堂々と紹介しました。
参加者からは「障害児に必要な環境を、制度に頼らず、保護者や協力者たちでつくってきた、その実績が本当にすごいことだと思う」との感想が寄せられました。
私は、さくらんぼ会の取材を通して、障害児地域自主訓練会と、自主保育の共通点に気がつきました。
子どもが、体験を通じて自ら育つ力を身につけていくこと。
制度まかせではなく、親が子どもにとって必要な場をつくっていくこと。
親が会に責任をもって関与し、多様な子どもの育ち合いを見守っていくこと。
会の場だけでなく、家庭でもぶれない方針をもって子どもに関わること。
卒会後も、その子の人生を通したつながりを得ていくこと。
今、子育てをサポートしてくれる施設や機関は数多くあります。しかし、自主保育や地域自主訓練会は、子育てを幼稚園や保育園、学校や療育センターなどに任せず、自立と自律の精神で、家庭と、地域と、子ども自身が、ともに手を携えています。一人ひとりの「できた!」をともに喜び、子や親の痛みを自分ごととして分かち合い、世代が入れ替わっても、地域で子どもの育ちを見守る精神が、それぞれに強く根付いているのだと感じました。
さくらんぼ会の子どもたちに魅せられた人たちが、その人生に寄り添い、居場所や働く場をつくり、そして同じ「地域に生きる仲間」として対等に関係を築いていく。その関係性は、サービスの提供者と受益者、という関わりでは生まれません。当事者も保護者も支援者も、自らの生きる場や社会を一緒につくる仲間として、妥協せずに根気強く、関わりを続けていく姿勢があるから、さくらんぼ会はこんなにも魅力的で、「つながり」の象徴的な場になっているのかもしれない、と思いました。
横浜市障害児地域訓練会 さくらんぼ会
https://sakuranbokai.jimdofree.com/
連絡先:
横浜市緑区十日市場町808-3
みどり福祉ホーム内
TEL/FAX 045-984-0801
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